八 坂東をゆく
「さて、出発とまいろうぞ!」
政子が声をあげる。
家人数名と、源頼朝、その従者藤九郎を連れての旅だ。
名目が父を偲んで、ということで、まずは故地、鎌倉へと向かった。
坂東の現状を見る旅、その最初に目に入ったのは。
「テメエ……オレのご先祖さんの領地……なに“勝手寄進”てんだ……」
「ざっけんなコラ! てめえこそコラ!? オレの管理地ァ“押領”んどいてコラ! どの面下げて“口上”垂れてんだコラ!?」
ごく普通の、なんの変哲もない、坂東の日常風景だった。
「平和な光景ですね」
「普通ならぁもう首が何個か転がってますからなあ。義朝様死後の相模国も、すこしは落ちついてぇ来ましたか」
「コラ待てい!」
のんびりと話し合う頼朝主従に、政子は全力でツッコむ。
「どうしました、政子殿」
「あやつらはなんだ!」
「あやつら、とは……ああ、侍同士の所領争いですよ」
「侍? あ奴らがか? 雑兵か野盗の類ではないのか!?」
「また戯言を。たしかに文字も読めぬ無学な連中ですが、れっきとした侍です……伊豆国でも時おり見る風景でしょう?」
「……野盗の類とばかり思っておった……悪いことをしたやもしれぬ」
「ちょっと待ってなにをしたんです!?」
物騒なことを口にした政子に、今度は頼朝が突っ込む。
「うむ! ぶっ倒して下僕にした!」
「あなたのほうがよっぽど物騒です! なにやってるんですか!」
大前提として、この時代のほうが物騒ではあるのだが……やはり魔王は魔王だった。
◆
源義朝の足跡を求めて、頼朝一行は相模国を歩く。
「三月某日、山内首藤経俊に嫌味を言われた。絶対に許さない」
「同じく三月某日大庭景親に冷たくされた。死ぬまで覚えていようと思います、まる」
「三月某日、大庭景義に温かい言葉をかけられた。この恩はぜったいに返します」
「四月某日、三浦のおじいちゃんに優しくされた。すっごくうれしかったです」
「……おい、いちいち恨み雑記帳とやらに書きつけるのは止めよ。気持ちが悪いわ」
さすがにうんざりして、政子が抗議すると。
「四月某日、政子殿に気持ちが悪いと罵られた。これはこれでアリだという気がしてきました……」
「おいなにゆえ悦んでおりゅのだ本気で止めぬかっ!!」
とまあ、そんなやりとりはさておき。
出会った武士連中が総じてガラが悪かったのもさておき。
「頼朝よ、旧の家臣たちの対応を見るに……お主じつは人望ないであろう」
「無茶を言わないでください。父が死んで、私は流人の身。もう彼らの所領を守ってやれる武力も政治力もないんですよ。そんな私に優しくしてくれる人間なんて、情で繋がった少数だけです」
「でも怨むのだな」
「死ぬまで忘れません」
粘着質すぎる貴公子である。
政子はため息をつきながら、考える。
坂東のほんの一角を拝んだだけだが、この時代の武士というものが見えてきた。
「誰しも、まずは土地が大事か」
「なによりも、です。先祖が拓いた、先祖が所領としていた、先祖が手にした――土地を守る。そのためにこそ、彼らの武力は存在しているのです」
「だが」と、頼朝は言葉をつけ加える。
「おそらく、風向きが変わり始めている」
「ふむ?」
「平清盛。武力をもつ公家であるあの方が、今以上に政治に影響力を持つようになれば……武士たちは中央に従わざるを得なくなります。貴族に、寺社に、清盛に逆らう者は、反逆者として土地を奪い、殺す。そのような事態になるかもしれない……我が家の所領が奪われたようにね」
「なるほど、そこがつけ目か」
政子は鋭く察した。
見つけ出した隙に、魔王オーラ全開でほくそ笑む。
「言葉が不穏すぎますよ、政子殿」
頼朝が冷静に突っ込んだ。
もとより、絵空事の話。仮定に仮定を重ねたものでしかない。
魑魅魍魎渦巻く中央政界が、これからどう動くのか、さすがの頼朝でも読み切れるものではない。
政子は知っている。
――が、反乱の機運が熟すには、まだまだ時がかかる。待とうぞ。今はまだ、な。
不敵に笑いながら、政子は頼朝に顔を向ける。
「さて、三浦にも会って、次はどこだ?」
「三浦半島の東、走水に向かい、船で房総に渡ります……そこに、坂東屈指の大勢力の主が居ます」
海を彼方に見ながら、頼朝は言う。
「新皇平将門を尊崇するかの地に盤踞する……房総三ヶ国にまたがる大反乱を起こした平忠常の子孫」
海の向こうに、巌のごとき巨山がある。
その名を。
「――上総広常」




