二十一 八条院
「おおー。頼朝ちゃんが言ってた通り、すごい子やー」
御簾越しに、八条院の楽しげな歓声があがる。
女房たちが全員ぶっ倒れたというのに、たいした腹の据わり方だ。
あわてる侍たちを尻目に、政子は優美な仕草で八条院に礼をする。
仕草に込められた刃のごとき鋭さは、いつもと違う、まともな童女装束ゆえいっそう際立つ。
「八条院には初めてお目にかかる。わしは伊豆国住人、北条時政が娘、政子である」
「そうなんやー。うちが八条院よ。政子ちゃん、あんたの話は伊豆の頼朝ちゃんからよう聞いてるよ――ほら、政子ちゃん、こっちおいで」
御簾がすこしだけ持ち上げられて、手招きされる。
「よいのか? わしは下賎ぞ」
「うちがええ言うとるんや。誰にも文句は言わさんよ」
「デアルカ」
政子が立ち上がると、あわてたのは警護の侍たちだ。
なにしろ、物の怪かと疑うような、異様な気配を放つ童女である。
しかも視線だけで女房たちをぶっ倒しているのだ。
これで主君の身を案じない方がおかしい。
だが、当の八条院はおかまいなしだ。
「大丈夫や。ええからこっち来てお話ししよ?」
「うむ」
堂上に上がった瞬間、侍たちが卒倒せんばかりの表情になっていたのはともかく、政子は誘われるままに、御簾の内に滑り込む。
笑顔で政子を迎えたのは、恐ろしく白い肌の、瓜実顔の女だった。
顔立ちは整っているが、柔和な笑みでそれを崩しており、どちらかといえば愛嬌がある、という形容が相応しい。
しかし、政子は彼女を見ると、嫌な予感しかしない。
「まあすごい気格やけど……よう見たら可愛らしいええ子やないの」
――ヤバイ。
政子は脂汗を流す。
彼女がまとう雰囲気に、ものすごい既視感を感じるのだ。
この雰囲気、政子が前世で苦手だった人物――かつての妻、濃姫そっくりである。
「可愛らしいし賢そうやし、ただものやない気配やし……ああ、娘にしたいわあ」
「冗談はよさにゅか」
有無を言わさず袖に巻き込まれ、抱え込まれてしまった。
無理に逃れることも憚られ、政子は不本意ながら、されるがままになっているしかない。
「そういえば、八条院」
「はいな」
かいぐりかいぐりされながら、政子は話す。
「我が父より進物を、頼朝からも手紙を預かってきた」
「そうなん。おおきに」
八条院は鷹揚にうなずいた。
進物、と聞いてもさしたる興味を示さないあたり、慣れ切っている。
もしこれが父、北条時政ならば、たとえ目下の相手であってもころりと態度を変えて、賓客のようにもてなし始めるところだ。
ともあれ、政子は言葉を続ける。
「それから、伊豆大島の源為朝から、よろしくと」
「ああ、あの保元の乱で活躍した武勇の御仁やね? 崇徳院に従うとった」
「である」
「えらい乱暴なお人らしいけど、どうやって知りおうたん?」
だが、さすがに為朝の話には、彼女も興味を示した。
示したが、かたくなに政子を手放そうとしない。
冷や汗をかきながら、政子は言葉を続ける。
「うむ。強いという話を聞いてな。大島に乗り込んだ」
「むちゃやなあ……いや、そうでもないんか。その気格なら、たいていの者は近寄れんやろねー。鳥羽のおとうちゃん(鳥羽院)でもそこまで人外しとらんかったよ」
「デアルカ。ごろごろ……おい、喉元を撫でるでない」
猫に対してそうするように、八条院は政子の喉元を撫でてくる。
心地よさに思わず喉を鳴らしてしまったが、本意ではない。
「そういえば、政子ちゃん。頼朝ちゃんとはええ仲なん?」
と、ふいに八条院はそんなことを聞いて来た。
当たり前だが、そんな事実はない。
「いい仲? いや、あり得ぬぞ?」
「ほんまに? 頼朝ちゃん、“私の大事な人やから、無礼あるかもしれんけど許したって”って」
「あやつめ。また誤解招きそうな言葉を選びよって。事実無根ぞ……もっとも、わしはあやつを常々部下にしたいとは思っておる」
「うちはあんたを頼朝ちゃんともども、うちの子どもにしたいと思とるんやけどなー。才能ありそうな子、うち好きなんよ。頼朝ちゃんも、あんたも、ものすごいことやりそうな気がするわー」
八条院の言葉に、政子は不敵な笑みを浮かべた。
「その観察眼はたしかぞ。誇るがよい」
「おおきにー」
言いながら喉を撫でてくるので、政子はまた猫になった。
◆
「政子ちゃん、うちにあんたを育てさせて……というのは一旦置いといて、せっかく都に来たんや。ゆっくりしていってくれるやろ? 伊豆の話も聞かしてなー」
「うむ」
「それから、欲しいもんがあったら遠慮のう言ってな?」
「よいのか?」
「ええよ。うちは政子ちゃんのこと、育てたいと思とるんやから、なんでも言ってみ?」
貴人の気まぐれか、それとも深慮遠謀か。
ともあれ、この種の天然か計算深いのかわからない人間には、素直に誠意を持って当たるしかない、と、政子は前世の経験から学んでいる。下手なことを言うとこじれにこじれるのだ。
というのはさておき。
「平清盛という男がどれほどの者か、見てみたい」
政子は率直に言った。
それこそが、都に来た最大の目的だ。
「面白い子やな。この八条のおかあちゃんに見向きもせんと。しかもあれやろ? 清盛さんに取り入ろう、ってわけでもないんやろ?」
「とうぜんよ」
その即答が面白かったのか、八条院は、心底楽しそうに笑う。
「ええよ。ちょうど清盛さん、近々うちにご機嫌うかがいに来ることになっとるんよ。一番そばで、政子ちゃんに清盛さんを見せたげよな?」
「ふむ、一番そばとは?」
「うちの膝の上や」
「それはやめてくれにゅか」
――やはりこの手の女は苦手だ。
猫かわいがりされながら、政子は心の中で頭を抱えた。
◆例えばこんな英雄転生
爆死にて自害を遂げた乱世の梟雄、松永久秀が三浦義明に転生! 頼朝挙兵時89歳なので準備の時間はたっぷりある!
鉄壁と化した衣笠城を、たった一人で守り切れ! ダメだった場合は火薬の出番だ!
爆弾正三浦介、参るっ!




