二十 平安京
平安京。
遷都より四百年。その間、政治の中心であり続けた巨大都市。
その雑然たる街並みを馬上より仰ぎ見ながら、政子は「ほう」と感慨深げに息をついた。
「さっすが都! 立派なもんだ!」
「ヒャッハー! 人も多いぜぇ!」
――いや、なんか小汚くはないか?
はしゃぎまわる家来たちに比べて、政子のテンションは微妙だ。
期待していたきらびやかな都のイメージには、実物はほど遠い。
そういえば。政子は思う。
政子が織田信長だったころ、初めて都を訪れた時も、荒廃した都をみてがっかりしていた気がする。
――人は多そうだが、市に並ぶものは貧弱。いや、四百年も先の世と比べるのは、さすがに間違っておろうか。
京の北、鞍馬寺へ人をやったが、どうやら義経が寺に入るのはすこし先のことらしく、連絡がつかなかった。
なんだか、都に来てから肩すかしを食らいっぱなしである。
「なんだぁ、大人しいな、小娘。さすがに緊張してるのか? まあ、こっちとしてはぁ道中みたいに暴れずにいてくれりゃあ安心なんだがな」
「なに。拍子抜けしたまでよ」
声をかけてきた藤九郎に、政子は言葉を返す。
「――まあ、いずれ掌中に納める都よ。今のうちに問題を洗い尽くしてくれるわ! ふははははっ!」
「な、なんだこの声はっ!? 恐ろしい気配はっ!?」
「天狗じゃ! 天狗風じゃっ!」
「ひいいいいっ! たすけてくれえっ!」
突如上がった笑声と魔王オーラに往来は一時騒然となった。
◆
「ひまやー」
京の都、左京八条にある八条院御所。
館の主である八条院――暲子内親王は、畳みを敷きつめた居間で、女房に囲まれながら、ゆるいため息をついた。
「八条院様」
「ああ、ええんよ。言うただけや。あんたらに不満はないわ」
心配げな視線を向けてくる女房達に、八条院はゆるい口調で気さくに返す。
しかし、ひま、というのは、彼女の嘘偽りない本音だ。
二十歳の若さで出家してから十二年。
鳥羽院直系の皇女として皇室荘園の大半を継承し、仏事に務めながら生きてきた。
楽しみといえば、引き取った子どもたちを立派に育てていくことだが、とくに目をかけていた以仁王が、つい先日の高倉天皇即位により、皇位継承の目が、ほぼ無くなってしまった。
そんなこともあって、八条院は日々の営みに張り合いを覚えなくなってしまっていたのだ。
「そういえば」
だらしなくくつろぎながら、八条院はふと手を打った。
「伊豆に流された、あの育てがいのありそうな子――頼朝ちゃんが女の子寄越してくれる言うてたやん? そろそろ来てもええ頃合いやな。面白そうな子やけど、どんな子なんやろ」
変わった少女だというのは、手紙で見て知っている。
興味を持って、来させるように伝えたが、あの頼朝が評価しているのだ。きっと育てがいのあるいい子に違いない。
「八条院様」
と、ちょうどその時、女房の一人がやってきた。
「――表に、伊豆より参ったという者たちが来ております」
「ああ、うわさをすれば、やなあ」
八条院は顔を輝かせて、ぽんと手を打った。
「広間で会うわ。連れて来て」
「――八条院様」
と、年かさの女房が眉をひそめる。
「相手は下賎です。御殿に上げるなぞとんでもない。庭先にでも座らせればよろしいかと」
「もう。あんたは厳しいなあ。そんなんええやん」
「なりません。ただでさえ八条院御所の風紀はゆるゆるだ、などとうわさされているのです。ケジメはきぃっちりと、つけておかなくてはなりません」
「もう、うちがええ言うてるのに」
結局、伊豆からの客人――北条政子は庭先に回された。
他の者たちは、そもそも目通りすら許されず、別所で待機することになる。
それが、よかったのか悪かったのか。
「ほう。そこに座ればよいのか!?」
案内役の侍たちに、最大級に警戒されながらやってきた、身ぎれいな童女。
「ああっ……」
「ひいっ……」
その圧倒的なオーラ、圧倒的な眼力、圧倒的な存在感に、広間に控えていた女房たちがつぎつぎとぶっ倒れていく。
女房全滅。
第六天魔王の降臨が招いた大惨事に、しかし、八条院は動じない。
どんな胆力をしているのか、眉ひとつ動かさずに、彼女はむしろ――歓声をあげた。
八条院……鳥羽院の娘。後白河院の妹。父から皇室荘園を継承した実力者。源平合戦のきっかけとなった以仁王の乱を支援する。




