十六 頼朝と為朝
政子が伊豆大島から帰還した。
従者から報せを受けた源頼朝は、翌日、北条屋敷を訪れた。
「政子殿、大丈夫だったのでしょうか」
政子は無事に帰ってこれたのか。
とんでもないことをやらかしていないか。
まったく。二重の意味で心配極まりない。
「まあ、あの小娘のことです。ただではぁ帰って来とらんでしょうな」
「藤九郎、怖いことを言わないでください」
従者の言葉に頭を押さえながら、頼朝は北条屋敷の門前に立った。
「頼もう!」
待つことしばし、門が開かれる。
奥から顔を見せたのは、北条家の長男、北条宗時だ。
「あ、頼朝様」
宗時も、すでに十三歳。立派な好男子に成長している。
が、どうも今日の宗時には、いつものすがすがしさがない。
「宗時殿、先日はどうも。政子殿が帰ってきたと聞いて、来させていただきました」
「ああ……政子ですね」
疲れ切った大人の笑みだ。
もうこの時点で嫌な予感しかしない。
「いま、呼んで来ますよ」
そう言って屋敷に向かう宗時の後姿をみながら、頼朝は不安で仕方ない。
――いったい何があったんでしょう。
考えていると、門の裏からぬっとでかい影が現れた。
その姿を、頼朝は知らない。知らないが、頼朝の明晰な頭脳は、身体的特徴と前後の状況から、その正体を瞬時に判断した。
「あなたは……」
ひきつった笑みを浮かべる頼朝に、影――髭もじゃの巨人は凶悪な笑みを浮かべて言った。
「どーも、頼朝様。蘆島太郎くんです」
◆
――どうしてこうなった。
屋敷に招き入れられた頼朝は、案内された部屋で、盛大にくずおれていた。
「よく来たな! 頼朝! 元気がなさそうだがどうしたのだ!」
元気をなくさせた元凶、北条政子は板間に敷かれた畳の上で上機嫌に笑っている。
「かかっ、どうしたどうした! 兄上――じゃなくて義朝殿のご嫡男がそんなになよっちくてはいかんぞ! にしても似とらんな!」
そして蘆島太郎と名乗った毛むくじゃらの大男は、自分の正体を隠す気があるのか疑問である。
源為朝。
頼朝の叔父である。
頼朝同様、流人であり、昨今珍しくないとはいうものの、朝廷の支配に弓引く反逆者。
「どうしてこんな状況になってるんですか」
じとっとした瞳を向けると、政子と為朝は顔を見合わせて口を開いた。
「口説いた」
「口説かれた」
「……八月某日、叔父が幼女性愛者で生きているのがつらい」
「おいやめにゅか」
「かかっ! 頼朝よ! 貴様冗談が上手いな!」
為朝が遠慮なしにばんばん背中を打つ。
当然の結果として、頼朝は水平にすっ飛んで木戸に衝突した。
「こら太郎! 加減せぬか! 頼朝がゴミクズのごとく吹き飛んだぞ!」
「いかん。加減間違えた――小娘、おれさまは客人だぞ。家人のごとく扱うな」
ふたりのやりとりを聞きながら、頼朝は立ちあがる。
「頼朝、無事か!?」
「大丈夫です。こう見えても体は頑丈なので。むしろちょっと気持ちい――こほん……それより、叔父上――いや、ここではこう呼ばせていただきます。蘆島殿」
「なんだ?」
「どうして政子殿の客人に?」
頼朝の問いに、為朝はにやりと笑って答える。
「うむ。この小娘が面白そうだったのでな」
能天気な答えだ。
巻き添えを食って殺されかねない頼朝としては、頭を抱えるしかない。
「それに」
と、為朝は言葉を続ける。
「――この小娘は不思議の知恵を持っている。しばし世話になりながら、話を聞くのも面白そうだと思ってな」
「……なるほど」
陽気の中に鋭い刃が隠れている、と、頼朝は見た。
それは頼朝への敵意ではない。この男がみている先は、自分や政子と同じ――天下だと、頼朝は確信した。
――ずいぶんと荒い絵を描いてそうですが。
いや、描いてすらおらず、まっすぐ腕一つで天下を睨んでいるのかもしれない。
そのことに、頼朝は好感を覚えずにはいられない。
対峙して、男の世界に入る頼朝と為朝。
取り残されて面白くないのか、政子は眉根を寄せて仏頂面だ。
「あねうえさま、お酒をお持ちいたしましたわ」
そんな空気を破るように、やってきた保子が、姉に対してにこやかに声をかけた。




