第17話ー契りー
セシルはリディアという女性のいる部屋の前に立ち扉をノックした。扉の中からは美しい声が聞こえる。
「どうぞ、お入りください。」
扉を開け中に進むと美しい女性が部屋のソファに腰掛けていた。
黒い流れるような長髪、顔にまだ幼さは残るものの、その姿はある種の存在感を示していた。このような女性にあったのはアリシア女王を入れて3人目である。アリシアとの出会いは女性慣れしていない彼に取って衝撃過ぎたため印象は一番大きいが、それでも以前、図書室で出会ったリテシアという女性や目の前にいる彼女にも共通して惹かれるものをセシルは感じていた。このような清楚な女性がお忍びで胸揉みを希望するとは、セシルは世の中の恐ろしさを感じずにはいられなかった。そんなことを考え、どう話しかけて良いか分からず恥ずかしそうに扉の前で立ち尽くしていると彼女の方から声を掛けて来た。
「そんなところでは何ですから、どうぞ中にお入りになってください。」
彼女の目は既に潤んでおり、セシルはどのようなプレイを求められるか若干の不安を覚えながら、彼女の手招きに促されソファの向かいの椅子に腰掛けた。
ソファと椅子の間にあるテーブルの上には彼が今日何度も目にしている胸揉み要望書が置いてあった。セシルは先程の気持ちを胸にしまい込み、目の前にいる女性は一人のお客様なのだと自分に言い聞かせ、紙を手に取った。その要望書に目を通すと記載は一切無く空欄であった。セシルはこの状況を何度も経験している。
「お任せで宜しいでしょうか?」
「え?お、お任せですか?」
そこには目をパチクリさせる彼女の姿があった。
リディアは夢にまで見ていたレグナスの姿を目の前にいるセシルに重ねていた。そして彼が扉の前で恥ずかしそうにしている姿を可愛く思い、部屋の中へ招き入れた。近くで見ると少し洗練さに欠け幼く感じるが、目鼻立ちのはっきりした美男子である。彼女は安心した。リディアは何度も想像の中でレグナスを美男子に置き換えている。その妄想が現実とギャップを生むのではないかと心配していたのだ。その心配もすぐに杞憂となり、彼の顔を近くでマジマジと見つめていた。そんなことを考えていると、彼はテーブルに置いてある紙に手を伸ばした。そしてようやく声を掛けられる。
「お任せで宜しいでしょうか?」
リディアは驚いた。第一声の言葉が理解出来なかったのだ。
「え?お、お任せですか?」
セシルの顔を見ながら考えごとしていた彼女はすぐに気づかなかったが、セシルは先程手に取った書類を眺めていた。この紙が何だったか思い出すまで少し時間がかかったが、リディアは宰相のエリスからあることを事前に聞かされていた。ー魔手将軍が来る前に何か揉み方の要望があれば書類に記載をお願い致します。そのように仕込んでおきますので、御心の思うままに綴って下さい。ーと。そのことを思い出し、ー目の前にいる彼はわたくしが胸を揉まれにここにきていると思っているのですわ。ーと即座に理解した。
「はい、要望書に記載が無い場合、大抵はお任せと伺っております。もしそうでない場合はお客様に詳しくヒアリングせよとも。如何様にもお申し付けくださいませ。」
「い、いえ。そういうつもりで書いてないのではありません。よ、宜しければ少しお話でも致しませんか?」
「もちろん、書くのが難しい内容については直接伺っております。どのような揉み方が宜しいでしょうか?」
「そ、そうではないのです。お互いの自己紹介でもしませんかと申しているのです。」
話が食い違っていたせいか、破廉恥な内容を話していたせいか分からないがリディアは語気を強めてそう答えた。
「畏まりました。」
セシルは今までに無い反応に対し、少しシュンとした顔を見せた。その顔を見たリディアは顔を赤らめー何て可愛い顔をするのかしら、これではわたくしが虐めているみたいですわ。ーと思った。
「え、可愛い顔ですか?そんな風に言われたことありません。皆その顔を見ていると虐めたくなるとおっしゃいます。」
「あら、嫌だわ。声に出ていたかしら。何でも無いから気にしないで。」リディアは焦りながらそう答え改めて自己紹介を始めた。
「では、改めまして。わたくしはリディアと申します。リソフィア国で女王を務めております。アリシア女王とは遠縁の親戚にあたり、今回このエトワール国にお邪魔している次第です。」
セシルは彼女を女王とは知らずに接していた。何か不手際が無かったか瞬時に考えるが、その様子を察してリディア女王は優しく声を掛けた。
「そんなに畏まらないで下さい。あなたに会いたくて来たのはわたくしなのですから。わたくしのことはリディアとお呼びください。」
彼女の言葉にセシルは安心した。彼の中で女王と言えばアリシアである。全て彼女基準で考えてしまう頭が既に構築されている。またセシルは先程感じた彼女の存在感は女王という特殊な存在であるためであると思った。
「では私のこともセシルとお呼びください。私はこのエトワール国でアリシア女王に仕える名誉奴隷に御座います。先日、将軍職にも任命されましたが、最近の主な任務は胸揉みに御座います。」
「む、胸揉みですか。わ、分かりました。」
リディアは胸揉みの話から少しでも離れるようにすぐ本題に戻した。
「セシルは文字の読み書きが出来るようですが、エトワール国以外の出身ですか?」
リディアは先日得た知識で男性の識字率が低いことは承知している。そのため、他国から亡命した可能性について考えていたのだ。
「いえ、正真正銘エトワール国の出身に御座います。正確には住んでいた土地がエトワール国に属していたという後付けのような話ですが。」
「では、セシルさんご自身は自覚が無くこの国に住んでいたと?」
「はい、その通りです。この国の騎士様に見つかり、このエトワール城に奴隷として連行されました。」
「そう言うことだったのですね。ですが、文字の読み書きについては誰に習われたのですか?」
「母に習いました。文字以外のことも母から教わっております。」
「でも、セシルのお母様も良くあなたを差し出さずにその歳まで育てたわね。もし見つかればあなたのお母様は重罪人として裁かれているわ。」
「いえ、母は既に亡くなっています。」
「そうでしたか、大変失礼致しましたわ。では一人で人目につかず暮らしていたと?」
「そうですね。故郷である森から一歩も外へ出てはいけない決まりだったもので、そこに1人暮らしていました。今ではこの国の知識もだいぶ得ていますから、いつ殺されてもおかしくない私を助けて下さったアリシア女王には大変感謝しております。」
「では最後に。単刀直入に質問致します。あなたは王家直系の血筋ではないですか?」
「え?」
セシルは驚いた。彼は何も彼女に悟られるような言動はしていない。それに彼女の言葉は何かを確信しているような言い回しだった。このことについてはアリシア女王より厳重に口止めされている。過去に王族の女王が男子の子を守る為に逃げ延びたことを隠す為だ。またこのことは関わった一部の者にしか知らされていない。
「わたくしも王家直系の血筋。あなたには近しいものを感じます。どうか遠慮なさらずに答えて下さい。」
「その質問にはお答え出来ません。」
「え?」
今度はリディアが耳を疑った。目の前にいる男性はこれまで素直に質問に答えてくれていたからだ。急に彼の口を閉ざしたことにはきっと訳があるのだろう。多分アリシア女王あたりから口止めされているに違いない。
「どうしてですか?口止めでもされているのですか?」
「はい、その通りで御座います。アリシア女王より私の出生については話すべからずと口外することを禁じられています。」
リディアはビックリした。彼が正直に口止めされている事実を話したからである。ここまで正直に伝えるということはこれ以上答えるつもりが無いことを頑に示している。
「それでは困るのです。あなたからお話を聞く為にわたくしはここまで来ました。」
「それでもお答えしかねます。これはアリシア女王との約束に御座います。」
この返答は予想外であり、せっかく真相に迫ったリディアにとっては焦らせるものであった。そしてリディアはおもむろに立ち上がりセシルに詰め寄った。そして目の前に座っているセシルの目をまっすぐ見据えながら肩をつかみ再度問いかける。
「お願い致します。セシル様、お答えください。この質問はわたくし個人だけに留まる問題ではないのです。このソフィア大陸に関わることなのです。」
リディアも苛立ちからか尊敬するレグナス王に重ねたセシルを知らず知らずのうちに敬称で呼んでいた。
「いかなる理由があろうともこの件についてはお断り致します。」
セシルもアリシアとの約束を違える気は無い。リディアに合わせて立ち上がり強めに答える。
その答えに更に不満を持ったリディアは鬼気迫る勢いでーお願いだから、答えて。ーと彼に掴み掛かった。
あまりのリディア女王の鬼気迫る様子に気圧されセシルが一瞬身を引いた瞬間、彼女の身が前のめりになった。その不安定な姿勢を支えようとセシルは咄嗟に両手を伸ばして彼女を支える。その刹那、柔らかい感触がセシルの体を包み込んだ。
リディアはこの短時間でセシルに親しみを覚えていた。質問にも素直に答えてくれる。それなのに肝心な問いには答えてくれない。そんな態度が彼女を焦らせている。そして彼女は自分自身思いもよらぬ行動に出ていた。彼に掴み掛かり詰問しているのだ。先程王具での確認はしているが、出来れば彼自身の口から真実を聞きたかったのだ。そうすることで、リディアは彼が正式な神託の王であることを宣言したかった。しかし、今目の前にいる当のセシルは口を閉ざしている。そして彼が椅子から立ち上がり更に回答を拒否して来た。リディアも引けなくなり更に体が前のめりになる。その瞬間彼女はバランスを崩した。
気がつくとリディアはセシルの体にもたれ掛っていた。そして今までに感じたことの無い感覚が体を突き抜ける。バランスを崩した拍子に彼が支えてくれたのだ。そしてセシルの手は正に彼女の成長途中の胸の上にあった。この瞬間彼女は自覚する。ーこれが話に聞いていた魔手の効果なの?まだ彼に聞きたいことがあるのに、この気持ち良さには抗えない。ーと残った理性の部分で直感的に感じているのだ。
「だめ、それ以上触っては戻れなくなる。」
バランスを取り戻した彼女は彼の手を拒もうと払いのけようと意志が働く。しかし、彼女の取った行動は正に逆である。セシルの手に自分の手を重ね卑猥に強く激しく押し当てていたのだ。ーそ、そんな。わたくし、こんなに厭らしいことを自分の意志で。なんて変態さんなの?ーそんなことを考えていると彼自身の力も加わり、更に激しく撫で回す。
「き、気持ち良い。こんなの初めてです。もっと強く胸を掴み回して下さい。ああん、いい〜、すごく良いの〜〜。もみもみして〜〜。好きなのセシル様〜。いっちゃう〜、いっっちゃーう。」
彼女は憧れのレグナス王とセシルを重ね合わせ彼の魔手を求め続けた。
セシルの両手には正に発育途中の手頃な胸が二つ納まっていた。これから成長しそうな程よい大きさの胸。セシルは彼女の胸の成長を促すかのように無意識に揉みしだく。リディア自身もこれに呼応するように自分の手を重ね合わせた。そして、彼女の上品な口から卑猥な言葉が飛び出した。
「き、気持ち良い。こんなの初めてです。もっと強く胸を掴み回して下さい。ああん、いい〜、すごく良いの〜〜。もみもみして〜〜。好きなのセシル様〜。いっちゃう〜、いっっちゃーう。」
セシルはこの言葉を聞いた瞬間、自分の中の箍が外れるのを感じた。彼には女王に禁止されていることが2つある。1つ目は出生の秘密をばらさないこと。2つ目はアリシア以外とのキスはしないことである。後者はセシルが自制することで今まで意図も容易く押さえていた。しかし、ここにきて自制が一切効かなくなっている。そしてセシルはとうとうリディアに口づけを交わした。
「ずきゅーーーーーーーーんっ」
その瞬間リディアの体から光が迸る。そう、リディアの持っている光のエレメンタリオ、その力を解放したのだ。その瞬間リディアはーセシルに身も心も捧げたい、結婚したい。独占したい。ーと心から思い、悦に浸りながらゆっくりと床に倒れ込んだ。そして彼女の力を一時的にでも制限解除したセシルは、アリシア女王に初めてした時と同じように力を吸収され、彼女に光が収束して行くのを感じた。セシルはそのまま心地よい気持ちに浸りながら意識を失っていくのであった。そして倒れたリディアは自分の力が満たされていくのを感じながら意識の失った彼を強く抱きしめそのまま眠りについた。