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第13章 生還

 

 翌日。9月27日0時02分。

 SOSを何度も送信し続ける、第六真盛丸の打電を読んでいた函館港内に停泊中の石狩丸の無線士、坂本幸四郎氏が海保に代わって答えた。

 本来は受信した船舶は直ちに答えることが義務づけられていたが、付近の連絡船のみならず、海保の巡視船ですら救助に向かえる状況ではなく、誰も答えることはしなかった。

 しかし、必死に何度も送信を続ける無線士が気の毒になり、答えたという。

 なお、通信はモールスだが、翻訳して文章にせず、モールスの打電信号のみで会話を行った。

 この方法は「ヒアリング」と呼ばれるもので、モールス信号を熟知したベテラン通信士だからこそ出来る会話であった。

(坂本幸四郎氏著書・わが青春の青函連絡船・光人社)


挿絵(By みてみん)

 

 無電を固唾を呑んで見守っていた、第六真盛丸船員達は無線士の「答えた!」との言葉に一斉に歓声を上げた。

「やかましいわ!聞こえへんねん、静かにせんかいっ!」

 再び静まった無電室に打電音だけが静かに響く。

「国鉄の石狩丸だ。」

 

 ・石狩丸

「SOS OK JNIの送信不良ですが受信は良いと思われますから貴船のSOS、QSL(受信はしても答えられない)と思われる。こちら連絡船・石狩丸は今、函館港内です。」

 ・第六真盛丸

「本船は今の所、砂浜に横になって約10度右舷に傾いているが、転覆の危険は無いがwatch頼む。付近多数の漂流者が海岸に助けを求めているから最寄に連絡方法ありや(連絡できるならしてほしい)本船も2名救助した。」

 

 一度途絶えて再度、第六真盛丸よりヒアリング打電が始まる。


 0時12分石狩丸受電

 ・第六真盛丸

「貴船を通じて救助方連絡頼む。なお、本船付近に多数の漂流者あり。何らかの方法により、至急救助頼む。本船も2名救助せり。」

 

 石狩丸は早速、函館桟橋の国鉄函館海岸局へ連絡した。

 この通信で、洞爺丸が沈没したことが初めて送信された。

 函館海岸局は、大雪丸、及び十勝丸に洞爺丸生存者救助を要請したが、二隻とも答えなかった。

 この時大雪丸は、大嵐に打ち勝ち、木古内港沖で停泊していたが、エンジンやボイラーは海水まみれとなり、舵も効かず、船体はあちこちにぶつけ、唯、命からがら浮いているだけだったという。

 大雪丸は生き残ったものの、修理が必要で暫くドック入りをやむなくされた。


 同じ頃。七重浜海岸。

 田辺氏は、周囲の声で目が覚めた。

「おーい!」

「大丈夫かぁ!」

 誰かが叫んでいる。

 助けが来たんだ。

 立ち上がろうとするが、体が動かない。

 声も出なかった。

 寒さと打撲で体が硬直している。

 砂浜を何とか手で掻いて、足で掻いて、少しづつ声のする方へ向かう。

 すると、段々動きが軽くなってきた。

 恐らく、一生懸命動こうと、もがいたせいで血の巡りが良くなったのかもしれない。

 起き上がると、頭がもうろうとし、目が霞む。

 とりあえず、光と声の方に向かう。

 助けて!と言いたくても「ああうう。」としか声が出ない。

 やがて、車のエンジン音が聞こえてきた。

 その車のライトへ向かって走り始めると、一台が動き出した。

「あ、あ、か、…!った!。」

 徐々に声になってきた。

「おーい!助けてくれェ!」

 2台のトラックがいた。


挿絵(By みてみん)


 前を動き始めるトラックの運転席のドアを歩きながら必死で叩く。

「の、乗せてくれェ!」

「もう、一杯なんだ!乗れないよ!済まねェ!済まねェ!」

 田辺氏はトラックが動いた拍子で転んで、トラックの後輪が走っていくのを、うつろに地べたから眺めた。

「ああ…行ってしまった…。」

 すると、寝ころんだ体に、もう1台のトラックのヘッドライトが当たった。

 誰かが、自分の腕を掴み、抱き上げ、トラックの方へ連れていってくれる。

「しっかりしろ!死ぬな!」

「頑張れ!ほら!もう助かったんだ!」

 田辺氏は、荷台ではなく、トラックのキャビンに乗せられた。

 助手席で、ヘッドライトに浮かぶ、壊れた「七重浜海水浴場」の看板が目に付いた。

 暗闇の国道228号線に出る。

 対向車が、けたたましいサイレンを鳴らして通り過ぎる。

 当時の緊急車両は、今のような回転灯ではなく、点滅する赤色灯のみで、何かの緊急車両なのだろうとは分かったが、消防車なのか救急車なのか覚えていない。

 当時はサイレンも皆同じで、機械的な「ウ~。」だった。

 どこまで走っても停電のせいで明かりが見えなかった。

 トラックの揺れと暗闇が心地よく、いつの間にか寝てしまったのか、気が付いたら、遠藤病院のベッドの上だった。


 七重浜沿岸、上磯町久根別。

 当時、七重浜に北海道航空航路を設けるために函館飛行場があった。

 北海道や路線になる地方都市が出資しあい北日本航空が設立され、ハワイアン航空のダグラスDC-3旅客機の中古機購入を契約したばかりであり、旅客機そのものがまだ無く、営業はセスナ機が観光シーズンに丘珠から回送され、周遊観光で飛ぶだけだったという。

 飛行場は国道沿いの海岸側にあり、砂利で固めただけで、更地同然の飛行場で地元でも知る人は少ない飛行場だった。

 後に洞爺丸台風の被害で、飛行場に不向きと判断されたせいか取りやめ、逆方向の太平洋岸の高台にある函館市高松町に現在の函館空港の建設が行われる。

 この結局、定期便空港になる事が無いまま終わった飛行場の滑走路にも多数の洞爺丸生存者が上陸した。

 

 對馬きくゑさんが、台風から避難してきた久根別の親戚の家の扉が、深夜にガタガタ鳴った。

 消防団の台風警戒から帰ってきたばかりの親戚の主人が扉を開けると、蝋燭の光に浮かび上がったのは、全身びしょ濡れの男で、震えながら入ってきて、玄関に倒れた。

 服は波に揉まれたせいでボロボロで、小声で「助けて…。」と呟く。

「なんだ一体!どうした!」

 すると、次から次へ、暗闇の中から幽霊のごとく力なく人々が歩いてくる。

 玄関に着いて座り込んだ中年男性が話した。

「洞爺丸に乗っていたら、七重浜に乗り上げてかっぱがった。(ひっくり返った)」

 親戚の主人は家族や、對馬さんを起こして、避難者を介護するように頼むと、自転車で出て行った。

 消防団を再び呼集して回り、消防団の消防ポンプ車に乗り込んだが1台しかない。

「源さん叩き起こしてバタバタ出させるか!」

 バタバタとは、オート三輪車の事だ。

 源さんの家の玄関を怒鳴りながら叩いた。

 すると、玄関が「バシーン!」と音を立てて勢いよく開いた。

「う、ばか、眩しい!」

 懐中電灯を源さんの顔に当てながら話そうとしてしまった。

 懐中電灯を下すと、源さんは消防団達を見て驚いた。

「…うるせえなあ、おめーら、何だ!何があっただ!」

「源さん、大変だ!洞爺丸が七重浜さ、かっぱがっちまってさぁ、人が沢山流されたっつーだよ!」

「馬鹿おめー、あんなデッケェ船、かっぱがる訳ねェべや!何寝ぼけてんだぁ、おめーはさぁ、全く。」

 源さんが目を擦りながら部屋に戻っていく。

「いいから!ホントかどうか、ともかく早ェくバタバタ出してけれって!」

 消防団を先頭に集められた住民が手分けして七重浜海岸に急行した。

 

 暗闇の海岸で、サーチライトが海岸から照らされ、いきなり「ボー!」という汽笛が響き渡って驚いた。

 第六真盛丸だった。

 実は、現場に来る1時間程前から汽笛を聞いていたが、まさか、陸地にこの海岸におびただしく散らばる遭難者の事を教えてるとは思っていなかった。

 サーチライトが消防団めがけて点滅し、合図を送ってくる。

 何か、通信しているようだったが、意味は分からなかった。

 だが、サーチライトに照らされる七重浜を見ると、その意味はよく判った。

 手分けして転がる遭難者の頬を叩き、生存者を探し続けた。




 


 


 

 


 


  

 


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