第11章 漂流
★第六真盛丸
22時50分。
函館港防波堤外に仮泊めしていた大阪の民間貨物船・第六真盛丸(2209総トン)は、やはり他の船同様に走錨に陥り、船首を函館港側に向けた状態で20時37分に七重浜に座礁していた。
座礁場所は海岸に極めて近い場所で、しっかりと締まった砂の海底に食い込み、右舷に10度程傾いたが、危険はないと判断し、嵐が過ぎるのを待っていた。
斜め右舷に大きな客船らしき船が泊まったのを確認していたが、「お互い大変ですね。」としか考えていなかった。
ところが、徐々に客船の灯りが傾いたかと思うと、20分位で姿を消した。
「なあ、さっき前に居た大きい客船どない行った?沖に出て行ったんか?」
「いや、さっきまで居ましたが?」
「あんな大きいのが沖に出たなら、こんなすぐ見えなくなる訳ないねん。」
「……。」
「とりあえず、その辺見てみい。」
サーチライトが海を照らした。
すると、何も無い。
うねりが深い波だけが黒く蠢くだけだ。
「客船どないした?」
「見えません。」
「…とりあえず監視を続けよう。停電したかもなぁ。あんなのが、こっちに流されてきたら、うちらがお釈迦になってまうさかい。」
すると、伝声管から報告がきた。
「ブリッジ!1時(方向)に漂流物多数あり!」
航海士が、サーチライトを当てた方向を双眼鏡で確認した。
無人の救命筏が照らされた。
「船長!筏です!まさか!」
「何言うてんねん、あんな大型の客船がそう簡単に、お釈迦になるかいな。」
船長が双眼鏡で確認した。
救命筏の向こうに青白い光が多数漂っていた。
救命胴衣に付属する小型電球の光だった。
サーチライトに大の字になって浮かぶ人間が数人見えた。
「…今すぐ右舷にロープ下ろせ!全てのサーチライトで周囲を照らせ!急げ!」
その頃、田辺氏はその漂流者のひとりだった。
高波に呑まれ溺れても、救命胴衣のおかげで浮く事が出来る。
プハッと顔を海面から出して息をすると、また高波に呑まれる。
その繰り返しが果てしなく続く。
すると、サーチライトが顔を照らし、船が見えた。
第六真盛丸だった。
「救助船だ!」
船に向かって手を振ろうとしても、波が邪魔をする。
何かがぶつかってきたので、必死に掴む。
すると、柔らかい。
サーチライトが当たり、掴んだものを見たら遺体だった。
生気が無い顔と対面し、慌てて手を放し、また波に呑まれて、顔をあげたら真っ暗闇だった。
さっきの船が見えない。
今度は硬いものがぶつかってきて、抱きつくと平たく小さい。
今度は遺体じゃないと安心して掴まり続けた。
「もう駄目だ。」
田辺氏は目を閉じ、波に漂いながら意識が遠のき、気持ち良くなり寝てしまった。
その頃、国鉄函館海岸局。
打電しても返答が無い洞爺丸に対しタグボート4隻を救助に派遣。
洞爺丸に対し2度確認の打電をするが、返答がない。
22時57分。3度目の打電。
「船内状況、浸水なるやウナヘ(至急返答せよ)」
無線士の打電記録に「no ans」(no answer・返答なし)の文字が続いた。
第六真盛丸は2人を救助に成功した。
1 人は、洞爺丸の転覆の際に甲板で非常用エンジンを操作中に投げ出された川上二等機関士だった。
デッキから船員達が身を乗り出し波飛沫を被りながら叫ぶ。
「ロープにしっかり掴まれ!死んでも離すなぁ!」
「船に足をかけろぉ!突っ張れ!」
やっとの思いで甲板に引き揚げられ、船内に案内された。
洞爺丸の乗組員が救助された事を知った船長は、無線士に打電をするよう伝えたが、いつまでもモールスを打ち、沈黙し、それを繰り返す。
「どないや!海保(函館海上保安部)は応答は何や!何て言っとんね!」
無線士が答えた。
「送受信不能です!」
第六真盛丸のアンテナは、嵐で海水にまみれ、塩だらけとなり、絶縁不良になっていた。




