8 GAME OVER
繁華街の裏通りに聳えるタワーマンション。
通りから少し奥まった所に建っていて、エントランスまで両側に植物が植えられた小路が数メートル続いている。
「ここか」
誰に言うでもなく呟いた俺は、マンションの名前が刻まれたアーチ状のゲートをくぐり、その小路に入った。
千堂さんと別れた後、俺はまた一人で行動していた。
ここはバイト先からそう離れてはいないし、マンションの中にプレイヤーが何人かいたので近づいてみることにした。結果としては、伊野さんはいなかったけど、バーコードのマークもあったのでここまで来てみた。
この辺にバーコードがあるはずだ。
画面上の地図を最大まで拡大し、実際の景色と照らし合わせる。
間違いない。マークはこの敷地内にある。
小路を進んでいくと道が二手に分かれていた。
一方は正面のエントランス、もう一方は建物の脇へと続いている。
どうやら駐輪場に繋がっているようだ。
壁に貼り付けられた案内板を横目に、俺は駐輪場へ向かった。
もちろん警戒は怠らない。
大入道は大きいので解除してあるが、砂の風車は具現化してベルトに挟んである。こうしておけば、いちいち画面を操作しなくてもすぐに取り出せる。
駐輪場は、マンションの一階部分を一部くり抜いた様な構造になっていて、薄暗い。無機質なコンクリートの壁を蛍光灯が照らしていて、どことなく陰鬱な雰囲気だ。
何台もの自転車が、専用のスタンドに掛けられて整然と並んでいる。
なんというか……これは、探しづらいな。
思わず溜息を吐く。
バーコードは自転車に付いているのか、スタンドに付いているのか、全く別の所にあるのか……。
注意深く辺りを見ていくが、なかなか見つからない。
こんな時チームを組んでいれば、バーコード探しもきっと捗るのだろう。
結局十分以上かかって、ようやく見つけることができた。
壁の排水溝の上部が、ぼんやりと黄色く光っている。
生還バーコードだ。
さっそく読み取る。
『読み取りに成功しました。生還ポイント+41GET! +30→+71になりました』
今度は+41か。
さっきのは+34だったし……そう考えると、やはり生還バーコードで得られるポイントはランダムのようだ。
どちらにしても少なすぎる。
プレイガイドによると、一日に読み取れる回数は十回だ。
身を守るためにも装備は必要だし、全てを生還バーコードに充てるわけにもいかない。特に俺は、まだ能力スロットが一つ空いている状態だ。大入道もそのうち握れなくなるほど大きくなるだろう。そうなったら代えの攻撃アイテムが必要になる。
よく考えて読み取らなくては。
駐輪場を出ると、俺は太陽の光の強さに思わず目を細めた。
眩しい陽光の中、綺麗に整えられた小路を進む。
乾いた空気は清々しく、時折吹く風が肌をさらりと撫でていく。
平和そのものの風景だが、それを、左腕に装着したスマホがデスゲームという現実へと引き戻した。
『プレイヤーが接近しています』
画面を見ると、マンションの前の通りを二つのマークがこちらに移動してきている。
速い。走っているな。
チームを組んでいるのか。あるいは追われているのか。
考えている間にも、二つのマークはこの小路の前を通り掛かろうとしている。
俺は咄嗟の判断で引き返し、駐輪場へ続く道に入り壁に身を寄せた。
顔だけ出して様子を伺う。
二人の足音が聞こえてきた。
こっちに来られたらまずい。逃げ場がない。
すぐに応戦できるように、砂の風車に手を掛ける。
すると、アーチ状のゲートの前を、緑色のTシャツを着た少女が走って通りかかった。
その時に少女が「あっ」と声を上げる。黒い何かを落としたようだ。
音を立てて何かが地面を転がる。
少女は一瞬立ち止まり拾おうとする仕草を見せるが、すぐにまた前を向き走っていった。
少女が見えなくなると、その後ろからもう一人別の少女が横切っていった。
一瞬だし、横からなので表情などは分からない。
行ったか。
ふうーと息を一つ吐き、画面を見る。
「ん?」
一つのマークはここから遠ざかっていき、近くの路地に入っていった。しかし、もう一つのマークはすぐそこにある。ちょうど、ゲートの辺りだ。
どういうことだ?
二人は走り去って行ったはず。
もう一度顔を出して覗いてみるが、やはり誰もいない。
プレイヤー詳細を開いてみた。
Name:道広夏子
Type:攻撃
たぶん今行った、どっちかの女の子だ。
もういないのに、なんでマークだけが?
警戒しながら慎重にゲートへと歩を進める。
すると、通りの中央にあるマンホールの上に、スマホが落ちていることに気が付いた。
「これ……」
さっきの子が落としたやつじゃないか?
腰を落とし、スマホを拾い上げる。
スマホには、今人気がある、ゆるキャラのストラップが付いていた。アスファルトに落としたにも関わらず、端末には傷一つ付いていない。
画面には、ポリゴンで作られた少女が生気のない表情で映し出されている。
その上部に【Name:道広夏子】と表示されていた。
間違いない。
これ、さっきの子のだ。
どういうことだ。マークはプレイヤーに反応しているんじゃないのか?
もしかして、端末に反応するのか……?
自分のスマホ画面を見る。
今いる場所に、俺と道広という少女のマークが重なるように位置している。
少し離れた所には、先程後から走り去っていった少女のマークがある。通りから路地に入った所にあって、姿は見えない。
もう70メートル以上離れているせいか詳細は開けないが、立ち止まっているようだ。マークに動きはない。
画面を見ていたら、ふいに路地にあったマークが消えた。
ほぼ同時に、手に持っていた道広のスマホが震えだす。
『チームメイトを撃破しました。ペナルティ発生。生還ポイント+49→-51になりました』
チームメイト撃破!?
この道広という子が、もう一人の子を殺したのか?
なんで……何があった……。
そんなことを考えながら路地の入口辺りをじっと見ていると、緑色のTシャツを着た少女がおぼつかない足取りで通りに出て来た。さっきこのスマホを落とした、道広夏子だ。
戦闘になるかと腰に差した砂の風車に手を掛けるが、道広の様子が何かおかしい。
腹を押さえ、ふらふらとこちらに歩いてきている。
そして力が抜けたように膝を付くと、道路に倒れ込んだ。
「お、おい、大丈夫か?」
道広に近寄ると、地面に血が流れ出していた。
どうやら腹から大量に出血しているようだ。腹を押さえる彼女の手も血で染まっていた。
体の横には鎌が落ちている。
仲間割れか? それでこの鎌で……。
「しっかりして!」
声を掛けると、道広が薄っすらと目を開けた。
「大丈夫? しっかり!」
肩を揺する。
すると、虚ろな目で俺が握っていたスマホを見た。弱々しい動作で手を伸ばす。
「わたしの、スマホ……返して……わたしの……」
「ああ。さあほら、君のだ」
道広の手にスマホを握らせた。
震える指で彼女が画面を操作する。
すると、見覚えのある瓶が具現化された。
支援アイテムの【癒し水】だ。
「はぁ、はぁ……」
癒し水は具現化されたが、道広にそれを使う体力はもう残ってなさそうだ。
俺は癒し水の入った瓶を掴んだ。
「リサぁ、なんで……」
道広がうわ言のように呟く。もう一人の少女の名前だろうか。
「がんばれ。今、これを掛けてやるから」
俺は声を掛けると、彼女のTシャツを少し捲った。
これは、酷い……。
左の脇腹辺りに刺されたような傷があり、ドクドクと血が溢れ出ていた。
瓶の蓋を開けて、癒し水を患部に掛ける。
しかし、液体は血を洗い流しただけで、傷は一向に塞がる気配がない。
「あ、あれ? なんでだ」
さっき、俺や千堂さんの傷は綺麗に塞がったのに!
ふいに、千堂さんの言葉が蘇る。
『Cランク品だからどこまで効くか分からないけど、どうだい?』
そうか、この子の傷が深すぎて、効かないのか……!
瓶に入っていた液体を全て掛けても、彼女の傷は塞がらなかった。
道広の呼吸がどんどん小さく弱くなっていく。
「……ごめんね、リサ……ごめん……」
なんとか聞き取れるくらいの弱々しい声でそう言うと、ゆるキャラのストラップに愛おしそうに指を這わせた。
この子とリサという子の思い出の品なのかもしれない。
ひょっとして、友達同士でチームを組んでいたんじゃないか?
なのに、どうして……。
俺は何も言えず、ただ見守ることしかできなかった。
道広の目が、ゆっくりと閉じていく。
そして、その目から一筋の涙が零れ落ちると同時に、息も途絶えた。
『GAME OVER』
力を失った道広の手が地面に落ち、スマホ画面が目に入る。
次の瞬間、スマホが、彼女の体が、忽然と消えてしまった。
体があった場所には、黒い煙のようなものが漂っている。
風が吹いた。
黒い煙は風と共に上昇し、空にとけていった。
これが、この世界での死なのだろう。
今目の前で消えてしまったこの子は、現実で目覚めた後、本当に自殺行動を取ってしまうのだろうか。
……分からない。
分からなくて、怖くて、不安で……だから俺たちは記されたルールの通り、生還ポイントを集めるしかないんだ。
みんなも、怖くて仕方ないんだ。
それできっと、ちょっとした誤解やすれ違いが大きなわだかまりとなって、この子たちのように友達同士で殺し合ってしまうのかもしれない。
この、現実のような夢の中で――。
【ルール】
・バーコードの読み取り回数は一日に十回 午前零時にリセットされる
・チームメイトを殺すとペナルティとして生還ポイント-100
【プレイヤーデータ】
Name:道広夏子
Type:攻撃
装備:[攻撃]猛毒の鎌…猛毒が塗られた鎌 ちょっとした傷でも致命傷になる
:[攻撃]なし
:[支援]癒し水…傷を回復させる 深い傷には効かない