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7 狂気のワルツ ※辻倉視点

 危ないところだった。

 まさか見逃してくれるとはな。


 どうせまだ、人は殺してはいけないとか、殺す覚悟がないとか、甘えたことを抜かしているんだろう。

 まあおかげでアタシは助かったけどな。


 それにしても……ちくしょう! 刀を消された!

 【幻刀】も【跳躍能力】も気に入っていたのに!

 あいつら許さない。

 どうやったのか知らないが、アタシが気絶している間にアイテムを全て消されていた。【呪い】だけは消せなかったのに。


 けどまあ、呪いは消えてくれて良かった。

 あれは削除もできない、本当に呪われたアイテムだった。


 なにより、時間に追われず、より多く人を殺せるじゃないか。

 これからは、もっと、じっくり、ゆっくり。




 初めは、呪いを手に入れたせいで、三分ごとにポイントが減っていくのは絶望でしかなかった。生還バーコードも読み取り不可となった。

 けれど、PKで得られるポイントはニ倍になる。それだけが救いで、アタシにはそれでしか生き残る方法はなかった。

 仕方なかった。


 人を殺す覚悟というのは、案外簡単なものだった。

 殺らなきゃ自分が死ぬ。だから殺す。それだけだ。


 とはいえ、最初の一歩はやはり重たかった。

 人を殺してはいけない、とかいうくだらない常識がアタシの決心を鈍らせる。

 そうやって悩んでいる隙にも、生還ポイントはどんどん減っていった。


 だからアタシは決めた。

 人を殺した奴なら、殺されても当然だ。そいつをアタシが殺す。

 誰に対しての言い訳だか知らないが、これなら自分を納得させられる。



 探知機能で、プレイヤーのマークが二つから一つになれば、それは誰かが誰かを殺したこと示すはず。

 誰にも邪魔されないように、アタシはビルの屋上でじっと画面を見つめていた。


 しばらくすると、近くの踏切付近にあるバーコードを目指す、二つのプレイヤーマークがあった。

 争いの予感がした。

 現場を目撃できるかもしれない。


 アタシは屋上から屋上へと跳び渡り、その二人がいるすぐ近くのビルまで行った。

 地上では、すでに殺し合いが始まっていた。

 決着はあっさりついた。

 刃物のような物を持った奴がもう一方を切り裂いた。

 殺された奴は叫び声を残し、消えていった。

 そう、消えたのだ。

 死体も残さず、ただ死に際の悲痛な叫びを響かせて。


 とにかくアタシは見た。

 殺しの瞬間だ。


 次は、アタシがあいつを殺す番だ。

 とっくに接近の警告は出ている。

 たしか……近藤とかいう男だった。

 探知機能を以ってしても高低差までは分からない。

 そいつは画面を見たり、辺りをキョロキョロと見回したりしている。

 無駄だ。

 アタシはあんたの上にいる。


 強い風が吹いた。

 服がはためき、思わず足元がぐらついた。

 ふと、このまま頭から落ちたらどうなるのだろう、という思いがよぎった。

 アタシは目を瞑り、息を大きく吸い込んだ。

 新鮮な空気が淀みを浄化していくように、頭が、脳が、冷たく冴え渡った。

 迷いは消えた。


 殺す。


 幻刀を振りかざし、跳び降りた。眼下の近藤、ただ一点だけを見つめて。

 物凄いスピードで地面が迫る。

 もう、何も考えない。

 着地と同時に刀を下ろす。それだけだ。

 近藤が何かを感じ取ったのか、上を向いた。

 呆けたような表情で口をだらしなく開けている。

 目が合った、次の瞬間、幻刀が近藤を頭から真っ直ぐ斬り下ろした。



 近藤の足元をじっと見つめていた。その手前で、刀の柄をきつく握りしめたアタシの手が僅かに震えている。

 激流から一変、粘り付くような時間の流れを元に戻したのは、「あ?」とも「え?」とも聞こえる、間抜けな声だった。

 顔を上げると、近藤の身体が血飛沫をあげながら真っ二つに分かれていくところだった。

 地面に二つの肉塊が転がり落ちると、黒煙を散らし消えていった。


 まだ、この手の中になんとも形容しがたい感触が残っている。

 震えが止まらなかった。

 恐怖や罪悪感などからではない。

 脳が痺れる程の快感に、全身がぶるぶる震えていた。

 この時、アタシの中の何かがぶっ壊れた。




 最初の一歩さえ踏み出してしまえば、あとはなんでもなかった。

 むしろ、愉しいとさえ感じ始めていた。

 刀で肉を切る感触がじつに心地いいのだ。

 思えば子供の時、アタシはよく消しゴムをカッターで切り刻んで遊んでいた。

 それに似ている。

 刃が肉に触れた瞬間、ズルリと鈍い抵抗が生じる。そして、それを味わいながら刃を引く。

 相手の絶望に満ちた表情は極上のスパイスだ。

 苦しみに奏でる断末魔は優美なるワルツだ。


 自分の内に秘められた狂暴性に気付くのには、さして時間が掛からなかった。

 人を殺した奴を探すなんて面倒なことは、もうどうでもよくなっていた。

 人肉を切りたい。


 アタシは人肉を求めていた。

 愉しみでもあるけど、もちろんこのデスゲームを生き残るためでもある。

 探知機能で次の肉を選んでいる時だった。

 突然、背後から声を掛けられた。

 何故だ。

 警報はなかった。

 探知機能でアタシの近くには誰もいないことを確認したはずだ。

 それなのに何故。


 アタシが振り向く前に「チームを組みませんか?」と呑気な声で誘われた。

 チームだと?

 あんたに、呪いの苦しみが分かるのか?

 チームを組んで呪いを移してやろうかと思ったけど、それよりも、この呑気な声が絶叫に変わるのを、ぜひ聴いてみたかった。


 後ろを向くと、すっぽんを持ったおっさんが立っていた。

 おっさんは、振り返ったアタシの顔を見た途端、慌てて逃げ出した。

 そんなに怖い顔をしているのだろうか。

 仮にも女だぞ。失礼な奴め。

 ……いや、大量の返り血を浴びていたのだ。

 鏡を見たら、自分でもおぞましいと思うかもしれない。

 そりゃおっさんも逃げるだろうよ。


 唐突に、腹の底からわらいが込み上げてきた。

 なんだか可笑しくてたまらない。

 押し寄せる衝動を堪えきれず、アタシは甲高い笑声を撒き散らしながらおっさんを追いかけ回した。


 その後だ、久綱に出会ったのは。




 久綱悠太。

 思い出すと腹が立つ。

 アタシの殺戮おたのしみの邪魔をした罪は深いぞ。

 次見つけたら必ず殺そう。

 絶望の淵に立たせ、恐怖のどん底に突き落としてから、じっくり殺してやる。


 ああ、誰でもいい。早く肉を切りたい。

 一度覚えたあの感触が頭から離れないのだ。


 そのためには、まずはアイテムが必要だ。

 また刀が欲しい。

 仕方ない。面倒くさいけど、バーコードを探そう。


 アタシは繁華街の路地裏を、早足で歩いた。

【プレイヤーデータ】久綱戦闘時

Name:辻倉祥子

Type:能力


装備:[能力]跳躍…高く跳ぶことができる

  :[能力]呪い…生還バーコード読み取り不可

         時間による生還ポイント減少20倍速

         PKによるポイント増加2倍

  :[攻撃]幻刀…持ち主にしか見えない刀

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