6 おじさんの正体
辻倉の姿が見えなくなると、おじさんは俺に向き直った。
「恐ろしい人でしたね」
「はい」
恐ろしい……。
たしかに恐ろしかった。
辻倉を見た瞬間、ヤバイと直感した。
特に砂煙の中から跳び上がった時は、本当に化け物じみていた。
それに、初めて人に斬りかかった。
必死だったとはいえ、俺は本気で斬りつけた。当たっていたら死んでもおかしくない。
そうだ、今のは殺し合いだった。
今になって武器同士ぶつかり合う感触が手に蘇ってくる。
「改めて礼を言うよ」
おじさんはそう言うと、腕に着けたスマホの画面を見た。
「ありがとう、久綱くん」
「いいえ、俺も一人では危なかったと思います。えーと……」
……名前が分からない。
戦闘ですっかり忘れていたけど、このおじさんは地図メニューで探知できなかったのだ。
おじさんは、そんな俺の心中を察したようだ。
「ああ。私は、千堂といいます」
話を聞くと、千堂さんは支援タイプであることが分かった。
支援タイプは、能力アイテムも一つ装備できる。
羽織っている藁のベストが【隠れ蓑】という能力アイテムで、《探知無効》の効果があると言っていた。
「探知無効があるなら、どうして辻倉に追われていたんですか? 戦いたくなければ、近づかなければいいのでは?」
俺はまだ、千堂さんのことを信用はしていない。
もしかしたら、探知無効を使って辻倉に奇襲をかけたが、失敗して追われていた可能性がある。攻撃アイテムは無くても、普通の包丁などで殺すことはできるはずだ。
「久綱くん、チームについては知っているかい?」
「はい。一応プレイガイドで確認はしています」
「私は支援タイプで戦闘能力が低いから、誰かとチームを組みたくてね。たまたま近くに辻倉さんがいたので、接触してみたのだが……」
「襲ってきたと」
なるほど。一応合点はいった。
そう、このゲームでは、誰か一人とチームを組むことができるようになっている。
チームを組んだ場合でも必要な生還ポイントは変わらない。
生還バーコードから得られるポイントも等分などされず、それぞれに100%入るようになっている。
ただ、PKで得られるポイントはソロの場合+100だが、チームを組むと+70になり、さらに、時間によるポイント減少が-4となる。
多少のデメリットはあるが、一人で進めるよりも、誰かとチームを組んだほうが圧倒的に安全かつ有利というわけだ。
ちなみに、プレイヤーとの距離が70メートル以内になったとき、詳細画面からチームの勧誘をすることができる。相手が承諾すればチーム結成となる仕組みだ。
「それで……久綱くん、私とチーム組んでくれないかい?」
千堂さんが少し照れたように頭を掻いた。白髪が混じっているが、それがかえって風格や上品さを醸し出している。
「俺と、ですか……」
チームについては俺も考えていた。
でも、伊野さんがいるかもしれないから、まずは探すことを優先したい。
チームを組んだら自由に動けなくなるだろうし、俺は一人で探そうと思っていた。
俺がどう断ろうか返事に困っていると、千堂さんが慌てて言った。
「いやぁ無理にとは言いません。ただ、君に助けてもらった恩もあるし、支援タイプとして援護できればとは思うが」
支援タイプか。
たしかに、傷の回復もできるのかもしれない。
今のところ大怪我はしていないけど、今後の戦闘を考えると支援タイプとチームを組めば心強いのは間違いない。
「チーム、すごくありがたいんですけど、でも俺探し……」
伊野さんのことを言うべきか。
……いや、言わなくていいだろう。
「すみません」
「……そうですか。あ、いや、久綱くんが謝る必要はないよ。気にしないでください」
千堂さんはすごくいい人そうだ。
なんだか申し訳ない。
「そういえば肩のところ、怪我してるね」
千堂さんが俺の肩を見ている。
近藤に斬られた場所だ。
今の戦闘で傷が開いたのか、また血が滲み出していた。
「大したことはないです」
「ちょっと待ってね」
そう言って千堂さんは画面を操作しだした。
「このくらいは、させてくれ」
千堂さんが、液体の入った瓶を具現化させた。
液体は薄っすらと青い色をしている。
「これは?」
「はい、支援アイテムです。【癒し水】といって傷を治す能力がある、らしい。実は私もまだ試したことはないんだけどね」
千堂さんが悪びれずに笑う。
「これを傷にかけてみてください」
「ありがとうございます」
俺は癒し水を受け取った。
「Cランク品だからどこまで効くか分からないけど、どうだい?」
傷に液体をかけてみる。
すると、開いていた傷口がすーっと閉じていった。
不思議なことに、染みたりもしない。
あっという間に完治してしまった。
「すごいです。ありがとうございました」
「よかった。効きましたね」
本当にすごいな。
これが支援アイテムの能力か。
「そういえば千堂さんも、腕に怪我を」
「ああ、そうだね。私も使うよ」
癒し水を返すと、千堂さんも同じように液体を傷にかけ、少年のような笑顔を見せた。
「本当言うとね、使ってみたかったんですよ」
「あ、なんか分かります。新しいアイテムって、わくわくしますよね」
「はい」
千堂さんの傷も治ったようだ。
瓶の蓋を閉めている。
「もしかして久綱くん、誰か他に組みたい人がいるんじゃないですか?」
「え?」
「さっき、何か言いかけていたでしょう。もしかしたらと思ってね」
なかなか鋭いな。
ここまでしてくれて悪い人じゃなさそうだし、ちゃんと理由を説明して、丁重に断るのが筋だろう。
俺は事情を簡素に説明した。
「そうか。そういう事なら手伝ってあげたいところだが……」
「いえ、いいんです。俺一人で探しますから」
「すまないね。私にも家族がいるから、死ぬわけにはいかないんだ。時間も無駄にできないし。分かってほしい」
「当然です」
時間の無駄か。
たしかに伊野さんが参加していなければ、時間の無駄になるだろう。
人からはっきり言われると、なかなか心に来るな。
「そうだ。伊野ちはる、という子なんですけど、見ていませんか? この辺に住んでいるらしいんですが……」
俺が訊くと、千堂さんは頭を横に振った。
「うーん。残念だけど、見てないね」
まあ予想通りの答えだ。
それより、いいことを思いついた。
「そうですか。……もし何処かで見かけたら、伝えてほしいんです」
「何を、伝えればいいですか?」
「はい。えっとじゃあ……午前中はバイト先の近く、午後は駅の辺りにいるので来てほしい、と」
望みは薄いけど、こうしておけば多少出会える可能性も増えるだろう。
「分かりました。見かけたら伝えましょう」
「お願いします」
「それじゃあ私はもう行くよ。久綱くん、ありがとう。気を付けて」
「はい、千堂さんも」
こうして、俺は千堂さんと別れた。
【ルール】
・誰か一人とチームを組むことができる
・ただし、ポイントが-50以下のプレイヤーとは組むことができない
【プレイヤーデータ】
Name:千堂光男
Type:支援
装備:[支援]虚無のすっぽん…アイテムを強制削除させる
:[支援]癒し水…傷を回復させる 深い傷には効かない
:[能力]隠れ蓑…端末で探知されなくなる




