4 武器入手
濃い霧が晴れていくように、視界がはっきりしてくる。
広く、高い天井で、バイト先近くの駅に間違いない。
どうやら無事に転移したみたいだ。
『転移完了。装備強制解除。システムアシスト《絶対防御》発動――3分間全ての攻撃を無効化します』
攻撃を無効化?
そうか、駅での待ち伏せ対策ってことか。
そこまで考えていなかった。システムに救われたな。
転移バーコードは、一度使用されると再使用時間が発生する。近藤に俺の行き先は知られていないし、すぐには転移できないから、もう大丈夫だ。
ただ、別の駅から誰かがここに転移してくる可能性はある。
なんにしても、長居はしないほうがいいな。
駅を出た俺は、バイト先であるレンタルビデオ店を目指して歩き出した。
この周辺は先程とは違って、都会的な雰囲気になっている。
駅の近くには大型のショッピングビルが建ち並び、普段であればどの時間帯も賑わっているはずだけど、今は閑散としている。
バイト先の店がある、繁華街のメインストリート入り口まで来た。
石畳で整備された道の両脇に、店が並んでいる。でも、ほとんどの店はシャッターが下りていた。おそらく夜中の時点の街並みなんだろう。
ここまで来れば、バイト先は近い。しかも店の前にバーコードがあるようだ。
地図上のマークだけでは分からないけど、駅と同じように台座でもあるのだろうか。マークは店の中ではなく外だ。外にバーコードが付いているような物は置いてなかったと思うけど……まあ行ってみれば分かる。
駅からここまで来る間に、地図で周辺をチェックして気付いたのだが、他のプレイヤーもやはり警戒しているのか、それぞれ人型マークから遠ざかるように行動しているようだった。実際にニ回プレイヤーと接近したが、警告が出るとすぐに俺から離れて行った。
それと、重なり合うようにしてあった二つのマークが、一つに減ったことがあった。
これはきっと、マークが消えた方が殺されたことを意味するのではないだろうか。
……とにかく、近藤のような好戦的なプレイヤーもいるから、注意は必要だ。
作戦としては、マークを追ってプレイヤーに近づく。70メートル以内に入れば詳細表示で名前が判明するので、伊野さんじゃなければすぐに離れる。これでいく。
できるだけ、余計な接触は避けたい。
店の前まで来たけど、台座は見当たらないな。
周囲を見回しても、観葉植物や店の看板、返却ボックスと……あれ?
なんだ?
返却ボックスをよく見ると、投函口の下の部分がぼんやりと赤く光っている。
近づいてみると、それはバーコードであることが分かった。
これか。こんな所に。
赤い光はたしか……攻撃アイテムだ。
プレイガイドによると、
・赤いバーコード…攻撃アイテム
・青いバーコード…支援アイテム
・緑のバーコード…能力アイテム
・黄色のバーコード…生還ポイント
となっている。
他にもバーコードの種類があるみたいだけど、その詳細は明かされていない。
俺のキャラクタータイプは能力型だから、攻撃アイテムも一つ装備できるな。
さっそくカメラに切り替え、バーコードを画面の枠内に収める。
『読み取りに成功しました。アイテムを生成、具現化します』
アナウンスが表示され、まず目の前の空間に、半透明の爪楊枝のような物が現れた。そして、徐々に色や形が形成されていく。
「ん?」
そうして出現したのは、爪楊枝くらいの小さな薙刀のようだった。
全長わずか5センチ程で、まるで土産物のキーホルダーみたいだ。
ミニチュアサイズのそれは、ふわふわと宙に浮いている。指先で摘んでみてもほとんど重みを感じない。
これが、俺の武器……?
目を近づけよく見てみると、作り自体は精巧に出来ているようだった。
1、2センチ程の刀身は切先で反り返っていて、ちゃんと刃も付いているようだ。黒い柄の部分には、丸くて白い模様がいくつも描かれていた。鍔の下に付いている赤い房がかわいらしい。
でもこれじゃあ武器ならないな。
そう思いながら横目でスマホ画面を見た俺は、思わず吹き出しそうになった。
【大入道…Bランク】
大入道って!
この小さい薙刀が大入道って、それはないでしょう。名前負けもいいとこだ。
大入道を摘みながらアイテム詳細を開いてみた。
『振り返って見るたびに大きくなる妖怪――大入道から名を取ったとされる薙刀。その名に相応しく、一振りごとに大きくなる』
お? 一振りごとに大きくなる?
試しに、摘み持っていた大入道を振ってみる。
すると、爪楊枝のくらいの長さからチョークくらいの長さまで伸びた。重みはほとんど変化ないが、太さはわずかに増している。
おお、すごい!
そうして何度か振って、片手で持てるくらいの大きさまで伸ばした。
とりあえず、これで止めておこう。
薙刀としてはまだ小さいけど、これから大きくなることを考えると、こんなもんだろう。
このくらいまで大きくして分かったけど、柄の部分の白い模様は雲だった。
でも、武器を手に入れたのはいいけど、いざとなった場合は本当にこれで戦うことになるんだな。
俺に、できるのか?
手に持った大入道を見ると、剥き出しの刀身がギラリと不気味に光った。模擬刀なんかじゃない。本物の刃だ。
「……」
今は考えないでおこう。
とにかく、伊野さん探しとバーコード集めだ。
地図メニューを開き、周辺を確認する。
少し先の路地を行ったところに、誰かいるな。手前にはバーコードもある。
行ってみよう。
俺は大入道を解除して、人気のない繁華街を歩き出した。
路地に入ると、お店などはほとんどなく、周りは民家や駐車場といった様子だ。
この辺りにバーコードがあるはずだけど、どこかな。
画面と見比べながら、アスファルトの道を歩く。
自分のいる場所と、画面のマークがほぼ重なる位置まで来た。
電柱、自販機、民家の門やポスト……バーコードがありそうなのは、このどこかだ。
それらを中心に周囲を探ってみたけど、何も見つからなかった。
あとは……民家の敷地内か。
どうせ誰もいないし、ちょっと探すだけだ。入ってしまおう。
鉄製の門を開け、敷地内に入った。
右側の駐車場には車と、自転車、左側は背の低い木が並んでいる。
正面の玄関に向かって進むと、木が途切れて、小さい庭が見えた。
犬小屋がある。
小屋の脇の杭から鎖が伸びていて、その先に付いている首輪は小屋の中にある。犬はいない。
と、小屋の入り口の上の部分。そこが光っていることに気付いた。
「あった。あれだ」
〈ラッキー〉と書かれたネームプレートの上にバーコードがあった。
黄色いバーコード。生還ポイントだ!
あと十分ほどで九時になる。アプリを起動してからすでに一時間以上経過しているので、俺の生還ポイントは-2になっている。これが-100になったらアウトだ。
画面をカメラに切り替えて、バーコードを読み取る。
『読み取りに成功しました。生還ポイント+34GET! -2→+32になりました』
+34か。少ないな。
この数値は固定なのか? いや、ランダムかもしれない。
何にしても、どんどん探さなきゃ。
そうだ、この先に誰かいたな。
地図メニューで人型マークを確認する。
そのマークは建物の中にあり、動いていない。
まだ寝てるのか?
起きたら驚くだろうな……。
民家の敷地を出て、マークのある建物に近づいてみたけど、伊野さんではなかった。
俺はまた、地図メニューを使って周辺を探し始めた。
車や電車などの喧騒はなく、真夜中のように静かだ。ただ、時々遠くの方から怒号や悲鳴のような声が聞こえてくる。
バイト先の店から離れたほうがバーコードは多いみたいだけど、伊野さんがいるかもしれないし、なるべくこの辺を離れたくない。
そんなことを考えながら歩いていた。
5メートルほど先に十字路が見える。
すると、十字路の右の方から悲鳴が聞こえてきた。ほぼ同時にスマホが警報を発する。
『プレイヤーが接近しています』
俺は手早く画面を操作し、砂の風車を具現化した。次いで地図を見ると、一人のプレイヤーが、かなりの速さで近づいてきていた。バタバタと足音も聞こえてくる。
「た、助けてくれー!」
今度ははっきり聞こえた。声からして、若くはない男の声だ。
足音に混じって、カサカサと何か乾いた音も聞こえてくる。
走ってきてるな。誰かに追われているのか?
ビルの陰になっていて様子は伺えない。
プレイヤー詳細を開く。
Name:辻倉祥子
Type:能力
女?
でも聞こえたのは、男の悲鳴だ。
追われているようだが、マークは一つだけで追手は確認できない。
どうする。
辻倉はまだ30メートルくらい先だ。
「アハハハハハハハハハハッ!」
今度は甲高い笑い声のようなものが聞こえた。
何が起きてる。
一瞬だけ覗いて、見てみよう。
そう思い、ビルの角に身を寄せ、顔だけ出した。
その途端、目の前に、必死の形相をしたおじさんが現れた。
「あああああ!」
「うわあっ」
おじさんが叫びながらこちらの道に入ってきた。出会い頭にぶつかりそうになり、慌てて顔を引っ込める。
向こうも驚いたようで、足をもつれさせ転んでしまった。その拍子に、地面にすっぽんが転がった。トイレ掃除に使う、すっぽんだ。おじさんのアイテムだろうか。
尻をつきながら、こちらを怯えた目で見ている。
年齢は五十歳くらいだろう。怯えてはいるが、眼鏡を掛けていてどこか上品な顔立ちをしていた。藁で作られたベストのような物を羽織り、少し動くたびにカサカサと音がする。
突然の出来事に、俺もおじさんも見合ったまま言葉が出なかった。
この人が辻倉か?
横目で画面を確認する。
辻倉のマークはまだ十字路を曲った先にある。
このおじさん、何なんだ?
なんでマークが出ないんだ?
すると、辻倉と思われる女の声と足音が聞こえてきた。
「ああぁ、来たぁ……」
おじさんはさらに怯え、震えた声を出した。
この人の正体も分からないけど、辻倉もそうとう危険な奴らしい。
辻倉はもうすぐそこまで来ている。
一気に緊張が高まった。
【ルール】
・生還ポイントが-100になると死亡
・70メートル以内にプレイヤーが近づくと警報を発する
【プレイヤーデータ】
Name:久綱悠太
Type:能力
装備:[能力]砂の風車…息を吹きかけると砂混じりの風が発生する
:[能力]なし
:[攻撃]大入道…一振りごとに大きくなる