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2 具現化

 Tap to Start……。

 催促でもしているかのように、先程から点滅を繰り返している。


 とりあえず押してみるか。

 たしか、ゲームメニューからも終了できたはずだ。

 けど、そうは思っていても何か怖い。バッテリーを外してもなお起動し続けるアプリなんて、常識では考えられないのだ。


 意を決し、恐る恐る画面に触れる。

 すると、ポンッという軽快な音を立てて画面が切り替わった。


 【お知らせ】と縁取られた枠の中で、デフォルメされた虫めがねのキャラクターが語りかけてくる。チュートリアルなど、ゲーム内の様々な場面で登場しプレイヤーを導いてくれるマスコットで、名前はたしか〈リード〉だ。


『やあ、おはよう。

 現在200万ダウンロード達成イベント開催中だよ!』


 昨日アプリを起動した時はこんなの無かったけどな。

 突発イベントだろうか。

 それにしても“おはよう”とは、まるでこちら側が一日の早い時間、それも朝にアプリを起動することを前提としたような挨拶だな。必ず朝、スマホを手に取ることを予測していたような、そんな言動だ。


『すでにキミたちの中には、異変に気付いている人がいるかもしれないね。

 自分の端末やこのアプリ自体が異常だと思っている人も少なくないんじゃないかな。

 でも、落ち着いて読み進めてほしい』


「え……」


 ひやりと冷たい手で背中をなぞられた気がした。先ほどまでの自分の行動が全て見透かされていたのではないかと思った。

 明らかに何かおかしい。

 言い表すことのできない不安のようなものが込み上げてくる。が、続きを読む指を止められない。

 画面に触れるとリードが語りかけてくる。愛らしい姿とは真逆の、高圧的で恐怖すら感じる口調で。


『これから君たちにはゲームに参加してもらう。

 ゲームに参加するのは、このバーコード・クエストをダウンロードした者全員だ。

 だが、ゲームだからといって遊びではない。

 今君たちがいる世界は現実であって現実ではない場所……夢の中、と思ってもらえばいい。

 君たちには強力な暗示・催眠が掛けられていて、ここで死亡した場合、現実でも死ぬ。

 目を覚ました瞬間から、自殺行動をとるように暗示が掛けられている』


 何を言っているのか、言葉の意味を理解できなかった。

 いや、理解することを脳が拒否しているのかもしれない。

 ここが夢の中で、死んで目が覚めたら自殺する?


「はっ」


 俺は思わず笑いのような息を漏らした。

 夢の中のはずがない。

 現に俺の脳はここが現実であると、はっきり認識している。もちろん感覚もちゃんとある。

 それすらも催眠効果だというのか。

 信じられる話ではない。


『ゲームをリタイアすることはできない。また、現実に助けを求める手段はない。

 ここで何日過ごしても、現実では眠っている数時間の出来事に過ぎない。

 クリア条件を満たさない限り生還することはできない』


 もはや何を言っているのか、内容が頭に入ってこなかったが、次の文章に俺は瞠目した。


『クリアするためには、生還バーコードを探し集めるか、他のプレイヤーを殺してポイントを稼ぐしかない。そのポイントが+1000になった者から開放される。

 さらに、開放される人数は決まっているが、これは君たちに知る術はない。

 一つ言えることは、できるだけ早くポイントを集めることだ』


 殺す、という文字を見て一瞬思考が停止する。

 ゲームのために人を殺すとか、そんなことできるわけがない。


『それからインターネットや電話など通信関係は全て遮断されている。

 テレビ、ラジオ放送もしていない』


 俺は急いで机の上にあるテレビのリモコンを掴み取った。

 今は朝の七時過ぎだ。

 この時間なら、どの局もニュース番組をやっているはず。


 電源ボタンを押す。

 一瞬の間の後、テレビ画面に映されたのは……放送終了を示すカラフルな画面だった。

 どの番組も放送していないのだ。

 一局だけなら、なんらかの事故があったとして理解できる。

 だが、全ての放送局でこうなることなんて絶対にありえない。


 このすぐ後パソコンを起動させてみたが、書いてあった通りネットに接続することはできなかった。


 本当にここは夢の中なのか?

 たしかに現実ではこんなことありえない。

 ありえないのだが、感覚的な部分では全て、ここが現実であると、そういっている。


 先ほどの一文が蘇ってくる。

 『この世界は現実であって現実ではない場所』

 これを信じるなら、俺は、いや、ばーくえをダウンロードした全ての人間が、この現実のような夢の中に閉じ込められた、そういうことになる。父や母がいないのは、アプリをダウンロードしていなかったからで、この世界にはダウンロードした人間だけが存在している、ということだ。


 馬鹿げてる。いったい誰が何のためにこんなことをするんだ。

 スマホ画面を見る。

 どうやら俺の疑問はすぐに晴れそうにない。そもそも答える気があるのかも分からない。

 虫めがねのキャラクター、リードは、また先ほどのフレンドリーな口調に戻っていた。


『ゲームを有利に進めるためには、まずバーコードを探してアイテムを手に入れよう。

 バーコードは街中に散りばめてあるから、地図の探知機能を使って探すんだ。

 それじゃあまず、キミのキャラクタータイプを決めよう!』


 画面には赤・青・緑、三つの人型が並んでいて、それぞれ〈攻撃タイプ〉〈支援タイプ〉〈能力タイプ〉と表示されている。その下には『一度選択したら簡単には変更できないよ』と注意書きされていた。


 この中から選べということか。

 これでキャラを選んで、バーコードからアイテムを入手して、他のプレイヤーと対戦する。そして負けたほうが死ぬと、そういうことだな。

 今まで育てた自分のキャラが使えないのは残念だが、公平に一斉スタートということなら仕方ない。


 キャラクタータイプの詳細は下記のようになっている。



・攻撃タイプ…多彩な武器による高い攻撃力で相手を圧倒するタイプ

         装備スロット:[攻撃][攻撃][支援]


・支援タイプ…回復など防御面で味方を援護するタイプ

         装備スロット:[支援][支援][能力]


・能力タイプ…様々な能力を自身に付加し、魔法アイテムを駆使して戦うタイプ

         装備スロット:[能力][能力][攻撃]



 どのタイプも三つのアイテムを装備可能で、それぞれに属したアイテムを二つ、別のタイプのアイテムを一つ装備できる。

 俺は〈能力タイプ〉をメインキャラとして使っていたので、今回もそれを選択することにした。


『能力タイプだね。そしたら次は近くにあるバーコードを読み取ってみよう。

 特別に最初の一回はなんでも読み取れるよ』


 すると画面がカメラに切り替わり、中央付近に白い枠が現れた。

 何度もやったことがある、バーコード読み取り画面だ。

 バーコードが付いていそうな物はないか周囲を見回す。

 パソコン、ステレオ、テレビ……違う、もっと小物のほうが付いているはずだ。

 と、ティッシュ箱が目に留まる。

 これだ、これなら…………あった。

 ティッシュ箱を裏返すとバーコードを見つけた。

 さっそくスマホのカメラを近づけ、バーコードが枠内に収まるよう調整した。


 ピッと電子音が鳴り『読み取りに成功しました』と表示される。

 ここまではいつもと同じだ。

 同じだった。


『アイテムを生成、具現化します』


 ……具現化?


 そう思った次の瞬間――


 机の上の何も置いていない空間に、薄い半透明のプラスチックのような質感の物体が出現した。その物体にたちまち色が付き始め、黄色と緑の縞模様で、子供が遊ぶような小さい風車(かざぐるま)となった。


「なに……これ……」


 恐る恐る、出現した風車を手に取る。

 実際に、目の前に、アイテムが出て来た。


 ふぅーと、何気なく羽の部分に息を吹きかける。

 途端に八枚の羽が回りだし、前方にあったティシュ箱やペン立て、ノートなどが一気に吹き飛んだ。


「ぶわっ! なんだこれ!」


 壁に留めてあったカレンダーはバサバサと音を立て大きく揺れている。

 発生した突風が正面の壁に反射して、上半身が風に包まれる。


 目が痛い。口の中がジャリジャリする。それに机の上が砂だらけだ。

 いったい何が起きたんだ。

 目をこすりながら画面を見ると、手にしている風車と同じ色形の物に【砂の風車…Aランク】と表示されていた。


 まさか実物が出て来るなんて……。

 そうか、『ゲームだからといって遊びではない』って、このことか。

 本物の武器やアイテムを使って、戦えということか!


『それと、これはボクからのプレゼントだ。

 詳しいルールはメニューから確認できるよ。

 それじゃあ健闘を祈る!』


 画面に触れると、また同じようにアイテムが出現した。黒い大きめのリストバンドにスマホケースを取り付けたような物だ。




 これから、恐ろしいことが始まる。

 そんな予感に支配され、俺はしばらくこの場を動けなかった。

【ルール】

・生還ポイントを+1000集めたらクリア

・生還ポイントに関わらず、この世界で死亡した場合、現実でも死ぬ


【プレイヤーデータ】

Name:久綱悠太

Type:能力


装備:[能力]砂の風車…息を吹きかけると砂混じりの風が発生する

  :[能力]なし

  :[攻撃]なし

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