ラスボスな弟から逃げたいので勇者様求む
冒険者。
夢を追う者たちの代名詞とも言える職業だが、実際に大成できる冒険者はとても少ない。
花形とも言える魔獣討伐で命を落とす者は多く、町から町への護衛依頼すら満足にこなせない者は多い。
そんな中で私アイナは、女だてらに一流には及ばないものの、それに次ぐ程度の冒険者としてそれなりに名を馳せている。
実力はあるのに依頼を選り好みする。そんな悪評もあるのだが、それにはとても重大で下らない理由が存在するのだ。
「姉さんこの依頼主男だよ。依頼にかこつけて何をするか……」
依頼の書かれた掲示板を見ている私に、横から口出ししてくる男。
実力は一流なのに依頼者ともめ事を起こすのでブラックリストに入りかけな要注意人物。名はアリスト。
残念な、非常に残念な事に、私の弟というか金魚の糞である。
「……嫌なら私だけ受けるから帰りなさい」
「嫌だ。僕がいなければ誰が姉さんを守るんだよ」
「……」
これだ。これがこの弟の問題点だ。
どこをどう間違ったのかシスコン拗らせたこの男は、私に近付く男に所構わず噛み付く。
そのせいで依頼人や同業者と揉めた回数は、両手はもちろん両足の指を使っても数えきれない。私の悪評も九割九分はこいつのせいだし。
「私は守られるほど弱くはないわ」
「でも僕よりは弱い」
そりゃそうだ。
弟は戦闘力だけなら超一流。生まれるのがあと十年早ければ、魔王討伐にも確実に参加していたであろう、生まれる時代を間違えた英雄だ。
対して私はあくまで一流に辛うじて手が届く冒険者。仮に生まれるのが十年早くても、英雄たちの脇を飾る野草程度の活躍しかできなかっただろう。
だがしかし。
「アンタの過剰な戦闘力が必要な場面なんて存在しないわよ。むしろこれ以上問題起こしたら、アンタが討伐対象になるわよ」
「僕の姉さんへの愛を世界が認めないなら滅ぼしてやる」
何こいつ恐い。
何が恐いって、発言が本気かつ実行可能な辺り。
以前私の境遇を見かねた心優しい一流冒険者パーティーの方々は、私をパーティーメンバーに加えると共に弟を力ずくで抑えようとしてくれた。
結果……パーティー壊滅。
途中から知り合いの知り合いレベルの冒険者も巻き込み、本気で魔王倒せんじゃないのという戦力を集めたのに、最後に立っていたのは弟だった。
幸い死者は出なかった。というか私が泣いて懇願し弟に治療してもらった。
しかしそれ以来私を助けようとする人や、近付く人は居なくなった。弟が魔王予備軍と判断され、私は魔王への生け贄となったのである。
以来私はぼっち。
何か余計なやつが常についてくるが、私はこいつを仲間だと思ったことはない。
「姉さんいつまで冒険者なんてやるんだい?」
「私が年食って動けなくなるまでよ」
所々地面が剥き出しな旧都の市街地を行きながら、相変わらず後ろを付いてくる弟に返す。
そもそも、私は剣以外の道を知らない。傭兵だった父は剣以外の事を教えてくれなかった。
その父も十年前の魔王との戦いでそれなりに戦果をあげて死に、一人残された私はまだ幼いながらも自力で生きるしかなかった。
弟?
孤児院にぶちこんだはずなのにいつの間にか後ろに居た。
我ながら酷いとは思うが、同時に何でそんな酷い姉に執着するのか謎である。
「姉さんはそんなに働かなくても、僕が養ってあげるのに」
「私じゃなくて嫁さんもらって養いなさい」
「姉さん以外の女に興味はないよ」
あー、あー、聞こえない。際どい発言なんて聞こえない。
いくらこの人格破綻者でも、実の姉に性的興味は無いはずだ。無いと言ってくれ。
そもそも私の密かな夢は『お嫁さん』なのだ。剣しか知らないからこそ、優しい旦那様と可愛い子供に囲まれた平凡な家庭に憧れているのだ。
故に弟と二人きりで不毛な営みを送る気など毛頭無い。どこかにこの魔王を倒してくれる勇者様は居ないだろうか。
「……姉さん。いつまで気付かないふりをするの?」
「!?」
いつもより低い弟の声。それに背筋がゾクリと冷えた。
「僕は姉さんを誰よりも愛してるんだ。姉さんのためなら世界だって敵にできる」
後ろを振り返れば、ニコリと笑った、だけど目は笑ってない男がこちらを見つめていた。
「姉さんを泣かせたくないから我慢してたけど、もう良いよね? 僕はずっと姉さんに尽くしてきたんだから、今度は姉さんが僕に尽くす番だよ」
「寄るな!?」
本能的な危機を感じて剣を躊躇わず抜いた。
ヤバい。何がヤバいかって、弟(魔王)の最後の抑止力だった私というタガが外れた。もうこの魔王様を止めるものなんて存在しないアイアムフリーダム状態だ。
しかも目的は私一人という魔王史上類を見ないスケールの小ささなので、世界の皆様は私を見捨てて魔王が大人しくなるのを見守るのが決定事項である。
畜生。本当に魔王だったら問答無用で討伐対象なのに、何で人間やめてないのこの弟。
いや待て逆に考えろ。
弟はあくまで人間だ。斬られたら怪我をするし、頭をかち割ったら死ぬ。
つまり私にも勝ち目が無いわけじゃない!
「はああああっ!」
石畳を蹴り加速。弟の後方へ抜けると、壁を蹴って瞬時に背後から襲いかかる。
――殺った!
「可愛いね姉さんは。こんなもので僕を殺せると思ってるなんて」
完璧な奇襲。だったのに、私が振り抜いた剣は後ろを向いたままの弟の手に握られていた。
「……」
落ち着いて現状確認。
私。間違いなく抜刀して斬りかかってる。
弟。剣の刃を握ってる(素手)。
……前言撤回。
こいつ人間じゃねえ!?
「さて、お痛をした子にはお仕置きをしないとね?」
「!?」
刃先を握ったままゆっくりと振り返る弟。
逃げられない。というか辛うじて立ってるけど今にも腰がぬけそう。
私どうなるの?
実の弟に監禁されて官能小説も真っ青なアブノーマルな世界に突入するの?
うん嫌だなぁそれ。死んだ方がマシなくらい嫌だなぁ。
よし、死のう。それなりに覚悟決めて冒険者やってたんだし、そんな人生なら潔く死んだ方がマシだ。
私が死んだら弟が逆恨みで本格的に魔王になりそうだけど知らん。むしろ私を見捨てた世界滅べ。
「おやおや、無理強いはいけませんよ」
しかし世界を呪った罰当たりな女を、奇特にも救ってくれる勇者様は現れた。
「女性には優しくしないと、後で痛い目をみますよ?」
いつの間にか現れ、弟の肩を掴んでいた黒髪の青年。
着ている法衣からして神官らしく、弟と違って本物の優しい笑みを浮かべた中性的な人だ。
「邪魔」
「!?」
そんな神父様の顔面に、弟が容赦なく裏拳かました。
神父様!? 心優しい神父様が弟の暴挙で顔面ミンチに!?
「痛いですね。私で無ければ頭が月まで吹っ飛んでましたよ」
「……はい?」
生きてた。神父様生きてた。しかも中性的な顔はミンチにならず、ちゃんと原型をとどめてる。
「……何でおまえ生きてんの?」
珍しく少し驚いた様子で言う弟。
そりゃそうだろう。竜種も素手で殴り殺す弟の拳を受けて無傷だなんて、奇跡が起きてもありえない。
「神の愛故に」
神様すげぇ!?
神官が使う魔術は信仰心が強いほど効力が増すからその事を言ってるんだろうけど、弟の拳を止めるレベルの神父様の神様への愛もすげぇ!?
「神の愛に僕の姉さんへの愛が劣るとでも?」
刃先から手を離し神官様へと向き直る弟。
姉の私でも理解できない彼の思考回路は、神父様の発言を挑発と取ったらしい。
「はい。女神の愛は無限です」
対する神父様肯定。
天然か!? 天然なんですか神父様!?
「……ならアンタを殺して僕の姉さんへの愛を証明する!」
「……良いでしょう。歪んだ意思を叩き直すのも女神の慈悲です!」
剣を構え魔力を迸らせる弟と、杖を構えて結界を展開する神父様。
結果から言えば戦いは僅差で神父様が勝利し、代わりに旧都は三割ほど更地になった。
めでたく魔王から解放された私は神父様の保護下に入ったのだが、この後も数年間弟の執拗な追跡に怯える生活を送ることになる。
ついでに無敵に素敵な神父様の正体は、十年前に魔王を倒した英雄の一人でありリアル勇者様だったりするのだが、私がそれを知るのは弟と完全決着をつけた後だったりする。