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ココアが五臓六腑に染みわたる

「ありえない! あんなの勝てないって!」


だんっ、と振り下ろされた拳がテーブルを揺らす。それを和やかに見つめる周りの視線に耐え切れず、唸りながら頭を抱えてテーブルに額をくっつけた。

満身創痍で逃げ帰って来た彼女を迎えたのは喫茶店『マーテル』だった。


「あらあら、勇者様ともあろう方が情けないわねえ」


そう言いながらマグカップを載せたトレイを手にして厨房の奥から姿を表したのは、この喫茶店のマスター、ガイだった。言葉とは裏腹に、暖かな目をして彼女を見やる彼は、ことりとマグカップをテーブルに置いた。その眼差しは例えるなら、何もない所で転んで泣いてしまった子どもを「うふふまったくもうこの子ったらしかたないわね」と言う母親である。


「ありがとうございます、ガイさん」


目の前に置かれたマグカップに口をつけようとしたら、ひょいと奪われた。


「ガイなんて呼ぶ子にはおあずけよ」


「ありがとうマスター!」


「よろしい」


ようやく帰ってきたマグカップを直ぐ様掴んで軽くあおった。大好きなカカオの甘い香りが口の中で広がり、喉の奥へと滑っていくのが分かる。


「……ココアが、五臓六腑に染み渡る……!」


「ふふ、喜んでもらえた様で嬉しいわ」


トレイを胸に抱いて笑う彼の顔はまさしく美丈夫そのものだった。


「が……マスターのココア程美味しい飲み物に私は未だかつて出会ったことがないです」


「やあねこの子ったら、そんな事言われたらもっと頑張らないといけないじゃない」


 だから貴方も頑張ってね、勇者さん。微笑まれながらそう言われてしまえばぐうの音も出ない。苦笑いを浮かべながら内心激しく頭を横に振って泣いていた。

彼女の名はユー。ユー・ソレントが今の彼女の名前である。今の、というのもそもそもユーは本来この国の人間ではないからだ。寧ろこの世界の人間ですらない。

 

もう三ヶ月は前の話だ。ユー、本名を祖山そやま ゆうという十八歳の少女は高等学校を卒業し、後は大学からの合否を待つばかりの状況にあった。アルバイトもそろそろ始めようか、と思っていた矢先でもあったため家以外のどこにも属していない、所謂無職という立ち位置である。そんな彼女が、仕事漬けであまり家にいない両親に書き置きを残し、平日の真っ昼間から外をぶらつこうと誰も咎めることはなかった。

 ユーはどちらかと言えば考える前にまず行動を起こす人間である。その日、唐突にパフェが食べたくなったユーは鞄に財布と家の鍵、ついでに飴の入った袋を入れて家を出た。

今考えれば、それが事の発端であり全ての元凶であるあの男に出会ってしまった原因なのかもしれない。


うほっいいおとこ

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