勇者じゃねえよ
わたしはしゅじんこうをめでるけいこうにあります
「うわあああああああああああ」
「どうしたどうした、その程度か!」
(その程度ですうううううう)
空から降り注いでくる無数の氷弾を必死で駆けずり回って避けながら、上から聞こえてくるやけに楽しそうな声に心のなかでそう反論する。
燦々と照らす、太陽の光を遮る氷の礫と上空を飛んでいる男を見る余裕もなく、前方にある、人が一人収まる程度の円陣が描かれた所を目指す。
「よもやまた尻尾を巻いて逃げるのか! 此度の勇者はなんとも軟弱! 剣士の風上にも置けん奴よの!」
(勇者じゃねえよ! いや勇者だけど!)
叱咤のような罵声を浴びながら、痛みを訴え始めた肺と気管に歯噛みをしつつも懸命に走り、あと数メートル、というところで、足がもつれて、転んだ。
「―――――ッ!!」
結構なスピードで走っていたものだから痛い。非常に痛い。涙が出てきて視界が霞む。びすびす当たってくる氷弾と近づいて来る大きな影を感じながら、頭を覆っている腕と血が滲んだ足に力を入れて起き上がって逃げようとするものの、間に合わない事は分かっていた。
横から影が差し、視界が暗くなったと思うと、氷弾が止んだ。
ばっと見上げると、男と、目が、あった。いつの間にか、随分と地面に近い所を飛んでいたようだ。
「終いか?」
強膜、いわゆる白目の部分が黒く染まった明らかに人のものでない男の目は、酷く不服そうに赤い光を放っていた。しかしそれはすぐに驚いたように見開かれる。
「お、お主、な」
「鬼は外!!」
じゃり、と手に掴んだ砂を力一杯男の顔面目掛けて投げつけた。何かに驚いたこととも相まって、隙ができた。けして大きなものではなかったが、逃げるには十分だった。
「ぬっ…! 待て!!」
伸ばされた黒い手は空を切り、陣から溢れた光に紛れて敗者の姿は消え去った。男は忌々しげに舌打ちをして、ふと考え込むかの様に顎に手を当てて呟いた。
「あの勇者、泣いていた、のか?」
それに答えられるものは、もうこの場所にはいない。
まるでフラグのようです