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ヴァンパイアの罠


(何か、喉が渇いたかも……)


 ほうきを降りて地面に足を着けば、夜の街の喧騒に飲み込まれていく。

 飾り付けはもはやハロウィン一色で、あちらこちらに大ぶりのジャック(カボチャ)が飾られていた。

 行き交う若者は、暗色の衣装を纏った者ばかり。

 肌の色が白く、みんな妖しげな魅力を振り撒いている。

 ほとんどはヴァンパイア科、それからゴースト・ハンター科の子たちだろう。

 色とりどりのネオンの隙間を縫っていくうちに、一件のカフェを見付けた。

 最近忙しくて、半月程ここへ来ていなかったんだけど……

 きっと、その間にオープンしたのだろう。

 ほんのりと明るい灯に誘われるように扉を押せば、中からふわりと甘い香りが漂ってきた。


「いらっしゃいませ」


 静かな声でカウンターから声を掛けてきたのは、それこそ“The・ヴァンパイア”といった出で立ちの絶世の美女だった。

 肩下からウェーブを描いている赤毛と、チェリーチョコレートのような色の瞳が、一際目立つ。


「……ホットチョコレートを」

「かしこまりました」


 飲み物を待つ間、私は窓際の席に腰掛ける。

 店内には、何世紀か前……まだこの世界で魔法が信じられていなかった頃の音楽――確か、“ジャズ・チルアウト”って言ったと思う、歴史資料館で視聴したことがあるから――が流れていた。

 流石は、歴史の長いヴァンパイアの趣味だ。

 レトロな雰囲気すら、どこか魅惑的な香りがする。

 お客さんもまばらに入っていて、私のような一人客もいれば、黒い小さな二本角を生やした男女4人グループなどもいた。

 ちなみに魔女も、恐らく小悪魔だと思われる彼らも同じ魔族だけど、私的にはあんまり一緒にして欲しくない。

 気品が違うもの……。

 ちょっと離れた席で騒いでいる小悪魔たちの、黒や紫にペイントされた爪や、赤い口紅、吊りあがったアイラインなどを眺めていたら、ホットチョコレートが運ばれてきた。

 カップの上で右手の親指と人差し指を擦り合わせ、呪文を唱える。

 指から零れ落ちる光の粉は、摂取カロリーを抑えるものだ。

 女の嗜みとしては、結構重要でしょ?

 ゆっくりと夜空で冷えた身体を温めるように飲んでいると、不意に相席に一人の男がやってきた。


「……ここ、空いてるかな?」

「空席なら、他に沢山あるでしょう」

「君の相席は、ここしか無いからね」


 ふっと口端を吊り上げた男は、ややピンク掛かったベージュの髪を揺らす。

 とろけるようなミルクティーを彷彿とさせるその髪は、前髪は斜めに流されていて、襟足は少し長め。

 バタースコッチのような不思議な瞳の色といい、透き通るような肌色といい――間違いなく、この男もヴァンパイアだ。


「……私、血を売る趣味は無いんだけど」

「おやおや、それは残念」


 勝手に向かい側に腰を落ち着けた彼は、肩を竦めながら笑う。


「だけど、それは杞憂だよ。僕は、血を吸う種族じゃないんだ」

「ヴァンパイアなのに……?」


 正直、今まで特にヴァンパイアと接点を持った事は無かった。

 活動時間もあまり合わないし、特に知り合いもいなかったし……

 普段なら早々に席を立つ所だけど、ちょっとした好奇心と……本当に、極々わずかに相手の魅力に圧倒され、私は会話を続ける。


「血筋の良いヴァンパイアは、いまだ定期的に血を飲むらしいけどね。正直、僕はあの味にはそそられないな」

「ふーん……じゃあ、貴方は何を飲むの?」

「ほとんど、君たちと同じさ」


 そう言いながら、彼は自分の持ってきたカップを唇に付ける。

 恐らく、ブラックコーヒー。


「ほとんど……ってことは、やっぱり何か普通じゃ無いものも飲むんでしょ」

「……君は、優秀な魔女のようだね」

「それはどうも」


 一瞬でも隙を見せたら、何をされるかわかったもんじゃない。

 ヴァンパイアは元々、人の生き血を飲む……という習性に伴い、人を魅きつける容姿のレベルが桁違いなのだ。

 それはまるで、美しい花がその香りと色彩で、蝶を誘う姿さながら。

 今現在も、その真っ直ぐに注がれる瞳の力に、私はやや冷や汗をかき始めていた。

 ヤバイ……わずかに圧倒されて、なんて嘘だ。

 既に、雰囲気に飲み込まれそうになっている。

 どうにか気を落ち着けさせながら、私は頭をフル回転させる。


「……私、本当に貴方に何も売り渡す気無いから」

「ガードが固い所も、さすがは由緒正しき魔女だね。同じ魔族でも、大違いだ」


 チラリと騒ぐ小悪魔たちの方を見遣った彼は、ふっと笑う。

 あぁ、もう止めて。

 何だか笑顔一つで、堕ちそうになる……正常な状態じゃない。

 きっと、既に何かトラップにかけられているんだ。


「同じ魔族の中でも、僕は魔女が一番ヴァンパイアに合う気がするんだよ」


 柔らかな声音さえ、心地良い。

 ほんと、マズイって。


「歴史を重んじて、気品があって」


 そっと伸びてきた白い手が、凍りついたように動かない私の手に重なる。


「……そう、思わないか?」


 ぎゅっと目をつぶった。

 危険な状況であることくらい、自分でも良くわかってる。

 ……隙を作り過ぎた。

 いつの間にか、ヴァンパイアの魔力によって作られていた蜘蛛の巣に掛かってしまったのだろう。

 異様に心拍数が跳ね上がり、頭がぼうっとしている。

 上手く切り返す言葉も見付からなくて、身体は一層ダルくなって……

 気持ちばかりが焦っていく。


「君の名前は?」

「……」


 名乗る必要なんて、どこにもない。

 けれどそれを許さないとばかりに、彼は私の隣へと移動してきた。


「僕は、フィリップ。……君は?」


 ふと触れてきた相手の指に顔を上げされられ、視線が合ってしまった。

 と同時に、勝手に唇から言葉が零れていく。


「……レイン」

「そう。レイン……」


 満足そうに頷いた彼が、私の名前を呼んだ瞬間、彼は私の首筋に顔を埋めた。

 嘘吐き、血は吸わないって言ったのに――!

 次の瞬間、カクンと身体の力が抜けてしまった。

 酷い貧血を起こした時のような、激しい脱力感と眩暈。


「……ゴメンね、ちょっと我慢出来なかったよ」


 彼の呟く言葉が、遠くに聞こえる。


「でも心配しないで。僕が頂いたのは、“精力”だけ。半日も経てば、脱力感も元に戻るから」


 もはや彼が何を話しているのか、理解することすら出来ない。

 思考が霞みかかって、ぼんやりしている。


「まぁ、ちょっとキスマークは付いちゃったけど……ご愛嬌ってことで」


 突如身体が浮き上がり、私は何度かまばたきして、どうにか重たい瞼を持ち上げる。

 どうやらフィリップに、抱きかかえられているらしい。


「――っ」


 自分で歩ける、と言いたいのは山々だけれど、指一本動かすのもしんどい。


「ちょっとフィリップ、お客様には手を出さないでって言ってるじゃない! 営業妨害よ?」


 先程のカウンターにいた女性の、鈴の様な美しい声が彼を責めている。


「ゴメン、ゴメン。ちゃんと後日、埋め合わせするよ」


 次の瞬間にはひんやりとした心地良い風が頬を撫で、外に出たのだと理解した。


「さて、と……どうしようかなぁ」


 私を抱えて歩きながら、フィリップは一人ごちている。


「しかし、綺麗な顔してるね。僕の彼女にならないかな? ……6人目で良ければ」

「あれ、レイン?!」


 フィリップのどうでも良い独り言は認識出来ないものの、その声ははっきりとわかった。

 ――ルナの声だ。


「レイン!!」

「え……あ、オイ! レイン!」


 ……と、その連れの声だと思う。


「君たち、この子の友達?」

「ちょっと、レインに何を……ってヴァンパイアー!」


 段々近付いてきたルナの叫びが、ぼんやりと鈍く頭の中で響く。


「超絶イケメンだからって、レインに何してんのー!?」

「あはは、光栄だな。ありがとう」

「……ルナ、俺に喧嘩売ってんのか?」


 親友カップルの会話が聞こえてきた瞬間、どこか安堵を覚えてしまった。

 ギリギリのところで保っていた緊張感が、不意にプツリと切れる。


「丁度良かった。じゃあ君たち、この子を――」


 フィリップが何かルナたちに持ち掛ける辺りで、私の意識は完全に途切れた。


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