今年の予定
溜息をつきながら校舎の方へと飛んで行き、食堂方面に向かう。
呪文を一つ唱えて、小さなフューレン・フェー【案内妖精】を呼び出した。
「ルナの所まで」
親友の名を告げれば、エメラルド色の小さな光を放つ妖精はこくりと頷き、ふわりと飛び発つ。
その後に着いて飛んでいくと、食堂にほど近い中庭へと到着した。
中央部へそびえる大木の、地上から30m程上にある太い枝の上に、ルナが座っている。
腰の下には綺麗なマゼンタ色の大判スカーフが敷かれていて、風にのってふわふわと鮮やかに揺れていた。
ちなみにこれは、最近魔女の間で流行っているものだ。
魔女は混雑する地上を避けて、大木の枝等をベンチ代わりにするのだけれど、その際お気に入りの綺麗なスカーフを枝にかける。
待ち合わせの目印にもなるし、柄や一工夫で、かなりオシャレ度が競えるのだ。
魔女は基本、身につける物にストイックさを求められるから、こういった小物でのちょっとした“お遊び”は、みんなの楽しみだった。
「ルーナー!」
「……あ、レイン! 遅いよー」
「ゴメン、ゴメン」
ふわりとほうきから枝へと移り、私もマゼンタ色のスカーフの上に座らせてもらう。
「相変わらず派手な色だよねー。フェー【妖精】がいなくても、見付かる感じだったよ」
「えへへー。この間可愛いお店見付けちゃってさー。ビビッドカラー盛り沢山! みたいな」
「わぁ、目ぇチカチカしそう……」
笑いながら、バスケットからサンドイッチを取り出す。
「今日アルシェは?」
「森で実習だって」
「森! サバイバルな感じだね」
「盗賊科は基本サバイバルっぽいよね」
二人で食事をしつつ、くだらない雑談に花を咲かせていれば、不意に前方の空気中に亀裂が走った。
ぐにゃりと歪んだ次元から真っ直ぐに逞しい腕が出てきて、次の瞬間一人の青年が登場する。
「ラウール!」
「よぉルナ、レイン」
次元の割れ目から身を乗り出し、最終的にはぴょんっと向かい側の枝へ飛び乗ってきた。
比較的黒い肌に、銀色の髪。
勝気で俺様の匂いが漂う彼は、何を隠そう親友・ルナの彼氏(付き合って2ヶ月目)だ。
ちなみに彼は魔法使い科で、時空を専攻しているらしい。
「何か久し振りだね、ラウール」
「あぁ、レインと会うのは久しぶりだなー」
「最近どこにいたの?」
「レポート書く為に、一世紀前と今を行ったり来たりしてたんだよ」
「へー。大変そー」
「……テメェ全く興味ねぇだろ」
「あははっ!」
相変わらずの私とラウールの会話を聞いて、吹き出すルナ。
俺様のラウールと、プライドの高い意地っ張りな私は、根本的に性質が合わないのだ。
ルナを介してじゃなければ、こんな風に交流するなんてことは絶対に無かったと思う。
……まぁ、結構良いヤツなんだけどね。
「今日王子サマはどうしたんだよ?」
「王子サマって誰のことかわからないけど、アルシェなら実習だよ」
「……そのツンケンした物言い何とかなんねぇのか?」
「アナタはその上から目線何とかなんないの?」
さっそくバチバチと火花を散らす私たち。
生憎私は、ルナのように天真爛漫で素直な返しは出来ない。
もちろん彼だって、アルシェのように物腰の柔らかい語り掛けは出来ないのだけれど。
でも何故か、アルシェとラウールは仲が良いんだよなぁ……。
「何だよ、せっかくアルシェも交えてハロウィンの相談しようと思ってたのに」
「ハロウィン!?」
ぱあぁぁっと効果音を付けたくなるくらい、表情が華やぐルナ。
それを見て目を細めたラウールは、ぽんぽんと彼女の頭を撫でながら私に向き直る。
「アイツ、フォーマルシーンに強いだろ? 衣装とかエスコートとか、ちょっと教わりたいんだよな」
「去年はどうしたの?」
「サボった。女もいねーのに、参加するわけねぇじゃん」
しれっと答えたラウール。
確かにハロウィンでは、主役の魔女科やヴァンパイア科以外の生徒は、参加の強制はされないのだ。
「今年は私と行くんだもんねーっ」
にこにこと笑うルナを見てると、何だか初恋をする娘を見てる母親のような気分になってくる。
別に、初恋ではないだろうけど。
「っつーことだから、アルシェに連絡くれっつっといて」
「えぇ、私が?」
「なかなか会う機会が無ぇんだっつの」
「ていうか、一世紀前にいたらどうやって連絡すんのよ」
「アイツ【時のミスト】持ってんだろ? 俺が行く西暦と暗号は――」
私は渋々ラウールの個人情報をメモり、伝言を承諾した。
というか、この話題が出るまですっかり忘れてたんだけど。
今年はパーティー……、どうするんだろ。
去年は裏切り発覚に加え、事故に巻き込まれたりして散々だった。
まぁ、結果オーライだったけどね。
今年は……普通に二人でダンスとかするのかなぁ。
二人で……二人……
(……ちょ、恥ずかしくなってきた。)
一年経っても、想像で赤面とか。
どんだけ初なの。
私の方が初恋みたいじゃない!
「オイ、何妄想してんだよレイン」
「ラウール、今すぐ黙らないと消すよ」
「……女が消すとか言うんじゃねぇよ」
アルシェと、パーティの相談しなきゃ。
**
(こういう日に限って、会えないんだよねー……)
珍しく、ハロウィンのことを相談しようと意気込んでいたのに。
つい2時間程前に届いたアルシェからのメッセージは、『今日は帰れそうもない』というものだった。
何でも、抜き打ちで一泊二日の実技小テストが開催されているらしい。
というか闇夜の森の中で、一体どうやって私にメッセージを出してきたんだか。
そういうところまで、嫌味なくらいに要領が良い。
「はぁ……」
魔女寮の中で、一人溜息をこぼす。
今夜はルームメイトでもあるルナは、久し振りに会えたラウールと過ごすらしい。
やけに広く感じる部屋の中で、何となく時間を持て余してしまった。
こういう時少しくらい頭が悪ければ、課題に没頭とか出来るんだけど、もう終わっちゃったし……
……とか声に出したら、すごい人に嫌われるだろうな。
ぐるぐるとくだらないことを考えつつ、ふわふわのラグの上を歩き進む。
(ちょっと出掛けよっかな)
まだ、21時だし。
寮回りの街は、夜間部の生徒を配慮して、年中24時間お店がオープンしていた。
出掛けると決めた私は、早々にルームドレスから濃紺のビロードドレスへと着替える。
黒光りするオニキスとブラッククリスタルのネックレスをして、パープルのグリッターを瞼に乗せた。
夜用のダークブラウン調のほうきを掴むと、寮の窓(魔女寮は、玄関が無いの)から、ふわりと夜空へ飛び出す。
ちなみに私とルナの部屋は、地上から100メートル程の高さにあって、結構出発時から快適な飛行が楽しめるのだ。
窓にカギを掛ける呪文を呟いて、延々と続く星空の中を突き進む。
――今宵は、ほぼ満月だ。
オレンジ色にさえ見える煌々とした光が、地上の灯にも負けずに輝いていた。
背中を覆う程に長く伸びた髪が、夜風になびく。
こんな素敵な夜空のクルーズが出来るなら、気まぐれ散歩も悪くないかもしれない。
……まぁ、欲を言えばここにアルシェがいたら、もっと――
(……って、何考えてんの! )
一人赤面しながら、地上へと降下する。
やたらと乙女思考な自分がくすぐった過ぎて、ぶんぶんと首を振った。