甘い日々
こちらは、短編『Halloween★High』の続編となっております。
「ねぇレイン、もうすぐ、ハロウィンだね」
「あぁ、もうそんな時期なんだ……」
「俺たちが結ばれてから、一年経ったってことになる」
「あー……うん、まぁ、そうだね」
恥ずかしげもなく“結ばれた”とか、言わないで欲しい。
相変わらず、彼から投げられる甘い言葉には、慣れる事が出来ない。
「今日も、世界で一番綺麗だよ」
「ちょっと、あのさ……」
――とりあえず。
今、授業中なんですけど。
『Halloween★High~Return~』
~それから、一年後~
何故魔女科の私と、盗賊科の彼がこうして隣同士に座っているかというと。
今は全学科必修科目、つまりは私が最も疎んでいる語学の授業中だからだ。
だだっ広く天井の高い講堂では、恐らく500人以上の生徒が同時に授業を受けている。
あまりに人数が多いから、みんな授業を受ける時は好き好きな所に座っていて。
200個程用意された席を陣取れた子は、椅子に座り。
座りそびれた子たちは、廊下や窓の外に腰掛けている。
マイクを通して聞こえてくる、覇気の無い教授の言葉を、静かに聞く子もいればそうでない子もいた。
ちなみに私はといえば――
「やっぱりウェーブの髪も似合うよね、俺のレインは」
「……」
「そう言えばこの間お邪魔した人魚の街で、すごい評判の良い水上サロンがあったよ」
「……」
「まぁレインは肌も綺麗だし、必要無いと言えば必要無い――」
「アルシェ」
サイドに結んでふわふわに巻いてあった髪を弄ぶアルシェの手を、掴んで止めさせた。
講堂の天井の角。
良い具合に出っ張った梁をベンチ代わりに座っている私たちは、地上の子たちからは距離が遠い。
ほうきに乗って飛行する私も、トレジャーハンター志望のアルシェも、高いところは何だか落ち着くのだ。
「今授業中でしょ? 集中しないなら、移動してよ」
「集中しなくたって、内容はわかりきったことばかりだし」
「……嫌なヤツ」
「それに、休み時間以外で君と一緒にいられるのに、どうして離れろだなんて言うの?」
それはですね。
根っから天才気質のアナタと違って、私の優秀な成績は、多大な努力を重ねないとキープ出来ないからですよ……
「はぁ……」
こんな会話は、ここ一年何度となく繰り返してきた。
そして私は、もう学んだのだ。
……言い合うだけムダだと。
彼の変化を期待するよりも、私が聞き流す能力を上げる方が利口な気がする。
「……ねぇ、レイン」
「……」
「キスがしたい」
「……は?」
呆気なく“聞き流し作戦”に失敗した私が振り返ったのと同時に、柔らかな唇が押しあてられる。
「ちょ、ちょっと! わ、私許可してな――」
「許可がいるの? レイン、女王様系に転向?」
「ちが……っ!」
「でも安心してよ」
彼がにっこりと微笑みながら首を傾げれば、金色の美しい髪がさらりと揺れ、左耳の無数のピアスが、窓から差す光に反射した。
まるで、絵画の中から出てきたような美しさだ。
「……君が女王様なら、俺も王の座を盗み奪ってやるから」
唇から零れ出すのは、世俗的な言葉ばかりだけれど。
視線を逸らせない強い光を放つ瞳は、絵画の人物ですら敵う事はないだろう。
「好きだよ、レイン」
「もう……やめてよ」
「一年経っても初々しくって、可愛いね」
「……もう、もうもう!!」
徐々に頬が熱くなってきて、思わず隣の肩をばしっと叩いてやる。
何がおかしいのか、くすくすとアルシェが忍び笑いするのが聞こえた。
それに重なるように、授業終了のチャイムが響く。
「もう、最後ノートとれなかったじゃん!」
「じゃあ、誰かのノート頂戴してこようか?」
「アルシェのせいなんだから、当然でしょ。……字が綺麗な子のね。あと、気付かれる前にちゃんと返しておくこと」
「レインの為なら、喜んで」
そもそも邪魔しなければいいじゃん……と思うものの、口で言っても勝てる気はしないから止めておく。
時間の無駄遣いは、ポリシーに反するのだ。
「午後の授業は校外なんだっけ?」
「そう。このままレインとランチをしたいのは山々なんだけど、次は森で実習なんだ。移動しないと……」
「森?」
「自然の中で、追手から身を隠すにはどうするかって勉強」
「……物騒だこと」
歴史と礼儀を重んじる魔女科に対して、盗賊科は何というか……倫理的に、色々とアウトな気がする。
アルシェはトレジャーハンター志望だから、まだ良い方だ。
海賊専攻とか……一体どんなカリキュラムなんだろう。
きっと、おぞましいに違いない。
「じゃ、正門まで乗せていってあげようか?」
「ありがとう。そのつもりだったよ」
「アナタね、もう少し遠慮ってものは……」
「少しでも長く、君と一緒にいたいからね」
「……」
ほうきを空気中から出現させ、私はいつもの如く横座りをする。
アルシェも慣れたように私の隣に腰を下ろし、肩を抱いてきた。
最初はこんな仕草にもいちいち動揺していたけれど……というか、今も本当は恥ずかしいけれど、慣れって怖いものだ。
そのままほうきを宙に浮かせ、梁からふわりと飛びたつ。
二人で飛ぶときは普段より集中力を要するけれど、一年も繰り返していれば、自ずと平均的な魔力も上昇していくわけで。
「あ、アルシェ様だ!」
「ほんとだー! レイン様、こんにちはーっ!」
講堂を抜け、昼休みになってごった返す廊下の上を滑るように飛んでいけば、地上を歩いていた数人の生徒がこちらを見上げて、手を振っている。
「こんにちは」
にっこりと笑いながら手を振り返すアルシェは、元々ファンも多いワケだし……まぁよくある風景だ。
けれど。
「レイン先輩ーっ! こんにちは!」
「……どうも」
今度は私たちよりやや低い位置を飛ぶ、下級生の魔女から声を掛けられた。
去年のハロウィンパーティに起こった大事故以来、何故か下級生からは英雄扱いされるようになってしまい……
魔女の私が、ただでさえ目立つ盗賊科のアルシェと付き合ったことで、更に有名になってしまった。
「……魔女は目立っちゃダメなのに」
「仕方ないよ。レインの美しさには、アフロディーテだって敵わ――」
「アルシェと一緒にいるせいだってば」
「やっぱり君は全然わかってない。これだけ毎日、君の魅力について語ってるのに……まだ聞きたいの?」
「いらない! だからそれは贔屓目なんだってば」
「謙虚だなぁ、レインは」
「第一、そういう口説き文句は他の女の子にしてよね……」
「例えトレジャーハントの為だとしても、君以外の女の子に称賛の言葉は遣わないよ」
綺麗で大きな手の平が伸びてきて、私の頬に触れる。
戸惑いながらも振り返れば、ガラスのように透き通った瞳が、真っ直ぐに私を映し出した。
「俺がこの人生で手にするどんなものより、君は美しいと思ってる。……好きだよ、レイン」
ふわりと唇が重なった瞬間、一瞬ほうきがカクンと下降し、地上から黄色い悲鳴が聞こえた気がした。
飛行中は手を出さないでと散々喚きつつ、何とか正門へとたどり着く。
高度を一気に下げれば、地上まであと3mくらいのところで、アルシェは「また後でね、レイン」と囁いて飛び降りていった。
まるで生身の人間とは思えない程軽やかで、ほとんど音も立てずに着地した彼は、私を仰ぎ見てにっこり微笑む。
まるで私が、数秒前まで文句を並べて喚いていたわけではなく、愛の言葉を紡いでいたかのように。
「行ってくるよ。送ってくれて、ありがとう」
そう言うと、彼は通りの方へと歩み出す。
「あ、あの……」
「……?」
「怪我……してこないでよね」
振り返る彼に、やや戸惑いながら早口で告げ、恥ずかしくってそのまま一気にほうきを上昇させる。
見なくても、わかる。
きっとアルシェは、口元を緩ませているだろう。
(あー……もう……)
有名なったことなんて、大した変化じゃないのかもしれない。
冷静沈着が売りだった私の、この変貌っぷりに比べたら。
アルシェに出逢ってから……何もかもが初めてで、感情を上手くコントロール出来なくなっていた。