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冷夏  作者: だんぞう
6/34

#6

 

 幼馴染だけあってうちと優美の家とは近いのだが、望の家はもっと近い斜め向かい。

 優美を帰した後、しばらく歩いてから望はくるりと振り返って、それから何かを言おうとして……いや、手を振った。

「じゃあ、また、だね」

 望の背中がドアの向こうに消えるのを、俺は静かに見送る。

 

 また。

 その言葉は、昔は「明日」を示していた。

 でも、最近はちょっと違う。

 「次」までにどのくらいの時間が空くのか、「また」という言葉を発する時点では見えない未来。

 それだけ俺が遊び歩いてるとか、そんな他愛もない理由かもしれないけれど。

 それでも。

 人はいつまでも仲良しこよしってわけにはいかないのかな。

 

「おい、望!」

 思わず叫んでいた。

 

 ちょっとの間をおいてドアが開き、望が顔を出した。

「え、な、なに?」

「キャンプ、望も一緒に行くんだぜ! 予定入ってるとか、ある?」

 優美の許可はとっていない。

 だが、どうせ二人きりでなんて行けるわけないだろう。優美のオヤジさんのいつもの締め付け考えたら。

 

 望は少し考え込んだあと、通る声で静かに答えた。

「選考会が夏休み明けにあるから……キャンプ場にはピアノ、ないでしょ?」

 ん?

 これ、断っているのか?

「一日くらい平気だろ?!」

「……でも……これからの進路にも響いてくるから……」

 そうか。もうそんな学年だもんな。なんだかみんな抱えてるんだなぁ……

 進路。

 俺も来年には就職活動しなきゃ、だよ。いや、夏休み明けには、か?

「じゃあさ。うまく時間の都合ついたら、な!」

「……うん。わかった」

 再び閉まる望の家のドア。

 なんかこう、噛み合わない。

 たまに合わせようとしてもするりと入れ違う。

 難しいな。

 

 もっとも、人と基本的に合わせないのは、俺自身の問題なのかもな。

 振り返って自分の家を見つめる。そこにある家に、灯りはついていない。

 

 夜の中、自分の家の門を開ける。

 父親は、きっと今日も残業。

 母親は、きっと今日もなんとか教室の集まり。

 うちには誰も居ない。

 そして、セバスも……まだ帰っていない。

 

 玄関脇の、古びた犬小屋を見る。

 

 正式名称「セバスちゃん」は生粋のシベリアンハスキー。

 北国の犬だから夏はいつもつらそうにへばってたっけ。

 それでも俺が帰った時は必ず跳ね起きて、尻尾を振った。

 5年前、散歩の途中に鎖が外れて走り去って居なくなって……それっきり。

 

 何を見つけたのか、何に駆り立てられたのか。

 

 俺には、セバスが居なくなったことが未だに信じられないでいる。

 犬は賢いし、帰巣本能も強いし、仲間や飼い主のこと絶対に忘れないし……きっと何かあったに違いない。

 

 両親の帰りなんて待っちゃいない。そんなにガキでもねぇ。

 でもセバスにはもう一度会いたい。ずっとそう願っている。

 

 いつか、帰ってくるはず。そう、信じて……

 

 今は住む者の居ないその犬小屋を横目に、玄関の鍵を開ける。

 1、2、3。

 面倒くさい。こんなに鍵つけなくてもいいのにな。

 そんな心配なら家に居ろよ。

 

 家の中も夜。

 靴を脱ぎながら扉と鍵を閉める。

 そして夜の中を二階へ。

 灯をつけなくとも玄関から部屋までは簡単にたどり着ける。

 それくらい、この家の中の「夜」は俺にとってずっと長かったんだ。

 白夜の反対、みたいに。

 

 二階廊下の最初のドアを開け、そのままベッドに寝っ転がる。

 

 ストレスためてた優美。

 昔は「僕たち親友だよね」とか、言ってた望。

 一緒に歩いているやつらがいつまでも一緒に歩き続けられる保障はない。

 だから人は一緒に居るための努力をする。

 人は。

 他の人は。

 赤城たちとのキャンプ……まだ何も決めてないじゃん。

 

「努力しねぇの、って、家系なんかな……」

 このまま俺は優美と結婚できるのかな。

 なんだか実感わかねぇよ。

 

 ん?

 窓の外が騒がしい。

 カーテンを開けてベランダへ出る。

 

 うっわ。

 

 すんげー風。

 

 風が、辺りを無理矢理に躍らせている。

 台風でも近づいて来てるんだっけ?

 台風?

 ……やだな。キャンプは大丈夫かな?

 日程も場所も確保しちゃってるから、台風にぶつかったりしないといいけど。

 強い風がゴオゴオと、耳の中から、皮膚のおもてから、俺の中になだれ込んでくる。

 

 その風が、不思議と心地よかった。

 窓を開けたまま、俺は再びベッドに寝転がる。

 

 家の中も外も夜。

 家の中も外も風。

 自分の心も今は、外と、みんなと、つながっている気がして、俺はそのまま目を閉じた。

 

 

 

(続く)

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