#23
もしも死因のことを聞かれたら……そんな心配は結局無用だった。
赤城の親族に話しかけられるようなことは特になく、普通に受付をして、普通に告別式に出て、喪主のお父さんとは目が合った時に頭を下げた程度で……ただ、棺の中の赤城の周りに花を置くとき、視界がにじんで仕方なかったくらいで、終わってしまえばあっという間だった。
「じゃあ、俺、バイクだから」
「おう」
小諸の駅前で金井と別れる。そして俺たちも、行きと同じように電車を乗り継ぎ、言葉を交わさないまま新宿まで戻ってきた。
そこでようやく、山瀬が再び口を開く。
「なんか、お蕎麦とかラーメンとか、そんな雰囲気じゃなかったですね……」
「そうだな」
そう言いながら、山瀬とつないだ手を放そうとしたが、山瀬はぐっと力を入れて握りしめる。
「あの……琢磨さん。一杯だけでもつきあってくれませんか?」
いつもの『酒好きオヤジ娘』山瀬の表情ではない。自分たちの日常を突然襲った事件を整理しきれていないのはお互いさまか。
「そうだな」
少し歩き、たまたま目に付いた蕎麦のある居酒屋に入る。『なにいうてんの屋』に比べたら高い上に量も少ない。都心の店ってのは、みんなこうなんかな……ただまあ、山瀬の呑むペースがいつもより遅いのは値段のせいではなかったのだろうけれど。
突如、山瀬は二杯目の途中で呑むのをやめ、呑みかけの盃を俺の方へぐいっと押しやった。
「なんか、今日はもう呑めません」
酒に強い山瀬が二杯目ごときでやめるだなんて。それはよっぽどのこと……無理はない。親しい人の死。しかもその死の現場を直視してしまったんだから。
「出ようか」
残りの注文をキャンセルして俺たちは店を出た。蕎麦はやっぱり食えずじまいで。
駅まで戻る途中、何もないところで転びかけた山瀬の腕を慌ててつかむ。酔っているってわけじゃないよな? でもこんな状態を放ってはおけない。
「山瀬、お前の家遠かったよな?」
「……茅ヶ崎」
仕方ねぇ。こりゃ送るしかないか。幸いまだそんなに遅い時間じゃないし。行って戻ってきても、うちへの終電には余裕で間に合う。
「気持ち悪いのか? 吐いていくか?」
「それは……大丈夫」
それは、という言葉にひっかかりつつもその手を引っ張って電車に乗せる。品川でいったん乗り換え、一路茅ヶ崎へ。途中、横浜で座れる。山瀬を座らせ、俺もその隣に座る。肩にコトリと山瀬の頭が寄りかかった。呼吸が少し荒いか?
赤城の実家への行き帰りの時と同じように山瀬は俺の手をずっと握りしめながら、何かに耐えているようにも感じられた。
「琢磨さん、ごめんなさい」
小さな声で時々つぶやく。
「いいから。黙ってろ」
握られている俺の掌が痛くなって感覚がなくなりそうになる頃、茅ヶ崎へと到着した。
「家は近いのか? お家の人は迎えに来てもらえるのか?」
「歩いて……7、8分くらい……」
微妙な距離だな。山瀬の携帯から自宅にかけさせたが誰も出ない。そのまま救急車というのも考えたが、とりあえずいったん家まで送ることにしてタクシーを呼んだ。
タクシーを降りてすぐ、海の匂いが風に混じる。そうか、海が近いのか。
「おい、山瀬、ついたぞ」
肩を貸すというよりは、ほとんど背負っている感じ。思った以上にデカイ胸に……じゃなく、目の前のデカイ家に、ちょっとだけ気後れする。古くからある感じのお屋敷という印象。呼び鈴を幾度となく押している俺の背中で山瀬がゴソゴソと動き、チャリリと金属音を響かせた。それは家の鍵と自転車の鍵、そして……
「これ……門の鍵か?」
荒い呼吸で苦しそうな山瀬の返事を待たず、俺は門に鍵を差し込んだ……まわる。門を静かに開け、中へ。そのまま石畳を進み玄関へと進む。
「山瀬、ついたぞ。お前、けっこうお嬢様だったんだな」
軽口を叩くがそれには反応しない。俺の手から鍵を取り返すと、無言のまま玄関のドアの鍵を開けた。そのまま中へ入ろうとしてまたフラリとよろける。
「おい、本当、大丈夫か?」
山瀬はうなだれるように俺にしがみつく。山瀬の頭越しに、他人の家の匂い。緊張するがここは少し大きめの声で……。
「あのー! すいませーん! どなたかー!」
しかし真っ暗な家の中からは誰も出てこない。
「……家族は……みんな……箱根に……旅行……」
旅行?
「私……お葬式……あるから……あとで……合流……」
うわ、じゃあここに連れてきてもダメじゃないか。これはもう救急車か……ふと、ウィルスのことを思い出す。これ、もしかしてやばいんじゃないか?
携帯を取り出して明里ねーちゃんの番号を探そうとする。だがそれを邪魔するかのように、山瀬は俺にもたれかかったままもぞもぞ動き出した……って、おい、何で服を脱ぐ!
(続く)




