#21
「……赤城はフリマのこと骨董市って呼んでたことがありました」
「フリマ……フリーマーケットのことかな?」
「はい」
若い刑事が開いていた手帖をパンと叩く。
「唐澤さん!」
唐澤刑事はそれを片手で制した。
「こないだ、とある公園でフリーマーケットが開催されてね」
若い刑事がカバンの中からビニール袋に入ったチラシを一枚、取り出して机の上に置いた。会場である公園は大学の近くだ。けっこう広くて、うちの大学のカップル連中がよくたむろしているからカップル公園って呼ばれているっけ。
「……そういえばこのチラシ、俺も見たかもしれません……」
試験中だったからってのもあって、たいして気にも留めずそのままスルーしたような……。赤城は……そうか、あいつはもう語学は終わってて、しょぼい一般教養しか残ってなかったんだ。
「私たちは別の事件も同時に追っていて、ね」
……別の事件……何か嫌な響き。
「これは……まだ一般には公表されていないから誰にも言わないでほしいのだが」
そう言ってから、唐澤刑事は一呼吸置いた。
「はい」
俺はそう答えるしかない。
「赤城君も、その別の事件……とある連続殺人事件の犠牲者の一人、かもしれないんだ」
れ、連続殺人事件? そんな響き、ドラマとか漫画の中だけのものだったけれど……それが、現実に? 赤城の顔が浮かぶ。赤城のお父さんの顔も。
「あの! さっき赤城のお父さん、来たんです。うちに」
思わず、大きな声で報告していた。何やってんだ俺。
「そうか……。赤城さん……お父さんにだけは、話してある……君も明日、長野まで行くのかい?」
「そのつもりです」
唐澤刑事は静かにうなずく。
「その時、お友達や向こうのご家族……お父さん以外の人には、何も知らないと言っておいてほしいんだ」
それは金井にもってことか……。
「まだ、この事件の犯人が、つかまっていなくてね」
「唐澤さん!」
そこで、若い刑事が、何かを言おうとする。
「いいんだ。彼は、信用できる」
その、唐沢刑事の言葉は嬉しかったけど……でも……。俺にそれが背負えるのだろうか。友達の、赤城のために始めたことが、だんだん大きな影響力を持つ事件の中に引き込まれてゆく。
「はい。気をつけます……というか、誰にも言わないようにします」
「すまんね。君には、いろいろと……明里のことも含めて……世話になっているな」
明里ねーちゃんの名前が出て、不安の崖っぷちに居た自分の心が二、三歩あとずされたのを感じる。お世話になっているのは、むしろこっちな気が……。
「密かに、厳重に、特別警戒態勢を引いてはある。もうこれ以上、犠牲者を出さないよう全力を挙げて事件解決に取り組んでいる。だが、夜間外出や戸締まりへの用心には、細心の注意を払ってもらいたい」
自分の心臓の音が、とても近くに聞こえる。明里ねーちゃんの顔をもう一度思い出してから深呼吸を一つ。
「わかりました」
その答えをスイッチにしたかのように唐澤刑事は立ち上がり、頭を下げた。若い刑事もそれに倣う。
「どうか、もうしばらく、辛抱してほしい」
「はい」と、言うしかなかった。
連続殺人事件……レンゾクサツジンジケン……連続……。
「あの」
帰ろうとする唐澤刑事の背中に、思わず声をかけていた。
「なんだね?」
「あの……短剣は……犯人のもの、なんですか?」
連続ということは手口が似通っているということ……だとすると。例えばあの短剣が?
「それは言うことはできないんだ。すまんな」
そうだよね。そんな簡単に捜査情報を漏らしたりなんてしないよね。
俺は玄関まで先回りし、扉を開ける。唐澤刑事は軽く会釈すると外へと出る。そのすれ違いざま、俺のシャツのポケットに何かを入れた。名刺だ。
「何か見つけたり、思い出したりしたら、すぐに連絡がほしい。私が出れなくとも留守電もあるから」
「分かりました」
若い刑事が、携帯で何かをしゃべりながら車へと走り出す。唐澤刑事も慌しく乗り込み、と、同時に発車した。その車をぼんやりと見送っている自分に気付いた俺は、慌てて玄関の扉を閉めて、鍵まで閉めた。連続殺人事件。その響きにリアルに触れたことで、俺は妙に高ぶっていた。
喪服を探しているはずが、いつの間にか身を守れそうなものや武器になりそうなものを探してしまっている。中学時代に技術の授業で使っていたゲンノウとか、修学旅行の土産で買った木刀とか、赤城に付き合って釣具屋に行った時につい買ってしまったサバイバルナイフ……。俺、何やってるんだろう。
優美に夜間外出を特に気をつけるよう短いメールを送ると、自分の中のいろんなもののちぐはぐなさを持て余しながら、ベッドに横になった。
そして『仮面舞踏会』で起こされる。
部屋の電気が点けっぱなしだったせいか最初に目に入った時計は……三時? 夜中の? 窓の外は真っ暗だ。っつーか誰だよ、こんな非常識な時間に電話なんて……また、赤城を思い出す。
俺は喪服のポケットにつっこんでおいた携帯を取り出した。
(続く)




