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姫とハロワと法則世界  作者: なよ竹
狂信の使徒
39/39

予定と津波

 廊下に残された空気には影が差したかのように重い。

 うつむきがちだったティオは無理やり首を動かすようにして、笑みを絶やさずにシグに尋ねた。


「なにも訊かないの?」

「ああ、レアはこれ以上お前に訊くなと言った。だから俺からはもう何も言わん。それが本意でなくてもな」

「......一つだけなら答えてあげるよ」

「俺からも一つだけ言っておくことがある。早くあいつらとは手を切れ。何を考えて馬鹿な力を使おうとしてるのか分からない。だがこれだけは言える。あいつらの力はたかが一個人の意思で使っていいものじゃない」

「じゃあムリだって答えておく。これは私の勝手な思い込みかもしれないし、けして褒められたことでもないけど、今の私には必要なことだから、ね」


 おどけて見せた表情はどこまでも仮面で覆われていて、逆に本心ではないことがうかがえる。

 シグは自分に向けられる偽りの王女の顔を久しぶりに見ることになった。


「お前のことは頭の回転が速いヤツだとは思ったんだがな。その評価も変えたほうがいいかもしれん」

「あれ、シグ怒ってる?」

「わかっているのなら、わざわざ口にするな。いいか? お前が手にした力は、軍だろうが都市だろうが一瞬で消すことができる能力と同じだ。たかが飾りの王女が遊び半分で、それも私情で手を出していい代物じゃない」

「さあ、どうだろうね。私は一つだけ答えるって言ったし、それもさっきので使っちゃったからノーコメントで」


 髪を背中に流しながら、ティオはその手で自分の顔を隠すようにする。

 それでも彼女は分かっていないはずがない。人間の形をした兵器と契約を結んだことを。

 今でこそ強力に尽きる法則ラウズは、先の大戦で数多く失われてきたものだ。現在に残る大規模破壊が可能な対軍系統の法則ラウズ法具ウェポンも、ほとんどが対城までとなっている。弱体化したのは全ての国であり、皮肉にもそれが新しい戦争を引き起こさない要因の一つであった。

 ティオが気軽に手にしたのはそのバランスを崩すものだ。


「それに、レアさんは暇つぶしで付き合ってくれてるみたいだし、大事なんて起こすつもりはないよ」


 ならばなぜ、その辺の普通の枠組み・・・・・・に収まる人間を使わないのか。そうすれば元からティオの言う大事が起こる可能性すらないというのに。

 この問い掛けをしてもティオは答えてくれないだろう。

 シグらしくないあからさまな舌打ちをする。


「この話はやめだ。誰にも言うな......なんて無駄な助言だったな」


 そして廊下の奥に目を向けた瞬間、シグの顔前に二つの小さな靴の裏底が凄まじい勢いで迫っていた。廊下の壁を利用した見事な三角跳びからのドロップキック。

 冗談でもなく、当たれば二度と日の光が拝めない顔にされてしまう威力を秘めた蹴りが、シグの顔にめり込もうとしていたのだ。

 ため息を吐く間も惜しみ、装甲のはまった左手を揺らして糸で絡め取る。

 憮然とした表情のラキが干された魚のように頭を下にぶら下げられ、上着はずり落ちてしまい、はしたなくも白く柔らかそうなお腹があらわになった。


「いきなり殺人キックとはご挨拶だな」

「......ファルナが、ティオ危ないって言ってた。ここにシグしかいない。だからシグがアブナイ人だと思った」

「その判断材料で躊躇いなく知人を危険人物扱いとは、恐れ入る」


 真顔で言いきったラキに、シグは背中を悪寒が奔るのを覚える。


「もう大丈夫だよラキ。心配してくれたのはうれしいけど、いきなり人のこと蹴ったらダメだよ?」

「ラキ悪くないもん。シグがティオに変なことしてたみたいだもん。だから守ろうとしただけ」

「口を閉じろチビ。俺が変態のように聞こえるだろうが」

「......え? ち、違うの?」

「だからその意外そうな目をした動揺は止めろ。社会的に俺を殺しに掛かっているのか」

「ま、反省はあとあと。それよりシグ。早くラキのことを降ろしてあげて」


 苦笑の雰囲気を混ぜたティオはいつもと変わらぬようで、もう仮面を被ったあとだった。

 なぜかそれがシグには気に入らない。糸を回収している間にも、ティオがレアを頼ろうとしていることがもどかしかった。まるはずだったピースが偽物だったような、そんな感覚。 

 話を打ち切られたからだろうか。しかしそれは後でレアに訊けるからと納得したはず。

 仮面を取り戻したからだろうか。けれど少女の笑顔は元から真意は見えない。

 くだらないほどに面倒な感情だとシグは思う。結局はこの短い時間の中で、名を知ることはできなかった。


「ほォ、予想通りさほど壊れてねえな」

 

 ラキの後からのんびりとやって来たローガンを、シグが胡乱な眼差しで見た。


「全て視えていたくせに何も言わなかったな?」

「悪いね。姫さんからは口止めされてたんだよ。それにイイ女ってのは秘密の一つや二つあるもんだからなぁ、魅力的だろ?」


 全く悪びれた様子もない。ローガンは軽薄そうな笑みを口の端に刻む。彼の眼ならば、さっきまでティオのいた部屋の空間が歪められていたことにも最初から気づいていたはずだ。

 ローガンには話が通っていたことに、喉奥に骨が詰まったような錯覚がある。


「......上が騒がしいから早く戻って来たけど、なにしてんのよ」


 届けられたケースを運んできたネイシェンが現れたことにより、この場の出来事は流された。



 ----------


 

 その日から、西国ケルフェだけに留まらずに東国アズマ南国レガーナの護衛たちは暇を持て余すようになる。教団からの人員が四六時中、護衛対象に張り付いており、ニルフィの言った通りに護衛の仕事はしなくてよくなったのだ。むしろ護衛たちが教団の監視対象にされている。

 白亜の塔の壁内での行動は制限されている。毎日奥の間へ行くティオやネリアにも付いて行けず、与えられた部屋でじっと待つ日々だ。

 

「う~っ、ヒマ! ラキはもうガマンなんて出来ない! このままだとガマンが爆発してローガンを二、三発殴りそう!」

「やめて、なんか具体的な数字が怖いんだけど。そんなことよりもお嬢、駒取りしようぜ」

「飽きた。シグとローガンだともう十手先まで読める。ファルナも遊んでくれないし......。シグ! 組手しよう!」

「俺は忙しいんだ。ガキの子守りなんかしてられるか」


 与えられた塔の部屋では、暇を持て余した三人の姿がある。といってもシグは、ここ数日書類とにらめっこしている状況だ。ニルフィから送られてくるそれらに暇さえあれば目を通している。そしてラキが遊びに誘ってもすげなくあしらう。

 頬をぱんぱんに膨らませるラキ。ソファに悠然としてる青年に飛び掛かった。


「おい馬鹿。書類が曲がるだろうが」

「シグつまんない! もとからつまんない男がもっとつまんない!」

「そのよく回る口を縫い付けてもいいんだぞ? それに右手が折れた状態で組手なんかできるか。お前がやったことだ」

「へえ、じゃあ左手も砕かれたくなかったらラキの言うこと聞け」

「......オーケイ。わかった。だから俺の手首を掴むな。ミシミシ音を立ててるから」


 手ごたえがあったことにラキは喜色を交えて飛び降りる。シグは目頭を押さえながら肩をほぐしていた。ここ最近はずっと同じ姿勢だったから肩も凝るだろう。無理やりではあるが、ラキは彼に気分転換をしてもらいたかった。

 シグは窓の外を見ると立ち上がる。


「街を散策するか」

「ホント!?」

「観光だけなら許可されてるからな。どうせここにいても護衛の仕事なんてあってないようなモノだろ。それに、そろそろ会っておかないといけない奴らもいる......。ナメクジ並に気は進まないが」

「オレはパスしとくよ。昨日おとといはオレが楽しんできたからな」


 昨日まで知り合いの傭兵たちと街に行っていたローガンが、部屋を出る間際に手を振って見送る。

 普段着に着替え、いともナチュラルに凶器を部屋に置いていったシグとラキは塔を出る。そして教会本部を囲む防壁へと歩いていく。スケイアの構造はドーナツ型を思い浮かべればいいだろうか。外周区に街並みがあり、そこから巨大な防壁を隔て、教団の本部や白亜の塔がそびえ立つ。シグたちが出入りするには東西南北に位置する門を使わなければならず、今日は気分的という建前で東側を選んだ。

 七面倒な書類のやり取りをし、許可証の札を片手にやっと門をくぐった。

 

「わぁ......!」

「あんまり離れるなよ」


 シグの忠告が聞こえた様子もない。ラキは目を輝かせながら石畳の上を駆けた。

 都市に来たばかりの頃はゆっくりと見る機会がなく、昨日まで塔の上から遠巻きに見ているだけだった。間近で見ると、また印象が変わる。ーー白い。家々の壁や至る所に張り巡らされた水路に掛かる小橋まで、とにかく白いのだ。息苦しさを感じないのは年季を感じさせる色合いに熟しているからだろう。

 

「シグ! 人がいっぱいだぞ!」

「これでも落ち着いているほうだ。コーヴァスなら押し流されるほど密集することもある」

「マジかー!」


 初めて見る人間の多さにラキの目が流れていく。

 箱庭のような村で今までの人生が終始していたため、この光景がもっとも世界の広さを味あわせてくれた。人の気配が活気として肌を刺激する。心が高ぶるのも仕方ないだろう。

 二人は小川ほどの水路に沿って露店のある地区へと向かう。歩いていくうちに太鼓囃子たいこはやしや弦楽器の陽気な音色が奏でられ、なんだかおいしそうな匂いまで鼻をくすぐる始末だ。足早になるのを自覚した。


「なんだコレ! いつもこんなに浮かれてるのか!? けしからん。じつにけしからんっ」

「その割には顔がだらしないが......。全部、祭りの間だけの開店だ。この地域はもともと出店税を取らない。それに祭りの間だけとはいえ、店を開くのにも簡単な申請だけで済む。この国が豊かな証拠だ」

「そっか......」

「同じ国にいるからといってどこも豊かとは限らん。たまたま中原のここらの土が肥えていただけで、辺境までそうじゃなかっただけだ」


 育った村のことを考えてしまったラキの頭を、不器用にシグが撫でた。少し乱暴でありながら確かな気遣いを感じる。


「チビ。お前はこれからどうしたい」

「どうって?」


 シグの言葉の意味が分からない。


「お前のいまの身分は、お涙頂戴ちょうだいの話から生まれたただの孤児だ」


 責任を取るなどと、ティオたちはそんな言葉でラキの身を引き留めている。ラキは中央国カルシアスに正確な戸籍が存在せず、育ちも辺境の辺境もいい場所だったので、厳密にはどこの国民ともいえない。身分が不確かであり持て余している存在である。

 このまま中央国カルシアスの孤児院に入ることが普通の流れだ。

 しかしラキは特異法則『金色夜叉ベルセルク』などという危なっかしい異能を持っており、ただの孤児よりも扱いには十分注意しなければならなかった。稀に生まれる法則者(ラウズホルダー)は全員が先天的に異能を持ってくるため管理は非常に厳しく、予兆があれば国が身柄を確保しに動き、幼いころから防衛戦力に組み込まれるか息の詰まる生活を強いられることとなる。

 しかしラキの場合は違い、


「ただの孤児だった奴ががいきなり雷ブッ放して小屋を持ち上げるのは、いろいろと面倒事を引き寄せる」


 この都市に入る際も適当な法具ウェポンを握らされ、法具ウェポンを使えない法則者ラウズホルダーではないことを証明させられた。

 人間兵器。この大陸において法則者ラウズホルダーとはそのようなものだ。


「それに持っている力は普通じゃない。法具ウェポンが使えたからいいが、このまま生きていればいずれ露見する」

「シグは、どうしてほしい?」

「......今から会いに行く奴らはお前と同類だ。知り合いのことをこんな昼間から直球で表現するのは気が引けるから遠まわしに言うがーー頭のイッた変態が徒党を組んでいる。そいつらにお前を預けたい」

「シグはラキがうなずくと思ってそんな前置きしたの?」


 シグをして変態と断言する相手に預けられるのは、いかにラキといえども嫌だった。


「心構えだ。教えずにほっぽり出したら、お前恨むだろ」

「もう恨みそうになってるのは仕方ない」


 小さな手を握ったり開いたりする。少し意思を込めればバチッと空気が弾けるような音と共に電気が生まれる。この手も、この力も、人の命を奪ったものだ。あっていいものではないだろう。


「ラキのこの力は消えるの?」

「無理だ。それが可能な手段はもう無い。あるのなら最初にそれを薦めてるさ」

「そうだなー」


 このままラキは生きていかなければならないのだろう。

 村を出た途端、世界の生きずらさを実感した。あの箱庭のような世界が皮肉にもラキを守っていたことになるのだろう。聞くと、シグの紹介する相手と一緒に行くならば、もっとも羽を伸ばして生きていけるようだ。たしかにその提案は魅力的だった。

 けれど、


「ラキはーーティオたちと一緒に居たいよ」


 これはとんでもない我が儘だ。大人しくみんなの前から消えれば、これ以上苦労を掛けさせなくて済むだろう。ラキは子供であるが、経験はそこらの同い年よりもはるかに濃く、それゆえに考え抜いた結果だ。

 こんな自分にもシグたちは優しくしてくれた。そこに憐憫れんびんや同情があったとしても、今の今まで渇望していたものを与えてくれたのだ。それはまるで、甘美な蜜のよう。気が付けばラキにとって捨てられないものとなっている。

 俯きがちになった少女の言葉に、シグは驚いた様子もない。


「そうか」


 これからの計画や予定を話すことなくただ頷いた。

 否定も肯定もすることはなかった。


「しばらくブラつくぞ。迎えが来るはずだ」


 もう目の間に広場が迫っており人の密度も増えてきた。

 中央国カルシアスは長い年月を掛けて大陸中の信者が移り住んだため、人種の混迷が激しい。ゆえにシグの灰色の髪やラキの金色の瞳などはさして目立たなかった。

 だが小柄なラキは異能を使っていない状態だとすぐに押し流されそうだ。

 

「わうっ!?」


 人とぶつかりそうになるのを鬱陶しく思っていると、襟首をヒョイと持ち上げられる。視点が急に高くなった。様々な出店や多くの人間を見下ろせるようになった。

 肩車だ。ラキの背をよじ登ってレトロが彼女の首に巻きつく。


「これではぐれずに済むだろ」

「うん、ありがと」

「まだ十やそこらなんだから遠慮なんてしなくていい。その歳ならやりたいことやって、好きなやつに初めてコクって、寝たい時に寝ろ。格式や戒律なんてくそくらえだ」

「ねえ、シグ」

「なんだ?」

「ラキはさーーもう十八歳だよ。お酒もグビグビ飲めるよ」

「......面白い冗談を言うようになったなチビ。だが十八の娘はここまで小さくないし、ネイシェンたちより年上ということになるだろ。胸はまな板、そこに乗せるほど尻の肉もなければ、足だって棒じゃないか」


 無遠慮すぎるシグの物言いにラキがむっと顔をしかめる。角が出ない程度に法則ラウズを発動させて、ギリギリとシグの首を太ももで締め付けた。シグの顔色が悪くなっていく。


「ラキの成長期はまだ来ないだけ」

「たしかにそうだが、万が一の確率で本当に十八なら、もう過ぎて......ぐぅっ」


 シグが膝を突きそうになったためラキは足から力を抜いた。


「わ、わかった。そうだな。お前は自称よわい十八のクソガキだーーぐぉっ」


 足の力だけで首を切断できるのではないか。学習能力とデリカシーのない主人に呆れたようにレトロが一鳴きする。

 そこでふと、視線を感じたラキは処罰を止めてある一点に目をやった。出店の間から入れる裏路地への入り口。もうそこには誰もいないが、かすかに外套の裾を見た気がした。

 気が付けばあちこちから隠れた視線が時折向けられる。


「シグ」

「食い物の恐喝なら断る」

「違う。さっきから気持ち悪い目がある」

「ああ、それか。教団の監視だろうな。衆目のある場所なら大それたことはしてこないはずだ」

「気づいてたの?」

「いや? 俺じゃあ見つけられない。が、いるはずだとは思っていた」


 有名になったもんだな。

 他人事のようにシグは呟く。

 広場の中に入ったシグは近い場所の屋台に立ち寄り、そこでの売り物を買う。小麦のようなものの生地を焼き、スケイア周辺で取れる果実から作ったドライフルーツを挟んだものだ。それを手に空いた壁際まで寄り、ラキを下ろすと、買ったデザートを渡す。

 試しに、一口。......おいしい。生地が果実の酸っぱさを抑え、逆に甘みを引き立てている。砂糖などは使われていないがこれでも十分に甘い。もう一つ食べたくなる。

 小さな口を精一杯動かすラキを見計らい、シグは彼女にしか聞こえない声で話し始めた。


「俺たちはそいつらを一回撒きたい。何人いるかわかるか?」

「んー、三人くらい? あのお店と向こうの裏路地、それと屋根の上に一人」

「そうか。なら今からすぐそこの路地裏に入って逃げるぞ。俺が合図したら絶対に法則ラウズは使わずに走って付いてこい」

「おお、面白そうだな! 大丈夫。シグが遅かったらラキがお姫様抱っこして運んであげる」

「それは本物の王女にやってやれ。俺がやられたら立ち直れなくなる。とにかく、いいな?」


 すぐに食べ終わったラキが頷く。

 しかし気になったことがあり、青年の顔を見上げながら尋ねた。


「ラキたちはどこかに行くの?」

「その言い方で間違ってないが......。少し暴れたら迎えが勝手に来る。それだけ知っていればいい」

 

 シグのことだから一見無謀でも考えがあるのだろう。

 認識を妨害するコートの法具ウェポンも塔に置いてきてしまっていた。二人の姿は市民のそれだ。法具ウェポンを持ち歩いて街中を歩くことができないとはいえ、自衛の手段も限られる。唯一シグの手袋があるが、呼び出せるのも法具ウェポンで規約に違反するため、あまり頼りにならない。


「どうせ正式な監視ってことになってないんだ。俺たちが不審者・・・に狙われていると思ったから怖くて逃げた。完璧な言い訳だ」


 そこまでお前は貧弱じゃないだろう。そんな意味を込めて胡乱げな眼差しをシグに送るも、彼は無気力そうに目を逸らす。シグの目が気に入らないとよく突っかかるネイシェンの気持ちがわかった気がした。

 スタートラインとなる入口に二人は立つ。


「--行くぞ」


 何気ない様子で言われた言葉に体が反応した。

 人々の目が見えなくなる壁の角に到達した瞬間、二人は爆発的な瞬発力で走り出す。少しして人気のない路地に驚愕の気配。どうやら追手が気づいたようだ。わざわざ教えなくとも、シグも予想しているだろう。

 白い壁に囲まれたここは日があまり当たらず薄暗い。夏場とはいえ水源が近くにあるからか、冷たく湿った空気がラキの肌をなで回した。

 最初は順調だった。この都市の路地は蜘蛛の巣のように張り巡らされ、計算されたように大小の水路が通っている。それゆえに土地勘がなくとも奥へと進むだけで逃げやすい。

 シグは暴れると言っていたが、途中何人かの市民とすれ違うだけで、教団とは出会うことがなかった。

 異変が起こったのはしばらくしてからだ。

 市街地のはずれにある場所までラキたちは走ってきた。小舟が通れそうな水路が横にあり、このまま湖に出られるであろうほど端まで来たようだ。前を見れば遠くに湖の水平線があり、背後には白亜の塔の頂上がそびえている。

 ほどよく撒けたと思った。シグも立ち止まり、ここらで迎えとやらを待つつもりだったのだろう。


「あの、シグ」

「どうした? トイレか?」

「シグは一回ムサい男にキャラメルクラッチ食らえばいいと思う。じゃなくて、教えて。シグのいう迎えって、どんなのだ?」

「そうだな。突然俺たちの背後に現れたりとか、あるいは有無も言わずに強制的に拉致されるだろうな」

「じゃ、じゃあ......」


 静かにラキはそばの水路へと視線を移す。清らかな水が流れ、底まで見通せそうだ。

 

「水がラキたちを運ぶのか?」


 聞くものによってはとんちんかんな質問だ。

 しかしシグは違う。かすかに目を見開いた。深く尋ねることもせず、こうして立っている時間が惜しいとばかりに強い口調で言い放つ。


「走れッ」


 その言葉と同時だった。ーー水路が爆発したのは。

 だが、それはラキの目の錯覚だ。爆発したのではない。水が意思を持ったように弾け、噴水のごとく立ち上ったのだ。

 来た道をラキたちは引き返す。それを追うように水が通路にまで乗り上がり、二人を飲み込まんと迫ってくる。速すぎる。馬よりも速く走ってるつもりなのに、もう追いつかれそうだ。


「な、なんだアレ!?」

「しくじった......! まさかここまで見境ないなんてな」

「だからなんなんだアレ!」

「--“水絡すいらく”だ! とにかく逃げろッ」


 前方の道からも津波のような水が迫る。それを見て二人はすぐ横の通路に入り込んだ。

 シグは水絡と事前に言った。

 十三使徒“水絡”。スケイアに代々受け継がれる水を操る法具ウェポンを所持した者の称号。

 周囲に人の気配などない。行使力マナの発生源があればラキはすぐに気付けるはずだが......。そこまで考えたところで、ラキは都市の中央にそびえ立つ白亜の塔が建物の隙間から見えた。

 まさか。いや、ありえない訳ではない。現に視力に特化した傭兵風情をラキは知っていた。

 おそらく塔の頂上。

 実質的にキロ単位で離れた場所から法則ラウズが使用され、そして精密にラキたちに向けられている。


「な、なんでだ!? 馬鹿かそいつ! ラキでもわかる! そいつラキたちのこと殺しに掛かってきてる!」

 

 水に飲み込まれたが最後、壁に叩きつけられて湖の藻屑になるような殺意の籠った水が追ってくる。

 曲がりなりにもシグは西国ケルフェ側の人間だ。それを人目がないとはいえ、こんな日中夜に堂々と仕掛けてくるものだろうか。それ以前に、殺す、あるいは怪我を負わせることにメリットがあるようには思えない。

 

「タカ派だからな」

「............」

「............」

「それだけか!?」


 過激派だから。もっと深い理由とかないのだろうか。

 駒取りで多少の軍略を知ったラキから見れば穴がありすぎる。ここにきてシグが何かを隠していることにやっと気づいた。


「なに隠してるんだ!」

「ノーコメントで」

「てぇいっ」

「チッ、馬鹿か、この状況で足引っかけるな」


 角を曲がりどことも知れぬ場所へと駆ける。背後で壁にぶち当たった波がそのまま追いかけてきた。

 言い争いをしている場合ではない。

 

「ラキの雷消したみたいにできないのか?」

「囲まれたら終わりだ。燃費が悪すぎて俺のほうが早くガス欠になる」

「もうラキがアレぶっ飛ばすぞ!」

「まだ堪えろ」

「--あぁ、もうッ!」


 こうなったらヤケだとラキは懸命に足を動かす。

 身体能力の底上げでは敵う者などいない。そしてだんだんとシグの前に出て、さらに距離を離していき、


「俺を置いていかないでくれ」

「なんかシグが使えない!?」


 というよりも、相性が悪いだけだろう。糸では『破壊』し尽くせない水の壁は脅威だ。底力でも相手に負けている。そもそも水絡がこの場にいないのでは止められない。

 ラキと戦った時などは偶然能力の相性が良かっただけに過ぎないようだ。

 相性の悪い相手に当たっただけで、これではただの一般人よりマシな程度である。


「--ッ!」


 息を飲んだのはどちらだっただろう。

 進路方向から遂にもう一つの波が現れた。横に道はない。挟まれ、さらに逃げ道を消すように先行した水が上方に膜を張る。

 迎え撃つしかない。しかし水相手にどうやって?

 敵わない相手を身近に感じたことでラキの体が強張った。

 シグがラキの肩に手を回して自分のほうへ抱き寄せる。もはや眼前に迫った波を見て、目をぎゅっとつぶりシグにしがみつくようにして......十秒。

 おかしい。いくら待っても衝撃などは来ない。そして裏路地にはなかった熱を肌で感じる。

 おそるおそる目を開けると、


「ヤッホー、ピンチの時に助ける姉、登場」

  

 見知らぬ店内で見知らぬ銀色の美人が、紅茶をたしなんでいた。

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