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姫とハロワと法則世界  作者: なよ竹
狂信の使徒
37/39

恐怖と気弱

 首都スケイアの中心にそびえる白亜の塔。そのそばに造られた、いくつものミニチュア版ともいえるような塔の一つに、ティオのあてがわれた部屋があった。侍女たちが荷物を整理している中、手伝おうとしても拒否されたため、正直言って手持ち無沙汰だ。

 ティオは椅子に座りながら眼下の光景に見入っている。

 なんとも単純な、それでいて内心を十分に表せる感想がこぼれ出た。


「きれい......」


 白を基調とした建物のあいだを細い水路が張り巡らされ、そこを小舟がのんびりと漕がれていく。視線を遠くに向ければ大陸でもっとも巨大な湖なだけあって、海のような地平線さえ見えてしまいそうだった。日光を反射してきらきらと眩しい。

 まさに壮観の一言に尽きる。


「気に入っていただけたでしょうか? とっても素晴らしい場所でしょう!」

「ええ、とても」


 ここまでの案内をしてくれた女性神官の言葉にうなずく。

 ティオのそばに立っている彼女はここまでの護衛をしてくれた十三使徒であり、“天災”ニルフィ・フェフレカという中央国カルシアスの誇る戦闘のエキスパートだ。丁寧だがハキハキした性格らしい。らしいというのは、ティオが出会った時からニルフィは白い布で顔を隠しており、話し方や動作から想像するしかないからだ。


「そうでしょう! 私もここに初めて招集されてから何度も見入ってしまい、教皇さまからありがたいお小言をいただきました!」


 狂信者ばかりの十三使徒にしては珍しく、ニルフィは割と普通な、軽い冗談も含めてくれる性格だった。

 だからといってティオも軽い態度で返すわけにはいかず、王女らしい言葉遣いでゆっくりと答える。


「こう見てしまうと、街に繰り出して自分の目で見てみたくなりますね」


 ニルフィは冗談と受け取ったのか軽く笑うが、侍女二人にはとてもそうは聞こえない。

 さすがに祭りの時期だと考えても、行かせるわけにはいかないのだ。


「実は私は何度もそういったことをしてますよ。いつもある朝の露店では面白いものもたくさん売ってますし、広場の噴水の荘厳さといったら。ああ、それと地形関係からも新鮮な果物が手に入りやすいので、安価でクレープといったお菓子も食べられます」

「へえ、それはーー楽しみですね」


 なぜ行くことが前提なのかとネイシェンはツッコみたかった。


「......っと、時間ですね! 何かあれば廊下で控えている者になんなりとお言いつけください。これより護衛の方々に、これからの方針をお伝えしておきますので!」


 ニルフィが一礼してキビキビと部屋を去る。

 素に戻ったティオが伸びをしながらネイシェンに訊く。


「そういえば、私もだったっけ」

「そうね。疲れてるでしょうけど、もう一頑張りよ」

「大丈夫だよ。まだ会合の三週間も前だっていっても、南国レガーナの人には助けてもらわないといけないんだからさ。ネリアさん、だっけ? シールズさんの話だとレノアさんみたいなタイプらしいし」

「心配してるのは体調のほうなんだけど......あ、コラ、髪をいじらない!」

「ちぇっ、はいはい」


 一房だけ白くなってしまった髪をいじるのがティオの癖になってしまった。

 白くなった理由も原因も不明のまま。あれから何が起こるわけでもなく、シグも気にしなくていいと何度も言っている。必要なら染めればいいともティオは考えており、とりあえずは放置していた。


「そういえば、髪もいいかげん伸びてきたかな」

「そのまま伸ばしてもいいんじゃない? アレンシア様だって腰辺りまであるわよ。それに、貴族の女って髪を伸ばしてる人も多いんだし」

「肩より長いだけで邪魔だなーって思ってるんだよね。ナタリアさんが許してくれないから、短髪は我慢してるんだけど」


 セミロングと呼ぶには少々厳しい長さになった髪が肩にかかり、少し鬱陶しげに背中に払う。

 さらさらな質感のおかげか、絡まったりしないのがせめてもの救いだった。


「へえ、あたしに喧嘩売ってんのかって言いたいけど、先にやることもあるわね」

「ま、とりあえずは着替えないと」


 格式というのも息が詰まる。今でもティオはドレスを着ているが、これは部屋用のものであり、接客用のものはまた別だ。城にいる間はともかく、スケイアにいるティオはお姫さましていないといけない。


「選択。どれにする?」


 片付けも終え、ティオの着せ替えが大好きなファルナが、無表情ながら嬉々として何着かのドレスを取り出した。


「んーっと......あれ? こんなの持ってきたっけ?」

「あたしも見たことないけど」


 ティオとネイシェンはそのドレスを持ち上げた。淡い青色を中心として白い装飾があり、袖が長くてもこの季節で暑さを感じさせないような、視覚的な清涼剤のようなドレスだ。

 

「取得。私が頼んでおいたのを、さっき届けてもらった。自信作、えへん」

「でも採寸なんて、最近やってないよ? サイズが合うわけ......」

「平気。私が・・ティオのスリーサイズもろとも、全部知ってるから」


 いまこの侍女はなんと言ったのか。

 ティオの背筋は震える。

 

「いつ!? ラキと違って面倒だからって、ホントに最近はやってないんだよ! そもそも記憶にも」

「無視。とりあえず、どれにする? 私としてはそれがいい」

「お願い答えて! なんか怖い!」

「完璧。新調はしてる。それに、二週間でそう変わらないと思う」

「に、二週間前......? 全然身に覚えないや」


 記憶力のいいティオはその日を思い出そうとし、特になにも無かったと結論付けた。ジョークなんだと現実逃避気味に考える。

 ネイシェンがなにかに気づいたように、ハッと顔を上げた。


「あ、もしかしてファルナ、あの日の夜......ごめん、なんでもないわ」

「ネイシェンは不吉なとこで止めないでよ!」

「じゃあ、聞く?」

「い、いやだ! やっぱり聞きたくない!」


 なにがあったかなど、とても怖くて知りたくもなかった。シグだっていたのだ。身の危険はなかったはずだ。......おそらく、たぶん。

 ちなみにそのドレスを着てみたら、ムカつくほどにぴったりだった。



 -----



 場所は控え室。ティオたちのいる部屋よりも下にあり、待つためだけにつくられた部屋だ。暇つぶしの道具もそれなりに置かれている。

 ローガンは難しい顔をしながら、テーブルの上の盤石をにらんでいた。

 白と黒のこまが尖兵としてマス目の上に立ち、相手の王の駒を狩ろうと構えていた。

 西国ケルフェ発祥のゲームだ。別々の動きをする駒を交互に動かしながら、相手の王の駒を取る、ルールは単純なゲーム。

 ローガンの実力はお世辞にもプロとは言い難い。けれども弱くもなく、何手か先を考えながら駒を動かせる。

 だから、


「こりゃあ、降参だ。勝てねえな」


 引き結んでいた口を、苦笑いに。盤石にあるローガンの勢力は余力を残してはいたが、これ以上やっても王を取られると白旗を上げた。


「やったー!」


 相手をしていたラキが万歳と手を上げる。後ろで結んだ髪が長い尻尾のようにぶんぶんと動く。


「くっそ、途中から勝てると思ってたんだけどな。マジでえげつないな、お嬢のやり方ってのは。これも姫さんから教えてもらったのか?」

「ううん。ルールだけ! あとはラキが自分で考えたの!」

「......はは、そ、そうか」


 乾ききった笑いしか出てこない。

 こういったゲームは戦略に使い手の人間性が現れるらしい。ティオなら正攻法の中に絡め手を、ファルナはよくわかんないけど無駄に強かったりなど。ラキの戦い方は直情型かと思いきや、最初は駒をわざと犠牲にして誘い込み、あとは一網打尽で蹂躙していくというもの。子供らしからぬえげつない戦法だ。


「ねえ、もう一回やろ!」

「オレの七連敗が八連敗になりそうだな。おいシグ! 代わってくれ!」

「戦績が二十一連敗の俺に言うことか?」


 ソファに深く座り込みながら書類をめくっていたシグが顔を上げる。意外にシグはこういったゲームが弱い。絡め手を使いまくろうとして自爆するタイプだった。

 右腕を吊ったままのシグは書類を横に放る。


「それよりどうだ? あいつらに何かあったか?」

「いや、なにも。さっき姫さんの部屋から出ていったな。ちょうど......こっちに向かってるな」


 ローガンが駒を並べなおしながら言った。その目は鳶色とびいろから毒々しい紫に変わっており、この塔のどこかにいるであろう女性神官を視ている。

 一歩間違えればストーキングまがいだが、彼も義眼である『骸視幻像パラサイト』の能力は有能であると思っているので、仕方ないとしか言えない。


「それより、過保護すぎやしないか」

「なにがだ」


 不思議そうに訊きかえすシグに、ローガンは最初の一手として駒を動かす。


「姫さんのことだ。お嬢の村で髪が白くなったろ。アレ、なんだ? お前さんは事情を知ってるようにも見えるし、だからこそやり方が回りくどいぜ。表には出さねえけどな、侍女の嬢ちゃんらも何か変だとは気付いてるし、オレだってそうだ」

「さあな、俺も詳しくは知らない。中途半端に知っているからこそ、わからないままだ。......まあ、聞くにはちょうどいい連中がこの都市に来ているはずだ」

「ああ、レア嬢のことか」

「気づいてたか?」

「女に関しては人一倍敏感だって自負してるぜ。--うおっ、やられた」

「ゆだんたいてきだぞ、ローガン」


 ラキに自陣の一角を切り崩されたローガンは頭を抱え、ふと扉のむこうを見た。


「おいでなすったな」

「俺が出る」


 おもむろに立ち上がったシグは音もなく扉を開けた。白い廊下にはカーペットが敷かれている。

 しかし、目の前には誰もいない。視線を横にむけてみると、扉を通り過ぎたところに、壁に寄りかかっている女性の後姿が見えた。背中辺りで結ばれた長い金髪が、時折揺れ動く。


「--ああ、どうしようどうしよう。さっきテンション高めで話しちゃったけどよかったのかな? 先輩方みたいに危ない人とか気狂いとかって思われてないよね? というかなにもないのにテンションハイとか、マジで危険人物じゃん。というか、こんな大役に私なんかが選ばれるなんて、下手したらワールドなウォーズになっちゃうのに、もう、おなか痛い。でも、ねえ? こっちだって必死になって頑張ってるんですよ、そりゃあもうこっちが容疑者(仮)って扱われるのも仕方ないけどさ。身内の恥でもう謝りたいくらいなのに、関係者がいた東国の役人さんにお悔やみ申し上げますって勇気振り絞って言ったら『失せろ』の一言って、人としてどうなんだろ。内心で泣いちゃったよ、というか目から汗がほんのちょびっとね。そもそも職業柄こっちは兵器だし、怖がって男の人は誰も近づいてきてくれないし、信者の中から選んでもかしこまってるせいで幸せな結婚生活どころか無意識主従生活になるってなんの悪夢」

「......おい」

「え? わ、ひゃい! --あいたッ!」


 聞かれているとは思っていなかったのだろう。見ているほうが気の毒になるほど慌てふためき、来ていたローブを踏んづけて転倒した。裾がめくりあがり、初雪をまぶしたような肌の太ももがあらわになる。

 

「......」

「......」


 どちらも気まずく、言葉を続けられなかった。

 口を引き結んだまま女はローブを直し、なけなしの元気を使い切るかのように立ち上がった。 

 誰が彼女を、十三使徒“天災”という物騒な称号を持つ人物と考えようか。

 ニルフィ・フェフレカは努めて笑顔を作った。転んだ拍子に顔を隠す白布ははずれ、聖女のようでありながら背徳的な色気があり、しかしどこか幸薄そうな容貌が外目にさらされた。


「あ、あははは、私ちょっとどんくさくて。いつもは普通の人と同じくらいなんですよ? だからさっきのは、たまたま、で......グスッ」

「わかったから、とりあえず滝のように流れている涙を拭け」

「はい、すみませんすみません。そこらの亀よりも使えませんよね」

「亀よりはマシだろ」

「ひいっ」


 ニルフィが来るのは知っていたので、シグはそのまま彼女を通す。

 部屋に入った途端、ラキがニルフィにむけて殺気交じりの威嚇いかくをしたので、年上なはずの女性はビクリと身をすくませた。


「あ、あの、私なにかあの子にしてしまいましたか......?」

「悪いな、お嬢さん。コイツは教団の奴らが大嫌いでね。ぶっちゃけ、かなり恨んでる」


 ラキの逆立った髪をローガンがもとに戻すように撫でる。

 原因はどうであれ、ラキの村を壊滅させたのは教団だ。さらに十三使徒であれば仇と同類であり、割り切っているといってもまだ子供のラキでは抑えられない。

 

「そう、ですか」

 

 同情ではない。ただ悲痛なやるせなさをにじませる。

 ニルフィは事情を察したのだろう。教団のやりかたは過剰なところがあり、その被害でこういった身寄りのない子供・・・・・・・・ができるのは暗黙の了解となっている。国民は教団こそが正義とみなしてそれを非難したりはせず、そういった部分が国の性格として固まっているなど、ニルフィはよく知っていた。

 ごしごしと目元をぬぐったニルフィは、敵意むき出しな猫を相手にするようにラキに近づく。

 ラキと目線を合わせるようにかがみ、囁くように言った。


「あなたがどれだけ辛い思いをしたのか、私は知らない。どれだけ苦しんだのか、涙を枯らしたのかさえ、私にはその少しすら想像できない。だけど、これだけは言わせてほしい。--私がその時そばにいてあげられなくて、ごめんなさい」


 爆発寸前だった行使力マナの高ぶりは空気が抜けるように消えていき、ラキは眉をひそめていながらもふいっと顔を反らした。


「あなたは、怒らないの?」

「......ラキはオマエたちなんて嫌いだ。だけど、オマエは嘘言ってない。ラキはわかる。だからオマエを非難するのは、すじちがい」


 男二人は意外そうにラキの反応を見る。その彼女には必要以上の言葉を掛けず、ニルフィがシグたちに向き直った。


「それでは、お伝えしたいことがあります」

「ああ、立ったままもあれだしな、とりあえず座ってくれ。チビ、どうする? これから仕事の話だけをするから相手をしてられんぞ」

「ラキはここにいる」


 ニルフィがさっきまでシグの座っていたところに腰をおろし、テーブルを挟んでシグが対面に座る。ローガンは菓子などをテーブルに出し、自分は関係ないとばかりにラキとの対局を再開した。ちなみにローガン陣営は壊滅状態だ。


「話すのはいいんだが、あんたはその布をつけなくていいのか?」


 気になってシグは指摘する。ニルフィの手には顔を隠していた白布が握られたままだ。


「ええ、大丈夫です。被ってた理由も、話し相手のかたのせいで泣きそうになっても、見られないからってつけてただけですし」

「ともかく、笑顔で言うことじゃないな。負け犬の発想だ」

「ひいっ」


 歯に衣を着せていない物言いにニルフィが悲鳴を漏らす。先ほどの聖母然とした対応が夢のようだ。

 それでもその実力は本物であった。

 行方不明なままの“聖女”メリアーヌの妹であり、信心深くはないもののその戦闘能力だけで十三使徒に成りあがっている。旅の途中で襲い掛かって来たのが、クリーチャーの群れであれ一時の魔が差したため盗賊に成り下がったものであれ、出合い頭にもの言わぬ消し炭にしている。

 そんな彼女が直々にやって来たのだから、話す内容には警戒すべきだ。


「あ、それは違うんです。私は新人なせいか、部下になめられてまして。ちょっと言うことをきいてくれないんです。親しい人はニルフィちゃんなんて呼んできますし」


 少し警戒を下げてもばちは当たらないだろう。


「先にそちらに渡しておいた書類は見てもらえましたか?」

「ああ、目は通しておいた。だが、“水絡すいらく”はともかく“天災”のあんたや“機殻”が呼び戻されているのには驚いたがな。こっちはおちおち眠ることすらできそうにない」

「そ、それは申し訳ございません。私も何がなんだかさっぱりでして。噂だと、あの一族がこの都市にやってきているとは聞いてて......それで私たちが呼ばれたとかなんとか」


 顔色を青を通り越して病的なまでに白くしながら、ニルフィがうつむいた。

 一族と戦えということは遠回しに死ねと指示しているようなものなのだ。


「うわー、ないないないない。まだ結婚もしてないのに、やっぱり命のほうが大事じゃん? 死にたくないよまだ」

「......あんたからモーションを掛けなければ実害はないと思うぞ」

「いや、私が掛ける掛けないというより、教皇の指示となったらマジでやばいんですよ? 従っても死ぬ、従わなかったら同僚に殺されるもん。うわー、ないですよこれー、私まだ幸せになってないし? ちょっとマジ? マジかああああ!? ってのが私の最初のリアクションでした」

「......ちゃんと話して対価払えば見逃してくれるぞ、きっと。そこらの屋台で売ってるやつでも、たぶん大丈夫だ」


 複雑そうにシグが言うも、それで安心できればニルフィも苦労しない。この残念美人は生来の臆病であり、魔鶏コカトリス気弱チキンの二面性を持っている。 

 ローガンがラキに負けて力尽きるように机に突っ伏したとき、ニルフィが思い出したようにつづけた。


「なんか途中から脱線してましたね」

「それは俺も気づいていた。主に原因があんただけどな」

「ひいっ。......あっ、こっからが一番重要なんですけどね」

「くだらないことだったら、あんたの部下に『あの上司の下に就くなんて、ついてないな』と言ってやる」

「そ、そんな! それじゃあ塵芥ちりあくたのようになってしまった上司としての尊厳が消し飛びます!」

「そんなお前に付いて行っている部下がすごいな。俺ならあんたの下につくなんて気苦労が多そうで御免だ」

「ひいいいっ」


 シグの素直な称賛はなぜかニルフィの胸をえぐったようだ。

 それを堪えて、ニルフィが本題を話す。そうしなければライフがゼロになりそうなのと、これを教えなければシグたちが厄介ごとに巻き込まれるからだ。


「えっと、そのですね、大変申し上げにくいのですが......」


 右腕を所在なさげに撫で、漂わせていた目をシグに向ける。ひどく曖昧な色をしていて、彼女すらも混乱しているようだった。





「会合までのあいだ、貴方がたは護衛者ガードとしての仕事を一切しないでほしいのです」





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