微睡と安心
木漏れ日がほおを撫でてくすぐったい。ラキは微睡に身をゆだねながら薄く目を開けた。
首のうしろのコートと揺れ動く景色から、御者席に座るシグのひざの上で寝ていたと連想する。
続いて、着慣れないのを証明するようなちくちくする感覚。テナンド山脈を越えた場所にある都市で、ファルナが見繕ってくれた服だ。パーカーのサイズが大きいのか、肩はむき出しになり、下の裾はかろうじて足の付け根を隠すほどだ。見えないだけでちゃんとホットパンツも履いている。
見えそうで見えないのがいいと力説していたファルナが少し怖かったが、クリーチャーの素材を使ったそれらはかなり頑丈でラキも気に入っていた。
「......んにゃ?」
意識が浮き上がり、ラキはぱちりと金色の目を開く。
「起きたか」
「ここどこ?」
「スケイアの前だ。とりあえず、コートに涎をつけるな」
固定された右腕を吊ったシグが手拭いを取りだす。
ごしごしと口元をぬぐわれるラキは視線をぐるぐると動かした。
森を抜けたところで、右側には湖が水の匂いを運んでくる。巨大な湖の奥にはかなり高い白亜の塔を中心とした都市が、ゆらめく蜃気楼の中で見えた。
「うー、暑い。ラキもう泳いでく」
近くには水がある。ならば入らぬ道理はないだろう。
それを聞いてローガンが呆れのまなざしを隣に送った。
「それはダメだろお嬢。そもそもむこうまでどんだけ掛かると思ってんだよ」
「ああ、そうだな。昼を過ぎるぞ。--弁当を作ってやるから待ってろ」
「そこじゃねえだろ」
「ん? ああ、そうだったな。--水筒も必要だ」
「だからそこじゃねえって言ってんだろ! これ以上、お嬢に非常識教えんな! それとテメエのコートが一番暑苦しい原因なんだよ!」
ラキの乗る馬車の近くでは、四台の白い馬車が囲っている。それに顔をしかめた。というより、一台からは殺気が挑発するように飛ばされているのだ。
「あの馬車やだ。あれは敵。ラキが水にたたきおとす」
「お嬢ー? いきなり実力行使はダメだって姫さんも言ってたろ?」
綱を握るローガンが隣で忠告する。それに不満げにラキは返す。
「むー。ティオは優しいから甘い。殺さないからべつにいい」
「ははは、こりゃ参ったね。まるっきりオレらに毒されてんじゃん」
幼い子供であることを度外視した隠れた残虐性に、ローガンは煙草を咥えながら乾いた笑いを漏らす。
ラキは旅の間にティオたちから知識を教えてもらっていた。ティオからは勉学を、ネイシェンからは常識を。それでも時間が合わないこともあり、彼女たちはしぶしぶ他の三人にラキを任せることもあった。 そして、危惧していたことが起きる。
スポンジのようになにもかも吸収するラキは、教える側からしてみれば扱いやすい。けれど逆に、なんでも覚えてしまうということだ。
ローガンとファルナが俗世に染まったことを。さらにシグにいたっては、日常生活では必要とされないはずの人体破壊術だった。
「なぁ、シグよ。マジでお嬢の教育方針間違ってないか? 進路外れるどころか、もう乗る路線からして間違ってんじゃん」
「お前が言えた口か。三日前にこのチビは神官の女に口説き文句のたまってたんだぞ。しかもむこうはマジになって、こっちは無自覚。女色になったらどうする」
「ありゃあ事故だ。それにお前だってなんだ? 痴漢対策ってやつでけしかけやがって、こっちがあやうく去勢されかけたんだぜ!」
「そもそもファルナから何を教わってるのか謎だ」
「あの嬢ちゃんにいたってはもう手遅れだ。けどな、このままだとマジで引き取り手がいなくなるぞ」
「お前の原因もあるがな」
「テメエは自覚持て」
責任をなすりつけあう無責任な大人たちが気をとがらせる。
「ラキは、シグもローガンも好きだよ? なんで喧嘩するの?」
うっと男二人の声がつまった。大人げないと、今さら気づいたのかもしれない。
これも、最近はよくあること。
ラキはそれらをおぼろげになりはじめた意識の中で聴いていた。
馬車からの小刻みなリズム。髪を揺らす湿り気のある風。湖畔の静寂をたたえた光。
村を出なければ感じることのなかった『色』が、外にはこんなにもたくさん溢れていた。
知らないことを知識として得て、くすぐるような探究心が心地よい。
そしてなによりも、
「--たのしいなぁ」
口の中で呟きラキは再び目を閉じる。
騒がしいのは、嫌いではなかった。




