虚偽と幻想
ラキは自分の出生を知らない。
気づいたときにはもうその村にいたし、親代わりの存在もいてくれた。ある旅人が預けたとか本当の親は別にいると教えられてもさして興味を持つこともない。
村が自分の居場所であり、村人たちは可愛がってくれる。
それだけでラキは十分幸せだった。
しかし、違和感というものが付きまとってきたのは少ししてからだ。最初は本当に些細なことだった。
仲の良かったともだちが少年たちに泣かされ、それに怒ったラキが相手を力ずくでこらしめた。少年たちは謝ってともだちからは感謝されてこの時は収まる。ただ三歳ほどの少女が十歳を越えた四人の少年たちを殴り倒した話。
それを夕食の時に自慢すると、村で一番偉いらしい母親代わりの女は驚くも、すぐに苦笑する。
「あなたは正義感が強いですね」
「そう!? ならラキもっといっぱいなぐるー!」
「それはやめなさい」
どこかしら影のある笑みをその女が浮かべていたのが印象的だった。
違和感はまた遠くないうちに覚えることになる。
近所の子供たちよりも力が強いのに有頂天になっていたころ、めったに村に訪れない傭兵のような旅人がやって来た。ラキは彼らと接触することを禁止されていたがそんなもので子供の好奇心を縛ることなどできない。旅人たちの滞在する宿に押しかけて彼らから土産話を聞いた。
旅人たちは人が良かったのか無下にするもなく、彼らなりの思い出話を振り返るように談笑していたが、ある煙草を吸ってた若い男がぽつりと零した。
「それにしても......この村が信仰しているのはシーレス教じゃないよな?」
「まあ、見たこともないのは当然だろ。隅に押しやられた弱小宗教の村だ」
「おいっ、嬢ちゃんに聞こえてるだろ。それにどんな過激な思想持ってんのかわからん村だ。こんなこと言って追い出されたりしたら......」
「じゃくしょーしゅーきょー? なにそれ?」
「......まあ、大丈夫か」
旅人たちには答えをはぐらかされたが、他の村と自分の居場所が違うことがはじめてわかった。
それからしばらくして、戦争が始まったという報せが村へと届く。
北の地域で大規模な破壊を伴う戦いから逃げてか魔獣の森の近くに位置していた村にもよくクリーチャーが下りてきた。村の男衆で撃退していこうとするもののガナルクルホースやガナルクルコングのような巨大生物が出てくれば被害もある。戦争以前からも飢饉が流行り、村の少ない成果であった作物もクリーチャーの口に入るようになった。
ラキにとってすべてが変わったのは、その時だっただろう。
村の奥深くにまで一体のガナルクルホースに侵攻されたとき、ラキは仲のいい友達が目の前で踏みつぶされそうになった。その瞬間、ラキの中で何かがはじけ、気づけば怪物馬を自分の小さな肉体だけで解体していた。
角が生え、蹄が捉えても大して怪我もしていない。返り血を全身に浴びたまま、ただ心配する一心で友だちに手を差し出す。けれども友だちはその手を取ることもなく、それからも怯えてラキに近づくことはなかった。
一度だけ強引に友だちの腕を取ると、振り払われて叫ばれる。
「さわるな怪物!」
友だちにとっては自分を踏みつぶそうとした巨大な馬よりもラキのほうが怪物に見えたらしい。
逆に大人たちの反応はラキを歓迎するようで、それを喜ぶ前にラキは疑問しか抱けなかった。
--どうしてラキは悲しいのにみんなは笑うの?
村人たちがラキを見る目は、可愛らしい子供へ向けられるものから畏怖に支配されたものへとだんだん変わっていった。
度重なる村を襲うかつてない不幸もそれに拍車を駆けていく。力も金も食料も尽きかけている弱者には、もはや神頼みしか出来なかったからだ。
村の危機に現れる角と力を手に入れた少女。これ以上ないシナリオを彼らは美化し、苦し紛れに抗えない現実から目を背けようとした。
村の守り神としてあれよあれよと祭り上げられるようになったとき、母親は自分を抱きしめながら言った。
「ごめんなさい、ごめんなさい。こうならないようにしてきたのに......私だけは、あなたと対等に接してあげるから」
ラキは母親がいたから逃げ出そうとは思わなかった。彼女自身に飢饉も絶望もなくす力などが本当は宿ってなくても、村人が少しでも生き生きした顔を見られるならと神輿にでもなる。
偽りに偽りを重ね続けているうちに、その旅人は馬車に乗って再び村にやって来た。ラキを村に預けた男だ。彼は村に入る際、ちょうど周辺を徘徊していたクリーチャーを一蹴して来たため、もてなしは出来ないまでも歓迎された。
ラキはたまたま旅人が一人で出歩いているのに出くわした。巫女のような服を着て痩せた数人の村人に囲まれていた時だ。
男は村の状況やそこに住む者たちの現状を見て、さらにラキの今の立場を確認し、
「うん、実に想像通りだ」
満足そうに頷いた。
どう形容すればよいか、その旅人に得も知れぬ不気味さをラキは感じる。しかし彼は村に連れて来てくれた存在だ。無下にも出来ず、名ばかりの久々の対面として個室で二人っきりにさせる。
村人たちはラキのような神に近しい(と思っている)存在を一人にはできなかったが、彼女が望んだことだった。久々すぎる外部からの人間で、他の者がいても同じことをしていただろう。
ラキは付き人が出ていくと男に向かって勢いよく頭を下げた。
「この村を助けてください! みんな、みんな変なの。ラキは力が強いだけで、おばさんの病気も治せないしおじさんのバケモノに食べられた腕ももどせないの。でも、みんなラキに頼ってきて......たびびとさんならなんとかできないの!?」
ラキが自分の出生などを聞いてくると予想していた男は目を丸くするも穏やかに笑う。
うつむきながら小さすぎる肩を震わせるラキに尋ねる。
「へぇ、なるほど。自分が村人さんたちと同じような無理難題を僕に吹っ掛けてるって自覚はあるのかな?」
「......ッ!」
「あぁ、いいよいいよ、そういうことなら。皆の目が辛かったんだね? 皆の期待が重かったんだね? もう投げ出したくなったんだね?」
「ちがう......」
「ん?」
「ラキはつらかったし重かった......けど、投げ出したくない。みんなを見捨てるなんて、ラキにはできない」
奥歯を噛み締めながらラキは言い切る。偽りで塗り固められた生活になってからの初めての内心の吐露だった。
男は楽しげにラキを眺めながら何度も頷く。
「うん、うん。君を連れ出した身としては、こんなに他人のためにまっすぐな子に育って感慨深く感じるよ。嘘しかつけないけど頑張る姿は本当にひたむきだ!」
「それなら......」
「ただもう一度聞こう。君は、本当はどうしたいんだ?」
「村を、ずっとなくならないようにしたい。ラキの居場所がなくならないようにしたいの」
「へぇ......そのために、君は何もかも犠牲にできる?」
「できる!」
ラキの強い意志のこもった金色の目をじっくりと見返した男はくすぐったそうに笑う。それがラキの答えに対する嬉しさよりもこれからの期待感に胸を膨らませるようだと、この時の彼女は気づけなかった。
「じゃあ僕の持ってきた荷台からいい物を送ろう。さすがに食料は無理だけど、あと一週間も待ってくれればここにたんまりとそれらが積まれた荷台を持つ商人も来る」
「ほんとに!?」
「ああ、嘘はついてないよ。それと......」
男は旅人だとしても無駄に巨大な鞄から小槌を取り出した。
「これはなかなかユニークな法具でね。ここまで大きくなった君への祝いの品として、武器を授けよう。可愛い子が素手でクリーチャーを殺すもんじゃない」
「たびびとさんは......?」
「ん? ああ、この村にはずっと滞在するつもりはなくってね。君がどうしてるかの確認のためだ」
クリーチャーを一人で何体も倒せる人がいなくなるのは心細かったが、ラキはぎゅっと小槌を抱きしめる。もう大丈夫なんだと思った。口ではああ言ったが元の生活に少しでも戻れるのだと、勝手に想像していた。
旅人はその後、ラキの母親や村人の何人かと熱心に話していた。ラキが隠れて見ているとなぜか母親だけがひどく難しい顔をし、他は希望に溢れた笑顔を浮かべている。
旅人は馬車から巨大な時計を運びだし、ラキの住む家に置いていった。
それから旅人が去り彼の言ったように一週間経ったあと、たしかに村の中を食料をたんまり積んだ馬車を率いる商人一行が通過した。
ラキはただ、彼らが食料を飢えた村人たちに分けてくれるのだと思っていた。
しかし現実は見事に裏切られる。
「この食料は宗教国家カルシアスの物だ。残念だが、邪教徒の住む村に与える物は何一つない」
食い下がるラキの目の前で、村人たちが彼女の静止の声も聞かずに商人一行を縛り上げた。
理由はちょうどいい供物が出来たから。
この飢饉の原因は山の神が怒ったせいで、生贄を捧げなければ終わることはない。あの旅人は村中にそう言いふらしていたらしい。愕然とするラキをよそに、四十人近くいた商人たちは殺された。処刑を行なう村人はラキが知っている彼らとはまるで別の生き物のように思えた。
母親に必死になってラキはこんなことをしたい訳ではなかったと言う。しかし、母親は悲しげに笑いかけてくるだけだった。二人っきりになった時、母親はラキをまた抱きしめる。
「神の力なんて本当は紛い物でしかないの。私がみんなに賛同したのは山の神なんて空ごとのためじゃなく、ただ食べ物を奪えるから......。どこで、私は間違ったんでしょうね? 今の国教に絶望している彼らに前を向かせるために、わざわざ反対の宗教を信じさせたのに」
思えば、母親もこの時には壊れていたのだろう。
それを知ってしまったラキは立ち尽くし、見捨てるという選択肢が自分の中から消えていくのを感じた。まだ一桁の歳の少女が信じたのは神ではなく昔の日常だったから。それを取り戻すために、どんな犠牲でも払うと言ったのだ。
けれども偽りは偽りでしかなかった。
あの決定的な日、商人たちから奪った食べ物で必死に食いつないでいた頃。
テナンド山脈を越えて奴らは現れた。
昼過ぎだろうか。曇った鈍色の空が体にまとわりつくような寒気を与えてくれたのを覚えている。
村に一体の巨大な石像が空から降って来た。白い装甲を纏った獣神のような姿だ。ソレは手近にいた腰を抜かす村人を即座に剛腕で叩き潰す。悲鳴の連鎖が広がるのにはそれほど時間が必要なかった。
ソレが悠々と両の剛腕を打ち付ける。
完璧狩戯
村を包み込むように出現した障壁が逃げる者を許さない。元から村の外にいた者は白装束の連中に仕留められている。
ラキは巨大化させた槌で殴り掛かったが、なぜかクリーチャーたちと同じように攻撃は効かなかった。村人たちの攻撃も同様で、ソレは攻撃なんてないかのように次々と彼らを虐殺していく。
吹き飛ばされて気絶したラキは家に運び込まれ、薄く目を開けた。
母親の膝の上で薄く目を開けると、よくラキが面白がりながら入り込む隠し部屋の中だった。
蝋燭の光が柔らかく本を照らし、ゆっくりと揺れ椅子が心地よい振動を与えてくれる。こんな時でもなければラキは泣いていただろう。飢饉が始まってから、はじめて彼女は昔の日常を感じられたのだから。
母親が優しくラキの頭を撫でた。
「ラキ、よく聞きなさい。私が不甲斐なかったばかりにあなたにつらい思いをさせてしまった。だから、もうあなたは村のために嘘を重ねなくていいの。死ぬことなんて、しなくていいの」
否定の言葉はラキの口から出ることはなかった。体がとてもだるく、まどろむように言葉が耳の中に反響する。
「もしまた、私たちがあなたの前に現れても耳を貸さないで。きっとあなたを壊してしまうから。私からできる、せめてもの助言よ」
ラキの意識が闇に沈む。
再び覚醒した時、母親はいなかった。村も残っていなかった。地下から這い出すとすべてが押し潰された荒野が目に飛び込んできて、いなくなった存在の名を呼びながら大声で泣き叫んだ。
ぱちぱちと場違いな拍手が泣き疲れて声が枯れたラキの耳に届く。
よろよろとラキが見上げると、あの旅人が家だったものの残骸に腰を掛けていた。
「いやぁ、なんで君らはこんな想像通りに動いてくれるかな。僕が暗躍っぽいなにかする必要もなく、エサを目の前にしたサルを見てるようだったよ。そこんとこどうかな? 身勝手でありもしないものにゾッコンラヴな面白おかしい人たちに利用されてたラキちゃん?」
気付いたらラキは旅人に槌を振り下ろしていた。残骸が弾け砂煙がもうもうと立ち上がる中、肩で息をするラキの背後には旅人が立っている。
ラキは口を震わせた。
「どうして......」
「どうして? 僕はこの村の方々の望みを叶えたつもりだよ? 飢饉をなんとかしたいって言うからわざわざ生贄さんたちを誘導したし、効果も望み薄な儀式させたじゃん。まあ、そんな暇あったら畑耕してろって言うんだけど」
「それは......ッ!」
「それは彼らが望んだからさ。実際には商人さんたちの食べ物で飢えを紛らわせてたみたいだけどね」
「ならッ!」
「ならそれを分かってたのか? もちろんだよ。彼らほど僕は頭が単調だとは思えないね」
槌を横なぎに振るい砂煙を吹き飛ばす。旅人はラキの家の残骸のほうにまた腰を掛けていた。
「まぁまぁ、そう怒らないでよ。可愛い顔が台無しだよ? もしかして村人さんたちを手籠めにしたのはその顔なのかなぁ?」
「............ッ!」
「でもさ、君の望みも叶えてあげるつもりなんだよ。村の方々にはその一員である君も入ってるんだからさ。村を、ずっとなくならないようにしたい。ラキの居場所がなくならないようにしたいの」
最後はおちょくるようにラキの声真似をしていたがまったく似ていなかった。怒りすらもこの男の前では無意味なように思えて、ラキは力なく地面にへたり込む。
「ほら、うしろ見てみなよ」
言われたとおりにラキは振り返る。さっきまではなかったはずなのに、さっきからあったようにそこにはあの時計が佇んでいた。時間を正確に知る以外、飢えを満たすこともクリーチャーを侵入させないことも出来ないガラクタだとラキは思っていた。
カチッカチッカチッ。今もまたむかつくほどに順調に時を刻んでいる。
「それも法具なんだよね。君のお義母さんには効果を教えていたけどちゃんと使われたみたいだ」
「......なにを」
「だからぁ村をずっと続けていくためなの。輪廻の時すらも可能でさ。やったね、君は幸運だ」
旅人が指を鳴らすと時計の鐘が鳴り響く。それは村中の冥福を祈るように響き渡り、ラキもはじめて聞いた。
失落園
いつの間にか目の前に家があった。そして人がいた。襲撃などなかったように元通りだ。けれども畑は荒らされて、柵は破壊されている。傷あとが残った記憶通りの村がラキのことを囲んでいる。
「どうだい?」
ラキのそれらを見て笑った。けれどもそれは力もなく、空虚だけが残る笑みだ。
--違う。
そう、違った。ラキが望んでいたのは昔の日常だ。横を通り過ぎた男も窓辺で居眠りする男も死んだはずだった。
ラキの目の前にあるのは、彼女が何度も塗りたくった嘘で造られた皮肉のような光景だ。
「んまぁ、これで願いが叶ったわけだけども。時計は法具であるから、どーうしても欠陥付の能力であることに変わりない。ぐーるぐると同じ時間を彼らは過ごし、発展もなく衰退もなくね」
男は力なくうなだれるラキの肩にそっと手を置いた。
「時計が動くにはもちろん力が必要だ。時間という動力が、人の寿命という原力が。君は言ったよね? 村を存続させるならどんな犠牲も惜しまないって」
それはラキの行動原理の一言が入っていない。ラキは昔の日常がいつか取り戻せると、そう思って口にしたのだ。しかし男の言う通り発展も衰退もなくなれば、なにも変わらなければ意味のない決意だ。
「僕が定期的にそれらを気が向かなくなるまで提供しよう。あ、気を付けてね。彼らはもう時計の一部だ。時計は一度でも止まればそれで終わりだから、エネルギーがなくなりそうなら勝手に暴走するから」
ラキの視線は男には向いていなかった。
かつての住処を模した家から一人の女性が顔に笑みを湛えて出てくる。
母親と同じ顔をしたなにかだ。たしかに記憶を受け継いだりしているだろうが、ラキから見れば別人だった。
「ラキ、いらっしゃい」
それでもだ。
居場所にすがりつこうとする幼子は、差し出された母親に似ているだけの手に抱きしめられた。
ぱちりと目を覚ますと湿っぽい風がほおを撫でる。顔を上げると今にも降り出しそうなほどに黒ずんだ空が見える。
「おい、邪魔だ」
知らないうちにシグの身体にしがみついていたが引きはがされ、やっと周囲の状況を知ることが出来た。
迷宮からは出られたのだろう。
テナンド山脈の下の位置にラキたちは転送されたようだ。すこし視線を下げると青々と生い茂った広葉樹林の森が広がり、空には山脈の頂が遠くにそびえる。
ここからでも村の場所はよくわかる。開けた空白地帯が存在感を主張していた。
それをシグはすぐに見つけたようだ。
「あれがお前の村か。山脈の反対側に飛ばされなくてよかったな」
「そんな不吉なこと言わないでちょうだい。こんなへとへとなまま山を越えろって言われたら心が折れるわ」
「キューイ」
当たり前だが、彼らはすぐにでも村に行ってしまうだろう。
もう時間が残っていなかった。あの村はすぐにでも暴れだす。存続するための動力の補給が途絶えてしまった今、内部に侵入した獲物を逃がそうとはしないだろう。
ラキは村に向かって歩き始めたシグのコートの袖を掴んだ。
「なんだ?」
「......行かないで」
「無理だな」
シグがラキの腕を振り払い村へと行こうとする。
こうなるとは分かっていた。迷宮内での馴れ合いも外に出れば終わりだということも。
村の外にいる存在は全部敵なんだと内心をだまし続けて槌を振るってきて、それももう限界に近い。
しかし今までずっと村人たちに腫れもの扱いされてきたラキは人に飢えていたのだろう。彼らを力づくで止めることでさえ躊躇ってしまうようになった。
彼らを行かせれば必ず邪魔をされるし、もしかしたら見境のなくなった村の力で死ぬかもしれない。
どちらかを選ぶことをラキは迫られ、息が詰まるように苦しい。
「......なんのつもりだ?」
そしてラキはシグたちの前に立ち塞がる。村を彼らの視界から隠すようにしながらうつむく。
ついに大粒の雨が空から降り注いできた。地面に黒い染みを作りながらすぐにラキの髪も重く濡らした。
「だめ。行かせられない」
「こっちにも仕事があるんだ。ガキは首を突っ込まずに親に泣きつけ」
「そんなの......いない!」
「ラキちゃん......」
ネイシェンが棍を手にしたまま立ち尽くしていた。
ラキは侍女の顔を見て、胸の鼓動に合わせてナイフが突き込まれる感じがする。ネイシェンはとても優しくしてくれた。褒められたくて一心に槌を振り回すラキを心配してくれたし、造り物なんかじゃない笑顔もくれた。ラキが欲しくてたまらなかったものを与えてくれたのが彼女だった。
シグが目を細めながら言った。
「お前の村自体が黒だとは分かった。それがお前の言っていた悪いことだとは思わないのか? 勝手に自分の事情を押し付けて生きていこうとする。その押し付けられる側のことを考えたことがあるのか?」
狙ったわけではないだろうが、どこまでも的確なシグの言葉にラキは柄を握る手に砕けそうな力を込める。
第三者からの指摘にラキは今まで胸に押しとどめていた感情が爆発するように溢れた。
「うるさいうるさいうるさい! そんなの、そんなのラキにだって分かってる! 人を殺すのが悪いことだって、嘘つくのもいけないんだって! 外にいるヤツが悪いだけじゃないってこともラキは知ってる。面白い話してくれるしおかしもくれたし、なによりラキをラキとして見てくれた!」
たまに来る旅人がラキにとってなによりも救いだった。自由に各地を行き来する彼らの外の話や、普通の子供と接するような態度がどれだけラキの心を癒してくれたか。
そんな旅人を一人、ラキは手にかけなければいけなかったこともある。血にまみれた槌を手にしながらラキは久しぶりに泣き叫んだ。
「でも......ッ!」
張りぼてしか残らずもう手にすることが出来ない幻想のためにラキは生きてきた。
ここで終わらされてはなんのために逃げることも禁じたのかが分からなくなる。
「もうラキから居場所を奪うなッ!」
ラキの額から刃のような角がビキビキと生え、普段は抑えている行使力の奔流が荒れ狂う。
乾いた音を立てて行使力が変質し、青白いパルスが地面を舐めていく。
特異法則『金色夜叉』
槌を巨大化させて雷を纏わせる。
ラキは揺れ動く視界の中で二人を見た。後戻りできないと思うと、口から情けない声が出そうになる。 しかしすぐにキッと歯を食いしばり、村の邪魔ものとしてクリーチャーと同じように排除するために動く。
電獅槌
雷鳴の音と共に山を砕く槌を地面に叩き付ける。
ラキは心の中だけで泣き叫んだ。




