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姫とハロワと法則世界  作者: なよ竹
偶像の雷鬼
30/39

部屋と悪意

 薄寒い空気を肌で感じ、ティオは視線を本から窓へと移した。むせび泣くように大粒の雨が降っていた。昨日の曇り空からついに天候が悪化したようだ。どこからか雷の音が空気を揺さぶる。

 

「ふぅ......」


 知識が頭に入らない。もともと作業としてやっているようなものだ。無意味に思えた勉強をやめるためにティオは専門書を閉じ、年季の入った木製の机に手を滑らせる。


「ファルナ?」

「応答。ここに」


 貸し与えられた家の中には彼女たちしかいない。ローガンは家を見回る村長のカザハと一緒で、レアはもう一つの家でじっとしているようだ。

 王女は侍女の提案した。


「これからカザハさんの家に行かない?」

「疑問。なぜ今?」

「う~ん、なんとなくかな」


 シグが耳にすれば小言の一つなり言いそうだ。止められるとティオもダメ元で言ってみたのだ。しかし、予想に反しファルナはあっさりと了承した。


「いいの?」

「肯定。ティオがそうしたいのなら私はあとに続くだけ。一応、ティオは私の主人だから」

「一応、ね......」


 面を向かって言われると微妙な心情になる。だが、変に取り繕われるよりハッキリと言ってくれるファルナのほうがティオは好きだった。

 

「馬車には傘とかがあったよね」

「不要。すぐにでも行ける」

「どうやって?」

 

 ファルナはおもむろにスカートの端を掴んで持ち上げた。武礼侍女専用の動きやすさ重視で深いスリットの入ったスカートから病的なまでに白い太ももが覗く。そこに巻き付けられたホルスターには左右にそれぞれ武骨な棒状の武器がある。

 下着が見えかねないほど上げられる。それだけでひどく扇情的だった。

 男ならば色めき立つだろうが、ティオは首をかしげて困惑するばかりだ。


「なにしてるの」

「収容。雨から守ってあげる。さあ、おいで」

「入らないよ! なんでファルナのスカートに潜り込みながら天下の横道を歩かないといけないの!?」

「御覧。雨がひどい」

「そうだね。こんな時に私は傘を使うことしか対処法を知らないんだ」


 立ち上がったティオはいくつかのポーチを腰に取り付け、髪をサイドテールに結ぶ。

 まだスカートを上げたままのファルナの脇を通り過ぎて、ティオはすぐに外に出た。追って来たファルナがすぐに大きなコウモリ傘を差した。なぜかスカートから取り出したのは見間違いだろう。

 地面のくぼみを雨が穿ち、だんだんと大きくなる水たまり。木を飾る葉は嫌がるように雨水を弾く。

 色素をいきなり失った風景のなかを二人はゆっくりと歩き始めた。

 遠くで雷がたしかに鳴った。

 当たり前だが外に出ている人間は一人もいない。立ち並ぶ家々の窓には布が掛かり、その中で大人しくしているのだろう。畑の惨状と相まって、絵にすればひどく寂しげな風景だ。

 

「どうなるんだろうね、ここ」

「疑問。分からない。運が良ければ無事、悪ければ壊滅。ティオはここを見て助けたくなった?」

「......うん、少しだけはね。でも、私の力だけじゃ何もできないから。精々が国に取り合うぐらいだよ」

 

 それも国との中が悪いこの村には不可能だろう。実質的に、ティオがこの村にしてやれることはなくなる。


「正義。私はティオならどうにかしようと言うと思った」

「べつに聖人君子ってわけじゃないよ? 都市コーヴァスを散策してて裏通りに入るとさ、急に今のここみたいなボロボロになるところがあるんだ。何度も、見てるから」


 無力だ。初めてその場所を見たときに思った感想だ。それは裏通りの住人達や国、そして自分を含めたすべてのものにそう思った。

 戦争の景気回復による復興も目覚ましい。それでもなお、必ずと言っていいほど社会の敗者が出てくる。

 路傍の片隅には痩せた少年がうずくまっていた。彼にパン一かけらを与えたところで、すべての飢えが消えるわけでもない。金がなく道端で寝ている老人がいた。彼に住居を提供したところで、すべての宿無しの人間が消える訳でもない。


「私じゃあダメだって、分かってるんだろうね」


 愚直に生きることがティオに出来るのならば、彼女はもう少し別の人生を歩んでいただろう。


「ごめんね、名ばかりの王女で」

「納得。私の中でティオの評価アップ」

「あんまり嬉しくないなぁ」

「無碍。ちゃんと自分の力量が分かっているのならそれにこしたことはない。でも、逆に質問させてほしい」

「うん? なにかな?」


 横目でファルナを見る。侍女はわずかに視線を下げながら普段よりは小さな声で言った。


「仮定。もし私が人を殺すことになったら、ティオはどうする?」

「え......?」


 知らずのうちに緩やかとなっていた歩みが止まる。


「ファルナって恨んでる人でもいるの?」

「否定。ティオを守る時、私の力だと加減は効かない。シグさんのように相手を捕まえることも、ローガンさんのように交渉もできない」

「ネイシェンは?」

「対象。ネイはそもそも人を殺せない。優しいから」


 それならファルナはどうなのだろうか。無粋にもそれを聞こうとし、やめた。ティオにはファルナの覚悟に口を出すことは出来ない。


「疑問。ティオはそうなったら、私と今までどおりに接してくれる?」


 以前にシグにされたような、意地の悪い質問だ。 

 暴力と言う名の力がありすぎるのも、たしかに考えものだろう。

 だから、


「うん、いいよ」


 友人と気安げな約束を交わすように肯定する。そこに負の感情はない。

 

「でも、そんな時が来て、キミが嫌になってしょうがなかったら。私を置いてってもいいし、逃げてもいい。恨むことなんてしないからさ」


 人形のような仏頂面にかすかな驚きを混ぜ、ファルナは頷く。


「本当。王女らしくない」

「あはは、耳が痛いや」


 ファルナはほんの少しだけ、ティオとの距離を縮める。


「安心......ふっきれた、かな」

 

 それから間もなくしてローガンたちとは出会うこともなく、少女たちはカザハの家にたどり着いた。

 

「おじゃましまーす」

  

 返事はない。しかし、鍵は開いていた。

 中に入ると誰もいなかった。時計の音だけが単調に聞こえた。


「無駄。誰もいなかった」

「ローガンと一緒に外を回ってるだろうしね」


 ぐるりとティオは周囲を見渡した。

 他の家よりは大きく立派なことを除けば不思議な場所もない。それでも彼女はあらゆるところに視線を走らせる。

 古いテーブルやイス、染みの付いた床、黒っぽい壁。

 目を止めたのは巨大な時計だ。カチッカチッカチッ。秒針がテンポよく時を刻んでいる。


「ファルナ、ちょっとだけこの時計を左に動かせない?」

「承知。なにかあったら全部ティオのせいにする。私は逃げる」

「それ臣下の言うことじゃない」


 ファルナはゆっくりと時計を言われたとおりに動かした。すぐにティオは開いた空間に屈みこむ。

 ほんの少しだが、床と壁の隙間から空気が流れている。そこを探ると一か所だけ、他とは塗装の薄い板を見つけた。軽く押すと、上下に回転して隙間が出来た。内部に小さな取っ手がある。

 そこを動かすと壁が横に開いて、人が入れる隙間が出来た。


「恐怖。こんな簡単に人の家を物色できる王女」


 なにか侍女が言っているがそれほどでもない。ティオは城のあらゆる隠し扉を知っている。どのような傾向を持っているのか、なんとなくだが理解できるのだ。

 

「さて、と。入ろっかな」

「理由。私はわざわざ聞かない。でも、なにがあるか分からないから私が先に入る」

 

 わずかに迷ったティオは結局頷いた。

 ファルナに続いてティオも四つん這いになりながら短い通路を進む。暗い。外よりも冷たい空気に体をまさぐられるようだった。

 

「到着。落ちるよ」


 暗闇の奥からファルナの声が届く。忠告に従ってティオは床を確認しながら進んだ。手が空を切る。どれほどの深さがあるか分からないので、ティオは慎重に下りた。


「ひゃっ!?」


 いきなり腰に腕をまわされたティオは悲鳴を上げる。ファルナだ。そのまま子供のようにティオは地面に降ろされた。

 目が暗闇に慣れてくる。行使力マナを扱えるファルナはすぐに目を順応させているのだろう。


「び、びっくりさせないでよ。一言でも言ってくれれば......」

「御免。それは無理」

「どうして? ファルナが驚かすのが好きだって分かるけど、不必要な時とかってあるよね」

「理由。抱き着けるから。人はこれを必要悪と言う」

「なにか違う!」


 火がともった。ファルナが蝋燭ろうそくに火をつけて、オレンジ色の光が隠し部屋を照らす。

 そこにあったのは机の上に乗った分厚い本や巻物、紙の束だった。どことなくティオの自室に似ている。違うのはここの物はすべて古ぼけて朽ちそうなことか。

 ティオは一冊の本を手に取った。

 ほこりが分厚く堆積し、表紙のそれを払うと蝋燭の光で羽虫が飛び出すように散った。パラパラと目を通したあと、背後のファルナに言った。


「ファルナは外で待っててくれない? カザハさんたちが戻ってきたら、ここに来る前に教えて」

「援助。手伝う?」

「私ひとりで大丈夫だから」


 何か考えるような素振りを見せたファルナは、特に反論することもなく通路に戻っていった。

 ティオはそれを見送って、表紙に描かれた絵を見下ろす。


「あとは、どうしてか......だね」


 表紙に描かれたカラスが今にも飛び出してきそうだった。






 

「ん?」

 

 ローガンは来た道を振り返る。相変わらずの雨で視界は遮られるが、その方向をしばらくじっと見ていた。


「どうしました?」

 

 カザハは立ち止まったローガンを不思議に思い、問いかける。


「いや、ちょっと釘刺しとくの忘れちまってな」

「はぁ......」


 要領を得ていない答えにカザハは首をかしげる。

 幸いというべきか、止まっていた歩みはすぐに再開した。傘を差しているが長時間の雨の中を行ったり来たりだ。それが無意味に思えるほどに彼らは濡れている。

 

「村長ってのも大変だな。オレならまっぴらごめんだ」

「でも、悪くないものですよ......あの家で最後ですね」

「なんで雨のなかこんなことを? わざわざ村長様が動かなくてもよくないか? こんな美人を外に出しといて、村の野郎は何やってんだか」

「盗賊との戦いで数が減りましたからね。わたしにばかり護衛としてつけさせておくことは出来ません。それにしても、なぜあなたがわざわざ?」


 この護衛の役はローガンが自分から立候補したものだ。令嬢の護衛としていればいいはずだが、どういう風の吹き回しなのか。カザハにしても断る理由はないため、同行を許可している。


「イリーナの墓をここに作ってくれたろ。どうせすぐオレたちはここを出ていくんだ。礼も兼ねて今のうちにな」

「気にしなくともよいことですが......」

「ま、勝手にやってるってことだ」


 最後の家にたどり着き、カザハが家の中で話をする。なんの話かは外で待つローガンには分からない。

 くわえていた煙草の火がフィルターを焼いた。携帯灰皿にそれを落とすと、新しい煙草に火をつける。一筋の煙は雨に消されていく。


「お待たせしました」

「いやいや、待ってねえよ。これで終わりだよな」

「ええ、これから私の家にどうですか」

「ははっ、美人からのお誘いってのはいつまでたっても嬉しいね」

「振る舞うのはお茶だけですが」


 風が湿っぽい匂いを運ぶ。


「あの時、イリーナさんは残念でしたね。あなたのことをとてもよくお慕いになっておりました」

「そこまでオレは偉くないさ。あいつが勝手に解釈して勝手に思ってるだけだろ」

「ひどいですね」

「ひどいからな」

 

 息を吸い込むと有害物質にまみれた煙が肺をかき回す。それを吐き出して一瞬だけ視界を白に染めた。


「今こそ世間は平和だけどよ。この村みたいに物騒なことがどこでも起こってる。遅かれ早かれあいつは死んでたさ」

「わたしにはあなた方の事情を分かっておりません。ですが、あなたならば彼女を止められたのでは?」

「それをあんたが言うか」

「......申し訳ありません。出過ぎた真似でした」


 ローガンにも分かっている。自分が本当に動いていればイリーナは死ななかったと。

 後悔は遅い。懺悔も出来ない。訳も分からない喪失感が蝕む。

 出会って間もないはずだが、なぜこんなことを今さら思うのか。

 やってしまった。それだけが自分を責めたてて追い立てる。


「あいつには悪いことしたよ。訳も分からないうちに殺されて、積もる話ってのも出来なかった。全部わかってたぜ? だれが悪いのかっては」


 雨の中を黒い影が動く。動く。動く。

 さりげなく手を腰の銃に触れさせる。

 ざわめきはなにも雨の音だけではない。

 なにがそれを追いたてているのか。せわしなく、不吉だ。カラスが鳴いた。雷がおちる。

 

「さて、と。姫さんたちは......」


 呟くローガンはすでに悪意の接近を許していた。

 悪意が武器を振り上げ、振り下ろす。

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