勧誘と儀礼
シグはたまってきた休暇を消費することも兼ねて、都市の街道へと足を運んでいた。
相変わらずの季節感のないコートの下には、珍しくも私服を着ていた。第一王女がセンスのない彼の私服に呆れてオーダーメイドで作らせたからか、シグにはもったいないくらい完成度が高い。
そのおかげなのか、洒落た姿はちょっと高級感のある通りで浮くこともない。
それでも、違和感はある。ティオあたりならばシグには縁のない場所だと思うだろう。
彼の足音をたてない歩みが止まった。
小さな喫茶店の前には『鳩の巣』と書かれた看板が掛けられていた。
迷いなくそこに入る。
来客を知らせるベルの音とともに飛来した、モダンな雰囲気をぶち壊す包丁を首をひねって避けた。
「手荒い歓迎方法だな」
「だまれ! よくのこのこ姿を現せたなこの裏切り者がよぉ!」
店主にして唯一の従業員である軽薄そうな男が吠える。
ローガンは以前にもティオの護衛者の選定にも出ており、その時にシグとの面識もある。逆に言えば、接点はそこにしかなかった。
「身に覚えがないな」
シグが扉を閉めると、向かいの店から響く悲鳴が途絶えた。
「コーヒー、ブレンドで」
「南のほうから輸入した新しい品種もあるぜ。味は保証する」
「なら、それで」
席にシグが座り、ローガンが手慣れた様子で準備する。
香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった時、ローガンが腕をテーブルに叩き付けた。
「なに普通に頼んでんの!? スルーすんなよ!」
「俺はお前の店の売り上げに貢献しようと思ってやっているんだ。ありがたく思え」
「準備中なのにやって来たやつに言われたくないな!」
ローガンのもっともな言い分に対し、シグはあからさまにため息を吐いた。覇気のない雰囲気とあわさり仕方なくやっているように見え、ローガンに苛立ちが募っていく。
「お前たち第三次産業のサービス業者にとって、お客さまは神さまだぞ? 一般市民の方々のおかげで成り立っていると言ってもいい。包丁といい暴言といい、経営者なら自覚を持て」
「たしかに正論だ。うん、おかげで目が覚めたけどな......客をかたるなら営業時間中に来いよ!」
コーヒーをカップに入れて渡すと、ローガンは一枚の手紙を取り出した。
「それになんとなんと、シグ君は護衛者になれたみたいじゃないですか。オメデトウ畜生」
「今はそんなことは関係ない」
「ふざけんな、関係大ありだっての! 試験もなにも受けていないてめえが、なにのうのうと受かってやがんだ! 納得いかねえ!」
「ああ、それか。あの紙にはなにも、合格したやつが選ばれるなんて書かれていないぞ」
「は?」
コーヒーを飲みながら、見るのも懐かしい採用条件の書かれた紙を凝視する店主を観察する。
青くなったり赤くなったりと、芸の細かい奴だと思った。
「......オーケイ、わかった。それでなんでおまえが選ばれるんだろうな?」
「気まぐれで王女をチンピラから助けたんだ」
「ほお? それで?」
「その時からマークされてたんだろうな。信頼しているからと言われたんで、それに応えようと」
「よし、死ね」
聞いているだけなら人生黄金色な青年に、本気でローガンは殺意を覚えてしまった。
突き出された包丁にフォークの先で対抗しながら、シグは肩をすくめる。
「羨ましいだろ?」
「なんだおまえ、わざわざ敗者のオレを笑いに来たのか? そうなんだよな?」
「自慢しに来たわけじゃない。そんな諦めの付かないお前に朗報だ」
シグは懐から数枚の書類を取り出した。先に送っていたアポイント用のものとは違い、色合いから上質なものであると分かる。
「これから一つ大仕事が入る。お前にもそれに参加してほしいんだ」
「大仕事? 聞くだけでめんどくさそうだな」
「そうだな。お前の言う通りかなり面倒なことだ」
一拍だけシグは間を置いた。
「第三王女は近々、宗教国家カルシアスに向かうことになった。それも護衛を含めて数人だけという異例な環境でな」
「いやいや、おかしいだろ。いくら王女でもこの国の重要人物なんだろ?」
箝口令が敷かれているため、ローガンも鎧獣による襲撃事件の全容は知らない。
口ではそういいつつも、こぼれ出た噂などから予想は出来ているようだ。
「中央国に入国するまでは騎士団の護衛が付く。そこからの移動で近くの都市にいる教団と合流することになる」
「たった数人で国境からそこまで行かないといけないってことか?」
「そうだ」
露骨にローガンは嫌そうな顔をした。国境付近はどこも国の手が伸びず、無法地帯と化している場所もある。討伐されていないクリーチャーとも出会うだろう。
傭兵はおそろしく臆病だ。生きていなければ、報酬の金も使うこともできないからだ。命の危険が高いものは高額の報酬でも嫌われてしまう。
「んで、オレんとこに来たのはどういうわけだ?」
「言わなくともわかるだろう。定員は王女も含めて五人。俺のほかに侍女が二人付いて、あと一人だ」
「ムリっす」
「まあそう言うな」
カップの黒色の液体からあがる湯気がなくなる前に、シグはそれを飲み干した。
「傭兵集団の狼にいた“双頭”に頼みたいんだ」
今までのふざけた表情を消し、ローガンは口だけを動かした。
「どこまで調べた?」
「書類に載っていることはすべて」
「どうせ調べられんなら別嬪な女が良かったぜ」
「あの第一王女に任せてもらっていたんだ。お前の願いはあながち間違ってもいない」
興味なさげにしながらローガンは片づけをしているが、内心はまんざらでもないだろう。実際は殺人鬼顔負けの顔をした秘書がやっていたのだが、それを言うほどシグも無粋ではない。
「けどよ、オレ以外にもいるだろ? 騎士団の隊長たちがよ。怪物級もいるみたいじゃねえか」
「たしかに謹慎中の千人隊長も考えられたんだが、当の騎士団側からストップがかかった。他の実力者は地方で戦力の温蔵だ」
「王女より周辺ってか?」
「そうだ」
国内までの護衛というのも騎士団の移動のついでだった。
国王であるヴィンセントの態度を知っているだけに、仕方ないかもしれない。
「無謀すぎるぜ、そいつは」
「損得を度外視した条件だ。この国もむこうも俺たちが消えてもいいと考えている」
だが、とシグは前置きした。
「退屈しているんだろう? 丁度いい刺激になると思うぞ」
ローガンが言ったようにあまりにも無謀すぎる内容。
それに誘うためだとしても、馬鹿馬鹿しい宣伝文句でもあった。
悔しがってなどいるが、ローガンは王女にはそれほど興味もなかった。手を出すには早すぎるという不純な動機も含め、面白そうだったから試験にも姿を見せていただけだ。
だが、ローガンは笑った。さながら狼のように。
「そいつはそうだろうな。何も起こらないわけねえな」
「俺としてはなにも無ければいい。ただ戦力が欲しかっただけだからな」
そして元傭兵は訊いた。
「報酬はいかほどで?」
その日、都市のとある小さな喫茶店の扉には長期休業の旨を伝える看板がかかった。
本当のところ、向かいのライバル店からの通報でローガンが連行されそうになっていたのは、また別の話なのだが。
ティオは以前にもこの部屋で、大臣たちにシグを正規従業員として採用させたことがある。
あのときと随分違うのは、それなりの時間が経ったというだけではあるまい。
白いドレスを着たティオは長々とした誓約書の朗読を締めくくった。
「以上の条件をもって、シグ・ウォーガルを私から随時同行の護衛官として指名します。誓いますか?」
王女としての仮面を取り繕い、水晶色の瞳を跪いている青年へと向けた。可愛げもなくいつも通りの気だるさのなか、彼はたしかに頷いた。
それは当たり前のことなのにティオは肩の力がぬけるようだ。
彼女が中央国へと西国の代表としてむかうことを控え、これは王族としての儀礼のようなものだ。その中でシグも国外へとティオに同行する許可も与えられた。
張りつめた空気が発散したようで、王女はそっと息を吐く。シグがぼそりとこぼした。
「なかなかサマになっている」
「やめてよ、私だって公私の区別はできるんだから」
そう返して、いつもの笑みを浮かべ、誓約書の入った筒をシグに投げ渡した。
言ったそばから公私混同である。
大臣側からはため息が、進行役の声にも呆れが含まれているが、ティオを咎める気配もない。諦めの境地へと彼らは至っていたのかもしれない。
それからはいくつかの挨拶をはさんで儀礼はお開きとなった。王女と護衛のペアは着衣室に移動したところだ。
「やっと終わったー! なんで、こんなことしないといけないんだろう?」
「お前が王女だということを忘れそうになる」
「仕方ないじゃん。そんなの関係なしに疲れるんだし」
ティオの物言いにシグは隠すことなくため息をついた。
「ドレスがもう邪魔くさいよ」
「あら、私にはとても似合ってらっしゃると思いますよ。部屋に飾っておきたいぐらいです」
不穏なことを口走ったのは侍女長のナタリアだった。ティオの昔を知る数少ない人物であり、彼女の背中の傷を外目に晒さないためにも、今はそばに控えていた。
「そんなのどーでもいいよ」
「どうでもいい? つまり私がなにをしても構わない。そう解釈しても?」
「なにするつもり!?」
手をワキワキさせながらティオを壁際に追い詰めていく。シグにはそんな侍女長が変態にしか見えなかった。
これからの予定もあるため、すぐに用件を切り出す。
「あんたらのほうからも決まったか?」
「ええ、色々と選考をさせていただきましたが、やはりあの二人でよいかと」
クールな表情へと戻ったナタリアは答える。そこにティオが口を挟む。
「あの二人ってだれ?」
「ネイシェンとファルナです。彼女たちを専属侍女として同行させることにしました」
今回の中央国への訪問をするにあたり、入国人数が定められてしまった。
最大、五人。
西国の国境と隣接しているため、そこまでは騎士団の護衛を引き連れていくが、そこから先は片手の指の数ほどの人数でしか入られないのだ。途中で教団と合流はするが、けっして短くはない距離を移動しなければならない。
護衛としてシグの戦力も期待はされているが、ひとりでは限度もある。
そこで目を付けられたのが、ローガンのほかにもナタリアの管轄である武礼侍女たち。彼女らは主の世話の他、その身を守るための武芸もはげんでいた。
「それっていいの? 危ない旅になるんだよ?」
城の中では歳の近さもあってか、ティオは二人ともそれなりの面識がある。
それゆえに巻き込んでしまうことに躊躇いが生まれていた。
「私たちは主に仕えることが仕事であり存在意義です。王女様は他のだれかならばいいと思ったわけでもないでしょう?」
「だれにも傷ついてほしくないだけ」
「神さまも叶えてくれない願いですよ」
「それなら、私が代わりになる」
その答えにナタリアは小さく苦笑した。
「ティオ、なにもかも自分で抱え込もうとしないで下さい。あの二人は人当たりもよいですしいい友人になるでしょう。そして、ウォーガル様のことをもっと頼ってください。一人ではないのですから」
「......過保護だって、呆れればいい?」
「それでも構いませんが、一侍女としてではなく元教育係であった私の言葉として、胸に留めていてください」
パチリとまばたきしたティオは何度か口を開閉するが、最後はうなずくに留めた。
この侍女長がティオを名前で呼んだのはいつぶりだったのか、もう思い出すことも出来ない。
「心配のしすぎでしょうか、もう少しで成人なさるのに。いつの間にかこんなに背も伸びて」
「大丈夫だって、まだナタリアさんの天狗の鼻より高くなってないから!」
「まったく王女様ったら」
ティオの額に愛のこもったデコピンが炸裂した。
バゴンッと威力過剰なそれで、ティオは椅子にもたれ掛り激しく身もだえる。
王女の無様なすがたを尻目に、ナタリアはシグを振り向いた。
「このような子ですが、よろしくお願いします」
「それも教育係としてか?」
「ナタリア個人としてのお願いです。いくら悪条件が重なっていようと、あなたが彼女を守れないとなれば許すことは出来ませんね」
行使力を持つ者にしかわからない、尖った波動のようなものがナタリアから発せられた。害のないはずのそれが殺気のようにシグを貫く。
しかし、それも一瞬のことだった。
「俺が指摘することでもないが、過保護すぎだ」
その言葉にナタリアは視線をわずかに下げる。小さなシグにしか聞こえない声で言った。
「もう、あの子には苦しんでほしくないのです」
いまこそ普通に行動しているティオだが、少し前までは精神的な負荷が心配されていた。
貴族の影からの誹謗中傷などをアリスらの指導でもみ消しに当たったシグには、彼女の笑顔の下が透けて見えるようだった。
「うぅ......デコピンなんて、ナタリアさんにしかされたことないのに」
「ならいいじゃないですか」
「これだから侍女のみんなにも婚期の心配されーーーーはぅあ!?」
体がのけぞる威力のデコピンが部屋の空気を震わせる。
赤くなった額を涙目で抑えながら王女は部屋から逃げていった。シグは眠っていたレトロを起こしてそれを追わせた。
連れ戻すために動くシグの背中にナタリアの声がかかる。
「知らないでしょうが、あの子の中であなたの存在はとても大きなものになっています。悪く言えば......依存、と言ってもいいかもしれません」
シグが立ち止まる。
「あなたの存在すら、もうあなただけのものではないのです。そのことを理解してください」
「今それを言うか?」
「ええ、いくらでも。ちなみに、私の立場のほうが強いのでこれは上司としての命令です。守れないならクビにしてさしあげます」
「汚いぞ。職権乱用だ」
「仕事場とはどこもゴミ貯めのように腐りきっていますが、なにか?」
「どこのだれにとは言わないが謝れ」
昔ならば一顧だにしなかったことに頭を悩ませ、シグも部屋を出ていった。
そしてすぐに連行されているティオを目の前にした。
「捕縛。逃げちゃダメ」
「あのナタリアさんから逃げようなんて、あたしたちじゃ思いつかないことをよくしますね」
「だってヒドイんだよ。笑顔でデコピンって番犬たちよりこわかった」
「逃げれば逃げるだけあとが怖いですよ」
話題に上がった侍女二人組に両脇を固められた待遇で、ティオはずるずると引きずられてきた。その頭にはレトロが乗っていてシュールだ。
「あ、ちょっとあんたしっかり手綱握ってなさいよ」
赤毛と勝気そうな顔立ちが特徴的なネイシェンがシグをなじった。
浅からぬ覗き事件(不可抗力)の因縁がいまもなお続いているようで、二人の関係は手を取り合うより一方的に振り払うことが多いものになっている。
「悪いな、お前たちの上司にリードを破壊されてしまった」
「心配。ナタリアさんはこのままだと売れ残る。素材が良いのに不思議」
人形のような表情の貴族出身であるファルナが首をかしげる。シグの背後のドアの隙間から半分だけ覗くナタリアの顔に気づかないのだろうか。
「お前たちにも迷惑をこれから掛けるだろうが大丈夫か?」
侍女たちは顔を見合わせると互いに呆れの表情を作った。
「それも今さらって感じじゃない? 屋敷にもよくそういう手間かかる子がいるし」
「役得。評価とかが一気にもらえる。趣味みたいにお世話も出来る」
「なんか私の扱いがワンコみたいに......え? なんでそこで皆が不思議そうな顔するの?」
「さってと! 王女様はすぐに着替えましょうねー」
「速急。このままでははしたない」
「え? ええ?」
この場で一番偉いはずのティオは憮然としたまま連れ入っていかれた。
すぐに悲鳴やら叫びやらと騒がしくなり、早くやるという言葉は守られないのが目に見える。
それを見送って、シグは廊下にはめられた巨大な窓の外に意識を向けた。
青々とした緑が広がってく、新しい季節を予感させる景色であった。




