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姫とハロワと法則世界  作者: なよ竹
間章 楼閣の剣聖
19/39

悶々と恐怖

 シグとリュピア。青年と少女の声が薄暗い空間にこだまする。


「も、もうちょっと奥に......!」

「これでいいか?」

「うん......このほうが、いいです、続けてください......」

「俺が下で大丈夫なのか?」

「こ、こうでもしないと......んんっ」


 別にやましい会話などでは断じてない。もう一度言う。やましい会話ではないと。

 二人の姿は倉庫内にあった。見上げるほど巨大な棚の前で、組体操でもやっているようなシルエットがランプのおぼろげな光で浮き上がる。

 シグは立ったまま両腕を棒のように伸ばし切り、彼の手袋をはめた手の平の上にはリュピア素足が乗っている。リュピアがシグを土台にして立ち上がり、棚の上にある箱を取ろうと懸命に背を伸ばしていた。

 梯子はしごという便利な道具は、欠陥が見つかって使えない。


「お前よりもフォティスのほうが背が高いだろう。もう降ろしてやるから呼んで来い」

「だめです。お祖父さんだとぎっくり腰になります」

「なにか俺が乗れる台はないのか?」

「いえ、ないです。ないったらないんです」

「取りに行くのが面倒くさいだけじゃないのか?」

「ぎくっ」


 梯子が使えないとみると、すぐにリュピアは提案したのだ。背の高いシグに乗せてもらって箱を取ると。

 抱え上げ、届かず。

 肩車、届かず。

 肩に立つ、届かず。

 おかげで今はこんな曲芸じみた格好となったが、それでもぎりぎり届いていない。

 シグは少女一人を上にして爪先立ちになってなお微動だにしない。リュピアも類まれな運動神経を持っているが、腕を伸ばしきって体がフルフル震えている。

 これ以上のアシストはシグには出来ないため、あとはリュピアの根性のみだ。

 シグが投げ飛ばすという選択肢を選ぶ前に、それは実を結ぶこととなる。


「あっ取れましたぁぁぁぁぁ!?」


 実も少女の体も、すぐに地面へと落下したのだが。

 なんとなくこうなるのではないかと身構えていたシグが、あっさりとそれを受け止めた。


「お前という奴はな......」

「はいはい、分かってますよー。まったく、シグさんは私のお母さんか何かですか」


 小言はシグが家に来た時からリュピアの危なっかしさなどを咎めるために、耳にタコができるほど聞かされていた。意外にも家事スキルがあるなど、主夫気質な青年である。

 心配されることに悪い気はしなかった。

 苦労して取った箱の蓋を抱えられたまま開けると、中には馬の毛並みを整えるための新品のブラシが入っていた。

 それを見て、リュピアは口の端を釣り上げる。


「ブツは確保できましたし、戻りましょうか!」

「そうだな、行くぞ」

「もうっ、ノリ悪いですね」


 地面にリュピアを降ろすと、シグはそのまま外へと行ってしまった。

 リュピアはブーツを履くまでの一連の動作を慌てることなくこなし、箱を抱えてシグのあとを追う。なんだかんだ言いながらも、外で待ってくれている青年は律儀だと思った。

 倉庫から出れば建物以外は銀世界に包まれ、朝日が雪に埋もれてしまった山脈から顔を出している。

 マフラーの隙間から白い息を吐き出しながら二人は歩き出した。


「今日もおはなし聞かせてくださいよ。昨日の、たしか迷宮攻略でブレイクダンスしながら守護者ガーディアンを蹴散らす人のつづき」

「あれからストリートやバレエに変わっている。最後に会ったときは、カブキとやらで世界を変えるとか言っていたな」

「無駄にレパートリー広い人ですね」

「見ているこっちが恥ずかしくなる」


 シグが成り行きで世話になることになった家に居続けるのは、この日で一か月は経っていた。シグはその大抵の時間をリュピアと一緒に過ごしている。 

 外の話を聞かせてほしいとリュピアはいつもせがみ、それが仕事の間でも変わらなかった。

 今から向かう家畜たちの世話も仕事のうちの一つだ。

 シグは初日にリュピアから、屈託のない笑顔で「喧嘩は出来ても馬の毛並み一つ整えられないんですか?」と言われたほどだが、いまでは手慣れたものとなり世話の知識から何まで頭に入っていた。


「待たせてごめんなさいね、ケルビム、トレント」

「グオオオオオ!」

「ヒヒーン」

 

 一匹は猛獣の咆哮並の鳴き声をしたが馬だ。隣の通常の馬であるトレントよりも、倍以上はあるのではないかという巨大な黒い生物が荒々しく首を振っていた。

 さして規模が大きくないこの小屋では他に羊や鶏が数匹いるだけで、その規格外の存在が目を引く。

 ガナルクルホースと呼ばれる異常進化したクリーチャーだ。

 ではなぜこんなところに第二種危険生物が飼われているのかと聞かれても、リュピアがこのケルビムを仔馬の時に手なずけたからだとしか答えられない。

 大飯ぐらいで活躍する時があるのか疑問だが、少なくともこの家の一員だ。異形にしろ家族の毛をブラシで梳きながら、リュピアは普通の馬を請け負っているシグに声を掛ける。


「どこまで話しましたっけ?」

「迷宮を出たはいいが地図をなくして、密林を一か月ほど放浪したところだ」


 最初のころは汗と血と死体しか思い浮かばない過去からいい顔はしなかったが、そこを省くことでスリルに満ちた昔話となった。そんな話には事欠かないことに、喜べばいいのか判断に困る。

 思えばいま生きているのが不思議だ、と遠い目をしているシグが目撃されていた。


「やたらと好戦的なクリーチャーが多い。朝昼晩休みなく戦って逃げて、森のほとんどを破壊した」

「うわぁ凄いですね!」

「たしかにすごいな」


 あまり話すことが得意ではないシグだが、それでもリュピアは目を輝かせて聞いてくれた。

 曰く、いままで聞いた話の中で、もっとも面白い出来事ばかりなのだとか。

 リュピアは町に来た旅人からよく旅話を教えてもらっていた。酒場で働けば自然とそんな輩がやってくるからこそ、あの場所で彼女は働いていたのかもしれない。


「景色だけは壮観だぞ。木が巨大すぎて日光が全く届かないが、上から眺めれば地の果てまで見渡せる」

「外にはいろんな場所がありますね」

「当たり前だ」

「わたしも、行けるんでしょうか」


 しばらくしても何も言わないシグに、リュピアは小さく首をかしげた。いつもはっきりと肯定か否定する青年が、言葉を選ぶのに迷っている気がするのだ。

 動物たちの声が少しだけ大きく聞こえた。


「水の都市や、温泉がある町や、海がどこまでも見える丘や、桜が覆う山にも。わたしも行けますか?」

「そう、だな。それはお前の自由だ。だが、憧れるだけなら何も変わらない」

「それはそうですけど......」


 今度はリュピアが言いよどむ番になってしまった。言外に、今の生活を捨てることが出来るのかと尋ねられたように思えてしまう。

 この町は小さいときにやってきてそれから住み続けており、曖昧な記憶の中の昔の生活よりは好きだ。ほとんど働きづめであり辛いときもあるが、なんの使命も背負わずに一人の町娘として生きていけることに開放感を感じている。

 それでも、いつからだったろうか。変わり映えのない刺激の乏しい小さな世界に、満足が出来なくなってしまったのは。


「目の前にあることだけが変わるとも限らない。それを覚えておけ」


 この話はこれで終わりとばかりに先に毛繕いを済ませたシグは、羊たちのほうへ歩いて行った。

 一人悶々とした心を胸に仕舞い込みながら、リュピアは休めていた手を再び動かし始めた。むず痒い思いをさせられた仕返しをどうするか考えながら。

 その機会がやってくるのは、この日の中でしばらく経ってからだ。

 唸りを上げながら黒塗りの木刀が冷たい空気を引き裂いた。

 切っ先はシグに。当たれば痛いでは済みそうにない威力を持つ凶悪な一撃。

 シグは当たる直前に剣の横っ腹に手を添え、優しく威力も殺さずに押す。

 剣はシグの肩の横すれすれを削って逸れることとなる。なんとも危険で頭のおかしい対処法であった。

 木刀をシグに振り抜いたのはリュピアだ。冬真っ只中の外で動きやすさ重視の薄着であるが、彼女の頬は上気しひたいには玉の汗が浮かぶ。

 剣を突き出す。難なくいなされた。

 これによってリュピアの胴体が宙を泳ぐ。

 絶好の機会をシグが見逃すはずもなく、反射的に腕に力が込められた。だが、無理やり意志の力でその行動を中断し、大きく体を反らす。

 たった今シグの体があった部分を通過したのは木製の投げナイフ。

 体が流れていながらも、リュピアはいつの間にか取り出したナイフを後ろ手で投擲とうてきする。

 教えてまだひと月も経たないというのに、早くも自分のものにしていることにシグは舌を巻く。

 それだけでは終わらずにリュピアは空中で体を捻り、地面と平行になりながら横なぎの一閃をシグの肩に叩き付ける。

 頭部を狙ったその一撃をシグは飛びずさることで回避。

 リュピアは体勢を立て直しながら着地して構える。

 一呼吸だけで息を整えると、足を踏み出した時には最高速度でシグに肉薄する。


「いつもより長いかな......」


 シグとリュピアの試合を審判役として付き添っているフォティスが眺めている。

 大抵の仕事が終わってからの稽古事であった。

 初日から鍛錬をつけて欲しいとリュピアが頼み、ならば実戦が一番だとシグが提案したのが始まりだった。最初はやられるがままだった孫娘も、今ではそのおかげか形になっている。

 フォティスは騎士団に所属していた。もう辞めてしまっているが、技術などは気まぐれでリュピアに受け継がれ、孫はそれらをすぐに吸収していった事には今でも驚いている。

 現在は、剣以外の武器を使わずに平騎士と戦えば確実に勝てるほど強い。

 だが、シグのほうは内心侮っていたかもしれなかった。弱いとは思っていないが、怠惰な雰囲気や覇気のない目などから実力を読み違えていた。

 これも本気ではないはずだ。いや、慣れていないことをやっているのだろうか? どちらにせよ、天才性では超えられない壁があることをリュピアに教えるには丁度いい。


「やあっ!」


 裂帛れっぱくの気合が込められたリュピアの声がほとばしり、フォティスは意識を目の前の戦いに向ける。

 薙ぎ、突き、袈裟切り。めぐるましく変化するリュピアの剣がシグを捉えんと追いすがる。

 後方へと飛びずさりながらシグは回避に専念していた。剣を振るう速度が一段と上がり、じりじりと追い詰めていく。 

 その時、シグの体勢が崩れた。足元には雪に半ば突き刺さったリュピアの投げていたナイフがつっかえとなっている。

 そして、不自然な体勢では牽制用のナイフも飛ばせないだろう。

 

「もらったぁ!」


 リュピアが大きく踏み込み、隙を逃すまいと一気に間合いを詰めた。

 シグの手は踏み固められた雪の上に乗る。


「甘い」


 そのままシグは雪の塊を抉り取る。同時に、リュピアの顔に向けてイノシシの突進もかくやという勢いで投げつけた。

 二つの意味で汚い。


「ぼふっ!?」


 もろに顔面でそれを受け止めたリュピアの動きが一瞬だけ乱れた。その一瞬があればシグは起き上がれ、逆に隙を作ったリュピアになんでも利用するといった技術はない。

 もう少しで勝利を掴みとれたリュピアは、背負い投げで雪の上に放り投げられた。

 

「今日はここまでにしよう」


 フォティスは苦笑しながら稽古を終わらせる。戦いは相手を確実に無力化してなお警戒を怠らないもので、リュピアは最後の詰めがまだまだ甘い。

 

「納得いきません! シグさんの最後のやつ反則じゃないですか!」

「最後に立っていた奴が勝者だ。試合前から毒を飲ませようが、結果は勝てばいい。これで一つ大人になったな」

「あんたが大人になれ!」

 

 いつもよりもリュピアは悔しがる。何しろこの試合で今日は勝ち、小屋でのもやもやしたものが晴れると思っていたのだ。あの後もシグは平常運転に戻り、リュピアの独りよがりだと思うとストレスがたまっている。


「素振り三百だ」

「うわあああん!」


 リュピアが負けた時のペナルティだ。最初のころは天狗になっていたため軽く了承したが、あの時の自分にジャーマンスープレックス(初日のシグの決め技)をかけてやりたい。

 

「分かってると思うが、行使力マナは使うな」

「うわああああああん!」


 泣く泣く素振りを開始したリュピアを尻目に、シグはフォティスのもとに歩いていく。

 

「気のせいかもしれないが、さっきは危なくはなかったかい」

「さっきというのはいつだ? 俺は危なげなくこなしているさ」


 うそぶきつつ小さく息を吐き出すのを、フォティスにはしっかりと見えている。祖父であるはずの自分も驚いているのだ。シグも予想の上を行く変化に戸惑うのも無理はない。

 リュピアの武術に関する成長速度が異常に早い。昨日の決め手となったシグの技をいなして見せていたのだ。

 このまま然るべき教えを受ければ、さらに伸びていく。これは間違いないことだった。


「私はあまり、そんなふうに育ってほしくはないんだが」

「それはあいつ次第だろう」


 独り言にもシグは律儀に答えた。言っていることはもっともだった。


「私のようになってほしくはないからこそ、伝手でこの町にやって来たんだがね」


 フォティスは森の隙間から覗く、いくつのも山に囲まれた町の一部を見下ろした。

 彼らの住まいとなるログハウスは町はずれの山にあった。町への移動は犬橇いぬぞりを使い、リュピアがシグを運ぶ時にも乗せていたのだ。

 冬の厳しさを除けばどこにでもある町だ。貴族のように政治や権力に関わろうともせず、何よりも戦うことなどしなくとも良いのどかな場所である。

 娯楽もあまりないからこそ、不自由をさせる負い目のせいで剣術を教えたのが間違いだった。

 リュピアには言っていない本心の言葉だった。

 

「血は争えないという奴か? ......いや、検索するつもりはないんだが」

「はははは、まあ、そのうち話そう。盛り上がる話でもないからね」


 フォティスは何度かせきをし、かつては立派な金髪であったのだろう髪を撫でる。厳めしい青色の瞳は孫娘を優しく見守っていた。

 当のリュピアはひいひい言いながら素振りを必死にやっている。いくら容姿は優れていても、このまま残念仕様にはなってほしくはなかった。

 

「嫁の貰い手がいてくれるか心配だよ」

「自分より強い人でなければ認めないと言っていたぞ」

「それはまたハードルが高い......どうだいシグ君。自慢の孫娘を貰ってくれないかな?」

「俺はこの町に残るつもりはない」


 躊躇うそぶりも見せずにシグは断言し、フォティスは苦笑したあと、大きくため息を吐いた。

 しばらく木刀が風を切る音が一定間隔で生まれ続ける。

 珍しく先に言葉を発したのはシグだった。


「悪かったな。俺みたいなやつを助けてくれて」

「何度も言ったが、気にすることはないさ。おかげでリュピアも暇せずにいてくれる」

「物好きすぎだ」

「博愛主義と言ってほしいものだよ」

「それを物好きだというんだ。これだからな......」


 シグが町へとやってきた日から、リュピアは町に行っていない。酒場に働きに行くときしかほとんど行かないのだが、店主からはほとぼりが冷めるまで来ないほうがいいと忠告されていた。最初にシグがぶっ飛ばしたのは豪商一家の息子であり、いちゃもんを付けられるどころの話ではなくなるからだ。

 さらに知ったのはその息子がリュピアにお熱だったこと。安全な町の中だとしても、もしかしたらということもありうる。

 おかげで問題の禍根二人をもともと家のある町の外で匿うことになった。

 恩を感じすぎていると思うほど、シグはよく後ろめたくなるのだ。

 

「勘違いする客がやって来る」


 だが、この一言でいつもと状況が違うことをフォティスはすぐさま察する。

 なんらかの気配が山道を登ってこちらへと近づいてくるのを感じた。隠形でもするつもりだろうが、中途半端な行動のせいで成功しているとは言いがたい。


「面倒くさい奴らだな。バレるのが早い、いや遅すぎたぐらいか?」

「私たちの居場所は口止めしてもらっている。だけど、無理やり口を割らされたんじゃあ仕方ないかな」

「もしかしたら賄賂わいろかもな」

「それもないさ。信用できる人にだけこの家の場所を教えたのだし」


 呑気にも話しているうちに十数の人影が雪の悪路を行軍しているのが見える。強面なのはともかく、装備や腰に下げた剣から傭兵たちだとわかった。

 

「出来れば話し合いで収めたいんだがね」

「話を成立させられる脳が向こうにはあるように見えないな」


 リュピアも気づいたようで、素振りを辞めてシグたちのほうへと寄る。

 

「二百と五か。あとは夜中にやれ」

「そんなひどい!? 血も涙もないんですか!」

「お前のために流すほどのものではない」


 素振りをする雰囲気でもなく、嬉々として辞めたリュピアはシグの宣告におののく。

 胆力が無駄に有りすぎている若者たちにフォティスは複雑な心情だが、今はやって来た傭兵たちの問題が先だ。

 フォティスは腰に差す片手剣の柄にさりげなく手を置いた。


「やぁっと見つけたぜぇ、おい」


 先頭に立っている男が感じるには早すぎる達成感を顔に張り付けて下卑た笑みを浮かべた。他の傭兵とは違った金のかかる装いや、首の固定具と痛々しい頬の青あざからギレンという豪商の息子なのだとフォティスは推測する。

 

「何をしに来たんだい? ここは何もないところだよ」

「なにも無い? おいおい、居るだろ。てめえの後ろの二人がよ」


 丸く収められないかとフォティスが代表したが、ギレンはその背後の二人が目的だ。大人しく引きさがってはくれないだろう。


「そいつら二人をこっちに寄越せや。それなら爺さんにゃ何もしねえし用もねえ」

「快諾なんて出来ない。彼らをどうするつもりだ?」

「野郎のほうは適当に殴って殺す。リュピアは、そうだな。たっぷり可愛がってやるぜ」


 リュピアは不快そうに眉をしかめてシグの背後に隠れた。だが、シグはそのまま前へと出てフォティスの横へと並ぶ。

 彼の目にはギレンは入っていなかった。


「宿賃の代わりに、俺がこいつらを下に転がそうか?」

「出来れば穏便に済ませておきたいんだがね。でも、君が懲らしめればもう歯向かってはこないだろう」


 シグはさらりと恐ろしいことを言った。ここから麓まで転がすならば、百メートル以上はある。障害物となる木に衝突すれば大けがはまずまぬがれない。


「でも、弓矢がありますよ?」


 リュピアが言う通り、半数は弓を所持して陣を展開し今にも矢を撃ってきそうだ。格闘術でやられたのを警戒しているのだろう。

 障壁で威力は軽減できるが、刺さることや牽制での意味合いは変わらない。動きが鈍ったこところに剣を持った他の傭兵が本領を発揮する。

 そこまで考えたところで、いつの間にかどうやって撃退するかに思考が持っていかれたフォティスは慌てて首を振る。若者に自分も毒されていたらしい。


「おい! てめえら何時までも待たせてんじゃねえぞ!」

「......悪かった。だが、君たちの要求だとしても____」

「どこの馬の骨かも分からないクズにリュピアはやれない。私たちを倒してからデカい口を叩け若造ども」

「んだとジジイ!」

「シグ君!?」


 先を取ってシグの口から出た罵倒は、間違いなくフォティスの声であった。この青年は芸達者にも声真似ができるらしい。

 しかし、フォティスの必死の説得を初っ端からシグはぶち壊した。火に油どころか灯油をぶち込むに等しい。


「奴らに話し合いは通用しない。下手に出れば付け上がるだけだ」

「そうか。それで私の声で言った理由は?」

「特にない」


 もはや取り繕うには遅すぎた。フォティスは頭を抱えたかった。

 相手も元から普通に従うとは思ってないのか、武力で解決する気が満々である。


「あんたは見てればいいさ。俺が原因なんだから、俺が片を付ける」

「それならわたしもやります!」


 果敢にも手を上げたのはリュピアだった。確かに手に持った木刀でも、無力化できる点において殺さずに済む武器だ。

 だが、シグは首を縦に振ることはなかった。


「何でですか、シグさんの馬鹿野郎!」

「馬鹿野郎はお前だ、この馬鹿野郎が。俺を倒せるようになってから寝言を言え」

「そんなの無理じゃないですか! 矢に射抜かれてください!」

「縁起でもないことを言うな。お前は目を離さずに見ていろ」


 のんびりとシグは集団のほうへと歩いて行ってしまう。当然ながらそれを追いかけようとしたリュピアであったが、フォティスに止められた。


「お祖父ちゃんは、なんで止めるんですか? こんな時のためにわたしは剣を学んだんですよ?」

「戦いなんて、やらないほうがいいのさ」

「じゃあ、何のために剣を振るえばいいんですか」

 

 リュピアの言葉にフォティスは目を丸くするが、それでも認める訳にはいかない。シグもリュピアを戦わせるつもりはないからこそ、申し出を跳ね除けたのだ。

 彼は自分の戦いを見ていろと言ったのだ。

 戦いに恐怖をリュピアは持ち込むことはない。

 そしてまだ、命のやりとりについてリュピアは知らない。さっきのシグへ向けた不躾な言葉もそのせいだ。

 どれだけ強大な力を持っていても、それを振るわないことが正しい。

 武器はもともと、命を奪うために生まれたものなのだから。


「ふむ......」


 フォティスは思案し、一瞬で剣を抜き放つ。

 自分たちへと向かってきた矢を、赤みを帯びた刀身が切り落とした。

 

「少なくとも、人を切るためではないね」


 対応できずに唖然としているリュピアに対して、フォティスは煙に巻いた。

 視線の先で、シグは五本の矢の迎撃をしたところだ。


「目に入ったら危ないだろうが」


 シグは掴み取った矢を握りつぶし、何事もないように歩みを再開させる。一本がフォティスたちのほうへと誤射されていたが、あの老人ならばなんとかするだろう。


「う、撃て!」


 ギレンの号令によってすぐに第二射が放たれた。三本がはずれるが、残り二本がシグの体に到達する。

 だがそれも、最初のように掴み取られるか殴り折られた。

 半分しか矢がシグと接触しないのは、なにも射る人間が悪いからではない。背が高すぎるシグならば恰好の獲物だ。

 だが、小刻みに揺れながらシグは足を踏み出す。長い手が不規則にゆらゆら揺れて射手を幻惑する。

 法則ラウズや身体強化に頼り切り、己を鍛えようとすることをおろそかにするものが多い中であってはそれだけでも脅威だとフォティスは理解していた。

 第三射。今度は一本のみが当たる。シグが掴み取っていないなら。

 矢の速度は視力強化の応用で捉えられるまでになるが、それを避けると掴むのでは全く違う。

 シグのはおそらくわざとだ。 

 傭兵たちの不信感を煽るために。

 ギレンは自分がやられたのは不意打ちとまぐれによるものだと、都合のいいように思っていた。その中での青年は矢を正確に掴み取って淡々と歩いてくる存在ではなかった。


「お前らなにしてやがる! そいつを殺せ!」


 滞在する町での殺人はやめておいたほうがいい。青年を捕まえてサンドバッグにはするが積極的に殺そうとは思っていなかった。それも今の異常な光景で大きく揺らぎ、ギレンは命令する。

 傭兵たちは連携の取れた動きで踏み出す。それと同時に雪の上に倒れて悶えるのが二人出てきた。

 見れば太ももにナイフが深々と刺さっていた。

 一瞬だけ、他の傭兵たちの視線がそちらへと向く。

 その間さえあれば、シグが集団の中に飛び込むのは難しくはないことだった。

 不運にもすぐそばに居た一人の顎へとフックを放つ。重くはなく、ただ速さだけの一撃だ。脳を揺すられてその傭兵はノックアウトされた。

 三人目の犠牲者が倒れる前にシグは別のものに躍りかかっている。

 男が剣を振り下ろした。シグは掌で柄をかちあげる。同時に肘を喉へと突き刺す。

 背後から白刃が襲い掛かるが気絶させた男の腕で受け止めた。痛みによって強制的に意識を取り戻させられた男だが、顔に拳がめり込んで再び意識が暗転。

 仲間を斬ったことに動揺した傭兵に、腕を負傷した男を放り投げた。

 無意識に受け止め、次の瞬間には顔を掴まれた。凄まじい握力に叫び声を上げるが、首に衝撃が走ると気絶する。

 シグの戦い方はぴったりと相手に付くマンツーマン式だ。

 蹴りを放てば膝を砕き、腕を振るえば骨を折る。

 何よりも嫌らしいのが、その相手を躊躇いなく盾にすることだ。

 矢が飛んでくるが最初のように掴むことはない。代わりに掴んでいた傭兵の頭を動かして、その胴体で壁を作る。

 下手に援護をすれば仲間を傷つけさせられる。

 目を付けられた傭兵は基本的に、この人の皮を被った悪魔を一人で相手にしなければならない。

 最後に残ったのはギレンだった。残されたと言うほうが正確だろう。

 頼りになる傭兵たちは痛みに呻くか意識がない。殺されていないことだけが救いだ。


「それで、俺たちをどうするかもう一度言え」

「も、ももももう何もしねえ! だっだから見逃し......」

 

 命乞いは最後まで言えなかった。怪我らしい怪我を一つも負っていないシグはギレンの首を絞めて持ち上げる。

 身長と伸ばしきった腕によって、通常よりも高い位置にまでいく。


「よくもまあ、都合のいいことを言うボンボンだな」

「た、す......命、だけ」


 言葉とは裏腹にギレンの足がジタバタと暴れてシグの体を蹴るが、まったくびくともしなかった。


「自分たちは死なないと思ったか? 残念だが、俺がいま喉を握りつぶせば簡単にそうなるだろうな。死んでみるか?」


 シグが手に力を込めると、ギレンは笛が鳴るような悲鳴を上げた。もはやそこには自分の力を信じて疑わない傲慢な姿はなかった。

 殺気は偽物でもない。気まぐれ一つで命を奪えるほどに軽く大きすぎるものだった。

 

「シグ君、手を放してあげてほしい。彼を殺せばもっと問題が広がってしまう」

「あんたがそう言うのならな」

 

 シグの戦いぶりを見てなお、冷静にフォティスが止めに入った。シグがそのまま手を離すとそれなりの高度から落とされたギレンがうめき声と共に倒れた。

 

「リュピアは無事か?」

「い、いえ。あの、わたし......」


 リュピアは視線を彷徨わせながら言いよどむ。傭兵たちのうめき声が彼女の耳に入る。おかしな方向に曲がった腕や、血を流しながら見える傷口が取り囲んでいた。

 実際の戦いとはこんなものだ。勝とうが負けようが、傷を作って時には死ぬ。

 初見ではキツすぎる光景だ。よもや、自分にもそれが可能な実力を持っていたことが分かれば感じるのは恐怖だ。

 シグに対しても、その感情を抱いてしまっていた。


「俺が見ておけと言ったのはこのためだ。分かったな?」


 一言だけリュピアに掛けてやると、シグはすぐに崩れているギレンを見下ろした。

 

「またちょっかいなりなんなりを掛けてきたのなら、間違いなく殺す」


 チャンスが与えられた。今は見逃してやると言っているのと同じことだった。一縷の望みがつながる瞬間だった。

 それもすぐに踏みにじられた。


「お前をここの坂から転がり落とすことにした。痛い目に合わなければ何も分からなそうだしな」

「......は?」


 何を言っているのだこの男は。この場所に来るために上ったのだから分かるが、坂の距離はどう考えても五百メートルではきかない。突き出た乱立する木。これに途中でぶつかればアウト。

 

「本当にやらせるつもりだったのか」

「そうだが?」


 不思議そうに聞くことから、シグはどこまでも本気だった。向かってきた相手は徹底的に潰す。今までもそうしてきたし、これからもそうなるほどに当たり前の返事だ。

 ギレンは助けを求めるようにフォティスを見る。

 だが、フォティスもそれなりに怒りを抱いていた。孫娘を汚されそうになりシグも危ない目にあったのだ。

 最後の望みを掛けてリュピアを見たが、そもそも視線を合わせようとはしない。


「汚れ役は俺がやるから、あんたらは家の中にいろ」


 反対するわけでもなくフォティスは俯いたままのリュピアを促して家へと向かう。

 それを確認してからシグは逃げ出そうとするギレンを引っ掴む。


「や、やめやがれ! 俺はスタンバーグ家の長男だぞ!」

「ハンバーグ家? これからひき肉みたいになれば名前負けはしないな」

「本気かよてめえ!? 人間なんかじゃねえ!」


 ギレンを引きずりながら、シグは坂の前まで来ていた。かなり急で加速力が半端なさそうな場所をわざわざ選んだ。


「しつこい奴は嫌われるぞ? 一皮むけて男になってこい」

「やめろおおお! お願いだやめてくれえええええぇぇ!」


 受け身すら取れない体勢になるよう、シグはギレンを投げ落とす。

 欲のせいで先走った男に、シグは消えることのないであろう恐怖を刻み込んだ。

 ギレンの姿が森に消えるのに、それほど時間はかからなかった。


「あと十人ちょいか」


 わざと木の密度が一番薄い場所に転がしてやったシグは、背後に転がる傭兵を振り向く。

 意識のあるものは「お、俺らはちがうよな?」という目を愛想笑いと共に返した。

 

「お前らも行くぞ」


 悲鳴と絶叫がしばらく山の上で続いた。

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