間話 南国と東国
南の貿易国家レガーナ。
政府を動かす議員の一部がこの日の夜、議会に集っていた。各々の席に座ってはいるが呼ばれなかった人物たちが集まったものより多く、どことなく閑散としたものだ。
「じゃあ、みんな集まってくれたし始めようか」
議員たちの席は円を組むように重なりあい、丸い段々畑を彷彿させる。この場では全員が平等だという意味を表すつくりである。
ただし例外はあった。そのうちの一つが取り仕切を行なう議長であり、その人物の席だけは一番前に置かれて背後には他の議員の座る場所がない。
今代の議長である優男風の青年の合図で、議員たちの小さな会話は途切れる。
「シールズさーん。聞こえますかー?」
「こちらは問題ありませんよ」
議長の間延びした声に反応したのはシールズだった。彼の姿はこの場にはなく空席となっている。
机の上には十センチほどの正方形で出来た物体が置かれ、声はそこから聞こえた。問題なく議会全体に聞こえる。
「それなら全部まかせまーす。僕が説明すると、なんかみんな馬鹿を見るような目になブルァッ!?」
自分の机の上に突っ伏した議長の頭部に、容赦なく書類が集まり分厚くなったファイルが叩き付けられた。議長の顔面は木製の板とのサンドイッチで潰れそうになる。
「議長、真面目にやっていただかないと困ります。叩きますよ?」
「いやいや、いま叩いたじゃん。でも巨乳が揺れるのが見れたんでありがテュブラ!?」
「はい叩きました」
議員たちは慣れたもので、議長とその秘書のやり取りを静観している。少なくとも秘書の行動は自分たちの総意であり、なんかスッキリするという理由で止めはしない。
秘書は長い茶髪を後ろに流して赤い額縁のメガネを付けた理知的な女性。若いが貫禄はそこらの男の比ではない。机に倒れる議長よりはある。
「失礼しました。シールズさんはお続けになってください」
「はははは、そちらは相変わらずですねぇネリアさん」
「これでも色々とありましたが、時間が出来れば後ほど。まずは報告をお願いいたします」
そして今の議長になってからは秘書のネリアが議会を取り仕切るようになってしまった。
とはいえ、常時は間違った判断はしないので彼女のほうが頼られている。
シールズは議会側でなにがあったか検討を付けながら、西国での出来事を話す。彼はまだ西国から出てすらおらず、いまも王城の自分に与えられた部屋にいた。
襲撃事件についての顛末や南国の被害、そして西国との話をつけたことが語られる。
知っているものもいたが、それ以外は動揺を隠せずにざわめきを起こしだす。前代未聞の出来事に議員側の席から疑問などが飛び始めた。
それらを手で制したネリアがシールズに問いかけた。
「国との話をつけていたとは、わたしには初耳でしたが」
「はて、議長殿に許可は頂いたのですがな。この老人よりも先にぼけられましたかな?」
「テヘッ忘れてた!」
「あなたという人は......!」
議会の部屋に打撃音が響いた。頭が足りなさそうな優男に天誅がくだった瞬間である。
再び机に突っ伏した男を冷めた目で見る秘書はずれたメガネをなおす。
「公言しないでほしいとは頼みましたが、まさかネリアさんまで知らないとは」
「いえ、これでなぜ議長が突然の中央国での召集会議について口を割らないかと理解しました」
「我が国と西国による二カ国の同意が必要でしたので。東国の承認も得られました」
北国を除いた四カ国は独立しており、それぞれが他国に強制な要求は突き付けられない。
だが過半数。三カ国の合意であれば、よほどの理不尽でない限り外交に限って可能となる。
「しかし、中央国が素直に応じるものでしょうか?」
「それは分かりませんな。ですが『鎧獣内剛』の法則保持者であるレヴィン・マッケンシーが元とはいえ十三使徒であったのです。しかも死亡していたはずであったというのに」
「本当にその方が今回の襲撃事件を?」
「一度目にしているので間違いないでしょう」
ここまで断言されてはネリアも食い下がれない。シールズが確信を持っている情報はにわかに信じがたいが、すでに事は起こったあとである。
「中央国側からの要求はあったのですか?」
この質問はネリアではなく議員の一人が放ったものだ。
「ええもちろん。首都のスケイアに入れる人数に制限を設けられました。さらに西国からの代表者は今回の事件の中心となるかもしれない第三王女のみ、とも。西国への要求は他にもございましたがね」
「それを国王が承諾したのか!?」
「いえいえ、彼を説き伏せるのには労力を費やしました。ですが最終的には認められることに」
国の権力者を他国に向かわせるのは別段おかしなことでもない。南国からもシールズという実力者を送り出したのだから。
だがこの場面で注目されてしまった第三王女を指名するカルシアスもさながら、決断した国王も普通ではなかった。
シールズがこれからどうするかで、レガーナのこれからの対応が変わってくる。
ネリアは正方形の物体に向かって声を届かせる。
「シールズ議員は王女が移動するときに同行するのですか?」
「いえいえ、積もる話をこの国でしなければならないので無理でしょう。ほかの議員の方々の中にも負傷者がおりますしな」
「......そうですか」
「今回は大所帯では無理でしょうし『狼』の中でも高位の実力者を護衛としてつければいいはずです。道中もそれで大丈夫かと」
西国での会議に向かわせた議員らにも狼に所属する者を付かせていた。だが実力が高くても中位ほどであり、それを油断とは言えなかった。
一癖も二癖もある傭兵集団は高位になるにつれて変人奇人の割合が増えるが、そんな彼らを使うことにためらいがないことが重大さを認識させることとなる。
「いまごろは暇を持て余しているでしょうし、いい気分転換をさせられる」
「まるで戦闘行為が起こること前提ですね」
「おや? 彼らが必要とされるのはいつでもそんなときですよ」
『天文学者』カインズ・マージがいなくなり、南国の戦力は低下したと事情を知る人間は考えている。
当の南国を除いて。
とんでもなかった。傭兵集団の上位者に名を連ねるものは、カインズにも比例する存在だ。
内面に目を向けない限りそういえる。内面に目を向けなければ。大切なので二度言わなければならない。
「......そうですか。それと各国に散らばる十三使徒たちに動きがありました。少数がカルシアスに移動を開始したと。会談のころには国内に六人もが集結します」
通信用の法具ごしでもシールズが驚く気配が伝わる。
自分でやったことではないが、一泡吹かせられたような気分をネリアは味わう。
驚くのも無理もない話だ。
いつもならば個人で一軍に匹敵する十三使徒たちのうち二人ずつが各国に入り、宗教を広めたり協会の護衛などをこなしていく。
これは大陸に五か国が形成されてから常に続けていた。
そうすることで国内に過剰な戦力を持っていないことをアピールしながら、他国にいる十三使徒たちが抑止力として中央国に喧嘩を売らせないようにする。
中央国に常時いるのが三人。一人が首都に居続け、もう二人が他国に散ったものと同じく国内を巡回する。
いままでの均衡を破ってそれが六人。明らかに異常だ。
「ほう、向こうも本気ということですかな?」
「そうかもしれません。場合によっては私たちの国の傭兵と接触して、いらぬ争いを引き起こすかと」
「なんとかケアするしかないでしょうな。しかし、我々からの応答に答えてくれる傭兵ならば、他よりはまともなはずです」
他よりは、の所にアクセントをおいたシールズに議員たちは内心で同意する。
「おや、どなたかがいらっしゃいそうですので、これからの役目は若者に任せますとしますか。あとで情報をお願いします」
年寄りくさいセリフを最後に、正方形の物体が沈黙する。
同時にところかしこで息を吐く音が議会じゅうに満ちていく。ネリアも例外ではなく、今から色々と予定を練り合わせなければならなくなりそうだ。
「議長起きてください。いつまで寝ているのですか?」
「え、君がやったんだよね」
「そんなの知りません。寝ぼけていたんじゃないですか」
そうかそうかと納得してしまう議長を視界の端に収めながら、ネリアは集まった議員たちにどのような指示を出そうかと頭を回転させる。
「あーいいよいいよ。もうこの紙にやらないといけないこと書いといたから、それに沿って動いてね」
議長がいつ作ったのかびっしりと文字の書き込まれた用紙がネリアに手渡される。
一瞥しただけでネリアは紙に書かれたものと同じ内容で、議員たちに伝え始めた。だらしない議長から渡されたものでも、そこに疑いの念はない。
有力でなければこの歳で議長の座に上り詰めたりはしない。
昼行燈な姿はどこまでがポーズかは分からない。だが、その判断は決して間違ってはおらず、何事もそれに従って行動すれば成果をあげることが出来た。
どことなく不気味さを感じさせるギャップが議長にはあった。
「あの、すみません」
「んー? 何かなネリアちゃん」
「最後に書かれてあるわたしがメイド姿になって議長を膝枕するとは、必要なのですか?」
「そう! それが世界を救う! 主に僕の世界を! その巨乳でミニスカメイドになって過剰なスキンシップも出来るって、もう萌えが燃えに燃えて僕の下半身がタブレェ!?」
いきなり立ち上がって大演説をしようとした議長を無情に張り倒しながら、ネリアはこの男はただの変人なんだと納得する。
本当にすごい人物ならば、もっと貫禄があってもいいように思えた。たとえばシールズ議員のように。
「ちょっ、まっ、ぁ、ぇ......」
止まることのない打撃音が響き渡る議会を、議員たちは自分たちの役目を果たすために後にする。
すぐにでも出ていかなければ、議長の死にざまを見てしまうかもしれないからだ。
東の風流国家アズマ。
西国とは構造が違う、立派な天守閣を頂上に備えた城がそびえたっている。
奇しくも、そこに南国と同じ夜に襲撃事件やその他もろもろの話を聞いていた人物がいる。
召集会議についてはケルフェとレガーナが承諾した後に話を振られたので、大体のことは知っているが細部では理解できていない部分も多かった。
その人物がまとめられた情報を最上階で手の者から報告されていたのだ。
「なるほど......十三使徒か」
声の主はこの場には似つかわしくない瑞々しい女のものであった。
「物理攻撃を無効化する内向干渉法則から、間違いないで御座いましょうぞ」
影がいた。蝋燭の明かりで薄暗さを残す屋内に、三つの影が跪いていた。
姿かたちや服装がてんでんばらばらな三人だ。唯一黒を基調としているだけしか共通点がない。
女の独り言にも律儀に答えたのは、三人の中で最も巨大な影だ。目には黒い布が巻かれていた。
「それで召集場所が中央国に決まったのだな。あの狸爺め、大切な部分をぼかしおって」
不機嫌そうな声が三人に伝わり、身をすくめさせた。
御簾という薄い仕切りの奥に彼らの主が座している。
最上階でそれを行なえるのは城の主だけ。
それは、この国の武力と政治のうち、前者をつかさどる意味を持つ。
今の将軍はなんと女である。それも、まだ若々しさを保った子供以上大人未満なと付く。しかし三人の側からは、蝋燭の光による逆光などでおぼろげにしかそれが伝わらない。
「妾たちの陣営で、その襲撃者とやらに勝てる者はいるのか?」
「......は?」
突然の将軍の問いかけに、巨大な影は自分でも間抜けだと思う対応をしてしまった。
そんなことは関係ないとばかりに、将軍は子供のように御簾の奥から続けた。
「聞けば第三王女とやらの護衛が一人で片を付けたらしいではないか! 我が国の者たちで対応できなかったという事実では、面目が丸つぶれであるぞ!」
「い、いえ。こちらの護衛すらも武器の所持が認められておりませんでした。しかし、その護衛者は法具を使って対峙したと......」
「ならば同じことをすればよいでないか!」
武に対してならば天賦の才能を見せつける将軍だが、内情は天皇のほうに任せっきりなため護衛者がやったことが違反になるとは分かってすらいない。
それを説明しても、ならば何故自分たちはやらなかったのかと言い出しそうで、答えずらくなってしまう。
「ふむ......ならば質問を変える。護衛者のほうは強いのか?」
「一概には言えませぬ。相性の問題でもあるかと」
将軍少女の対応は三人の代表格である巨大な影が引き受けているらしく、繰り出される疑問に一人で答えた。
「なるほど。だが面白そうではあるぞ。過去のものとはいえ、十三使徒を殺すことが出来たとは」
「どうか、どうかその護衛者が気になるからと。第三王女が中央国に向かうから自分も付いていくとは言い出されないように」
「わ、わかっておるわ! そそそそんなことをするつもりなど毛頭なかろうに!」
ーーいや、あるよね? 絶対あるよね?
ぐっと喉元に言葉を押し込めた影は、先制を喫したことで少しばかりの安堵を覚えた。
いざとなったら実力行使だが、それすらもこの将軍を止めるには心もとないことなのだ。
「だが、当の第三王女がこれから中心となるかもしれぬのか?」
「予想の域を出ませんが、おそらくそうかと。南国もなんらかのモーションをかけてくるかもしれません」
「ふむ......」
影たちはぞわりとした寒気が背中をはい回った錯覚を受けた。
将軍がニヤリと笑った気配を感じてしまったからだ。ロクでもないことを思いついたときにいつもやる動作だった。
「お前たちにはこれから天皇が派遣するであろう者たちの中に紛れてもらう」
「無理......いえ、承知」
「そして中央国につけば、噂の第三王女とやらもいるだろう。会合が終わり次第、この国には戻らずに彼女らに気づかれないように尾行しろ」
「無理......いえ、承知」
「そして頃合いを見計らって襲い掛かれ!」
「それは無理です!」
「なんだと!?」
自分が考えた最もよさそうな作戦を一刀両断されて、将軍は愕然とする。
いったいなにがいけないのか。答え、全部です。
「お、お前たちならばやれるだろう! そう、気合だ気合!」
「そもそも根本的に間違っております。戦争をするおつもりですか?」
「まさか。そこまで馬鹿ではない。ちょっと護衛者の力がどれほどのものか試してもらいたいのだ」
「もっと穏便な行動を考えられなかったので御座いますか?」
結果として戦争ごとになる可能性があるのに、ギャグでもなくこの将軍は気付いていなかった。
深い考えもなくとんでもないことをしでかそうとするのが多々あり、気分屋な彼女を扱うのには細心の注意が必要である。
影はなんとかその護衛者から意識を反らさせようと、別の話題を口にした。
「それはともかく、襲撃事件を皮切りに国ごとに大きな動きが御座いました。我らの配下が動向を掴んでおります」
「どういったものだ?」
「南国ではなんでも、自分は異世界人だとのたまう少年が率いていた集団があるのはご存知ですね?」
「ああ、なんでも義勇軍とやらだったか。戦争で首領以外は壊滅的打撃を受けたらしいな」
「はい。ここ七年ほどで再び人員を確保して上長しました。そこが大規模戦闘の準備を見せたと」
「戦争か! よしっ、妾たちも準備だ!」
「それは横に置きまして、まず情報の確認を」
巨大な影に猪のような思考をいなされると、将軍は一旦冷静になって影で十歳と同程度と言われている頭を回転させる。
襲撃事件もあったが、いまは必要ないはずのことだ。おおっぴらに戦力を展開させるような真似は、近隣国にとっても刺激が多大となる。
「どこと戦うつもりだ。もしや、妾たちとか? 地理的にも近いし、そうなんだな?」
好戦的な雰囲気が将軍から撒き散らされた。たったそれだけで部屋が揺れ、御簾がはためく。
行使力の制御が少しだけ甘くなり、常時抑えているものがこぼれただけで物理的な影響を及ぼす密度。
己の力の僅かな片鱗を将軍がのぞかせるだけで、この巨大な城にも影響を与えてしまう。
「い、いえ。いまだに少年のほうも公言しておらず、情報収集を継続中で御座います!」
影は落ち着かせようとしても、自分が焦っていては始まらないだろう。最後は叫び声に相当しそうだった。話題を反らすどころかヒートアップさせては本末転倒である。
部下の声にふっと地震が起こったような振動が収まった。
「......ならばそれに励め」
「ハッ!」
「では次だ。他にもあるのだろう?」
「......後日改めての報告にさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「なぜだ、時間はある! 妾はいま聞きたいのだ!」
ーーいちいち心臓に悪いリアクションを返されるこっちの身にもなれ!
これもまたぐっと喉元に抑え込み、報告を再開する。
「次は殺しの一族についての動向です。大量殺戮犯である“葉隠れ”がそのうちの数人と接触してしまい、返り討ちにされました。これで葉隠れの賞金首手配は取り下げとされます」
「ちっ、我が国から出した不届き者は自分たちで始末したかったが」
「そして土地の被害ですが、村が二つ分とその間にある山が消し飛ばされた模様です。場所はこの国の西部です」
「後始末は天皇の管轄だ。だがなぜ、“葉隠れ”は一族と当たった?」
「移動方向から考えて奴らも中央国へと向かっております。理由は分かりませんが、中央国が十三使徒を六人も国内に配置しようとするのは主にそれが原因かと」
葉隠れは戦争の生き残りではあったが精神を病み、暴走する狂人となった。もとから強くはあったが、それは狂ってからさらに伸びている。
だが、殺しの一族はそれを凌駕する。
所属する存在すべてが規格外。一族と呼ばれているがそう何人もいるわけではないらしい。しかし彼らで国一つ落とす可能性があると言われているのは、戦争を経験してその可能性に気づかされたからだ。
被害もたかが村二つと山一つで済んだのは僥倖だ。
幾人かは減ったらしいが、危険度は大陸でも最高位。
警戒するなというのが無理な話である。
ここは黙って静観するしかないというのが、影たちの判断だった。
「なるほど、危険だ」
「仰るとおりで御座います」
「ならば、なおさら目をつけておかねばならんな!」
「......は?」
なにを言っているんだこの少女は。巨大な影は唖然として失礼とは承知で頭をあげる。
下手に刺激して火種を作るなど今の状況では悪手だ。
「それはいったい」
「諜報能力でおまえたちはとても優れている。これから天皇が派遣する者の中に紛れて、奴らの動向をさぐれ」
強引に、任務という形で将軍は本来の目的をなそうとしている。これならば別の話題など出さず、なだめるだけにしておけばよかったと後悔が影の身を包んだ。
「目的が中央国にあるならばそれでよし。素通りして西国へ向かうかもしれんがな。む、そういえば第三王女のことがあるではないかー」
白々しすぎる。これで懸命な演技なのだ。冷や汗を頬にかいているかもしれない。
だが、権力と理屈という力が先ほどとは違いそこに含まれていた。
「確かな危機よりも不確かな第三王女の危険度がさらに厄介だと妾は思う! よし、一族の動向は中央国まで探れ。そこから第三王女の監視の目にお前たちがつけばよい。なぁに、一族がもしも西国にいけば一緒に探れるのだから一石二鳥! もちろん護衛者のほうもな!」
「し、しかし......」
「しかしもかかしもない! これは我が国の命運を左右するかもしれんのだぞ! 手は打っておいたほうがいい!」
なにやら一人で盛り上がっている将軍を巨大な影は布に隠された微妙な目で見ていた。
任務という正式な形では自分たちは逆らえない。
将軍家の影。それが彼らだ。いわゆる暗部という存在であり、懐刀でもある。
文句を付けることなどできるはずもなく、
「御意......」
「うむ、その心意気やよし!」
承諾するしかなかった。
ならばすぐにでも行動に移すしかない。そう思い、腰を半ばまで浮かばせた。
それは突然、将軍に止められることになる。
「まあ待て。妾の思い込みかもしれんし、話半分に聞いてくれてもよい」
そう言われては聞かざるを得なくなり、影は再び頭を垂れた。
「行使力を扱えない王女に本当に危険があるとは思っていない。もちろん、護衛者のほうが脅威だろう。だがもしも、我が国へ災厄なりなんなりを与える存在であると分かれば、殺せ」
「ハッ!」
「では散れ!」
三つの影は即座にその場からいなくなった。まるで煙のように消えてなくなり、彼らがこの場にいた証拠はない。
蝋燭の光が少女の影だけを揺らす。
一人となった将軍はポツリとつぶやいた。
「まさか『鍵』の存在に気づいた者がいたのか......?」
ゆらゆらと動く影には答える力などない。
薄暗い空間に疑念の塊が穏やかに消えていった。




