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姫とハロワと法則世界  作者: なよ竹
黒髪の王女
16/39

葬送と雨空

 司祭の口から並べたてられるおごそかな言葉は霧雨の音に消えることもなく、王城内で作られた墓地に朗々と響いていく。

 集まっているものはそう多くはなく二十人もいない。そのほとんどが新しくできたばかりであろう、傷ひとつない墓の周辺に集まっている。

 傘をさしながら雨に当たらないが、頬を伝う涙で顔を濡らす人物もいた。

 この場にいるのは王族関係者とその親しい者たちに限られている。

 葬儀は第五王女であったニーナのものだった。

 

「かの者の魂は天へと召され、安寧の眠りを享受する。新たな命を受け継ぐまで」


 シグはそれらの句を聞き流しながら、墓地を仕切る塀の入り口のそばで腕組みをしながら背を預けていた。傘は持たずにコートに付けられたフードを目深にかぶり、裾からは水滴が滴り落ちる。

 首に巻き付いたレトロが侵入してくる霧状の雨を嫌がり身じろぎする。

 気にすることもなくシグは何度目かになるか分からないため息を小さく吐いた。

 

「どうするかまったく」

「キューイ」


 シグは入り口からいまだに続く葬儀を覗いた。国王のヴィンセントや大臣、王女でいえばアリスがいたりと豪勢すぎて逆に珍しい顔ぶれだ。

 葬儀に集められたのは確実に信用のおける人物たちに限っている。社交会のように一定の地位さえあれば誰でも来れないのは、鎧獣となったあの男のような不審人物を入れないためだ。

 シグはこの場合でも部外者となり、外で待つこととなる。

 王女の葬儀としてはとてもささやかなものになるが、ニーナの性格からしてこれでちょうどいいのかもしれない。

 再びシグは壁に背を押し付けて、今度は目をゆっくりと閉じた。

 集団の中にうつむいたままのティオの姿を確認してからの行動だ。


「慈しみ見捨てられることのない生を得られ」


 これだとしばらくはかかるだろう。シグは思考にふけりながら、心の片隅でそう決めつけた。

 一週間ほども前になったあの襲撃事件後は王城内で働く者を忙殺させる仕事を生み出した。

 会の後始末はもちろんのこと、本来の名目である春の祈願も含められていた。

 幸運か不運か、城下での祭りにそう大きな影響が及ぼされず別々の管轄ともなっていた。万人隊長ジョセフと千人隊長ドヴェルグが自分たちを妨害する存在を裏通りの奥まで誘導し、表通りへの被害を軽微に済ませられたおかげでもある。

 目撃者が全くいないわけでもないが、王城のこととは関係のない事件として処理された。

 生き残りの参加者たちに国王は会場内で起こったことを知ったうえで内密にするように言い含め、表面上は東国も南国も異議は出さない。もともとが秘密事項の会議が目的だったためだ。

 だが話は噂となって広まるだろう。

 襲撃の件は騎士たちには知れ渡っており、侍女や使用人も話を漏らさないとは限らない。

 ヴィンセントが秘密にさせたのは鎧獣の存在と話していたことについて。シールズの協力もあり、使用人たちでは知りえなかった生き残りだけが理解できたことだった。


「そのような処罰では納得できません! 我が不祥事の結果だというのに謹慎など!」

「レノア、分かってくれ。おまえは騎士団に必要不可欠な人材だ」


 ヴィンセントはレノアを不定期限の謹慎処分とした。警備責任者として事件を防げず普通ならば断罪だが、国王と騎士団長が話をつけて難を逃れた。

 レノアの喪失が騎士団の運営面で支障が盛大にきたし、後任が決まっていないからだというのが理由だった。いままで執務をレノアに頼りきりだった結果だと言える。

 彼女ならばいずれは復帰するだろう。

 そして、死亡者の扱いであった。

 西国ケルフェではニーナをはじめとして貴族を、東国アズマ南国レガーナでは逃げ遅れてしまった重鎮たちを少なくない数で失った。

 西国は賠償も視野に入れておかなければならない。

 だが、意外にもシールズはそのことを断った。国王や大臣と一日中会議室にこもり、彼らとの間にどんな話で決着がついたかは分からないが。

 

「シグ様、よろしいでしょうか」


 声が掛けられたことにより、シグは意識を現実に戻す。司祭の声は聞こえなくなっていた。

 傘を差したまま不機嫌そのものの顔でセリオスが立っていた。雨が鬱陶しくて仕方がないとしか表情からは内面を読み取れない。

 手には開いているものとは別にもう一本の傘を持っている。


「どうした、なにかあったか?」


 アリスの付き人をやっていた秘書がここにいていいのかと疑問に思う。春だとしても雨の中で外に出るのは、体の弱い第一王女にはよくないことだ。

 セリオスは墓地内を無言で示し、シグもつられて先ほどと同じように覗く。

 空から降り注ぐ水滴の勢いが強まっていく中で、ティオの姿は墓地内になかった。







 王城へと吹き抜けの廊下が延々と続く。その側面に取り付けられたベンチにティオは座っていた。

 天井は存在せずに晴天の時は青空のもと庭を一望できる。

 ただし、現在は雨模様。霧雨とはいえ空からは雫が絶え間なく降り注ぎ、曇天は暗い色を景色に落とす。

 ティオは傘をセリオスに押し付けてから持たずにいて、いまは俯いたままいつもと変わらぬ笑みを浮かべているだけだ。

 セミロングの黒髪やワンピース調の喪服は水分を含み切れず、それぞれの端からは水滴が地面に落下する。石造りの床に乾いている部分はなかった。つむじ風が通り過ぎるとひどく肌寒い。

 水晶色の瞳はどこにも向いていない。しかし、襲撃事件の光景がその奥で映った。

 騎士たちや参加者たちの死。白い鎧獣の姿。そしてニーナが助けてくれた時に浮かべた笑み。

 鎧獣の言葉が耳にこびりついたまま離れない。

 殺しておくべきだ。

 あの事件は自分が中心になっていたがために起こり、結果的に何人も死んだとしたら。

 突然、雨が止んだ。それはティオの周囲だけであり、誰かが降り注ぐ雨を遮ったのだ。

 ゆっくりとティオが顔をあげると見慣れた護衛者の姿をその目に捉えた。


「......どうしたのシグ?」

「どうしたもなにも勝手に消えないでくれ。探したぞ」

「ちょっと頭を冷やそうと思ってさ」

「体まで冷たくしているのに何を言っている」


 手にはセリオスに渡した傘が握られ、それをティオに押し付ける。タオルもついでとばかりに一緒に渡す。

 フードを被ったままのシグは雨にうたれ続けていたためか、灰色の髪は重くなりレトロは出来る限り奥に潜んでいる。


「濡れてるよ」

「また濡れ続けるよりはマシだ」

「ちがう、シグのこと。それにレトロも」


 シグは何も言わずにティオの隣に腰を下ろす。傘は一つしかない。狭い中、二人は寄り添うように座り目の前の緑の景色を見つめた。

 ティオが連れ戻されることはなかった。でも、それでいい。今はだれかと顔をあわせる気が起きなかったから。


「無事に葬儀が終わってよかったな」

「よかった......のかな?」


 ティオは視線を動かすことはない。

 だが、肩がわずかに震えたのを隣のシグはは感じた。

 

「もし生きててくれたら、やらなくてもよかったことだけど」


 これは仮定の話でしかない不確かな願望。結果が起こってしまったあとには消すことができても、なかったことに出来ないのはティオが一番理解していることだった。

 見てしまったのだ。妹の死を目の前で。小さな少女を形作っていたはずの赤い血を。

 

「なんで、私が生きてるんだろ? 私が死んでたら、あんなことは起こってなかったんだよね?」


 鎧獣は少なくとも理性はあった。第三王女を殺せればそれでいいと言っていた。

 異形にとって、ニーナたちの死は単なるおまけでしかなかったのだ。

 とても軽くて重視などしない、必要のなかった死。あの襲撃事件の死亡者は巻き込まれただけなのだ。

 

「わざわざ馬鹿正直に、あのデカブツの言ったことを受け止めなくていいだろ」 

 

 慰めもない淡々とした言葉だ。

 どのようにことが転ぶかなど誰にもわからない。ティオが口にしたことも可能性はあるだろうが、いくつものうちの一つでしかない。

 どれが真実かなど分からない。

 気にしないように努めていても、思い出すたびにティオの心は千々に乱れ、なにをしていいかわからなくなる。

 父であるヴィンセントはティオに何も言わない。いつものことであったが、この状況で何の指図も受けないとなると逆に怖くなる。

 

「もう、なにも失いたくないだけなの」


 吐息と間違ってしまうような弱弱しい声から始まった。


「シグなら気づいていると思うけど、背中の傷ってぜんぶ母さんが付けたんだ」


まだニーナより少し幼いときだった気がする。その辺は小さい子供であったのと、忘れたいと思い続けていたことで曖昧な記憶だ。

 それまでは外部との接触が一切ない、とある部屋の一室でティオは育てられていた。

 その時は世話係としてまだ一侍女であったナタリアが選ばれ、彼女が事情を知る一端となる。

 子供の好奇心を満たすことは狭い部屋では叶わないことだったが、侍女は優しくしてくれた。

 母親も父親も例外ではなかった。

 心の機微に聡い子供だったからか、父に比べて母親の態度は日に日に焦燥が織り交ぜられるように感じられるようになる。

 どうしてかは、今でもわからない。

 だが、ある日ティオは母親によって地下室に監禁された。侍女や父とも会えなくなった。

 それからは凄惨な日々を過ごすこととなり、背中の傷はその名残である。


「なんでだろう。何もわかってないから、母さんのことを恨むこともなかったはずなのにね」


 ある時、小さな少女の心の中に渦巻いていた我慢や悲哀が殺意にすり替わっていた。

 壊れてしまったからだろうか。そこに疑問など挟む余地もない。

 少女は願った。願ってしまった。死んじゃえばいいと。

 そこからの記憶はなく、母親が願望通りに死亡したと教えられたのは、いつの間にか運ばれた病室で数週間寝込んだあとであった。


「あの国王が父親面していたのか。想像できないな」

「今みたいに冷たいのは母さんが死んでからだったの。ナタリアさんも出世して嬉しいことなんだけど、そう会えなくなったしね」


 あの時から境に、ティオの周囲からはたくさんのモノが離れていった。

 気づいたときにはまわりに誰もいなくなっていたのだ。

 本当は影に隠れて見えなかっただけかもしれないが、その環境が不安定な少女を生むこととなる。

 傷は癒えることもなく、心は壊れたままの存在が。

 どれほど内面を隠して笑っていようと、一人の人間でしかなかったのだ。

 か細くて不安で揺れ続ける。普通の人間の姿。

 たいした怪我もさせずにこの護衛者ガードは守ってくれた。目に見えるところ以外にも、影で悪意を塗りつぶしていたのだろう。

 だが、このあまりにももろい内面を持つ心までも守ってくれたのか? 

 

「......最低だね、私って」


 答えなど教えられなくとも、もうわかってしまっている。

 だが、彼は最善の行動を取っただけで、今からでも言えてしまう糾弾や怨嗟えんさの声もお門違いもはなはだしいものだった。

 何を思ってか、肩をすくめたシグは懐からややくたびれた封筒を取り出した。手紙ではない。

 

『退職届』

 

 そこに書かれた意味を認識して、ティオは目を見開く。


「......なにそれ?」

「いや、なんだ。俺がお前の護衛者ガードにふさわしくないと思うのなら受け取ってくれ。俺でなければ、お前の苦痛を少しは和らげたはずだ」

「それがこれなの?」


 胸から溢れるようなおかしさが枯れた心に広がった。


「あははは、それっていま言うこと?」

「笑うな。らしくはないと思うがお前のためだと」

「うん、本当にらしくないね」


 シグの言い訳をさえぎりつつも、まだおかしいとばかりに鈴の鳴るような声がコロコロと雨が降り注ぐ庭に流れて消える。

 随分と久しぶりに、本当に笑った王女をシグは止めなかった。自分が笑いの種にされるのは腑に落ちないだろうが、それでも止まらなかった。

 ひとしきり笑うと、ティオはゆっくりと前を見つめる。


「シグって初めて私と会ったとき助けてくれたでしょ?」

「いや、ホットドックを蹴り飛ばされただけだ」

「じゃあ、二回目だね。その時に私を守ってくれた。それに少し前にも」

 

 どれも昨日のように思い出せる。

 思えば、あれがなければ路上ですれ違ってもお互いの意識にとどめることもなかった。


「場違いだったけど、すごく嬉しかったのかな。小さな子供が憧れる正義の味方みたいで」

「前も言ったが、俺はそんな大層なものじゃない」

「私にはそう見えたんだ。キミが何も知ってなくても、怖いものから救ってくれたのには変わらないしね」

「それは......」

「いまも私のこと考えてくれてるんでしょ?」


 優しいと思った。どこまでも甘美で、渇望するほどの魅力があった。

 

「傷つけた結果を作ったのは俺だ。こんな護衛者を欲しいと思うのか?」


 ティオの笑みの形が強まった。もしかしたら、口元を引き締めたのかもしれない。

 自分はいつものような笑顔を作れただろうか。


「でもいいの。全部のことから私を守ろうとしなくていいから。ただ、いまはそばに居てくれればいいから」


 ーーもう一人にしないでよ。

 王女の頬を伝う水滴は、なにも雨ばかりが理由ではなかった。

 弱さを認めるのはやるせないことだ。手を差し伸べてもらうのは無様なことだ。しかし、支えがなければなにも積み重ねられない。

 どうか、得られなかったそれに甘えさせてほしい。

 曇天は一筋の光が差し込むこむという気の利いたこともせず、淡々と雫を降らせていく。

 雨はしばらく続きそうだった。

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