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姫とハロワと法則世界  作者: なよ竹
黒髪の王女
15/39

シグと鎧獣

全ての攻撃が受け止められる。手を休めることは論外とばかりに絶え間なく剣戟は続くが、巻き上がる剣風と騎士の踏み込みの音だけが虚しく響く。

 廊下の一角ではある意味、最高権力者である国王、警備責任者、老議員の三人が固まっていた。

 人間といえるかどうか。

 老議員シールズの意味深な言葉に、ヴィンセントは眉をしかめる。


「いまはそのような言葉遊びなど時間の無駄だ。さっさと貴方の知っている情報を話してはいただけないだろうか」

「へ、陛下。貴方も言葉遣いが......」

「ハハハハ。最近の若い者はせっかちな性分ですな」


 国の問題に発展しそうなことを平然と行う王に、レノアは気が気でなかった。恐る恐る振り返れば、南国では敏腕にして国の意向もある程度左右できる議員が快活そうに笑っている。


「ではまず、この法則ラウズの持つことわりからいきましょうか。これは内向干渉法則の『鎧獣内剛フルメタルビースト』という名で、その特性は見ればわかる通り自身の防衛に秀でているのでして」


 ちらりとシールズは一心不乱に剣を振るう騎士を見やった。


「まず、あれでは破ることなど不可能ですな」

「あの者たちでは実力が足りないと?」


 言外に部下が使えないという意味と受け取ったのか、レノアがむっとして尋ねる。

 防御型の法則も多く存在している。座標固定で盾などが壊れる原因であるずれ・・をなくしたり、衝撃を極限まで吸収したりなど、大戦では数多く使用されてきた。

 耐久の限界はどれも存在しており、守ってばかりの存在は早い段階で死亡していたことも記録に残っている。ようは飽和状態にさせればいいのだ。


「いえいえ、むしろ我が国の傭兵よりも戦いには慣れていなくとも、最終的な実力では彼らが上でしょう。さすがはケルフェを守る方々だ」

「御託はいい。さっさと話してはくれないか」


 表情には出ていないが、思いのほかいらだっているヴィンセントの声に、シールズは笑みを少しだけ控えた。口から出たしわがれた声は、低く重い。


「内向干渉法則でありながら、その特性は『外部からの物理的な影響の無効』。つまり剣でいくら叩こうが、槍で貫こうが、結果はなかったことになるのです。もちろん、殴り掛かってもですがね」







 シグの黒い手袋に包まれた拳は、鎧獣の壁と見間違う腹部に紛れもなく当たっていた。

 先手を取ったのは鎧獣のほうだったが、シグは突き出された剛腕を軽いステップのみで回避。

 そのまま一陣の風のように鎧獣の懐に躍り込み、間合いに突入するやいなや大人の男を吹き飛ばす殴打を浴びせたのだ。

 効いているようには全く思えなかったが。

 咄嗟にシグは、上から振り下ろされた腕を後方に飛んで回避する。


「そこは俺の渾身のパンチで、吹き飛ぶか爆発するかだろう。少しくらい空気を読んでもいいんじゃないか?」


 肩をすくめたシグはぼやきながら、鎧獣を静かに見上げる。


「人を皆殺しにする悪役はそうやってやられるだろ?」

『悪と判断されるのは心外なことだ』

「なんだ、喋れたのか」


 獣の唸り声のような言葉が、鎧獣から発せられる。おそらく発声器官が人間の言葉を話せるまま変態していなかったからだろう。

 鎧獣は先の一撃でシグが思ったほど危険ではないと感じたのか、わざわざ追撃はしてこない。


『オレは嬉々として虐殺を行っているわけではない。だが自分にはどうしようも出来ない』

「そうか。なら、後ろにいる王女のことも狙わなくていいんじゃないのか?」

『無理だ。この場の全員に危害を加えるつもりはなくとも、その少女だけはここで殺す』


 物騒なことを吐きながら、鎧獣はシグの背後にいるはずのティオへ顔を向けた。

 随分と余裕な態度なのは、『鎧獣内剛フルメタルビースト』の法則に絶対の自信を自負しているからだろう。

 物理攻撃の無効。法則でも武器でもその点において無効化というのはなかったという事と同じであり、あるはずのない攻撃で障壁や鎧にダメージは溜まることはない。

 行使力が続く限り永久機関として存在できる異能であった。


『お前のことはそこを退くのならば危害は加えない。ただの護衛者は対象外だ。できる限り、他の人間も手にかけたくはない』

「テロリストのくせにお優しいことだ。だが断る」

『何故だ? お前の攻撃はオレに効かず、戦力差は明確だ。ならば引くのが賢明だ』

「それでも俺は諦めないってやつか? 大見得を切った以上、逃げるという選択肢は絶対に取りたくないしな」


 いまの状況でのんきに会話をするこの二人を遠目に見ている参加者は、異質な怖気が体に奔る。周囲には大量の血や瓦礫がれきがごろごろ転がっているというのに、相対する彼らの周囲だけ異常に普通な空間が出来上がっていた。

 その中でもシグの姿は鎧獣から見れば、とても小さく頭のおかしい存在に映っているはずだ。

 それを自覚しながらも、素直に体を退ける気はなかった。


「たしかあんたは元十三使徒が一人、レヴィン・マッケンシーという名だったはずだ」

『よく知っているな。この姿でなければ、もとがああだから覚えられることも稀だったが』

「いや、俺が知っているのはあんたの情報だけだ。物理無効の法則と、名前。そしてすでに死んでいる・・・・・・・ことだけだ。大戦初期に毒を飲まされて暗殺されたらしいとも聞いた」


 図星だったのか、異形は口をつぐむ。


「あんたが死んでようが生きていようが、俺には関係ないがな。俺からも忠告させてもらう。死にたくなかったら、そこをどけ」


 シグの言葉に鎧獣はあっけにとられたようだったが、喉の奥から次第に巨大な笑い声が響いた。


『オレを知りながらそれを言うか。神の信仰にしか興味のないあの頭のいかれた奴らとも少し毛色がちがうな』

「だろうな。あんたはあんたで、十三使徒にしては意外とまともな奴だ」

『神の信仰は捨てはしない。この件が終わったのならば、忌々しいこの体を自ら消滅させるつもりだ。だが僥倖なことに、神の導きでいまオレはここにいる! 神の使いとしてだ!』


 お互いの事情など彼らには知りえないことである。

 そしてこれからどちらかが死ぬのだからそれほど重要でもない。


「来い」


 一言だけ、呟く。

 すると両腕の黒い手袋が一瞬だけ淡い光が宿ったかと思うと、次に存在したのは異型の腕であった。

 見かけは指先から肘までをまんべんなく覆う手甲ガントレット。本来ならば腕を保護するための防具と比べ、シグが装着しているものはあまりにも攻撃的な容姿をしていた。

 指先には鋭く尖った爪がついており、腕の部分にはいくつもの小さい装甲が折り重なっている。猛禽類の一部のような、黒い手甲であった。

 シグが口にしたのは法律スペルだった。手袋が唯一持った、『転移』の法則を起動させるのに必要な単語だ。


『珍しいものを持っている。呼び出したのも、また法具か』

「呼び出せるだけで取り外しは自分でやらないといけない、中途半端なポンコツ法具だ。まあ、こっちの手甲も使い勝手が悪い得物なんだが」


 手甲が装着された手を開いて握ることを繰り返す。

 使うのは月単位で久しぶりだが、壊れてはいないようだ。

 そんなシグの姿を見下ろしながら、だからどうしたのだと鎧獣は思った。

 仮にあれで殴り掛かってこられても、そんなもので自分は止められない。ゼロ距離での大爆発にすら傷一つ負わないこの装甲を突破するなど不可能であり、ましてや格闘術が主体の相手など論外。

 鎧獣が持つ目的は、このような小物ではなく背後の王女を殺すことだ。

 生け捕りにしろとは言われておらず、ただ連れてこいとしか命令されていない。

 命令をした奴は王女を欲していた。それがなぜなのかも聞いている。ならばここで殺しておくのが、少なくとも自分の正義であると信じていた。

 どうやってでも連れてこい。どのような価値が王女にあるのかが分からないが、少なくとも物言わぬ死体にして持ち帰れば相手に意趣返しができ、世界の秩序が整われる。

 興が削がれた鎧獣の視線に、すでにシグの姿はなかった。

 そもそも目の前にいたはずのシグは、ゆっくりと鎧獣の脇を通り今は背後にいる。

 そのことに気づいていた鎧獣だが、背後を振り返ることもせず王女の方向へと歩を進める。


「だからな。せっかく大見得を切ってやっているんだから、少しは俺に構ってくれよ」


 ただ背後で立っているはずの青年の声に関心を向けず、鎧獣はそのまままた一歩を踏み出そうとした。

 途端、けたたましく盛大な音をたてて何かが大理石の床に落下する。

 青年が何かをやったのか。興味本位で鎧獣は振り返った。

 そして、気づく。

 自身の右腕がまったく動かないことに。肘から下にかけての部分が、地面に置物のように落ちていたことに。


『ガぁ......ァァアアアア!?』


 斬られた先から襲う今まで感じたこともない強烈な痛みに、鎧獣は吠え声とも取れる悲鳴を上げた。

 人間の時よりも神経が多いからか傷は腕だけだというのに、全身をナイフで抉られたような感覚が襲う。

 傷の断面付近の筋肉を圧縮させることで、血が噴水のように噴き出すのはわずかな間のことだった。

 鎧獣を襲うのは痛みだけではない。 

 ーー何故だ! 剣や鎌鼬かまいたちの類ではないというのに、なぜ斬られた・・・・ような断面が作れる!?

 床に落ちた腕の残骸は鋭利な刃で斬られたような綺麗すぎる断面をのぞかせている。

 それは物理的な影響がなければ、決して出来ない傷あと。

 無形の行使力では一度物質化してしまった行使力を無効化することは出来ない。

 それはまるで、斬るという過程が省略されたようで。


「ああ、やっとこっちを見てくれたか。今ので関心が引けなかったのなら、悲しくなるところだ」


 まったくそうは思っていない顔で、シグはけだるげに見上げる姿勢のまま突っ立ている。

 この場を強襲してから鎧獣は初めて危機感というものを引き出した。緊張という感情を得るのに腕を一本犠牲にした後のことだった。

 危険な存在。侮っていた認識は、すぐさま改めなければならない。


『何をした!』

「いや、何も? あんたが勝手に俺から離れようとしたんだろ」

『馬鹿な。そんなことでオレの鎧が』


 僅かに鎧獣が後ずさった。同時に脚部に鋭い痛み。見れば、足が半ばまで切り込みを入れられたようになっている。

 その切断をした物体の正体をやっと理解する。


『糸......!? だが、こんなもので』

「おいおい、随分とひどいな。それにあんたはこんなもので自慢の鎧に切れ込みを入れられているんだぞ」


 よくよく見れば、それらの糸は鎧獣の体の各所に絡められ、シグの手甲の指先に繋がっている。

 鋼糸でも行使力で作られたものでもない、特殊な繊維で編まれたものが十本。

 ついさきほどすれ違う時につけられたに違いない。

 しかし今さら誰がこの糸を脅威だと思うだろうか。鎧獣の腕を切り落とし、物理無効の法則もすり抜けることを見なければ、誰しもそう思うはずだ。

 

 外向干渉法則『凶壊糸アリアドネ

 

 シグのはめている手甲ではなく、指先から伸びる糸こそが彼の法具であった。

 法則の特性は『破壊という結果の付与』

 糸の触れた部位にのみ法則を発動させれば、それまでの行程を飛ばして無条件に『壊れた』という結果を反映させることができる。糸の面積分にしか作用しないため、これにより斬られたと錯覚しやすいのだ。

 糸で斬ろうと力を籠めなくとも、ただ法則を発動させれば破壊という凶悪な結果を導き出す。

 物理的な力が働いたわけでもない、物理攻撃無効ができる鎧獣内剛の抜け道。


「まあ、種明かしはしないが」


 わざわざ言う必要などない。そんな親切心も慈悲もシグにはないからだ。

 彼が格闘術などという実戦向きではないスタイルに普段こだわるのは、手加減などという傲慢により来るものでもない。レノアとの決闘時も少なくともシグは本気で相手にしなければならなかった。

 凶壊糸アリアドネは、相手を確実に殺すためにしか使わないためである。

 明確な殺意を形として与えるための道具が、シグにとっての法具だった。


「冥途の土産に教えてやってもいいぞ」


 悪役の敗北フラグを表す言葉を吐きながら、シグは指を引く。






 ティオはあの巨大な脅威の巨大な腕が片方落ちたことに現実味を持てなかった。

 シグが怪物の横を通り過ぎたとき、まさか見捨てられたのかという考えはティオの頭の中にはなかった。しかしこうも簡単に鎧獣が理不尽を強要されているのは、想像できるはずもない。

 シグが指を引くと残った片方の腕も地に落ち、鎧獣が苦痛のうめき声を上げる。耳障りなけたたましい音が反響する。


「......シグ?」


 無意識に口から漏れた呟き。

 これではどちらが悪役なのか分からない。

 生き残っている会の参加者たちも呆然とその様子を見ていた。騎士たちも介入していいのか分からないようで、遠巻きに包囲網をしいたままだ。

 覆せないと思っていた理不尽が別の理不尽に翻弄される。

 突然の事態についていけたのは本人であるシグと相手の鎧獣だけであった。だから狭い世界は彼らだけで動き出す。そうであることが決まっていたかのように。

 鎧獣が咆哮を上げる。

 高密度の行使力マナの嵐が鎧獣を中心として再び発生し、備品の残骸や大理石の瓦礫が巻き上がる。

 地面にうずくまりながらティオは戦闘域には飛ばされないように足に力を込める。

 構えもなくシグは襲い来る行使力マナの奔流に腕を振り抜く。

 対抗するかのように行使力を放出し嵐を相殺、するに留まらず逆に吹き飛ばす。

 仮想の嵐が霧散するのも待たず、両腕を失った巨大な異形が飛び出してくる。右足の踏み込みと同時にティオを潰さんがために障壁を彼女の頭上に展開。発射。まゆのように張られていた糸が無数に引き裂く。ならばと左足の踏み込みにあわせ、来客たち全員を巻き込む障壁を展開。発射。これも糸が蛇のようにしなり抵抗もなく薙ぎ払う。

 しかし、これでシグを守る糸もなくなった。

 糸を巻き付けられる前に決着をつける。

 その考えは正しく、かつ間違っていた。

 シグが目を細めて脱力。半身を前に傾けて自身も走る。

 鎧獣とシグとの距離があと数歩分まで肉薄した時、先に床を踏みしめた鎧獣の足が無残にバラけた。反射的にもう片方の足でバランスを整えようとする。その足も同じ末路を辿った。

 この時、彼我ひがの距離は無きに等しい。シグが腕を交差し、破壊の法則に物を言わせて分厚く白い装甲をはぎ取る。噴き出した鮮血を浴びながら、彼は槍の一撃を思わせる手刀を突き込む。さらに血が吹き出し灰の髪が赤く染色される。

 それは鎧獣の身体が重力に従って落ちるまでの短い時間で行なわれた。

 四肢をもがれ腹に穴を開けた鎧獣は、大理石の床を削りながら倒れ伏す。白が赤へ。円状になりながら広がっていき、その先端がティオの指先を撫でる。


『糸は、振りきったはずだ......』

「そうだな。だが、また自分から巻き付いてくれたおかげで俺の手間が省けた礼を言わせてくれ」


 床には事前に緩く糸がばらまかれており、その上を進もうとすれば勝手に絡みつく網が出来上がっていた。蜘蛛の巣をそのまま渡ることが出来ないのは、凶壊糸アリアドネでも一緒のことだ。

 鎧獣はすでに捕食者ではなく、獲物の立場へとすり替わっていたのだ。

 

『ありえない!』

「初期に死んだあんたは教えられてないのか? どんな戦争だったのかすら?」


 三年戦争、または大陸大戦と呼ばれた戦いでベルフ一国を相手に他の四か国が対抗した。一国それぞれが同じほどの大きさにも関わらず、三年連合国がベルフを倒すのにかかった理由。

 そして、大量にいる戦死者の中に含まれている人物たちのことを。


「“白の英雄”“狂戦車”“無明”“月神ハティ”“炎操者スルト”......連合国側のほかにも大陸最強と一度は呼ばれた奴らが、あっさりと死んだのを知っているか?」

『奴らが死んだだと?』

「それだと本当に知らないみたいだな」


 呆れたシグの声がティオのほうまで届く。

 あの戦争の間に各国の戦略級とまで謳われた人物は次々と死に、だんだんと戦力の弱体化が始まった。いくさは数で決まると言うが、大戦中の後半はほとんど怪物同士の個人的な実力で勝敗が決することも珍しくはなかった。

 今では実力のある手駒はほとんど消え、世界的な弱体化まで及ぶ。

 その中に鎧獣は含まれていなかった。


「どんな人物だったかは分からないが、おおかたあの時の十三使徒内でも最強だと思っていたんじゃないのか? よくそんなので生きてここを襲撃できたな」

『......それが、正義だからだ』

「こんな虐殺をして、いけしゃあしゃとよくもまあ言えるもんだ」

『否定などしない。あれは糧だ。だが、オレは、この世界を救おうとしていた!』

「今さらあんたが正義のヒーロー気取りか」


 馬鹿にした言いぐさのシグに腹を立てるわけでもなく、鎧獣は離れたところにいるティオのほうへ首を巡らせる。

 目は装甲に覆われていて見えない。だが、ティオはその奥の瞳に憤怒と恐怖が内包されているのがなぜかわかった。


『あの少女は世界を滅ぼす』


 特に大きな声ではなかったはずだが、不思議とホール中の人間たちにははっきりと聞こえていた。

 なかでも驚いていたのは当のティオだった。鎧獣が一体何を言ったのか分からなかった。

 感情にすべてを任せて周囲を気にもせず鎧獣は口を止めない。


『事情など知らないお前たちには分からないだろう! ヤツは存在自体が危険で、生きていることが許されない。この場で殺してやり、災厄の根を摘むことのどこが悪い!? 正しいのだ! いま目の前に! 神が与えてくださったこの機会に! オレと同じ存在が悪のものを、消しておくべきだろうがぁ!!』


 最後は吠え声と区別がつかないほど、その叫びは荒々しかった。

 ティオは視線を集め始めながらそれらに関心を向ける暇もない。

 突然、今まで虐殺を繰り広げた鎧獣と同じ悪とみなされ殺されるべきだと言われれば、誰だってそうだろう。

 しかしティオの中には、そうなっても当然だという思いがわずかながらに根付いていることを自覚していた。

 力のなくなった笑みで彼女は護衛者の視線を受け止める。

 シグはどうするのだろうか。これを聞いて彼は心変わりするかもしれない。そうなれば、自分はどうすればいいのだろう。

 いつもの調子でシグは肩をすくめて一言。


「くだらん」


 怒るわけでも一笑にふすわけでもなく、淡々としたものだ。本当に面倒くさげであった。

 これを見て焦るのは鎧獣のほうだ。


『分かっているのか!? ヤツは』

「別にあんたは悪でも俺は正義ヒーローというわけでもない。俺は面倒事はきらいだが、いちいち耳を貸すのは輪をかけて嫌だな」


 ティオは肩越しにシグと視線が一瞬だけ交差したような気がした。


「拾ってもらった俺はあいつの護衛者ガードだ。あんたのご高説を聞いて周りのやつらが手を打ってこようと、俺も知らない事情があろうと、そばで必ず守ってやる。それが仕事ってものだろう?」


 もはや何を言ってもこの護衛者は話を聞かないと悟り、気づかれないように鎧獣は一瞬だけ体を引き絞る。

 いままで維持してきた結界を解きバネのように跳ね起きた。

 最後の力を振り絞り行使力マナの乱気流で会場を無差別に破壊する。視界の確保も困難な竜巻ハリケーンが起こった。

 しかし、憎たらしいほどに王女の周囲は静か。鎧獣の血がドレスを禍々しい赤にする。血の匂いで場所は特定できていた。

 足を叩き付けるように振り下ろすと床が突き抜ける。

 膝から下の部分には行使力マナの障壁による義足を発生させていた。

 これで、十分。

 シグはすぐさま身構えたが鎧獣は青年を置き去りにし、あらぬ方向へと地面を駆ける。腹部から流れる血が尾を引いて、その姿はさながら彗星のようだ。

 ティオはそれを見て、立ち上がることすらしない。

 

『グゥ......オオオオォォォァアアアアッ!』 

 

 恐るべき鎧獣の執念がそこにある。腕が無くなろうと脚が破壊されようと、気が狂うだろう痛みのなか自らの正義にして信仰を全しようとする意志は狂気の域に及んでいる。

 地面にばら撒かれたままの糸が破壊の結果を反映させるが、それは瞬く間に復元。止まらない。

 石で造られた床を踏み抜きながら近づいてくる音は急速に高まる。

 シグのようにその突進を防ぐことも、どころか行使力すら使えない少女に避ける暇など与えてなどくれない。

 離れた場所にいる人間すら逃げようと、彼女はその場から動くこともなかった。

 この場で死のう、と思ったわけではない。

 シグは言ってくれたのだ。守ってやると、言ってくれたから。

 大丈夫だと、心のどこかで信じていたからだ。


 糸裂狂声ダストラビリンス


 どこまで糸が張り巡らされていたのだろうか。

 少なくともティオの目の前までに、十本では到底足りないほど存在していた。

 シグはいままでで一番小さな動作。指をかすかに揺らすことだけをして結果を示す。それらの糸が全て鎧獣を中心とするように跳ね上がり包み込む。さながら糸玉のように。

 法則を発動させながら、糸が擦れ合う身の毛がよだつような音を立てて一本に集まる。

 途中にあった物体えものもろとも。

 逃亡も脱出も許さない糸の監獄は、獲物に一刻の猶予も与えることもなく処刑を行った。

 ボトリとパーツになって落ちた頭部に続き、身体も建物が倒壊するように崩れ落ちた。

 あとに残ったのはバラバラになった肉片と鎧の余韻のみ。鎧に至っては維持する者が消え、こちらも時間がたてば粒子になる。

 脅威を表す存在を示すものは、たったそれだけだった。

 障壁がなくなったことにより突入してきた騎士団が次々となだれ込む。

 それを見たシグは長く息を吐き出し被った血をしたたらせながら、自分に近づいてきた少女に声を掛けた。

 

「怪我はないか?」

「......シグ」

「お前が血で汚れてしまう、それ以上は近づかないほうがいい。綺麗な姿が台無しだろうが」

「ねえ、シグ」

「おい、腕から血が出ているぞ。深くはないがすぐ医者に見せないと痕が残る」

「シグ!」


 さっきまで平然としていたのにティオの張り上げた声でシグが目を見開く。それがどこか滑稽で、悲しかった。


「ごめんね」

 

 頭から血を被ってなお、顔色一つ変えずに話しかけてくる護衛者を怖く思った。騒がしさが耳に届き自分が生きていることを確認すると、やっと恐怖が体をじわじわと蝕んでくる。

 その場にへたり込みそうになったがシグがそれを支えてくれた。

 振り払うことは、しなかった。

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