価値と選択
内向干渉法則での法則者と法具の持つ法則の違いは、大雑把に言えば不都合の有無である。
単純な肉体強化系のものでも、法具の場合はただ肉体のみといった一つの対象にしか働かない。そのまま高速移動をしたところで、ただの人の身では脳の機能が追い付かない。それをカバーする形で複数の法具を使い分けながら使用しなければならなかった。
しかし法則者の場合は、一つしか特異の法則が使えない代わりに、特殊なものが多々ある。
複数の効果が集まって集計回路化されたものであったり、不可能という定義自体を変えるなど統一性がない。
その中でも取り分けて異質な法則が少なからずある。
それは、使用者の肉体自体をまったく別の物に変える。
いくら強化しようと所詮はもろい人の身である。限界という一種の線引きがあり、そこを超えるものはそうそういない。
だからこそ、根本的な問題である人間の持つ限界を強制的になくすことで、人にあらざる力を得られる法則があった。
あの白い装甲は見た目通りの重さを持っているのだろう。床が大理石ではなく木製だったならばいくらか沈み込んでいるかもしれない。
驚くところは規格外である錘を身に着けていながら軽々と動くことが可能な、圧倒的な膂力だろうか。
鎧の下の超高密度な特殊な筋肉だけで支えているはずだ。筋肉ダルマがのろいなどという定説は嘘である。筋肉量の多い短距離走の選手の体を見ればわかる通り、瞬発力だけで言うのならば驚異的な速度を出す。
__それ以外にも隠し種があるはずだが。
今しがた異形へと変貌した刺客を見ながら、シグは冷静に状況を観察する。吹き飛ばされたテーブルの残骸の影にティオと共に身を潜めていた。
この鎧獣が発生させた結界は、ティオが人攫いたちに追われている間に張られていたものだ。
シグ一人ならば、抜け出すことが可能だ。ティオのことも一緒に連れ出せるかもしれない。
だが、一つしかない出口は恐慌した人間が、鎧獣の出現とともにひしめき合っていた。あれでは自分が行おうとした脱出方法を使う隙間もない。
「あの床の下に隠し扉があるから、みんなでそこから逃げれば......」
「この結界は半円どころか球体上に発生しているはずだ。いくらか行ったところで行き止まりになるし、そんな隙をあのデカブツが許すと思うか?」
地の利を生かせるティオでも、今は逃げられない。
転がった長テーブルの影に気休め程度ながら二人は隠れている。元いた場所から大きく移動し、鎧獣も気づいていないように見える。
シグとしても、ただでは逃げられない気がする。男は最初にティオにだけ目を付けて襲い掛かろうとしていたことから、ロクでもない用があるはずだ。
異形の興味が今は他に向いているというだけで。
「グルアァ!」
鎧獣は咆哮をあげながら両腕を独楽のように振り回す。
普通ならば、広く陣形を組む騎士たちに当たるはずがない攻撃。
鎧獣の巨大に過ぎる腕は、伸びることによって不可能を可能にした。
関節を一時的に外して筋肉を操作し、三倍以上ものリーチを得た。
肉体改変を使用している生物に、そのままの生物としての常識は一切通用しない。
知識を知っていても、対処は知らない。
ありえない行為に不意を突かれた騎士団員は、悲鳴を上げる間もなく根こそぎ吹き飛ばされる。
そのうちの一人が、数十メートルも離れていたシグたちのそばに落ちてきた。
シグの静止の声も聞かずティオはすぐに駆け寄って、団員の傷を診ようとかがみこんだ。
「ひめ、さま逃げ......さ」
「私は大丈夫だから、キミも一緒に......」
安心させるように笑みを浮かべていたティオだが、だんだんと彼女の声は小さくなっていく。
ティオには医学の知識があるからこそ、助からない傷であることが一目でわかってしまった。
治療しようにも、道具なんて持っていない。
何もできないまま、ティオの目の前で若い騎士は命を手放した。
「どうして?」
ぽつりと、ティオが呟く。
あまりにも理不尽だ。いきなり現れた災厄は、ただそこに居たという理由で人を殺し、いまもなお止まらない。
突然の災難を前にしてティオが堪えていたものは、僅かに溢れた。
不満と疑問と困惑が、言葉となって口から漏れる。
心の許容量に余裕ができたわけでもなく、限界であることには変わりなかった。
その時、ティオの視界の端に映るはずがなかったものが現れた。
「......ニーナ?」
ティオが視線を巡らすと、ここにいるはずのない一足早く控室まで向かった小さな存在が居た。
見覚えのある、可愛らしいフリルの付いたドレスが目に入ってくる。
それを着こんでいる小さな少女は床に倒れており、さらにその上には護衛者の男が倒れこんでいた。
下にいるニーナが抜け出そうと、もがいているようには見えない。気絶しているのか、あるいは。
ティオは考えたくもない想像にたどり着き、振り払うように足を一歩踏み出した。
「何をするつもりだ」
二歩目の足を踏み出す前に、黒い手袋に包まれた手がティオの細腕を掴む。
ティオは顔から笑みを消し、水晶色の双眸に真摯な光を宿らせながらシグの顔を見つめる。
「ニーナが、いたの。シグなら気づいてたよね?」
「ああ、そうだな。それでどうする」
「私はあの子を助けたい。だから、行かせてよ!」
「無理だ。運が悪かったと諦めろ」
護衛者の両目はいつもと同じだ。当たり前のように慈悲も悲哀もそこに含まれていない。
ニーナと面識が少なからずあるシグは淡々と、見捨てるという選択肢を取ったことにティオは何も言えなかった。
鎧獣は数を減らした騎士に目を向けることもなくなり、扉の前に群れていた人々へとゆっくりと歩みを進める。見かけに似合わない機敏さを披露しなくとも、獲物は逃げることも抵抗の手段もないと分かっているためか。
ニーナが倒れているのは、その数十メートル後ろ。ティオたちとの距離はニーナのほうが近く、鎧獣は視線をこちらへ向けていない。
気づかれずに、助けられる可能性がある。とても甘い一滴の蜜のようなものだ。
ニーナが生きていたのならばという条件付きではあったが。
それにすがり付こうとは思わないほど、シグは賭け事を嫌っていた。
どれだけ好条件がそろっていても、どれだけ力があっても、たった一つの不安分子の存在で全てが崩れ去ってしまうことを嫌というほどに理解しているからだ。
結果など、その時になってからでしか誰にも分からない。
「それはお前のエゴだろう。それほど時間がたたないうちに、あの集団は潰される。あいつらは死んでよくとも、妹だけは命を懸けて助けるのか?」
シグ自身、意地の悪い質問だと思った。
普段の彼ならば、こんな人を試すような言葉を使わない。せいぜいが適当に理由をつけて、最終的に力づくだろう。
この時のシグは、既視感をこの黒髪の少女に重ねていた。それだけだった。
そんなことはティオは知らない。この灰髪の護衛者がなにを考えて言ったとしても、答える言葉は変わらなかった。
「自分勝手なエゴでもいいよ。私が、私でいられるのなら、目の前で人を簡単に見捨てる人間になんかになりたくない」
直後、わずかにシグの拘束の手が緩む。
ティオはそれを振り払うと、長テーブルの影から飛び出して駆け出そうとしていく。
再びティオの手を取ろうとしたシグの手は、その細腕に触れる瞬間に躊躇い止まる。
おそらく意識していなかったことであり、すでにティオの姿は手が届く範囲にはなかった。
ティオの腕を掴もうとしたとき、彼女を止めることをシグは恐れた。何を? と言われれば、本人であるシグにも咄嗟に答えられないものだ。
「馬鹿か、俺は......」
固まったままだったシグは絞り出すように呟いてから、護衛対象の少女を追った。
ホールの外側にある広い廊下では、多くの騎士が内部への侵入を試みていたが、結果は芳しくない。
襲撃者が現れてすぐに会場を出た者が多いが、まだ半数以上が取り残されている状況だ。発生している球体上の結界は巨大であり、階下にまで及んでいるありさまだ。
法具というのも数自体は多くはなく、騎士たち全員が所持するどころか、隊長格でもない限りめったにないのだ。
人攫いのような例は、裏ルートに深く関わっている場合だけである。
行使力さえあれば筋力を増強し攻撃力は当然ながら上がる。
いつもならばそれで十分だったはずだが、今はあまり効果があるようには思えなかった。
剣を振るえば弾かれることもなく止まり、槍を突き出せば柄がたわむ。
何よりも不思議なのが、手ごたえが全くないことだった。
行使力の障壁など物理的な鎧のように耐久度があるはずだ。いくら巨大とはいえ、これだけのものを維持し、大人数の絶え間ない攻撃でなんらかの変化があるはずだった。
だというのに、何もない。障壁のそばで成果を得られない騎士たちの士気は下がり始めている、
それでも諦めとは無縁の存在もいた。
多崇単隊
異様な光景が廊下に広がっていた。
同じ姿形をした金髪を持つ女性が三十人。それぞれサーベルを手に構えている。
突如、全員が消えた。
剣が風を切り裂く音が連続して一つの音となる。
『套加速運動』による残像すら発生が可能な速度で、剣の硬度の二十九人が突っ込んだ。
この世界にはない大砲で人間大の砲弾を放つ威力だ。
最後に本体のレノアが剣で、障壁に受け止められた残像ごと切り裂く。
残像を構成していた行使力が弾け、エネルギーが障壁を蹂躙しようと牙を剥く。
「効いていない、か......」
忌々しくレノアは、こゆるぎもしない壁をにらみつける。
__これは防御というよりも。
何度か繰り返していくうちに思い当たる結果が頭に浮かぶが、部下の声で中断される。
「レノア隊長! 隠し通路も含めた侵入経路は、全て使うことができないことを確認しました」
「......そうか」
やはりと言えばいいか、レノアに落胆は隠せない。
逆はどうか分からないが、こちらからは障壁の向こうを見ることが出来ず、内部情報が集められない。
参加者の証言から襲撃者は使用人に扮した一人の男らしい。
厳しいチェックをどのように掻い潜ったか、相手の人数はどれぐらいか、そして生存者は何人か。
当たり前の疑問の前にレノアが思ったことは、別のことだった。
すなわち、首謀者は誰かということ。
このようなテロを突然起こすなど、常識的に考えられない。
「コーヴァスにやってきた他の隊長格はいったい何をしている? 王城で指揮を執る手はずだったが」
「そ、それが......」
言いにくそうな部下をせかすと、案外あっさりと白状した。
「千人隊長ドヴェルグ殿と万人隊長ジョセフ殿は、その、町へ女性をあさりに行ったまま帰っておられず」
「何をやっているんだあのナンパ男どもがぁ! こんな時こそあの方たちの出番であろう!」
レノアは怒りに任せて剣を障壁に叩きつけた。しかし、それも虚しく何も変化は起こらない。
自分よりも戦闘向きの二人ならばなんとかできると思っていたが、不在とはどういうことか。
その時、別の騎士が駆けつけてきた。
「ドヴェルグ殿とジョセフ殿には通信用の法具で連絡をまわしました。しかし、到着は十分以上かかると」
「そこまで遠くに行っているのか? 都市の中心部付近ならば数分もかからないはずだ」
「いえ、あの方々の到着を妨害する存在がおり、裏通り周辺で交戦中とのこと。しかしどちらも専用の法具は城に置かれているため、膠着状態が続いていると」
「そちらに増援をまわせ! 入れ違いにならないように彼らの法具は王城に置いたままだ。人員は祭りの警備隊からいくらでも引き抜いていい! とにかく、我々で無理ならばあの二人が頼りだ!」
「はっ!」
慌ただしく駆けていく部下の背中から視線を外し、レノアは障壁を見上げる。
会場内に配備されていた部下の他にも、襲撃から出入り不可能になるまで中には少なくない騎士が入って行った。
上司である者として部下の実力を疑うわけではないが、彼らだけでは苦しいとは思う。
決着がついていないのは障壁が消えていないことから明らかだ。決着が内部の者の全滅だとしたら、国としての信用にかかわるだろう。
いや、もうこの事件が起こった所ですでに遅い。最悪、警備責任者のレノアの首が文字通り飛ばされることも可能性として高い。
レノアはいまそのことを頭から追い出し、本当の意味での実力者が居なければその結果を覆せないと考えた。
ふとあのいけ好かない灰髪の男の姿が脳裏に浮かんだ。
だらしなくも謎めいたところの多いあの男も、今はこの中にいるはずだ。卑怯につきる(とレノアは考える)戦い方でも彼女を倒した実力から、彼は内部にいる騎士たちよりも強いことになる。
変なところで律儀なシグならば、王女であるティオの安全の保証は強まる。
しかし、あの男は仕事として護衛するのはティオだけだと言いそうだ。王女以外の生死の有無にすら、ひたすら関心がなさそうな目を向けるだろうと、レノアは苦々しく思う。
「いやはや、あまり進展がないようですな」
老人の声に我に返ると、そばには南国の老議員がいた。そばには国王であるはずのヴィンセントまでが来ていた。
「こ、国王さま! それにシールズ議員まで。ここは危険ですから、早く避難を」
「そうかしこまるなレノア。我々は任意でここにきている」
ヴィンセントはひざまずこうとするレノアを手で制し、先ほどまでの彼女と同じように難攻不落の壁を見上げる。
シールズと呼ばれた老人も同じく障壁を見上げた。
「なんとも不思議なことがあるものですな。こんな大層なものを今日見るなどと思っておりませんでしたぞ」
「シールズ殿。俺はこの邪魔な壁が何かと知っていると言ったから連れてきたんだがな。その答えはまだ聞いていない」
一国の王の冷やかな視線にも、シールズは好々爺の雰囲気を崩さなかった。
「レノア、ニーナを見なかったか?」
「......申し訳、ございません。いまだに中に囚われているとしか」
そうか、と王はうなずくだけで、もう一人の娘の安否は確かめなかった。
レノアは奥歯をかみしめて不敬な言葉を喉に押し込む。
幸いというべきか、すぐにシールズが間に取り持った。
「これが出来るのは大陸において、一人しかおりません。現在も未来でもそのような者は現れないでしょうな。自分も見たのは一度だけでしたが、見間違いようもありません」
「ならば、その人間は確定ということか」
「まあ、『人間』というには語弊があるかもしれませんがね」
シールズは陰で狸爺と呼ばれている笑みを、この場にいる二人に向けた。
ティオがニーナのそばへと音を立てないよう、靴を脱ぎすてた素足で近づく。瓦礫の破片で血だらけだが、気にしているひまも無い。
上に倒れこんでいたニーナの護衛者の男は、首が変な方向に折れ曲がっていた。
その下のニーナには目立った外傷がないことに不謹慎ながら安堵を覚えたティオは、男の死体をどかす。
仰向けなままのニーナの横に、床に付着した誰かの血がドレスを汚すのもかえりみずにティオは屈みこむ。
息をしていることを確認しようとすると、気を失っていたニーナが目を覚ました。
「あ、れ? ティオ姉さま......?」
「うん、そうだよ。安心して」
今の状況を思いだしたニーナは、体をこわばらせる。
「ご、ごめんなさい。わたしは、姉さまが心配だったから」
「そんなことはいいの。早くここを離れないと」
ティオはニーナを抱え起こそうと、その軽い体を持ち上げる。筋肉が硬直していたのか恐怖によるものか、ニーナは満足に四肢を動かすことが出来ないように思える。
困惑した顔でニーナは呟く。
「なんで、わたしのために?」
「ニーナは私の大切な妹なんだから当たり前だって。早くここを離れない、と......」
ここに来て逃げる算段をしたティオの視界に影が差す。
雲が光を隠したから、などという理由は屋内であるこの場では通用しない。
視線を上げると白い鎧を身に纏った巨獣が、そこにいた。
このテロが要人の大量虐殺を目的としていれば、鎧獣は足を止めることもなくたった二人の獲物よりも、固まっているほうの多くの人間を狙ったはずだった。
ティオの誤算は、自分がこの鎧獣に狙われている最優先の存在などと考えていなかったことだ。
自分には価値がない。
そんな考えが心に根付いていた彼女は、王女であるという要因以外に狙われる理由を知らなかった。
鎧獣が剛腕を振り上げる。
死は王女たち二人の目の前にある。
反射的にティオはなんとかしてニーナを助けようと、かばうように体を妹の上にかぶせようとする。
しかし、そんなことをしても無意味なのは分かっていた。
そして異形の腕が振り下ろされる直前、もう一つの誤算が姿を表に現した。
「ごめん、なさい」
「......え?」
ニーナは、寂しそうに笑みを作った。
気づいたとき、ティオは吹き飛ばされていた。
ニーナがやったことだと視覚の情報で分かっていても、認識が追い付かない。
ティオの誤算は、ニーナがただ守られてばかりの存在ではなかったことだ。
妹の上に覆いかぶさろうとしたとき、逆にティオは突き飛ばされてしまった。
ティオの体は後ろへと吹き飛び、ニーナと、そして鎧獣から離れていく。
行使力を使ってニーナは腕力を強化し、それを自分が助かるためではなく、姉を助けるために突き飛ばすことに使った。
ティオが伸ばした手は、ニーナに届かない。
次の瞬間、世界が反転し、暗くなり、再び反転する。
ティオが衝撃音とともに我に返ると、少し離れたところで鎧獣が腕を振り下ろしていたのが見えた。
最後に体があった場所には大量の破片が飛んでおり、あのままでは死んでいた。
真っ直ぐ突き飛ばされていただけではこうも距離を取れるものでもない。
「死ぬつもりか、馬鹿」
シグはティオを脇に抱えながら、小さく息を吐いた。
ティオを間一髪で救っていたのは彼だった。
「ニーナは、どうなって」
ティオは自分とは逆の脇に抱えられているはずの妹の姿を探し続けた。
すぐにそこには誰もいないという事実を、即座に否定したかったから。
「あいつは死んだ。お前がよく分かっているはずだろう?」
シグの言葉を聞きたくはなく、ティオは耳をふさぎたかった。それでも、現実はティオの拒否を認めない。
鎧獣がゆっくりと持ち上げた拳には、真新しい赤い液体が大量についている。
「う、嘘だよね? なんで、私なんかが生きてて、あの子が......」
「......」
何も言わずにシグはティオを降ろす。
ティオはそのまま床にへたり込んだ。
ティオにはニーナを助ける理由があったが、なぜニーナがティオを助けたのかが分からなかった。いまこの時になってもなお、ティオには分かっていなかった。
ニーナが大人だったならば同じことをしたと断言できない。しかしあの小さな王女はまだ子供であり、純粋な心を持ったせめてもの償いだったのか。
「シグは、ニーナを助けられたの?」
「ああ、お前たち二人を助けられた可能性もあれば、ニーナを助けられた可能性もある」
「それなら、なんで」
「そんな無謀なことをするわけがないだろう? 俺は仕事でお前を守るが、それ以外には何もしない」
キッとシグを睨み上げたティオは、青年の鋭い瞳の中にある『もの』を見て、言葉を失った。
そこにあったは常に浮かべる怠惰の感情などではなく、暗い闇のような色だった。
「俺は英雄なんていう大仰な奴でも、聖人のような奴でもない。誰かを救うどころか、殺すことしか出来ない人殺しだ。頼むから、期待を俺に押し付けるな」
最後に投げやりな言葉を吐くと、シグはティオたちのほうへと向かってくる鎧獣へと向き直った。
そのまま巨大な存在のほうへと足を運ばせ、ティオのほうからは表情がうかがい知れない。彼女はシグを止めることは出来なかった。
ティオには聞こえてくる声と、肩をすくめる後ろ姿しか見えない。
「お前は離れていろ。絶対にここへ来るな」
鎧獣も最初に自分の邪魔をした青年を認識して、歩みを止めた。
一人と一体が相対する形になると、体積や重量の差が圧倒的にシグが不利ということを示している。戦術理論では敗北濃厚な、第三者から見れば結果すら分かりきった状況。
シグは拳をミシリと鳴らしながら握り、怠惰以外の感情を乗せた言葉を吐き捨てる。
「クソッタレな選択を選ぶのは、もう終わりにしていいだろ?」
その言葉は、決闘の開始を告げる獣の咆哮によってかき消された。




