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姫とハロワと法則世界  作者: なよ竹
黒髪の王女
10/39

国王と刃物

 シグが戻ってくると、ティオはふかふかのソファにうつぶせで倒れていた。

 白いブラウスに紺のキュロット、頭には赤い布のカチューシャをつけているのを見ると、着せ替えは終わっているのだろう。

 扉を開けた音に気づいたのか、ティオが弱弱しく顔を上げた。


「シグぅ、ひどい時間だったんだよ。ナタリアさんがさあ」

「俺は高い茶を飲んで満喫してきた。礼は言わん」

「過酷な身の上話を遮ってそれを言うなんてヒドイよ!」

「キュイ!?」


 ティオは傍に寄ってきたレトロを捕まえると、そのままギュッと抱きしめた。ジタバタもがくレトロはとても気の毒に思える。

 

「少々いじめすぎたでしょうか」


 菓子を用意していたナタリアがやれやれと首を横にふった。キツイ印象を受ける侍女長は、しかし話してみればフランクな性格だ。

 彼女のうしろの若い侍女二人が、茶のポットや菓子の皿を乗せた台車をかたわらに控えている。


「あえて何があったかは聞かないでおく」

「それが賢明ですよ。さあ、ティオ様は早く起きて、お茶でも飲んで休憩いたしましょう。現実から逃げないでください」

「ふーんだ。婚期に逃げられてるナタリアさんに言われたくないよーだ」


 ナタリアは嘆くように言った。


「どうやら要らないみたいですね。よかったらお茶に付き合っていただけませんか、ウォーガル様?」

「俺でいいならな。ぜんぶ食い尽くすか」

「ま、待ってよ! 起きる、それと食べるから!」


 ご飯のお預けをくらった子犬のように、ティオがソファでガバッと身を起こす。

 それを見て、彼女以外のものが示し合わせたかのようにため息を吐いた。

 ナタリアが目配せをして、若い侍女たちに準備を終わらせるようにうながす。しかしそのうちの一人が動きを止めた。

 勝気そうな顔に赤毛をアップに纏めた少女だ。口をわななかせ、ついにはシグに指を突き刺した。


「あんたってあの時の覗き魔!?」

「ああ、おまえはあの時の断崖絶壁か」

「だれが絶壁よだれが! 王女様の護衛ってあんただったの?」

「手が止まっていますよネイシェン。早く準備を続けないのなら、あとでヴァイオレンスなことが起きますよ」

「違いますナタリアさん。こいつ今朝、あたしたちが着替えているときに!」

「え、シグって私がいない所でそんなことをしてたの!? そんな風に育てたつもりはないのに!」

「お前に育てられたつもりなどないから黙っていろ。あえて言うのなら、お前が居なくなったからだ」


 シグもネイシェンのことをすぐに思い出す。

 そう、それは今朝の更衣室(女子用)の中での出会いだ。

 彼の名誉のために説明するとすれば、ティオが戻ってこないことに不信を抱いたための行動であるとつけ加える。

 ちょうど、服を脱ぎ終わったときだろう。乱入をするには最悪のタイミングを引き当てた。まだそれだけならばネイシェンは許す、は無理でも誤解で済ませられた。金を払うから見逃せと言ったのも普通に怒れた。

 しかしあろうことがこの男は、


「ーー悪い、その体に金を払う価値があるようにはとても見えん」


 周囲と比べればほんの少し・・・・・貧相なネイシェンの肢体にそう評価を付けたのだ。

 屈辱のなんたるかをその身に叩き込まれた気分を味わされた。


「あ~、そうだったね。ホントにごめん、ネイシェン」

「い、いえ! 姫様が謝ることなんて!」

「減るものでもないだろうに。いや、これ以上少なくなることもないだろ」

「あんたは反省しろ!」


 シグは肩をすくめるだけで、後ろめたいことなどなにもなかったように振る舞う。

 馬鹿げたやりとりだ。その間にもう一人の侍女が、粛々とちゃっかり茶の準備を済ませていた。


「終了。準備オーケー」

「ありがとね、ファルナ」


 精巧な人形のように淡々とした雰囲気のファルナは、貴族出身なのであろう金髪をネイシェンと同じようにまとめている。

 ティオのねぎらいにファルナは深々と頭を下げた。


「ちょっとファルナ! あなたも被害者なんだから、なんか言いなさいよ!」

「羞恥。そんなもの、私にはない。むしろ」

「ごめん、やっぱこれ以上なにも言わないで!」


 騒がしくなってきた空気を切り替えるように、ナタリアがぱんっと手を叩く。

 

「何もしていなかったネイシェンは、あとで私の部屋に来なさい」

「損しかしてないですけど」

「これでも立派な王女の前ですよ。いくら許されると言っても、それを忘れた立ち振る舞いなど、再教育が必要です」

「あれ? なんか私に失礼なこと言われなかった?」


 王女の疑問はスルーされた。

 うなだれ気味なネイシェンの肩に、ファルナが優しく手を置く。


「安心。貧相でも需要はあるから」

「まだそれ引きずってんの!?」


 さらにネイシェンが何か言おうとしたとき、扉をノックする音が部屋に響いて口をつぐむ。

 許可の声を待つこともなく入ってきたのは高級文官の男。大臣との話し合いの時に、シグは見ていない顔だ。


「許可もなしに王女のいる部屋へ入るなど、いったい何事ですか?」 

「国王からの伝言だ」

「緊急といった雰囲気でもないですが......」


 文官はナタリアの咎める声を無視し、開いたままの扉の前でどこかあざけりの込められた口上を述べた。


「第三王女アルティナ様に、国王の書斎へ向かうようにと仰せ使った。今すぐにだ」

「ーー私に?」


 顔をしかめたティオは持ちかけていたカップを握りしめる。




 -----




 城の最上階のフロアに存在する、もっとも奥まった部屋が王の書斎だ。

 扉の護衛をする二人の男たちに胡散臭げな視線を向けられながら、ティオとシグは重厚な扉を目の前にしていた。


「あーあ、結局一口も飲んでなかったよ」 

「出ていくついでに菓子をかすめていたのを見たのは、俺の気のせいか?」

「私は紅茶のほうが好きなの」


 これから国王と会う前でも、二人の調子は変わらないように見える。

 しかしここにたどり着くまで、ティオは一言も発していなかった。

 実の父と会うのが嫌でしょうがない。シグはティオとの付き合いは長くもなく、今でさえ何を考えているか分からないが、この一点だけはっきりしているように思える。

 間近にある取っ手に手をかけることもなく、見えない壁でも前にしているかのようだ。


「どうする?」


 行くか、行かないか。シグは決めあぐねているティオに発破をかけるために尋ねた。


「行く」


 あまり間を置かずにティオは短く答える。そのままティオはドアノブをまわした。

 当然のようについていくシグを食い止めるように、交差される二本の剣。王女と護衛を隔てるように鈍い光が反射した。


「ちょっと何の真似? この人は私の護衛なんだよ」

「国王からは王女のみを通せと言われている。護衛者ガードは対象外だ」


 ティオは剣を下ろさせようと男の腕を掴んだが、びくともしなかった。

 腕越しにティオはシグを見上げた。小さな口は言葉を出そうとし、けれどつっかえたように軽く息を吐き出すだけだ。


「俺は邪魔みたいだな。さっきの部屋に戻っている。終わったらそこに行けばいい」

「あっ......」 


 伸ばしかけた手が空を切る。シグは歩き去り、曲がり角へとすぐに消えた。

 ティオはゆるゆると年季の入った取っ手を押す。

 圧迫するような重厚な音。奥には毛足の長い絨毯が敷かれ、短い廊下が伸びている。窓のない空間を申し訳程度の蝋燭が揺らめいていた。

 行使力マナで視力の活性が出来ないティオは、闇を見つめながら進むしかなかった。

 廊下の向こうに、書斎がある。

 絨毯を一歩踏みしめる時間の間隔が伸び始めた。

 一人で歩いたのは久しぶりだ。シグが護衛者となってからは常に背後には彼の姿があった。

 ティオは振り返ってみるが、背後には薄暗い闇が広がるばかりだ。

 

「......一人でいるのが、怖くなったのかな?」

 

 今まで気にしたこともなかった感情が心に広がっていくのを自覚して、ティオは手を強く握った。

 眼前の扉がティオを押しやるようだ。

 わずかな逡巡のあと、ティオは扉を強くノック。返事がないのはいつものことなので、そのまま扉を押す手に力を込める。

 生まれた隙間から差し込んだ光に目を細めた。

 壁に掛けられるのは、歴代国王の肖像画や大量にすぎるナイフの群れ。

 けれど、目を奪っていくのはそんなものではない。

 紙が宙を舞っていた。

 比喩表現でもないのは、大量の紙は一枚も床に落ちることなく、壁をつくるように空中を漂っているからだ。

 円形状に作られた部屋の中心部では、そこに存在する机に向かう、素人でも高級品と分かる服に身を包む一人の男こそが、西国ケルフェの最高権力者である。

 国王ヴィンセント・ジーエンス・ケルフェ。

 伏せられてはいるが、外向干渉法則『精動放射サイコキネシス』の法則者ラウズホルダーだ。


「ーー遅かったな」

「いきなり書斎に来いっていわれたら、用事が被ることだってあるよ」

「国王からの召集は何よりも優先されると親から教わらなかったか? ああ、親は私か。お前には何も教えたことがなかったからな」


 ティオは扉の前で、脚に杭を打ち込まれたように止まる。

 ヴィンセントは何かの書類にペンを走らせており、ティオに宝石と見間違える紺碧の瞳を送ることはなかった。


「私を呼び出したんなら何か用件があるんでしょ」

「ニーナにも言わせたと思うが、勝手なことは慎め。特に明後日の舞台でだ」

「私のことは気にも留めないくせに?」

「何もできない役立たず・・・・のくせに場を乱す才能がある物だ。南国と東国からの重鎮がやってきている今、お前は邪魔なんだよ。いや、それはいつものことか」


 非情な言葉が連なっていき、張り詰めた緊張をむしりとっていく。

 ティオは笑顔を維持したまま、耐えた。いつものことだ。いつも国王はティオを物としか、役立たずとしか見ていない。こんな父に認めてもらえるように頑張っても、いくら結果を出しても、それは変わらなかった。

 

「戦争が終わっても、まだ十年も経っていない」

 

 ヴィンセントが上に放った紙は群れの中へと入っていく。代わりに引き寄せた報告書を見ながら、王は忠告する。


「いまの状勢では弱みなど見せられないのはわかっているな? お前が台無しにしては見合うことはないんだ」

「今までもそんなことしてないけどね」 


 シグの真似をして肩をすくめて口答えするティオに、ヴィンセントはこの時になってはじめて顔を上げる。

 四十代とは思えない精悍な顔には、無表情が張り付いている。ただし青い双眸には侮蔑と嫌悪がこれでもかと浮かんでいた。


「お前なんかが生まれてきたからこそ、私は苦労している。なぜ、ここにいる? お前だけは必要なかったんだ」


 実の親からの言葉としては、もっとも残忍なものを選び、ヴィンセントは口にした。

 ティオの表情に変化はない。しかし水晶色の瞳は大きく揺れ、部屋に入ってから握りっぱなしの手は、血が溢れそうなほど固く強い力が込められている。

 ティオは大きく動揺していたからこそ、禁句を口にしてしまった。


「私を生んだのは母さんなんだよ。私じゃなくって、母さんを恨めばいいんじゃないの?」


 緩やかに舞っていた紙すべてが、時間を停止したかのようにぴたりと静止した。

 ヴィンセントの細められた目に殺気が走り、ティオは思わず地雷を踏んでしまったことに気づく。思わず一歩、後ずさる。

 突如生まれた、わき腹からの鋭く熱い感覚に悲鳴を上げそうになった。


「ーーーーッ!」


 歯を食いしばり悲鳴を噛み殺す。

 ティオは背後へたたらを踏み、扉へと背をもたれ掛らせる。

 無意識に手を当てていた部分を見ると、初雪のような白い肌が覗き、それを台無しにするような赤い液体が溢れていた。

 致命傷とは遠いが、皮膚を狙ったほど浅いわけでもない。死の可能性を度外視していることに背筋が凍る。

 元凶であるナイフが扉に突き立っていた。


「誰が、お前を生んだ? さあ、誰がだ?」


 ヴィンセントはすでに机から立っている。周囲には紙と同じように、どこから出てきたのか十数本ものナイフが先端をティオに向けていた。

 物を動かせる法則。ただそれだけではあるが、それゆえに応用の幅が広い異能だ。

 超高速でナイフを飛ばすことも可能だと、ついさっき証明されたばかりである。


「早く答えろ。お前の血で絨毯が汚れる」


 ティオは口を震わせ、しかし痛みを堪えて強引に笑みを刻む。


「母さんがーー」


 ナイフが飛来する。

 ティオはかきまぜられたような頭の片隅で、冷めた思考を展開した。

 次はどこに傷をつけるのか。もしかしたら殺されるかもしれない。

 結果は、そのどちらでもなかった。

 鈍い音と共にナイフが直角に軌道を変えた。

 高い天井付近までナイフは到達すると、今度は重力に従って落下してくる。

 その真下にいた人物が、柄の部分を指に挟んで掴みとった。


「シグ......?」


 ここにいるはずのない灰色の髪の護衛者は、呆気にとられているティオに振り返る。


「悪い。まさかいきなりナイフを飛ばすとは思ってなかった」


 彼の守れなかったという謝罪であることを理解するのに、しばらく時間がかかった。

 降ってわいたような現れ方をしたシグを、国王が懐疑的な視線を送る。


「その扉からしか入れないはずだが。突っ立ていた役立たず二人はどうした?」

「堂々と潜っても何も言われなかったさ。まあ、なんだ。親子水入らずの話を続けさせたかったが、恐喝に暴行を見たのなら、善良な市民として止めるしかないだろ」


 すでに部屋への不法侵入をしている善良な市民は、さりげなく親子の間に体を割り込ませる。

 二人が話している間にティオはハンカチを傷口に押し当て、止血を行う。じわり、じわりと広がる赤色に柳眉をひそめ、すぐに視線を前に戻した。


「それで、護衛者である貴様はどうするつもりだ」

「またナイフをこいつに飛ばすのなら、正当防衛であんたの頭を木端微塵にする」

「いささか過剰防衛すぎる」

「国王に敵対したら死刑という法律でも作るか?」

「わざわざ面倒なことをしなくとも、部下に命令すれば一人の護衛者の首など簡単に飛ぶ」


 初対面である二人のはフレンドリーとは程遠いやり取りをし始める。

 ヴィンセントはティオという例外を除けば基本は人を差別をしない。しかし自分の邪魔をする人間は、ことごとく闇に葬り去る冷徹さがある。

 思い出したようにシグが頷く。


「そういえば、死人に口なしって言葉を知ってるか?」


 冷たい気持ち悪さをはもんだ空気がティオのほおを撫でた。

 感情のこもってない言葉が刃となってヴィンセントの首筋を狙っているようだ。いや、ヴィンセントの頭という部位全体をか。

 肉片を飛ばし、脳漿のうしょうをぶちまけ、骨を粉にするために。

 沈黙が夜のとばりのように降りる。


「ーーもう、いいよ」


 気付けば、静かにティオが呟いていた。


「お前は本当に、それでいいのか?」


 不満げにシグがティオに尋ねる。

 ティオの顔には諦めのような笑みが浮かんでいた。無理やり口の端を持ち上げているだけで、それは笑みとはとてもではないが言えない。

 ティオは視線を床に落とす。


「もう帰っていいかな、父さん?」

「ああ、もう用はない」


 許可の言葉を聞くと、駆け出すように出口である扉をティオは潜って行ってしまう。

 シグは薄気味悪い気配を消して、常に漂わせるだるさをまき散らしながらヴィンセントを見やる。


「あのぐらいは反抗期だ。少しぐらいの生意気さも許してくれないか」

「......そうか」


 ヴィンセントは脱力したように椅子に座りこむ。

 シグは最初から親子のやり取りを見ることになり、父のほうは育児放棄しているのかと思ったほどだ。今の状態とのかみ合わなさに首をかしげるも、ティオの後を追おうとする。

 国王が疲れの混じった声を出す。


「ウォーガルといったな」

「しがない護衛者の名前を国王が知ってくれるとは、光栄だ」


 まったくありがたく感じていない声で答え、シグはさっさと部屋をあとにしようとする。


「娘を、たのむ」


 シグは一瞬だけ立ち止まった。肩越しにヴィンセントの様子を垣間見る。

 宙を漂い始めた紙に遮られ、ヴィンセントが浮かべている表情を知ることは出来なかった。

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