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姫とハロワと法則世界  作者: なよ竹
プロローグ
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プロローグ

 早朝にして、すでに様々な喧騒が溢れ続けている。

 西国ケルフェの中央都市コーヴァス。大陸全体を見ても高い発展力を持つこの都市は、比例して活気も大きなものだ。

 歩行者の絶え間ない足音や、荷馬車を引く馬のひづめが石畳を蹴る音。それらが吟遊詩人の歌声と交差し、市場では客引きのため商人の声が響き渡っていた。

 必然的に大通りでは人の往来が激しい。

 その中で、一度も通行人にぶつかることなく歩く男に注目する者はいなかった。

 黒いフード付きのロングコートを着込む、二十代前後に見える青年だ。

 元の素材がなんなのかこちらも黒い手袋に包まれた手は、唯一の荷物である革袋を肩にかけてある。

 比較的に生活水準が高いこの都市では、とても質素な出で立ちだ。

 灰色の髪はところどころはね、かなりの長身にして猫背気味。無駄に鋭い目つきは怠惰の感情を色濃く持ち、全身からの覇気を一切感じさせない。

 その姿を見れば嫌でもやる気が削がれるはずだが、通行人の横を青年が通り過ぎても一切の注目すらされていなかった。


「今朝とりたての新鮮な野菜はどうだい!」

「夏季のための衣替えなら今のうちだよ」


 喉が張り裂けんばかりの商人の声にも反応しない。ただ人ごみの中をメモを片手に進んでいきながら、器用にも人を避けていく。

 人の密度が薄れ始めたころに青年の足は止まった。

 少し離れたところには城壁がそびえ立っており、奥には王城の先端が見え隠れする。

 それすらも視界に収めることなく、青年は小奇麗な建物の前でメモを再び一瞥する。ここが目的の場所であると確認して扉へと手をかけた。


公共職業安定所ハローワーク


 この建物の看板には、そのような文字が明るく踊っていた。






 一目でよそ者と分かる格好の男にも、職員の女性は営業スマイルを向ける。

 様々な受付がある中で青年が足を運んだのは、職業の紹介と手続きを行うことができる求人課であった。


「今日はどのようなご用件ですか」

「武芸関係の仕事を紹介してもらえるのなら。できるのなら、手続きも」

「かしこまりました、ではこちらの書類にお名前をお願いします。身分を証明できるものはございますか?」


 青年は革袋から折りたたまれた紙が数枚取り出す。

 差し出した書類も含めて名前欄には『シグ・ウォーガル』という名が書かれていた。受付嬢は一通り確認すると定型的な質問を飛ばした。


「仕事をお探しになるには、その人のスペックがどの程度であるか把握しなくてはなりません。以前に何かの職に従事していましたか?」

「一番近いのは暗殺者ですかね、それか殺し屋か。公言はしてなくても、世間一般ではそうかと」


 受付の少し後ろで休んでいた女性の上司は、飲んでいた茶を噴き出した。

 たった今、間違いなく暗殺者とか殺し屋と言ったはずだ。

 慣れていないと思われる敬語を使う青年の表情は、至極まじめだ。


「そのお仕事をやっていたのはどれくらいの期間ですか」

「それはもう物心ついた時から」

「元の職業内で今までどれほど殺してきましたか」

「正面衝突も含めれば三桁は」


 上司は怖くなった。どう考えても視線の先にいる『客』はヤバいと。

 それ以上に、そんな男と淡々と言葉を交わす自分の部下に恐怖を抱いた。


「なるほど、そこまで優秀な方なら選択の幅が広がりますね!」


 ーーめっちゃ後ろめたい仕事のスペックをどうすればそうなるの!?


「殺し屋と暗殺業以外ならそれでいいんで」

「そうですね。同じ職業を続ける人は少ないですし」


 ーー元よりここはそんなブラックなの紹介してないから!


「そういえばどのような方を暗殺してきたんですか?」

「最近だと、たしかスタンバーグとかいう家ですかね」


 スタンバーグ家は悪徳豪商として名高い一家だった。半年前にとある町で数多の護衛を含めて壊滅させられたという噂が広がっている。家宝の指輪もその際に無くなっていたらしいことも聞いていた。

 証拠とばかりに革袋からはその指輪を無造作に取り出された。

 それを見て上司はキリキリと、胃がとても痛くなってきた。

 冷やかしとか悪戯といういたって平穏な願いが、砕け散ってしまいそうだ。

 ふと、青年のフードがもぞもぞと動き出し、なんとも可愛らしいフェレットのような小さい生物が顔をのぞかせる。

 

 ーーなんでフードの中そんなとこで生き物飼ってるの?


「稽古事の仕事はなしとして......これはどうでしょうか?」


 当然疑問すら起こるであろうことまでスルーし、無料のスマイルを浮かべる受付嬢が分厚い書類の中から一枚の紙を取り出す。

 青年は受け取った紙をしばらく眺めていたが、それに決めたのか次々と手続きを進めていく。

 受付嬢とたまに言葉を交わすとき以外は、ペンが紙の上を走る音だけが響く。

 早く帰ってくれという上司は、一通り手続きを終え扉をくぐる青年の背中を見ていた。

 フェレットと視線が合ったのは見間違いだろう。

 それを確認してから、今や尊敬の念すら抱く相手となった部下のもとへ上司は近づいた。


「きみ、さっきの人だけど」

「シグさんですか?」

「彼にいったい何の仕事を紹介したんだい」


 青年に渡したものと同じいくつかの書類が手渡される。

 表紙となる紙の一番上の欄には、見事な達筆でそれに見合った文字が乗っていた。


『第三王女の付きっきりの護衛求む』


 あんな危険人物を紹介したここはどうなるのだろうか。自分の胃は血まみれになっていると茫然と思った。

 何故か置かれていった指輪の処遇にも、頭痛をこらえきれなかった。


「なぜ、ここに来たんだ」


 暗殺者も不況の波に流されてしまうのか。だとしたら、迷惑極まりない。

 答えを求めていない問いに、受付嬢は相変わらずの無料スマイルを上司にも向ける。

 

「変わるため、なんて言ってましたよ」


 さらに疑問符を浮かべる上司に、部下はにこにこと微笑むだけであった。

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