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第1話 酒場の冒険

第1話 酒場の冒険


「なぁ、ねぇちゃん。一人じゃ寂しいだろ。俺たちと一緒に飲もうぜ」


 酒場では、五人の若い男が、見た目15・6歳の少女を虜囲んでいた。


 地中海に面するフランク王国最大の港町、マルセ。荒くれ者の船乗りたちが集う街。

 その夜更けの酒場の光景としては、珍しくもなんともない。

 違いがあるとしたら、男たちが軍人であり、一方の少女はこの場から浮いた存在であることだ。

 男たちの方は、胸元の紋章からすると、フランク王国の軍人だろう。7,8年程前のオクシタニア戦争以来、この地域を占領し、ユーロパ最強と謳われている王軍だが、噂と実とはかなりの開きがあるようだった。


 店内の客はおろか、店の主人ですら、男の横暴ぶりに見て見ぬ振りを決め込んでいる。関われば、ロクなことが無いというのは、周知の事実なのだろう。

 誰も、自分がかわいい。余計な厄介ごとなど、ご免被りたい。


 一方、少女の方は、酒こそ飲んでいるが、夜更けの酒場には、不釣合い以外の何者でもなかった。

 細く艶やか金色の髪、整った端整な顔立ちに優雅な仕草。

 服装こそ街娘だったが、まるで大商人か、貴族の令嬢のような雰囲気を持っていた。


 しかし、彼女の机の上にあるのは、空になった大ジョッキ三つに、ハムやソーセージなど酒のつまみが山盛りになった皿。

 いろんな意味で不釣り合いな人間だった。


「それにしても...本当に綺麗な顔だな...」

 リーダーらしき泥酔した男は、下品な笑いを浮かべながら、少女に迫っていた。

「邪魔よ。あっちに行って」

 そう言うと、少女は手で男を払う。

 が、泥酔した男は、その程度では引き下がらない。


「髪だけじゃねぇ。肌だって、髪だって」

 男は、そう言うと少女の髪を触り始めた。

 少女の顔が引きつり始めた。

「....」

「なぁ、一晩だけどうだよ。金は出すからさ」

 そして、ついには、少女の手を触り始めた。

 少女の顔色も赤へと変わり始めた。

「....」

「いいじゃねえかよ、へるもんじゃねえしよぉ」

「....」

 少女は男の手を払うと、何事も無いがごとく、再び酒を飲み始めた。

「オジサン。ビールおかわり」


「おい。何、さっきから無視してんだよ」

「ちょっとばかりかわいい顔してるからって、いい気になるなよ」

 戦争に勝ったとはいえ、この連中の腐敗ぶりは、まったく目を覆うばかりである。


 だが、少女も負けていなかった。

 相手のジョッキを取ると、頭からかけた。


「ふざけやがって」と、今度は、少女の胸倉を掴む。


 だが、少女はまったく引き下がらない。

 平手で、男の頬を叩くと...その男は、床に崩れ落ちた。

 女が強いのか、男がだらしないのか。


 しかし、先程まで、ざわついていた店内が、がピタリと静まった。

 そして、その行為で男たちの雰囲気は、変わった。 

 男どもは、メンツを潰され、殺気立っていた。


 この手の奴らは、実力がないためメンツが全てだ。

 女性を守るとか弱い者には手を出さないなどの騎士道精神なんてものはない。

 メンツが潰された場合、メンツを回復するために、集団で暴力することもいとわない。


 さすがに、これは、やばいんじゃないのだろうか....

 その場に居る誰もが、そう思った。しかし、自分には、どうしようもできない。

 下手に手を出せば、自分が生贄になるだけだ。


 ガタァン

 不意に、店の端で座席を立つ音がした。

 見慣れぬ15・6歳の少年が、無言のまま男たちに近づいていく。

 使い込まれたフードつきのマントを身に纏い、黒髪と黒い瞳を持っている少年。

 顔立ちに、まだ幼さを残してはいるが、強い信念を内に秘めた表情が、彼に凛とした雰囲気を与えていた。


「何だよ、おまえ、俺たちとやろうっていうのか」

「ガキが女の前で、粋がってんじゃねぇよ」

「庶民のくせに、俺たちに楯突こうって言うのか」と一人が腰の剣を抜いて見せた。


 少年は、マントを掃うと、腰に携えた剣を見せた。

「冒険者かよ...」

 男たちの顔に焦りの表情が浮かんだ。


 剣を抜いた以上、剣で殺されても文句は言えない。法律では無いが、法律以上のこの世界で剣を持つ者の掟だ。


 特に、剣を抜いた男の顔面は、蒼白だった。


 安全な大きな街に居る兵士だ。せいぜい相手にするのは気の荒い船乗りか盗人程度。

 おそらく真剣での勝負をしたことがないのだろう。


 対して、この少年は街で帯刀する許された冒険者。

 若くて経験は未熟かもしれないが、それなりに実力があるのは間違いない。


 少年は、まだ剣に手をかけていない。先に切れば切られない....


「このクソガキッ!」

 男は堪えきれず、剣を振りかぶった。

 次の瞬間、少年は、その男に蹴りをかましていた。剣術ではなく、体術。

 スピードを載せた蹴りに、男は見事なまでに吹っ飛ばされる。


 剣を持った相手に素手で挑む。

 しかも、剣を持っているにも関わらず剣を使わないのは、怪我をさせまいという少年の配慮だった。


 だが、剣ならば切られることを恐れた男たちは、少年が剣を使わないと判り、少年に躊躇なく襲い掛かってきた。

 もっとも、訓練はしているだろうが、実戦の場数は、少年の方が上だ。


 兵士のパンチを巧みに避けると、顎に一撃。 

 その後、殴り合い、掴み合いになりながらも、2人を叩きのめした。

 残った兵士は、もう1人だけのはずだった。

 が...客の一部が、兵士の味方をし、背後から少年を羽交い締めにした。


「しっかり押さえてろよ」

 勝利を確信しニヤけた顔をする兵士。

 だが、その直後、バキという音共に、その兵士は突然、前のめりに倒れ込んだ。


 背後には、壊れた椅子を持った少女が立っていた。

「せっかく飲んでいたのに。邪魔するんじゃないわよ」


 しかし、時間がかかりすぎてしまった。

 倒れていた兵士の一人が、宿を飛び出し、警笛を吹いた。仲間の兵士を呼んだのだ。

『し、しまったぁ!』

 少年は、心の中で猛烈に後悔した。そして、昼間の占い師の言葉を思い出した。

『今日は、女難の相が出ています。女性に関わると危険な目に合いますよ』


 この占いは、非常に的を得ていると思った。

 先週のフェズの街での出来事といい、自分には困っている女性をほっとけない変な癖があることを自覚していた。

 そして、それが原因でたびたび揉め事に巻き込まれるのだ。

 そのため、出来る限り用心していたのだが。

 思わず体が動いてしまった。


 後悔しても、もう遅い。

 少年は、急いで手荷物を持つと、慌てて少女の手を掴み、店の外へと飛び出していった。




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