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星珠の現実

夜だった。

待機区画に窓はない。それでも、分かる。


空気の重さ。廊下の静けさ。人の気配の少なさ。

星象庁の中にいても、夜は夜だった。


レイは、ベッドに腰を下ろしたまま、動かない。

眠れなかった。目を閉じると、浮かぶ。

砕けた床。歪んだフレーム。

自分の手。


(……まだ、残ってる)


胸の奥。

熱とも冷たさともつかない何かが、薄く沈んでいる。

消えていない。馴染んでいるのか。

それとも。


分からない。

天井を見上げる。時間の感覚が曖昧だった。

どれくらいここにいるのか分からない。


ただ、長い。

やけに――長い。


「起きてる?」


扉の方から声がした。ハルだった。


相変わらず軽い調子。

だが、立ち位置は扉の前。逃がさない位置。


「……寝れると思います?」


「まぁ無理だよねぇ」


笑いながら入ってくる。


「初日であれはちょっと濃すぎるって」


レイは何も返さない。

ハルも無理に続けなかった。


少しの沈黙。


「……そのうち、慣れるよ」


ぽつりと、そんなことを言う。

軽く言っているのに、軽くない言葉だった。


そのとき。扉が開く。

ユウゴとシュウ、それにヒナが入ってくる。

ミオも少し遅れて後ろにいた。


空気が変わる。


「出動命令が入った」


シュウの一言。それだけで、意味は伝わる。

ヒナが小さく息を呑む。


「え……任務、入っちゃったんだ」


「ああ」


ユウゴが続ける。


「商業区画で星珠犯罪。規模は小さい。通常対応」


“通常”

レイはその言葉に引っかかる。


「俺も行くんですか」


「当然だ」


シュウが間を置かずに答える。


「観察対象として同行だ。見ているだけでいい」


見ているだけ。

そう言われても、信用はできなかった。

シュウの視線が、ミオへ向く。


「白峰さんも同行してくれ」


一瞬、ミオの動きが止まる。


「……え?」


ヒナが振り返る。


「え、白峰さんも?」


ユウゴが淡々と口を開く。


「君のことを調べてみたが、仮認可が下りているみたいだな」


ミオの目がわずかに見開かれる。

それが何を意味するのか、理解が追い付くよりも先に。


「昨日の適合試験。適合判定が出ている。」


事実だけを並べる声音。


ヒナの反応が一拍遅れて跳ねた。


「え、ちょっと待って、それって――」


一歩前に出る。


「戦力扱いってこと!?」


「仮だが、そうなる」


「え、聞いてないんだけど!?」


「共有対象じゃないからな」


あっさり切られる。ヒナが露骨に不満そうな顔をした。

ハルが興味深そうにミオを見る。


「へぇ、そうなんだ~。ちなみに何座?」


軽い。けれど、視線は鋭い。

ミオは少しだけ迷ってから、答える。


「……みずがめ座です」


一瞬、空気が止まる。

ヒナの声が跳ねた。


「え、みずがめ座!?黄道十二星座じゃん!」


驚きがそのまま出る。


「ちょっと待って、それ普通にレア枠だよ!?」


「適合しただけだ」


ユウゴが遮る。


「扱えるとは限らない」


ヒナは口を閉じる。だが、驚きは消えていない。

ミオは視線を落とした。


「……最初は、すごく嬉しかったんです」


小さな声。


「認めてもらえた気がして」


少しだけ間が空く。


「でも――」


「あの日みたいなことが起こると思うと……」


レイはミオの横顔を見ていた。

今まで、気づいていなかった。自分のことで、余裕がなかった。


それでも――

気づけば、同じ不安を抱えて、この場に立っていた。


シュウが空気を切り替える。


「……君にも同行してもらうよ」


端的な“命令”

ミオはすぐには答えない。


「彼と一緒にいればいい」


見学とはいえ、怖くないはずがない。

それでも。


「……はい」


小さく、でもはっきり頷く。

シュウはそれを見て、わずかに息を吐いた。


「それと、俺はここで離れる」


レイが顔を上げる。


「離れるって……どういうこと?」


「長官――父からの指示だ。指揮側も学ぶらしい」


ヒナが不安そうに言う。


「え、今日からいなくなるの……?」


「そうだ」


短い。

ハルが肩をすくめる。


「いや~バランサーがいなくなるの、地味に困るなぁ」


「お前が突っ込まなきゃいい」


ユウゴが返す。シュウが苦笑する。


「判断はユウゴに任せる」


「分かった」


迷いのない返答。


シュウは最後にレイを見る。


「……任務を見るだけだ。暴れるなよ」


それだけ言って、出ていく。

扉の閉まる音だけが、やけに大きく響いた。


「すぐに出る。準備しろ」


ユウゴの声で全員が動き始めた。

-------------------------------------------------------------------------------------


車内は暗かった。

街の光が、窓の外を流れていく。


夜の街。何も起きていないように見える。

それでも。どこかで、壊れている気がした。


ミオが隣に座っている。手は膝の上。

指先に、力がこもっていた。


「……怖い?」


レイが言う。

ミオは少しだけ考えてから、頷いた。


「……うん」


正直な答え。


「でも、見ないといけない気がする」


レイは何も言わない。

同じだった。見たくない。

けど、もう。見ないままではいられない。


車が止まる。


「到着だ」


ユウゴの声。扉が開く。

夜の空気が流れ込む。冷たい。


少しだけ、現実に引き戻された。


広場は、荒れていた。

割れた舗装。倒れた看板。止まった噴水。


中心に、女が一人。俯いている。

肩が、小さく揺れている。


「星象庁だ。お前を拘束する」


ユウゴが女性に告げる。


「……来ないで」


女性のかすれた声。

腕の装置が、明滅している。


「対象に警告する。装置を外し、手を上げろ」


ユウゴがさらに警告する。

女がゆっくりと顔を上げる。

笑っていた。壊れているような笑い方。


「……やっとこれを手に入れたの」


指先で装置をなぞる。愛おしむように。


「装置の方は問題じゃない。お前はどこで星珠を手に入れた」


ユウゴが女性に問うた。


「……分かんない」


笑う。


「気づいたら――あったの、ここに」


女性が指したのは胸元だった。

沈黙が流れた。


「は?」


ハルの声が漏れる。


「何それ、こわぁ」


ヒナも戸惑う。


「そんなの、ありえな――」


「――願ったの」


女の声が、落ちる。


「……変わりたいって。そう願ったから、神様が与えてくれたんだわ!」


声のトーンが揃っていない。めちゃくちゃだ。


「あはは!アハハハ……!!だカら、変ワらなクチゃイケナインダヨ!!!!」


女性の胸元から光が漏れだす。

その瞬間――女の身体が崩れていく。


皮膚が“溶ける”。

黒い液体が、内側から溢れ出す。


骨格が歪む。崩れながら、形を保つ。


流れる。滴る。広がる。


それはもう、人には見えなかった。


「ちょいちょーい!通常任務じゃないのこれ~?」


ハルが軽くぼやく。目の奥は全く笑っていない。


「こちら橘、対象が星喰い(デヴォア)化した。制圧する。」


ユウゴは星象庁へ連絡をしている。その数秒。


“それ”が、動く。

跳ぶ、ではない。


流れる。

地面を這い、距離を消す。


「――チッ。ヒナ!」


「転星――天秤座(リブラ)!」


ヒナが一歩前に出る。

“転星”の掛け声で、光がヒナの周りを包む。

浮かび上がるのは、天秤座の光。


輪郭が崩れ、別の形に置き換わる。

左右対称の装甲。狂いのない構造。

目元を覆われた、非人間的な顔。


恐ろしさと気高さが同時に立つ。

――均衡そのものだった。


「――均衡固定(バランス・フィールド)!!」


レイたちの目の前に透明な障壁が広がる。

黒い流体が障壁を叩きつける。止まらない。


ぶつかりながら、広がる。

絡みつく。侵食する。


「何これ……止まらない……!」


ヒナが息を詰める。

障壁の表面を、黒い流体が這う。


ヒビ――ではない。

“侵されている”


「下がれ!」


ユウゴの声。


「無理っ、これ……止まらない!」


黒い流体が流れ続ける。止まる気配がない。


「いいねぇ、それ」


ハルが笑う。踏み込む。


「転星!――蠍座(スコルピウス)


蠍の外殻が骨格に沿って置き換わる。

関節がむき出しになり、紫の光が漏れる。


腰から尾が伸びる。

しなり、先端に毒針が形成される。


それだけが、異様に完成されていた。

そこにいるのは毒と殺意の塊だった。


尾が腕に巻きついていく。

毒針と鋭い指が、まるで巨大な針のように見える。

先端が紫がかり、毒が滴り始める。


「一撃で終わらせる。毒穿(ヴェノム・ピアース)!!」


尾の巻きついた腕を星喰い(デヴォア)に突き刺す。

黒い流体を貫く。手応えは――ない。


「え?」


刺した場所が崩れ、液体になる。

液体が流れ、再構成される。


「え、効いてないんだけど!?」


次の瞬間。

黒い流体が跳ねる――まるで鞭のように。

ハルの腕に絡みつく。


「うっわ、キッショ!!」


「ハル、離れろ!」


ハルが下がり、代わりにユウゴが前に出る。


「転星――山羊座(カプリコルヌス)


ユウゴの輪郭が、崩れる。

消えるわけじゃない。別の形に“置き換わる”。


足元から、黒い質量がせり上がる。

影ではない。質量そのもの。


脚部が形成され、地面に沈む。

胴体が組み上がる。岩のような外殻。

角が伸びる。


顔は、山羊の怪物のようにも、甲冑のようにも見えた。

そこに立っているのは、騎士の輪郭を持った何か。

山羊が人型に収束した存在だった。


「押しつぶす――星砕圧(ステラ・クラッシュ)


大きな拳が落ちる。

流体の流れを押し潰す、圧力。


一瞬だけ、“流れが止まる”


だが、流体は動きを止めない。

地面をつたい、本体へ戻っていく。


「面倒なタイプだな」


ユウゴが低い声で言ったその時。

星喰い(デヴォア)の視線が逸れる。

100メートルほど先にいるのは、逃げ遅れた親子。


黒い流体が一直線に親子へ向かう。


「まずい!!」


ユウゴが叫ぶ。巨体の影響で間に合わない。

しかし、そこから駆け出す影があった。

――ミオだった。


「ダメー!早く逃げて!!」


レイはそれを見て、驚愕した。


(バカ、あいつ何やってんだ……!)


その刹那、あの夜が重なる。

あの時、届かなかった腕。守れなかったあの日。


違う。

あの日とは、違う。


「――今日は、間に合わせる」


レイは踏み込んだ。

流れより速く。星喰い(デヴォア)よりも早く。

ミオの腕を掴み、引く。


それを反動とし、そのまま親子の前へ出る。

黒の流体がレイの背中に叩きつく。


背中が焼き付くように熱い。

侵されているような不快感もあった。

しかし――


「早く逃げろ!!」


レイは耐えた。親子の避難が終わるまで。

これ以上、誰かを巻き込みたくはないから。


そう思った時、身体の内側が脈打った。

まるで星喰い(デヴォア)と、共鳴するように。


「――来い」


拳を握る。振る。

衝撃が走る。黒の流体が弾ける。


流れが乱れる。

初めて、“崩れる”


静止。一瞬だけ。

また星喰い(デヴォア)の身体が再構成される。


だが。さっきより、遅い。


「押し切るぞ!」


ユウゴの一声で、三人が同時に動く。


ヒナが固定し、ハルが削る。

そしてユウゴが叩き潰す。流れが、断たれた。


沈黙。

星喰い(デヴォア)の残骸が、崩れる。

黒い流体が、消えていく。


中心に、残る。歪な光。

星珠。


「……回収する」


ユウゴが言う。

一歩を踏み出す、その前に。


レイが手を伸ばしていた。


「おい、触るな――」


声が届くのは遅かった。

レイが触れた瞬間――“流れ込んでくる”


冷たい。粘つく。

何かが、内側に入り込もうとする。


「……っ!」


違う。あの日と、違う。


拒絶する。体が、勝手に。

吐き出すように。


光が弾かれる。

星珠が地面に転がった。


沈黙。


「……今の、何?」


ヒナの声。


レイは答えられない。


「身体からはじかれた……?」


ハルが呟く。

ユウゴの視線が、鋭くなる。


「これは普通の星珠じゃない」


ユウゴの問いには、誰も答えを持っていなかった。


沈黙が落ちる。

さっきまでの喧騒が、嘘みたいに消えていた。


壊れた広場。黒く汚れた地面。

流れの跡だけが、残っている。


レイは、ゆっくりと息を吐いた。

まだ、体の奥に違和感が残っている。


指先に、わずかに黒が滲んだ気がした。

瞬きの間に、消える。


さっきの“流れ”が、完全には消えていない気がした。


「レイ……」


ミオの声がして振り返る。

無事だった。傷もない。


それでも一歩、距離があった。


「……大丈夫か」


自分でも分かるくらい、言い方がぎこちない。

ミオは少しだけ迷ってから、頷く。


「……うん」


それだけ。それ以上は、続かなかった。


守れたはずなのに。あの時みたいに、手は届いたはずなのに。

何かが、少しだけズレている。


「……勝手に前に出るな」


後ろからユウゴの声がした。

振り返ると、視線がまっすぐ向けられていた。


「結果的に助かった。それは認める」


一拍の間。


「だが、制御しきれていない状態で前に出るのは危険だ」


否定ではない。評価でもない。

ただの、事実。


「……はい」


レイは短く答える。

反論は、出てこなかった。


ハルが横から口を挟む。


「いやでもさ、今のは普通にすごかったって」


軽い調子。だが、目はレイを見ている。


「さっきの、流れ崩れてたし」


ヒナも、小さく頷く。


「……うん。均衡、少しだけ戻ってた」


評価されている。それは、分かる。

それでも。


(……これでいいのか)


胸の奥に残るのは、達成感じゃなかった。

違和感だけが、静かに残っていた。


「帰還するぞ」


ユウゴの声に誰も逆らわない。

歩き出した時、ミオが少し後ろにいた。

前より、少しだけ距離がある。

それに気づいてしまう。


何も言えないまま、夜の中へ戻っていく。

-------------------------------------------------------------------------------------


――2時間前。


人通りの少ない歩道。女性は立ち止まっていた。

スマホの画面。通知は来ていない。

何も変わらない日常。


「――止まりたくない、ですか」


声がした。すぐ近くから。

いつからいたのか分からない。

男が一人、立っている。


「……え?」


「今のままでは、いずれ“終わる”」


静かな声の、断定。


「流れに乗れないものは、沈む」


女性は、言葉を返せない。

図星だった。


「変わりたい、と思ったことは?」


答えなくてもいい問い。

でも、答えは決まっている。


「……あります」


男は、わずかに頷く。


「なら、その願いを否定する必要はない」


一歩、距離を詰める。


「願いは、本来――形になるものだ」


その言葉だけが、やけに残る。


「あなたは、もう“持っている”のかもしれない」


女性が、自分の胸に手を当てる。鼓動を感じた。

いつもと同じはずなのに――少しだけ、違う気がした。


顔を上げる。男の姿はもうなかった。


(……なんだったの、今の)


そのとき。

胸の奥で、何かが“触れた”。


――現在


遠くのモニター越しに戦闘を見つめる影。


「星珠が弾かれるとは興味深い」


低い声。


「――面白いな」


男は、口元だけわずかに笑った。


読んでいただきありがとうございます!


今回は、制圧部隊メンバーの「転星」と、レイの「1話からの成長」を書いた回でした。

しかし、レイには違和感が残っているようで……


次回もぜひお付き合いいただけると嬉しいです。


もし少しでも面白いと感じていただけたら、

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