表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

零の鼓動

目を覚ましたとき――世界は、静まり返っていた。

規則的な電子音だけが、薄く耳に残る。


視界は白かった。

天井も、壁も、照明も――どこまでも無機質な白。


(……ここ、どこだ)


身体を動かそうとして、違和感に気づく。

重い。腕も脚も、鉛みたいに動かない。


視線を落とす。

腕には見慣れない装置が取り付けられ、細いコードが何本も伸びていた。

胸元にもセンサーが貼られている。


病院――にしては、静かすぎる。


「……起きたか」


不意に声がした。

壁際に、一人の男が立っていた。

短く整えられた髪。無機質な表情。微動だにしない。


ただ、こちらを見ている。その視線には、感情がなかった。


値踏みでも、警戒でもない。

もっと単純で――


(……判断してる?)


目の前の存在が“処理対象かどうか”を測るような目だった。


「……誰?」


喉が乾いていて、声がかすれた。


男はわずかに端末へ視線を落とし、淡々と答えた。


(たちばな)ユウゴ。星象庁・星喰い(デヴォア)制圧部隊所属」


星喰い(デヴォア)制圧部隊……?なんだそれ……)


「……ここ、どこなんだ?」


「星象庁の医療区画だ。」


その言葉で、記憶が繋がる。

夜。交差点。悲鳴。歪んだ身体。壊れていく人間。


(……俺が、あれを)


胸の奥がざわつく。

思い出したくないのに、あの光景だけはやけに鮮明だった。

骨の軋む音。裂ける音。あの、異様な光。


そして――自分の手の感触。


ピッ、と電子音が鋭く鳴った。

ユウゴの目が、ほんのわずかに細くなる。


「……反応が上がったな。」


独り言のように呟く。

そのとき、扉が開いた。

無機質な音とともに、4人の人影が入ってくる。


最初に入ってきたのは、あの夜一緒にいた白峰(しらみね)ミオだった。


「レイ!!無事!?」


ミオは、まっすぐこちらへ駆け寄ろうとする。だが、数歩のところで足が止まる。


目の前の光景に、息を呑んだ。レイの身体に繋がれた無数のコード。

無機質な装置。


そして――どこか、昨日までと違って見える“レイ”そのものに。


「……レイ」


さっきよりも小さな声。確認するみたいに、名前を呼ぶ。

近づこうとして、わずかに躊躇う。その一瞬の間。


それだけで、十分だった。


(……ああ)


理解してしまう。

怖がられている。ほんの少しだけ。


そのとき。


「対象と会話をするな。」


ユウゴがミオに警告する。


「なんでですか!私たち幼馴染なんで――」


「騒ぐな。ここは君の感情を優先する場所じゃない。」


ユウゴの冷たい視線が、ミオを黙らせた。


「ちょっとユウゴ~女の子にキツく言いすぎだって」


気だるげな声が、後ろから差し込んだ。ミオの肩越しに、ひとつの影が入ってくる。


「ハル、ここは星象庁だぞ。」


ユウゴが長い前髪をかき上げた青年、久我(くが)ハルに注意する。


「も~そういうことにカリカリしてると女の子にモテないよ~?」


ユウゴをたしなめたハルは、最後にレイへ視線を向ける。

その目が、わずかに細くなる。


「ふざけてる場合じゃないだろ。もっと真面目に――」


「この人が例の……へぇ、面白いね」


口元には、うっすらと笑みが浮かんでいる。

笑っているようにも見えるし、ただ歪んでいるだけにも見える。

どこか、底の見えない表情だった。


その後ろから、ひょこっと顔が覗く。


「え、ちょっと待って……なにこれ」


少女だった。同い年ぐらいに見える。

肩まで艶のある髪が揺れ、大きめの瞳が落ち着きなく室内を見回している。


「え、あの……え?」


少女が状況を飲み込めていないのが、はっきりと分かる。


前に出る勇気はない。でも、見ないままでもいられない。

そんな風に、ハルの後ろから様子をうかがっていた。


「ヒナちゃん、下がってなって」


ハルが優しく言った。


「いや、だって……」


言いかけて、言葉が止まる。

空気を読んだのか、それとも読めなかったのか。

どちらともつかない顔で、小坂(こさか)ヒナは口を閉じた。


そして、最後に入ってきた男が静かに口を開いた。


「ヒナ、落ち着いて。」


それだけで、空気が変わる。声は強くない。

だが、不思議と場の緊張がほどけたように感じた。


橘ユウゴや久我ハルと同い年くらいだろうか。

鋭さはないが、目の奥に揺るがない芯がある。


3人の間に自然と立ち、視線を巡らせる。


「今はどんな感じ?」


穏やかな声で問う。


それに対して、ユウゴが答える。


「対象、天宮(あまみや)レイは数分前に覚醒。意識も安定してる」


簡潔な報告だった。男は小さくうなずく。


「……分かった」


男は、そのままレイに視線を向ける。

観察するでも、警戒するでもない。

ただ、“人を見る目”


「俺の名前は神谷(かみや)シュウだ。」


短く名乗る。


「俺も制圧部隊所属だ。」


それだけで十分だった。


(……この人)


空気が違う。

この場の全員が張り詰めている中で、シュウだけが自然に立っている。


「で、この人どうすんの?」


ハルが口を開く。視線はレイに向いたままだ。


「星珠に未適合なのに、星喰い(デヴォア)倒しちゃったんでしょ?」


「そんな前例聞いたことがない。危険性が測れない」


そして、迷いなく言う。


「よって、早めの処分を提言する。」


「……うわぁ~」


ユウゴの提言に軽く返したのはハルだった。

しかし、口元の笑みは崩れない。


「へぇ、もうやっちゃうんだ?」


この状況を面白がっているような声。

だが、その目は冷たい。


「ここで暴走されても困るしな」


ユウゴの言葉に、ハルが肩をすくめる。

その言葉に、ヒナが小さく声を上げる。


「ちょ、ちょっと待ってよ……!」


ヒナの声が裏返った。思わず一歩前に出る。


「いきなり処分って、それ……!」


ヒナ自身でも、言いながら根拠が足りていないことは分かっている。

でも、黙っていられなかった。年齢の近いレイが強引に処分されるのは。


「……まだ何も分かってないじゃん。」


弱々しい声だった。

それでも、ヒナは反対していた。


そのとき。


「……私も、レイの処分には反対です!」


ミオの声が割って入る。

一歩前に出ようとするが、その足はわずかに止まった。


「危険性を判断できないことが、一番危険なんだ。」


ユウゴが淡々と話す。


「レイは人として扱うべきです!!」


ミオは強く言い返す。


「まだ何も分かってないじゃないですか!!……レイは――」


言葉が、続かない。

あの夜のことを思い出し、迷いが浮かんだ。


あのとき。

あの交差点で見たものが、頭から離れない。


壊れていく人間。歪んでいく身体。

そして、それを――


(……レイが)


思い出した瞬間、胸が締め付けられる。


怖い。

そう思ってしまった自分に、すぐに気づく。


(違う)


違う。そうじゃない。


レイは、レイだ。

昔から、何も変わってない。

そう思おうとしても、うまく言葉にならない。


だから、ミオはただ言った。


「……レイは、レイでしょ」


それが、精いっぱいだった。


シュウが、ゆっくりと息を吐く。


「……ここで処分するのは早い。何も分からないまま終わる」


静かに言った。その一言で、空気が変わる。


「まずは、検査をしよう。話はそこからだ」


反論する空気が消えた。

ユウゴも、わずかに目線を外すだけだった。


「それでいいね?」


全員を見渡す。自然と場がまとまった。

その中心にいたのは、神谷シュウだった。


(……なんだこの人)


この場で唯一、“決めている”人間だった。

-------------------------------------------------------------------------------------


無機質な廊下を、ストレッチャーが進む。

白い光が、一定の間隔で流れていく。


視界の端に、ミオの姿が見えた。

ストレッチャーから少し離れた場所を歩いている。


何かを言おうとしても、結局何も言えないままだ。

その距離が、妙に遠く感じた。


検査室の中央には、巨大な装置が置かれていた。


「座ってくれ。」


ユウゴからの端的な指示。レイは黙って従う。

手足が固定される。


「今から星珠反応測定を開始する。」


ユウゴが制御画面を操作すると、装置の駆動音が鳴り始めた。

1分ほど経ったころに1つの電子音が鳴った。

測定結果が出た合図だった。


測定結果――0


「……ゼロ?」


検査室にざわめきが起こる。


「星珠反応なし」


ユウゴの冷静な声。


星珠は、消えたのか。


「ん~これどうしよっかね~」


ハルが頭を抱えるそぶりをした。


「で~もなぁ、星珠の位置はこの子の中からなんだよな~」


星珠の位置が自分の中にあるというのなら、まだ星珠は消えていないらしい。


「じゃあさ、この子の中から星珠を摘出すればよくない?」


(……摘出?何言ってるんだこの人は)


ハルは言葉を続ける。


「このまま星象庁に拘束するのも限界があるだろうし、ササっと摘出して帰ってもらおうよ~」


「あ、あの……摘出ってどうやるんですか?」


レイが恐る恐るハルに質問する。


「うーん。普通に手術するか、僕たちが君に風穴空けるかじゃない??」


まるで冗談を言うみたいな口調だった。ひどい悪寒がした。

星珠を摘出したあと、無事に帰れる保証がない。


あの夜、自分が倒した化け物と同じ末路を辿るかもしれない。

ミオの前で死にかけて、今度は本当にミオの前で死ぬかもしれない。

そんな終わり方は絶対見せたくない。


「ちょ、ちょっと待ってください!星珠が身体から出ればいいんですよね。」


レイは続ける。


「あの夜のことを思い出すので、もうちょっとだけ待ってもらえませんか……!」


レイの言葉に、ユウゴ・ハル・ヒナ・シュウは顔を見合わせる。


「レイ!そんなこと、危ないんじゃないの……?」


「ミオ、聞いてくれ。俺はもちろん死にたくない。でも、それよりも俺は、一緒にいてくれたお前を巻き込んでしまっていることが申し訳ないんだ。」


「……レイ、そんなこと――」


「だから、俺はここで星珠を出す。……一緒に帰ろうな。」


レイはそう言って、目を閉じた。あの夜のことが浮かんでくる。


化け物を前に立ち上がった時に感じた、体内の冷たい何か。

自分の輪郭、自他の境界が曖昧になった不思議な感覚。


化け物の胸から星珠を抜き出した時に感じた、星珠の輝き。

星珠を抜かれた化け物の消えていく様。


そして星珠を取り込んだ時に感じた、胸の奥にある異物感。心臓とは違う脈動。

頭の奥を掻き回されるような不快感を思い出すと、吐いてしまいそうだ。


「……時間切れだな。もう10分以上経った。手術の手配をしよう。」


レイの耳に、ユウゴの声が届く。


(ふざけんなよ……!)


あの夜の情景に焦りと苛立ちが混ざり、胸の奥が熱くなっていく。

心臓の鼓動が早くなる。

ピッ――と音が乱れる。


その瞬間、0だったはずの数字が、――1

変わる。


表示が、わずかに遅れている。

まるで、追いついていない。


「上がった……」


誰かが呟く。誰も、動けなかった。

だが、数字の上昇は止まらない。


3、8、15――


50、70、100――


みるみるうちに数字が急上昇していく。


「上限に張り付いてるなんて見たことがない、異常だ!!」


まただ。

数字が上がっていくにつれて、視界が歪む。世界の輪郭が崩れていく。

室内にいるはずの全員が、急に遠くなったように感じた。


胸の奥で、何かが脈打つ。空っぽだったはずの場所で。

確かに、“何か”がある。


(……これだ)


あの時と同じ感覚。


「ユウゴ、装置止めろ!!」


シュウがユウゴに装置を止めるよう指示する。 


しかし、すぐには装置は止まらない。その間も数字は上昇していく。


100、300、700――


数値が跳ね上がり、警告音が鳴り響く。


そして、ついに装置の限界を超えた。

装置が軋む。空気が歪む。


『制御不能!!計測不能!!』


――次の瞬間。


“爆ぜた”。衝撃が室内を叩きつける。ガラスが砕け、機材が吹き飛ぶ。

床に亀裂が走る。空間そのものが揺れる。


数秒。それだけで、すべてが終わった。


静寂。煙の中。


レイは、立っていた。拘束具は壊れている。

息が荒い。だが、意識ははっきりしている。


「……なんだよ、これ」


誰も近づけない。

その場にいる全員が、本能的に距離を取っていた。


“危険”が、そこにあった。

-------------------------------------------------------------------------------------


暗い部屋。

モニターの光に照らされて、男の顔が浮かび上がる。


整った顔立ちだった。年齢は二十代後半ほどに見える。

若いはずなのに、妙に老成して見えた。

だが、その表情には温度がない。


細く切れた目が、画面をじっと見つめている。

何かを考えているようでいて、何も感じていないようにも見える。


白衣の袖を軽くまくり、端末を操作する指先はやけに滑らかだった。


「……ゼロ、か。なるほど――面白い」


小さく呟く。

その口元が、わずかに歪む。


笑っているはずなのに。

目だけは、まったく笑っていなかった。

読んでいただきありがとうございます!


今回は制圧部隊のメンバーが登場し、物語の“裏側”が少しずつ見え始めました。

レイの立場も、ここから大きく変わっていきます。


そして――その力を持ったレイは、どんな選択をしていくのか。


次回もぜひお付き合いいただけると嬉しいです。


もし少しでも面白いと感じていただけたら、

ブックマークや評価で応援していただけるととても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ