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第7話:物理反射を突き破る「浸透」

「ひ、ひぃ……! 化け物め、これでも喰らえ!」


 追い詰められた傭兵の一人が、震える手で懐から一本の注射器を取り出した。中にはどす黒く脈動する液体が入っている。  ギルドで厳重に禁じられている魔薬――『オーバー・ドライブ』。  一時的に魔力と身体機能を数倍に跳ね上げる代償に、理性を破壊する禁忌の薬だ。


「ガ、アアアアアアアッ!!」


 薬を打ち込んだ傭兵の筋肉が、不自然なほどに膨れ上がる。皮膚は鋼のような質感に変貌し、その周囲には禍々しい魔力の光膜が展開された。


「……なるほど。無理やりステータスを引き上げたか」


 カイは動じない。むしろ、観察するように男を眺めている。


「カイ様、気をつけて! 彼の展開しているのは『絶対物理反射フィジカル・リフレクト』のスキルです!」


 エルナが悲鳴のような声を上げる。  絶対物理反射。受けた物理的な衝撃をそのまま相手に撃ち返す、近接格闘家にとっては「天敵」とも言える防御スキルだ。魔力を伴わないカイの拳なら、殴った瞬間に自分の腕が粉砕されることになる。


「死ねぇぇぇ!!」


 理性を失い、獣と化した傭兵が突進してくる。その速度はもはや音速に近い。  だが、カイは逃げなかった。それどころか、あえて拳を握り、真正面から迎え撃つ構えを見せる。


「ダメです! 殴っちゃいけない!!」


 エルナが制止するが、カイの拳はすでに放たれていた。    ――カァン!!


 という、硬質な金属同士が激突したような乾いた音が響く。  次の瞬間、予想された惨劇とは「逆」のことが起きた。


「ギ、ェ……?」


 叫んだのは傭兵の方だった。  反射の光膜は健在。カイの拳にも外傷はない。  しかし、傭兵は腹部を抱え、内側から爆発したかのように吐血して膝をついた。


「バカな……。反射されたはずの衝撃はどこへ……?」  呆然とするエルナ。


「あんたの言う『反射』ってのは、表面で起きた衝突インパクトを跳ね返す理屈だろ」


 カイは一歩歩み寄り、今度は掌をそっと傭兵の胸に当てた。  触れているだけのような、優しい動作。


「継星流に伝わる『けい』は、衝突させない。ただ、通すんだ」


 カイがわずかに腰を沈める。   「――『浸透・八重やえ』」


 ドクン、と。  周囲の空気が一瞬だけ重くなった。    傭兵の身体はびくともしていない。反射の結界も割れていない。  だが、その男の背後にある道場の土壁が、円形状に激しく爆ぜ飛んだ。    衝撃が、男の身体を「素通り」して、背後の壁を撃ち抜いたのだ。  当然、通り道となった男の五臓六腑は、影も形もなく粉砕されている。


「ガ、ハッ……」


 傭兵が崩れ落ち、同時に強化魔法が解ける。  絶対的なはずのスキルの理屈を、カイは「ただ通すだけ」という武術の極意で無効化してしまった。


「……どんなに壁を厚くしても、中の心臓は守れない。それが継星流の教えだ」


 カイは残った二人を冷たく一瞥する。  戦意を完全に喪失した傭兵たちは、腰を抜かして後退り、そのまま一目散に逃げ去っていった。


 静寂が戻る。  サヤが震えながら、兄の背中に抱きついた。


「お兄ちゃん……」 「怖かったな、サヤ。もう大丈夫だ」


 カイの表情が、一瞬で優しい兄のそれに戻る。    その光景を見ていたエルナは、確信していた。  この男は、これからの世界を変える。  魔力こそが正義とされるこの狂った時代の、唯一の「正解」がここにあるのだと。


「……決めたわ」


 エルナはカイの前に歩み寄り、ドレスが汚れるのも構わず、地面に膝をついた。  その姿は、神に祈りを捧げる信者のようでもあり、真理を求める求道者のようでもあった。


「継星カイ様。お願いです……私を、この道場に入れてください。世界ランク1位という肩書きも、聖女という名誉も、すべて捨てて構いません。私に、その『真の力』を教えてください!」


 夕日に照らされた道場の前。  世界最高の魔導士が、ジャージ姿の男に頭を下げている。


 カイは困ったように眉根を寄せた。


「……弟子なんて取るガラじゃないんだ。それにうちは、月謝が高いぞ」


「いくらでも払います! 私の総資産、百億エナほどありますが、それで足りますか!?」


「……ひゃ、百億?」


 カイは絶句した。  これでしばらくの生活費どころか、道場の建て替えまでできてしまう。


 こうして、世界最強の聖女による「古武術修行」という、前代未聞の生活が始まることとなった。


 しかし、その様子を遠くから望遠カメラで捉えている影があった。


『……ふむ。物理反射すら通じないか。面白い。やはりあの男の肉体には、失われた時代の「叡智」が宿っているようだな』


 『深淵を覗く者』。  彼らの執拗な追及が、これで終わるはずもなかった。

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