第4話:ギルドの再検定
日本探索者ギルド本部。 都心の超高層ビルの一画にあるその場所は、最新鋭の魔導科学と武力が集結する聖域だ。 そんな厳粛な場所に、俺――継星カイは、いつも通りのジャージ姿で立っていた。
周囲には、ギルドの幹部連中や、最新の観測機器を持った研究員たちがずらりと並んでいる。そして、その中心には世界ランク1位の聖女エルナの姿もあった。
「……これから、継星カイ氏の再検定を行う。検定内容は『魔力適性測定』および『戦闘実技試験』だ」
進行役の男が冷淡に告げる。 まずは、巨大な水晶のような形状をした最新型の魔力測定器『アイズ・オブ・マナ』の前に立たされた。
「手をかざしてください。あなたの潜在的な魔力量、および属性適性を数値化します」
俺は言われた通り、無機質な水晶に掌を置いた。 周囲の職員たちがモニターを注視する。
一秒、二秒。 ……沈黙。
「……数値が出ません。……いえ、これは」 「どうした?」 「魔力適性、ゼロです。それも誤差の範囲ではなく、完全に『無』。魔素に対する反応が一切ありません」
会場に失笑が漏れた。 ギルド幹部の一人が鼻で笑いながら、手元の資料を放り出す。
「ハッ、時間の無駄だったな。エルナ様、やはり何かの見間違いではありませんか? 魔力ゼロの人間がレイスを倒すなど、物理的に不可能です。何らかの不正ツールを使ったと見るのが妥当でしょう」
エルナは唇を噛み、俺を見つめている。 彼女の目は、測定器の結果ではなく、俺の「佇まい」を見ているようだった。
「……次だ。実技試験に移る」
俺は広大な訓練場へと案内された。 そこには、対戦車ミサイルの直撃にも耐えるという特製の『衝撃吸収防壁』が設置されている。
「その壁に向かって、最大火力で攻撃を行ってください。衝撃エネルギーを数値化し、あなたのランクを確定させます」
試験官が欠伸をしながら合図を送った。 周囲の探索者たちも、「せいぜい拳を痛めて終わりだろう」と冷ややかな目を向けている。
俺は、防壁の前に立った。 ただのゴムの塊に見えるが、内部には複雑な魔導回路が組み込まれ、受けた衝撃を四散させる仕組みだ。
「……ふぅ」
俺は、あえて構えを解いた。 両腕を自然に垂らし、足の裏で大地の感触を確かめる。
(魔力はない。だが、この星には重力がある。俺の肉体には質量がある)
継星流古武術・奥義――『星穿』。 大地を蹴る反動。膝のバネ。腰の回転。それらを寸分の狂いなく拳の一点へと集約させる。 ただの筋力ではない。全身の骨格を一本の「槍」に変える。
スッ、と。 俺の拳が、防壁に触れた。 殴るのではない。衝撃を「置く」イメージだ。
次の瞬間。
――ズ、ゥゥゥゥゥンッ!!!
鼓膜を揺らすような、低い振動が訓練場全体に響き渡った。 爆音ではない。もっと重く、深い、地鳴りのような音だ。
「な……ッ!?」
試験官の目が飛び出さんばかりに見開かれた。 衝撃を「吸収」するはずの防壁が、吸収しきれないエネルギーに耐えかね、内側から激しく波打っている。
バキッ、バキバキバキッ!!
防壁の背後にある厚さ一メートルの強化コンクリート壁に、巨大な亀裂が走り、クモの巣状に広がっていく。 そして。
ドガァァァァァン!!
轟音と共に、防壁そのものが中心から「消失」した。 粉々になったのではない。あまりの高密度な衝撃に、分子レベルで粉砕され、霧散したのだ。
静寂が、先ほどよりも深く、重く場を支配した。 モニターに表示された測定不能(ERROR)の文字が、赤く点滅している。
「……壊しても文句は言うなって、言ったはずだぞ」
俺は拳を下ろした。 右手の甲には、かすり傷一つない。
「……ありえない」 誰かが呟いた。 「魔力なしで……あんな純粋な『物理的質量』だけで、ギルド最高の防壁を……?」
幹部たちの顔から血の気が引き、持っていた書類がパラパラと床に落ちる。 一方、エルナだけは、その瞳をかつてないほど輝かせていた。
「これよ……これこそが、私の求めていた『真理』……!」
彼女は周囲の制止を振り切り、俺のもとへと駆け寄ってきた。 そして、跪く。
「継星カイ様! お願いです、私に……私にその『力』の正体を教えてください! 私の弟子入りを認めてください!」
世界ランク1位、人類の希望である聖女が、ジャージ姿の無名探索者に弟子入りを乞う。 その光景は、現場にいたカメラマンの手によって、瞬く間に世界中へと発信された。
だが、当の俺はといえば、エルナの背後に見える「別のもの」に意識を向けていた。
(……おいおい。今ので、変なのを呼び寄せちまったか)
訓練場の影。 普通の人間には見えない、ダンジョンの深淵から漂う「本物の殺気」が、こちらを覗いていた。
「……検定は終わりだ。ここからは、実戦だな」
俺がそう呟いた瞬間、訓練場の天井が、巨大な黒い腕によって引き裂かれた。




