第3話:規格外の新人、発見される
その夜。ネット掲示板『探索者総合スレッド』に激震が走った。 一本の動画が、爆発的な勢いで拡散されたからだ。
【悲報】代々木Fランクに怪物現る。素手でレイスを粉砕【動画あり】
1:名無しの探索者 おい、これマジか? 代々木のFランで新人が配信中に変なもん映しやがった。 ジャージ姿の男が、魔法もなしにレイスをワンパンしてんだけど。
2:名無しの探索者 >>1 見たわ。合成だろ。物理無効を素手で殴るとか物理法則が仕事してない。
3:名無しの探索者 いや、あれ現場にいたわ。ちょうどエルナ様が視察に来てた時だよ。 嘘だと思うならエルナ様の公式SNS見てこい。彼女、呆然として立ち尽くしてたぞ。
7:名無しの探索者 ちょ、エルナ様が反応してる! 「今日の代々木での出来事……私の知る『最強』の定義が壊れました」 って投稿されてる。これマジモンのガチ案件じゃねーか!
15:名無しの探索者 ジャージの男、誰だよ。新手のS級か? 動きが速すぎてスローで見ても何してるか分からん。予備動作がゼロだ。
そんな騒ぎが起きているとは露知らず、俺――継星カイは、新宿にあるギルド直営の換金所にいた。
「……はい、こちらレイスの魔石とシャドウタイガーの素材。合計で二十八万円になります」
窓口の女性職員が、引き攣った笑顔で現金の束を差し出す。 無理もない。Fランクダンジョンにジャージで入っていった男が、数時間後にBランクモンスターの素材を持って帰ってきたのだ。不正を疑われない方がおかしい。
「……あの、お客様。一つ確認ですが、これらは本当にお一人で?」
「ああ。たまたま拾った。……いや、襲いかかってきたから返り討ちにしただけだ」
俺が淡々と答えると、周囲にいた重武装の探索者たちが一斉にこちらを振り返った。 蔑むような視線、疑うような視線、そして――品定めするような視線。
「おいおい、兄ちゃん。嘘は良くねえな」
背後から、ガタイのいい男が声をかけてきた。 全身を重厚なミスリルプレートで固め、背中には巨大な大剣。 Cランクパーティ『鋼鉄の牙』のリーダー、剛田だ。
「シャドウタイガーっつったら、俺たちでも五人がかりでようやく仕留められる相手だ。それをジャージの初心者が一人で? 笑わせんなよ。どうせどっかの高ランクパーティの横流しだろ?」
「……そう思いたければ、思ってて構わない。金は受け取った、どいてくれ」
俺が横を通り過ぎようとすると、剛田は太い腕で俺の肩を掴もうとした。 「待ちな。ギルドの規約じゃ、戦利品の詐称は厳禁なんだわ。ちょっと表でツラ貸せや」
やれやれ。 これだから現代の探索者は面倒だ。 ステータスという数字の増減にばかり目を奪われ、相手の重心や殺気を感じ取るという基本を忘れている。
俺は掴まれそうになった肩を、わずか数センチ「引いた」。 それだけで剛田の手は虚空を掴み、彼は前のめりにバランスを崩す。
「あ……?」
「掴むなら、もっと指先に力を込めたほうがいい。甘すぎる」
「てめぇ……!」
屈辱に顔を真っ赤にした剛田が、今度は本気で殴りかかってきた。 ステータスに任せた、力任せの右ストレート。 周囲の探索者たちが「危ない!」と叫ぶ。Cランクの筋力で一般人を殴れば、頭が消し飛ぶからだ。
だが。
俺は一歩も引かなかった。 飛んできた拳に対し、掌を添えるように当てる。
「『継星流・合気――柳』」
ドッ、という鈍い音が響いた直後。 剛田の巨大な身体が、まるで紙屑のように宙を舞った。 自分の力と、俺が加えた最小限のベクトルの合力。 彼はそのまま換金所の壁に激突し、コンクリートに人型のヒビを作って失神した。
静寂。 換金所の中にいた全員が、言葉を失った。
「……すまない、壁の修理代はそこから引いておいてくれ」
俺は受付の女性に一言残し、呆然とする群衆を割って外に出た。 夜の新宿の風が冷たい。
「……さて。これだけあれば、しばらくは道場の維持費も大丈夫だな」
だが、俺は甘かった。 道場へ向かう道すがら、スマホを開いて絶句した。
SNSのトレンド一位:『ジャージの男』 トレンド二位:『継星流』 トレンド三位:『聖女の初恋?』
「……なんだ、これは」
さらに、道場の前に着いた時。 ボロい瓦屋根の門の前に、一台の超高級車が停まっていた。
車から降りてきたのは、先ほどの聖女・エルナ。 そして、黒いスーツを着た威圧感のある男たち。
「見つけましたよ……継星カイ様」
エルナは、真剣な眼差しで俺を見据えた。 その背後には、探索者ギルドの幹部と思われるバッジをつけた男もいる。
「あなたのその力。ギルドが公式に『再検定』を行うことになりました。断る権利はありません……これは、世界平和に関わる事案です」
カイは天を仰いだ。 静かに暮らしたい。親父の残した道場を細々と守りたい。 そんなささやかな願いは、どうやら今日、完全に潰えたらしい。
「……検定か。壊しても、文句を言うなよ?」
カイの呟きに、ギルドの職員たちは「ハッ、最新の測定器を壊せるものか」と鼻で笑った。 それが、自分たちの常識が崩壊する前、最後の余裕だとも知らずに。




