第26話:武の聖地、継星道場
勇者アルベルトが去ってからというもの、継星道場の庭にある「空の割れ目」は、もはや公共交通機関の改札口のような有様になっていた。
「次の方、どうぞ。……あ、龍族の方は角が鴨居にぶつかるので、少し頭を下げてくださいね」
門下生筆頭となったエルナが、慣れた手つきで「異世界の強者たち」を整理している。 かつては世界1位の聖女として崇められた彼女だが、今では「道場の受付」として、並み居る界層の覇者たちを冷徹な視線でさばいていた。
並んでいるのは、全身が超合金でできた機甲世界の帝王、何千年も生きているという極北の魔術王、果ては銀河を統べる龍族の皇太子。 彼らは一様に、この世界――地球という辺境に現れた「ステータスを超越した怪物」の噂を聞きつけ、腕試し、あるいは弟子入りを求めてやってきたのだ。
「……師匠。今日だけで、界層ランクS級以上が30人並んでいます。どうしますか?」
カイは道場の奥で、ボロボロの雑巾をバケツに放り込みながらため息をついた。
「……全員、修行の前に道場裏の草むしりだ。それと、そこの銀色のデカい奴。足音がうるさいぞ。重力魔法で自分の体重を相殺しろ。畳が傷む」
カイの言葉に、全宇宙を震撼させる機甲帝王が「……善処する」と殊勝に頷く。 ここでは、どれほどの魔力を持っていようと、どれほど強力なスキルを持っていようと関係ない。カイが放つ「存在の重み」だけで、彼らのプライドは一瞬で粉砕されてしまうのだ。
その時。 行列の最後尾から、空間そのものを腐食させるような禍々しい波動が立ち昇った。
「――どけ。雑魚共に用はない。私は『真理の探究者』。この宇宙のすべての技を奪い、自らの肉体へと統合する者だ」
現れたのは、影のように実体のない黒いローブを纏った男。 彼は行列を無視し、エルナを指先一つで弾き飛ばそうとした。
「危ない!」 エルナが身構えるより先に、カイが動いた。
――ガシッ。
カイは雑巾を持ったまま、男の突き出した指先を「箸でつまむように」受け止めた。
「……あんた、並ぶのが嫌なら帰れ。それと、俺の弟子に手を出したな。……掃除の時間が、少し短縮できそうだ」
「な……!? 私の『存在吸収』を、ただの肉体で触れただと!? 貴様、魂を吸い取られるのが怖くないのか!」
「吸い取る? ……悪いが、俺の魂は継星流の基礎練で、岩よりも固まってるんだ。あんたの吸引力じゃ、埃一つ払えやしないぞ」
カイが指先にわずかな捻りを加える。 「『継星流・合気――渦潮』」
「ぎ、ああああああっ!?」
男の影のような身体が、カイの指先の回転に合わせて激しく捻じ曲げられた。 空間ごと雑巾を絞るように絞り上げられ、男の持っていた膨大な魔力と「奪ってきたスキル」が、光の粒子となって強制的に体外へ排出されていく。
「……おっと、やりすぎたか。あんまりここで光を出すと、近所の迷惑になるんだ」
カイが手を離すと、男はもはや威圧感などひとかけらもない、ただの干からびた老人のような姿で地面に崩れ落ちた。 周囲の強者たちが一斉にざわめく。 「あの探究者を……一瞬で無力化だと……?」 「しかも、掃除のついでに……」
カイは再び雑巾を手に取ると、驚愕する強者たちを尻目に、淡々と床を磨き始めた。
「……いいか、あんたたち。強さなんてのは、誰かから奪うもんじゃない。毎日、自分の弱さと向き合って、少しずつ積み上げていくもんだ。……それが分からないなら、ここに来る意味はない」
カイの背中。 ステータスも、称号も、神の加護もない。 ただ、何十年も同じ「突き」を繰り返し、同じ「型」を磨いてきた男の背中。 その圧倒的な説得力に、列強の王たちは一斉に畳に跪き、頭を垂れた。
「……弟子に……弟子にしてください!!」
お台場の空の下。 世界の、いや宇宙の理を教える「継星道場」の長い一日がまた始まろうとしていた。
しかし、その様子を、遥か彼方の「第零界層」――全宇宙の頂点に座する存在が、静かに見つめていた。
『……ふむ。システムが消え、ステータスが消え、最後に残ったのが「ただの人間」の技か。……面白い。その技、私が直接鑑定してやろう』
空の割れ目が、より深く、より暗く広がっていく。 宇宙の創造主を名乗る「真神」の降臨まで、あとわずか。




