第25話:勇者、来襲
魔王ゼオンを門前払いしてから数時間後。 道場の庭に開いた「空の割れ目」は、閉じるどころか、今度は清廉な白い光を放ち始めていた。
「……またか。今日は来客が多いな」
カイは縁側に腰掛け、サヤが淹れてくれた二杯目のお茶を啜っていた。 光の中から現れたのは、黄金の甲冑に身を包んだ美青年と、賢者風のローブを纏った美女、そして重厚な聖騎士の三人組だった。彼らの背後には、まるで後光のような魔力が渦巻いている。
「――邪悪な波動を感じて来てみれば、なんという禍々しい場所だ。魔王ゼオンを退けたという『新たな災厄』とは、貴様のことか!」
黄金の勇者――アルベルトが、抜いた瞬間に周囲の空気が浄化されるほどの聖剣をカイに突きつけた。
「……邪悪? 悪いが、うちは普通の武術道場だ。災厄なんて飼ってないぞ」
「しらばれるな! ステータス・システムを破壊し、世界の理を乱した大罪人……。この界層守護勇者アルベルトが、聖剣の露としてくれよう!」
アルベルトが踏み込む。 その速度は、魔王ゼオンに劣らない。しかも、彼の聖剣には『必中』と『絶対切断』という二つの権能が宿っている。ステータスが消えたこの世界では、防ぐ手段など存在しないはずの神の遺物だ。
だが、カイは茶碗を持ったまま、わずかに首を傾げた。
――キィィィィィン!!
聖剣の刃が、カイの喉元数ミリを通り過ぎる。 空振った衝撃で道場の防風林が数本なぎ倒されるが、カイの肌にはかすり傷一つない。
「な……!? 私の『必中』を避けたというのか!?」
「あんたの剣は、当たるという『結果』に頼りすぎだ。……剣筋に迷いがないのはいいが、その分、読みやすいんだよ」
カイは茶碗を盆に置くと、ゆっくりと立ち上がった。
「師匠、お下がりください。勇者一行の相手なら、弟子である私が――」 エルナが杖を構えようとするが、カイはそれを手で制した。
「いい。こいつらは『正しい力』を信じてる。……なら、その正しさが、ただの借り物だってことを教えてやらないとな」
「不遜な! 聖技――『天光一閃』!」
アルベルトの全身から光が溢れ、空間ごとカイを焼き切る広域攻撃が放たれる。 回避不能。防御不能。 だが、カイはあえてその光の渦の中へと一歩踏み出した。
「継星流・合気奥義――『陽炎』」
光の熱波がカイに触れた瞬間、それはカイの身体に沿うようにして後方へと受け流された。 カイの周囲数センチだけが、まるで水面に油を垂らしたように攻撃を弾いている。
「……これが、合気?」 アルベルトの目が驚愕に見開かれる。
「あんたの聖剣は、世界のルールに守られてる。だが、俺の技は、この俺の肉体がルールなんだ。……あんたの神様も、俺の筋肉までは支配できないだろ」
カイの掌が、アルベルトの胸元にそっと置かれた。 「『浸透・連』」
ド、ド、ド、ドォォォン!! 一撃の中に四つの異なる波動を混入させる。 アルベルトの黄金の甲冑は無傷。だが、その内部で共鳴が起き、勇者の『加護』という見えない防壁が内側から粉々に砕け散った。
「が、はっ……加護が、消え……た……?」
膝をつく勇者。背後の賢者と聖騎士が慌てて魔法を放とうとするが、カイは鋭い眼光一つで彼らを射すくめた。
「継星流・極意――『威圧』」
魔力ではない。死線を潜り抜けてきた武人だけが持つ、純粋な圧。 賢者たちの指先が凍りつき、術式が霧散する。
「……帰れ。そしてあっちの世界の奴らに言っておけ。ここは数字や加護で強さが決まる場所じゃない。……己を鍛えた時間だけが意味を持つ場所だ」
アルベルトは悔しげに唇を噛みながらも、カイの圧倒的な「地力」の差を認めざるを得なかった。 彼らが光の中に消えていくのを見届け、カイは再び縁側に腰を下ろした。
「……やれやれ。お茶が冷めちまったな」
「師匠……。魔王の次は勇者。……これ、もしかして世界中の『最強』が、順番にここへ来るんじゃないですか?」
エルナの予想は、的中していた。 道場の庭にある「空の割れ目」からは、さらに不気味で、巨大な影がこちらを覗いていたのだ。
「……いいぜ。誰が来ようと、俺のやることは変わらない」
カイは冷めた茶を一気に飲み干し、再び静かに目を閉じた。 全界層から集う「最強」を、ジャージ姿の男が一人で迎え撃つ。 地球という名の道場を守るための、果てなき戦いはまだ始まったばかりだった。




