第24話(第3部・第1話):ステータスのない世界
神のシステムを破壊し、全人類のステータスが消去されてから三ヶ月。 世界はかつてない変革の時を迎えていた。
「……お兄ちゃん、見て。あんなに騒がしかったステータス画面がないのが、今じゃ当たり前になっちゃったね」
サヤが縁側で洗濯物を干しながら、静まり返った空を見上げる。 かつては探索者のランクやモンスターの危険度を示す通知が四六時中鳴り響いていたが、今は鳥のさえずりと、道場で弟子たちが流す汗の音だけが聞こえる。
「ああ。数字に頼らなくなった分、みんな自分の足で歩くようになった。いいことだ」
カイは道場の中心で、目を閉じて正座していた。 ステータスが消えたことで、多くの元・有力探索者たちは「弱体化」に苦しんだ。しかし、カイに弟子入りした者たちは違った。彼らは「数値」ではなく「技術」を磨いていたため、混乱の中でも最強の自負を持ち続けていた。
「師匠! 本日の『呼吸法』の稽古、全員完了しました!」
エルナが凛とした声で報告に来る。 彼女は今、魔力というリソースに頼らず、大気中のエネルギーを直接肉体に取り込む「仙道」に近い技術を身につけつつあった。
「よし、次は『実戦』だ。……と言いたいところだが、今日は妙に空気が重いな」
カイが目を開けた。 その瞬間、雲一つなかった青空が、鏡のようにパリンと割れた。
――ズ、ゥゥゥン!!
大地を揺らす衝撃と共に、道場の庭に巨大な「剣」が突き刺さる。 それは魔導技術でも、神のシステムでもない。より禍々しく、より洗練された「純粋な魔力」を帯びた、漆黒の大剣だった。
「……ようやく見つけたぞ。この世界(界層)のルールを壊した、大罪人の住処を」
大剣の柄の上に、一人の男が降り立つ。 豪奢なマントを羽織り、頭上には黄金の輪ではなく、禍々しい角が生えている。 その男から放たれるプレッシャーは、これまでの「神の代行者」たちとは根本的に異なっていた。
「……誰だ、あんた。勝手に人の庭にゴミを捨てるな」
「私は界層列強、第三位――『勇者殺しの魔王』ゼオン。……この世界のステータス・システムが消失したことを受け、この惑星を我が領土として接収しに来た」
魔王を名乗る男、ゼオンが指を鳴らす。 空の割れ目から、数千、数万という「飛竜」と、重装甲を纏った「魔族」の軍勢が溢れ出した。
「ステータスがない世界など、ただの狩場に過ぎん。……ひれ伏せ、猿共。貴様らの命は、今日から我が魔力の糧となる」
ゼオンが片手をかざすと、凄まじい密度の重力波が放たれた。 かつてのS級探索者ですら、その威圧感だけで魂が砕けるような絶望的な力。
だが。 カイは、その重力波の中を、散歩でもするかのような足取りで歩き出した。
「……界層? 魔王? ……よく分からないが、要するに『余所者』だろ」
「な……!? 我が魔王の覇気を浴びて、なぜ動ける!?」
「あんたの力は強い。だが、その力みは三流だ」
カイの姿がブレた。 次の瞬間、カイはゼオンの眼前に立っていた。
「継星流・対魔奥義――『門前払い(もんぜんばらい)』」
カイの掌が、ゼオンの胸板を軽く叩く。 ドンッ!! 爆音すらしない。 だが、魔王ゼオンの巨体は、まるで大砲から射出された砲弾のように、自分が乗ってきた大剣ごと空の割れ目へと吹き飛ばされた。
「ぐ、ハ……ッ!? 私の……魔力障壁を貫通……だと……!?」
「悪いが、うちは門下生以外、立ち入り禁止だ。……帰って親分に伝えておけ。地球を荒らしたければ、まず雑巾がけから出直してこいってな」
空の割れ目が、カイの一撃による衝撃の余波で、無理やり閉じられた。 静寂が戻る。
「……師匠。今の、魔王って名乗ってましたよね?」 エルナが頬を引き攣らせて尋ねる。
「ああ。どうやら、システムを壊したせいで、外の連中から丸見えになっちまったらしいな」
カイは空を見据えた。 ステータスという「保護膜」を失った地球。 そこは今、全宇宙・全界層の強者たちが狙う、究極の「武の聖地」へと変貌しようとしていた。
「……面白い。全宇宙の技術、全部俺が受け止めてやるよ」
カイは静かに拳を握り込んだ。 人類最後の防波堤――継星カイの、宇宙を相手にした「最強の居座り」が始まる。




