第20話:最強の模倣者
お台場の瓦礫の海で、二人の男が対峙していた。 一人は、色褪せたジャージに身を包み、鋭い眼光を放つ本物の継星カイ。 もう一人は、外見、体格、そして纏う空気さえも完璧にコピーされた、システムが作り上げた模倣体。
「排除レベル:神域。継星カイの全データを展開。魔力供給率、無限に設定。……これより、技術の『正解』を示す」
模倣体が口を開いた。声すらもカイと同じ。だが、その背後には空を埋め尽くすほどの魔力が渦を巻き、彼の一挙手一投足を異次元の出力でバックアップしていた。
「……正解、ね。機械に言われるとカチンとくるな」
カイが踏み込むより先に、模倣体が動いた。 その速度は、カイ自身の『縮地』を魔力で数十倍に強化した、視認不可能な超高速。
「――っ!?」
カイの視界が歪んだ。 気づいた時には、模倣体の拳がカイの鼻先数センチに迫っていた。 カイは反射的に『化勁』で衝撃を逸らそうとするが、模倣体は即座にその「逸らす力」を予測し、拳の軌道をミリ単位で修正して追いかけてくる。
ズドォォォォォン!!
カイの体が、湾岸のコンクリート壁を何枚も突き破って吹き飛んだ。 「師匠!!」 エルナが叫び、援護しようと魔法を放つが、模倣体は背中を向けたまま、左手だけでエルナの魔法を「合気」で投げ、逆にカイが吹き飛んだ方向へと撃ち返した。
「ぐ、はっ……!」 瓦礫の中から這い出してきたカイが、苦い笑いを浮かべる。 「なるほどな。俺の技を、コンピュータの演算速度で実行してるわけか。……あいつ、俺が次に『どう動くのが最適か』を、俺より先に計算してやがる」
これがシステムの恐ろしさだ。 カイが十年かけて体得した「感覚」を、システムは一瞬で「数式」として処理する。魔力という無限のガソリンを積んだ、世界一のレーサー(古武術家)が誕生したに等しい。
「……最適解を選択。次は、心臓を破壊する」
模倣体が再び姿を消した。 カイの脳内が警報を鳴らす。右か、左か、上か。 どこに動いても、模倣体の「最適」な追撃が待っている。 逃げ場はない。自分の技術が、自分の首を絞める。
(……ああ、そうか。親父も言ってたな。継星流の最後は、自分を殺すことだって)
カイは目を閉じた。 迫りくる、死の気配。 魔力を纏った模倣体の拳が、空気を真空に変えながら突き出される。
その時、カイの意識が「零」になった。
「――『継星流・真伝――虚数』」
ドッ。
鈍い音が響いた。 模倣体の必殺の拳が、カイの胸を貫いた……かのように見えた。 だが、模倣体の手応えは「無」だった。
「……!? 因果計算に齟齬。接触したはずの質量が存在しない。エラー、エラー……!」
「あんたの計算は、あくまで『存在するもの』が対象だろ」
カイの声は、模倣体のすぐ耳元で聞こえた。 いつの間にか、カイは模倣体の懐に溶け込むように潜り込んでいた。 それは『脱力』を超えた、存在そのものの希釈。 筋肉を動かさず、意志を持たず、ただ「そこにいない」という状態を作り出す、継星流の深淵。
「最適解なんて、つまらないんだよ。……俺も今、自分が何をするか決めてないからな」
カイの指先が、模倣体の胸板にそっと触れた。 そこには、魔力も、勢いも、殺気もない。 ただの、静かな接触。
「『星穿・零』」
ドクン。 一瞬、世界から音が消えた。 次の瞬間、模倣体の身体が、内側から青白い光を放ちながらバラバラに崩壊し始めた。 カイが打ち込んだのは、物理的な衝撃ではない。 「存在しない衝撃」を、「存在している模倣体」に打ち込むことで生じた、論理的な矛盾の連鎖だ。
「ガ、アア……演算、不能……! 私は……最強の……はず……!」
「最強なんて、ただの言葉だろ。……あんたには、夕飯のカレーの匂いも、妹の笑顔も、データの向こう側にしかない」
パリン、という澄んだ音と共に、模倣体は光の粒となって消え去った。 空に浮かんでいた「深淵の門」が、今の衝撃で大きく歪み、閉じようとしている。
「……やった、のか?」 エルナが呆然と空を見上げる。
だが、カイの顔に安堵の色はなかった。 門が閉じる直前、その奥から「さらに不気味な声」が響いてきたからだ。
『……素晴らしい。エラー個体、継星カイ。……君こそが、システムの「次の核」にふさわしい。……ようこそ、神域へ。招待状は、君の妹に送っておいた』
「――何!?」
カイが慌てて道場の方を振り返る。 そこには、光の渦に飲み込まれようとしているサヤの姿があった。
「お兄ちゃん!!」
「サヤ!!」
カイが手を伸ばすが、間に合わない。 サヤを連れ去った光は、空の門の向こう側へと消えていった。
「……あいつ、俺の大事な家族に、手を出したな」
カイの瞳に、これまでにない静かな、しかし苛烈な「怒り」が宿る。
「エルナ、準備しろ。……今から、神様を引きずり下ろしに行く」
古武術家と聖女。 二人の戦いは、ついに「世界の理の外側」――神域ダンジョンへと舞台を移す。




