第19話:神の代理人vsジャージの男
「……対象、継星カイ。物理接触による攻撃を検知。内部装甲への損傷、0.001%。無意味な抵抗と断定」
神の代行者『セラフィム・コード』の声が、湾岸エリアの廃墟に響く。 カイの拳がその胸板を叩いたはずだったが、巨人の身体は微動だにしない。それどころか、カイの拳が触れた箇所から「因果の反発」が起き、凄まじい衝撃波がカイの腕を襲った。
「師匠! それは『存在の固定』です! 奴の身体は、この世界のどんな物質よりも高い『密度』でシステムに固定されている。殴れば殴るほど、こちらの骨が砕けます!」 エルナが叫び、魔導古武術で周囲の雑兵(天使型モンスター)を薙ぎ払う。
「……固定、ね。固いなら、柔らかくすればいいだけだ」
カイは一歩も引かない。 彼は再び拳を握り、今度はゆっくりと掌を巨人の甲冑に「置いた」。 「継星流・対神奥義――『響』」
ドン……。 一撃。それは打撃というより、ただの振動だった。 「……無駄だ。振動エネルギーの99%を無効化済み」
「……まだ一回目だぞ」
カイの掌が、目にも留まらぬ速さで巨人の同じ一点を叩き始める。 一回、十回、百回――。 ドトトトトトトト!! という、ドラムの連打のような音が鳴り響く。 巨人の演算装置が、初めて警告音を発した。
「警告。同一箇所への連続振動……。周波数が……同調を開始。物質の結合定数に揺らぎを確認。……っ、計算不能!」
「あんたらの体は確かに固い。だが、どんな物質にも『固有振動数』ってのがある。それを叩き続けて、内側から共鳴させれば……」
カイが最後に、指先でピンと甲冑を弾いた。 パリィィィィィン!!!
絶対の硬度を誇った巨人の白銀の甲冑が、まるで薄い氷のように砕け散った。 中から剥き出しになったのは、血管のように蠢く魔導回路の塊。
「これでお揃いだ。あんたも俺と同じ、生身の塊だろ」
「……否。私は神のプログラム。肉体を失っても、システムから無限の再構築が――」
「させないわ!」 エルナが空中で杖を旋回させた。 彼女が放ったのは、カイの「浸透」の理屈を魔法に組み込んだ特大の術式。
「『継星流・魔導奥義――天網』!」
光の鎖が、巨人の魔導回路に絡みつく。 それは巨人を縛るものではなく、巨人と「神のシステム」との接続を強制的に遮断する、いわば「論理的な絶縁体」だ。
「な……システムからの供給が停止!? 私が、個として……消滅する……?」
「あんたが神様なら、自分の力だけで立ってみろよ」 カイが跳躍した。 空中。カイは身体を限界まで捻り、全身のバネを一打に込める。 「『星穿・天崩』」
ドォォォォォン!!!
巨人の中心核が、カイの拳によって粉砕された。 爆発は起きない。ただ、巨人を構成していた膨大なデータが、物理的な質量となって霧散し、周囲にキラキラとした光の粉を降らせる。
「……勝った。師匠、私たちが『神の代行者』を……!」
エルナが歓喜の声を上げようとした、その時。 空に浮かぶ「深淵の門」が、不気味に赤黒く変色した。
『――排除レベル、最終段階へ。プロトコル「再構築」を実行。……継星カイ。貴様がこの世界の法則に従わないというのなら、法則そのものを「書き換える」』
世界中から音が消えた。 空の門から降りてきたのは、怪物でも巨人でもなかった。 それは、カイの姿を完全にコピーした、ジャージ姿の「自分自身」だった。
「……なるほど。最後は自分との戦いってわけか」
目の前に立つ『偽物のカイ』。 それはカイが持つすべての古武術の動きを、システムが完璧にデータ化した「最適解の化身」。
「師匠……あれはマズいです。魔力がないはずの師匠の動きを、奴は『魔力による無限のエネルギー』で再現しようとしている」
「……面白い。俺の動きを魔力でやるとどうなるか、一度見てみたかったんだよ」
カイは、生涯で初めて、冷や汗を流しながらも楽しそうに笑った。 本物の技術か、完璧な模倣か。 世界の理を懸けた「自分自身」との対決。 お台場の荒野に、二人の男が同時に「継星流・正眼」の構えをとった。




