第18話:世界同時多発ダンジョン・ブレイク
世界の終わりのような光景だった。 ニューヨーク、ロンドン、パリ、そして東京。 空に穿たれた「深淵の門」から、翼を持つ神話級の怪鳥や、全身が魔導回路で構成された巨像が雨のように降り注いでいた。
『――こちらニューヨーク! 自由の女神が神話級ゴーレムによって破壊されました! S級探索者チームが全滅、至急援軍を……!』 『ロンドンも限界だ! 近衛魔導騎士団が全滅! 物理透過を持つ「亡霊騎士」の軍勢に、一切の攻撃が通用しない……!』
道場に置かれた古いテレビから、絶望的な悲鳴が絶え間なく流れてくる。 ギルドの防衛網は紙細工のように突破され、人類が誇る「魔法」と「ステータス」の序列は、システムの強制解放によって無意味なものへと変わり果てていた。
「……お兄ちゃん、これ本当に大変なことになっちゃったね」 サヤが震える手でお茶を淹れる。その音すら、遠くで響く爆音にかき消されそうだった。
「師匠。ギルドの理事長から、緊急の要請が来ています。……いえ、これはもはや懇願ですね。世界中の『門』の根源、その中心地に現れた『神の代理人』を止めてほしい、と」 エルナが杖を握りしめ、カイを見つめる。
「……面倒だが、放っておけば道場の晩飯も満足に食えなくなりそうだな」 カイは食べ終えた茶碗を置き、立ち上がった。
「エルナ、行くぞ。……あ、サヤ。今日の夜はカレーがいい。肉多めで頼む」
「……こんな時にカレーの話? でも分かった。最高においしいの作っておくから、絶対帰ってきてね」
「ああ、約束だ」
カイは道場の外へ出た。 移動手段は、ギルドが用意した最新鋭の超音速輸送機……ではない。
「エルナ、俺の肩を掴め。舌を噛まないようにな」
「え? ……まさか、あの移動法をやるんですか!?」
「空路は化け物だらけだ。地面を走るのが一番早い」
カイが膝をわずかに曲げ、重心を極限まで前方に傾ける。 継星流・歩法奥義――『天縮』。
ドンッ!!
爆音と共に、道場の前の地面がクレーター状に爆ぜた。 次の瞬間、二人の姿はそこにはなかった。 音速を超えた移動。カイはビルとビルの間を、まるで光の矢のように跳び、海上を「水面を叩く反動」だけで走り抜ける。
数分後。 二人が到着したのは、激戦地となっているお台場の湾岸エリアだった。 そこには、アメリカ、中国、欧州から集結した連合軍の生き残りが、一体の「神話級」の前に膝をついていた。
「ヒッ、ヒィ……! 魔法が、魔法が効かない……! 私のステータスは9,999のはずなのに、なぜ傷一つ付かないんだ!」 世界ランク3位のアメリカ人探索者が、黄金の剣を折られ、地面を這いずっていた。
目の前に立つのは、白銀の甲冑に身を包んだ、四枚の翼を持つ巨人。 システムが遣わした上位代行者『セラフィム・コード』。
「……不適合な数値。既存の法則による攻撃は、すべて演算済み。貴様たちの存在は、この世界から『消去』される」
巨人が光の槍を掲げた。 一振りで島一つが消滅する規模のエネルギーが収束していく。 連合軍の探索者たちは、ただ目を閉じ、自らの死を待つしかなかった。
――ガシッ。
だが、その槍が振り下ろされることはなかった。 砂煙の中から現れたジャージ姿の男が、その「巨大な光の槍」を、素手で掴んでいたのだ。
「……な、何だ、お前は!? 素手で、神の光を掴んでいるのか!?」 アメリカ人探索者が絶叫する。
「……掴んでるんじゃない。あんたの攻撃が『光』なら、屈折率をいじって滑らせてるだけだ」
カイが指先に力を込める。 バキバキッ! という、光そのものが砕ける不気味な音が響いた。
「エラー対象、継星カイ。……因果の矛盾を確認。排除レベルを最大へ」 巨人の目が赤く発光する。
「いいぜ。最大でも最小でも、好きにしろ」 カイは一歩、砂を蹴って肉薄する。
「お前たちが管理する『天の理』が上か。俺たちが練り上げた『地の理』が上か。……ここで白黒つけてやるよ」
カイの拳が、巨人の胸板にある「神の紋章」に向かって放たれた。 その瞬間、世界中の監視モニターがノイズで真っ白に染まった。 それは人類が初めて「神のシステム」に実効打を打ち込んだ歴史的な瞬間だった。




