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第17話:神の執行者vsジャージの男

「……排除失敗。個体名:継星カイ。物理定数無視の異常出力を確認。フェーズ2へ移行。周囲の『因果』を固定する」


 叩きつけられた銀色の巨人が、無機質な声を漏らす。  直後、道場周辺の空気が重粘度の液体のようになり、世界から「色」が消えた。    これは、システムの執行者が使う『因果固定(決定論的領域)』。  この領域内では、あらかじめシステムが算出した「結果」しか起こらない。つまり、カイがどれほど速く動こうとしても、システムが「当たらない」と演算すれば、その拳は虚空を掴むことになる。


「師匠! 体が……思うように動きません!」  エルナが苦鳴を上げる。彼女ほどの魔導士でも、世界のルールそのものを書き換えられれば抗いようがない。


「……なるほどな。結果を先に決めて、プロセスを無効化するわけか」  カイは、指先一本動かすのにも数トンの重圧がかかるような空間で、平然と笑った。


「だがな、あんたらの演算には致命的な欠陥がある」


「……演算に欠陥は存在しない。継星カイ、貴様の死はすでに『確定』している」


 二体の巨人が、光の剣を形成し、同時に踏み込んできた。  因果が固定されたこの世界では、その剣は「必ず命中する」という結果が約束されている。避けることも、防ぐことも不可能なはずだった。


 しかし。  カイは構えなかった。  ただ、全身の力を抜き、意識を「無」にした。


「あんたらの演算は、過去のデータに基づいた『予測』だろ。……継星流・極意――『無想むそう』」


 シュッ、と。  巨人の光剣が、カイの首筋を通り抜けた。  命中が確定していたはずの攻撃が、まるで幻影のように空を切ったのだ。


「……!? なぜだ。因果は固定されている。貴様は死んでいるはずだ」


「悪いな。俺の体は今、システムじゃなく、細胞一つ一つの勝手な『反射』で動いてるんだよ。あんたらがどれだけ未来を計算しても、俺自身が次にどこに動くか分かってないんだから、計算が合うはずないだろ」


 これこそが古武術の究極――思考を介さない反応。  システムが把握できるのは「意志」や「魔力の揺らぎ」だ。だが、カイの動きはもはや無機質な自然現象に近い。予測不能な風や、不規則な雨を計算しきれないのと同様に、システムはカイを捉えられなくなった。


「次は俺の番だ。あんたらの『確定した未来』、俺が力技でへし折ってやる」


 カイが一歩、踏み出す。  因果固定の重圧を、ただの「重み」として利用し、逆に自身の拳の破壊力へと変換する。


「継星流・対神奥義――『因果律崩壊いんがりつほうかい』」


 カイの拳が、巨人の顔面に突き刺さった。  パキパキパキッ! という、空間そのものが割れるような不気味な音が響く。  「当たらない」はずの拳が、「当たった」という事実によって、世界のルールを逆流させていく。


「ギ、ガガ……演算エラー! 物理法則の……再構築が……間に合わな……」


 ドォォォォォン!!!


 巨人の頭部が、銀色の火花を散らして爆散した。  それは単なる物理的な破壊ではない。カイが打ち込んだ「衝撃」が、巨人を構成するプログラムそのものを内部から食い破り、崩壊させたのだ。


「……エルナ! 今だ、あんたの新しい力を試してみろ!」


「はい! 師匠!」


 自由になったエルナが杖を掲げる。  彼女が練り上げたのは、魔力ではない。カイから教わった「力の流動」を魔力でトレースした、未知のエネルギー。


「『継星流・魔導奥義――極光・浸透波オーロラ・ペネトレイター』!」


 放たれた一筋の光が、残った最後の一体の巨人を貫く。  巨人の「絶対防御壁」は健在だったが、光はその表面を素通りし、内部のメインコアだけを正確に焼き切った。


「……信じられない。私、本当に『システム』の壁を突き抜けた……」


 エルナは、自身の手に宿る熱に震えていた。    三体の執行者は、物言わぬスクラップとなって地面に転がった。  だが、その残骸から不気味なホログラムが映し出される。


『……警告。エラー値が許容範囲を超過。プロトコル「大掃除」を承認。世界各地のダンジョンを強制解放フル・オープンする』


 空が、真っ赤に染まった。  ニューヨーク、ロンドン、東京……世界中の都市の空に、無数の巨大な「門」が開き始める。


「おいおい……ずいぶんと負けず嫌いだな、そのシステムってやつは」


 カイは空を見上げ、深くため息をついた。   「お兄ちゃん……空が、怪物でいっぱいだよ……」  サヤが指差す先、門からは神話級のモンスターたちが雨のように降り注ごうとしていた。


「エルナ、サヤ。……しばらくバイトどころじゃなさそうだな」


 カイはジャージの袖をまくり、道場の真ん中で静かに正拳の構えをとった。    一人の男の技術が、世界を救うか、それとも壊すか。  全人類の運命を懸けた、終わりのない稽古が始まろうとしていた。

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