第11話:道場破り(本物)の襲来
竹林を揺らす夜風が、一瞬にして凍りついた。 カイの頬をかすめた衝撃波。それは、単なる魔力の放出ではない。 継星流が最も得意とする「勁」を、膨大な魔力で無理やりブーストさせた異形の暴力だった。
「……裏・継星流。親父が言っていた、力を求めすぎて破門された一族か」
カイはささくれ立った竹の棒を、正眼に構える。 仮面の男――自らを『裏』と称した刺客は、低く笑いながら刀を鞘に収めた。
「破門だと? 笑わせるな。我らは古臭い『脱力』だの『調和』だのに見切りをつけ、最新の魔力技術と古武術を融合させたのだ。これこそが技術の進化。魔力を持たぬお前は、もはや進化の袋小路にいる絶滅種なのだよ!」
男が地面を蹴った。 ドォォン!! という爆音。土が爆ぜ、男の姿が視界から消える。 魔力による爆発的な加速。
――キィィィィィン!!
カイの眼前に、鋭い抜き手による突きが迫る。 カイは最小限の首の動きでそれをかわすが、突き放された空気の塊が背後の竹を数本まとめてなぎ倒した。
「(速いな。だが……)」
「どうした! 自慢の『無拍子』はどうした!? 魔力があれば、拍子などという概念すら超えられるのだ!」
男の攻撃は苛烈を極めた。 拳、掌、肘。そのすべてに魔力の爆縮が宿り、触れるものすべてを粉砕する。 カイは防戦一方に見えた。竹の棒で攻撃を受け流し、ひたすら後退を続ける。
「逃げるな! 継星の正統を名乗るなら、正面から受け止めてみろ!」
男が大きく右腕を引いた。 周囲の魔素がその一点に集束し、腕全体が黒いオーラに包まれる。 裏・継星流奥義――『黒星穿』。
カイが放ったあの防壁破壊の一撃を、魔力で数倍に強化した必殺の拳だ。
「死ねぇ!!」
放たれた黒い拳。 だが、その瞬間。カイは逃げるのをやめた。
「……あんた、さっき『進化』と言ったな」
カイは一歩踏み込み、無防備にその黒い拳を「迎え入れた」。
「だが、それは退化だ。魔力という外部燃料に頼った瞬間、あんたの肉体は『構造』としての精度を捨てたんだよ」
カイの左手が、男の右手首に触れる。 そして右掌を、男の肘にそっと添えた。
「――『継星流・合気奥義――螺旋』」
次の瞬間、男の絶叫が竹林に響いた。 「ぎゃああああああああっ!?」
男が放った強大な魔力の衝撃。 それはカイを粉砕するはずだったが、カイの柔らかな円の動きによって、そのまま男自身の腕へと「逆流」させられたのだ。 バキバキバキッ!! という生々しい音。 男の右腕が、自らの魔力の圧力に耐えかね、螺旋状にねじ切れる。 力は大きければ大きいほど、それを逸らされた時の反動は致命的になる。
「が、はっ……バカな……。私の魔力出力を、ただの筋力で……!?」
「筋力じゃない。あんたの力を利用しただけだ。……魔力なんて余計な重りを乗せてるから、自分の軸がブレてることにも気づかない」
カイはトドメを刺すべく、中段に構えた。 魔力はない。オーラもない。 だが、その立ち姿は、山そのものが意志を持って迫ってくるような圧倒的な質量を感じさせた。
「『浸透・一重』」
軽く、本当に軽く、男の胸板を叩く。 ドクン。
心臓の鼓動が止まるような衝撃。 男は言葉を発することすらできず、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。 静寂が戻る。 カイは手にした竹の棒を捨て、乱れた息を一つ吐いた。
「……やれやれ。道場の裏で暴れるのは、掃除が大変なんだよな」
「カイ、様……」
闇の中から、震える声。 いつの間にかエルナが、そしてサヤが、青い顔をして立っていた。
「……見てたのか」
「あんな……あんなデタラメな魔力を持った相手を、あんな、撫でるような一撃で……。カイ様、あなたは本当に……」
エルナは、確信を超えて恐怖すら感じていた。 目の前の男は、人類が「進化」と呼んで追い求めてきた魔力の階段を、一足飛びに飛び越えて、全く別の頂に立っている。
「サヤ、こいつを警察……いや、ギルドに引き渡してくれ。俺は疲れた、風呂に入る」
「う、うん……お兄ちゃん、お疲れ様」
カイは背を向け、道場へと歩き出す。 しかし、倒れた男の懐から、一台の通信機が転がり落ちた。 そこから、ノイズ混じりの声が漏れる。
『……データ収集完了。なるほど、継星流の極意は「ベクトルの転換」にあるか。ならば……次は「物理」そのものが存在しない、あのモンスターをぶつけてみるとしよう……』
通信が切れる。 カイは立ち止まり、夜空を見上げた。 平穏な日常。 それを手に入れるための戦いは、まだ序の口に過ぎなかった。




