リアリスト・リベラリスト・テロリスト
「リアリストですか。何やら、警察にでも目を付けられそうな言い回しですね」
中村少佐は真面目な顔で言った。
大戦争の後の不景気とそれによる社会不安が広がっていった。その不安は、社会主義、共産主義の広がりに関係している。具体的な動きもあるし、海軍も全く無縁ではない。
1年前の12月、この場所のすぐ近くで、共産主義者による摂政宮襲撃未遂事件があった。たまたま警備中の警官が不審な男を見つけ、未遂に終わった。海軍出身の山本権兵衛総理大臣は、「恐懼に絶えず」として総辞職しようとした。が、摂政宮の「それは悪例を残すのではないか」というお言葉―自分の生命を狙うものの行動により政変が可能となること―を示され、その職にとどまった。だが、結局、震災後の護憲運動、そして5月の総選挙で退陣した。
次の総選挙からは、普通選挙となる。だが、内務省と警察官僚は、共産主義や社会主義に対して。新法による取締を強化していた。そのことを言っている。
井上少佐は、笑いながら言った。
「それを言うなら、アナキストだろう。まぁ、そっちの方は俺も嫌いだな。」
失礼します、と声がかかり、料理が運ばれてきた。酒も頼む。女中は、ごゆっくり、という言葉と共にふすまを閉めていった。
井上少佐は、更に言葉をつづけた。
「船に関しては、いざというとき、任務を必要最小限遂行できるようなフネを目指すべきだ。高性能に越したことはない。しかし、短い時間で数をそろえられる、短期間で大量生産ができる船であることに主眼を置くべきだな。」
意外、と考えた中村少佐は、問うた。
「本当にいいんですか。軍縮で兵力に制限がかかっています。しかも防備は、おそらく少数に甘んじなければいけない。少数でも高性能なフネを求める方がいいと思います。それに、戦争はいきなり始まるわけじゃない。1,2年は準備期間はあるでしょう。もし数が必要なら、その時考えればいい。予算も何とかなるはずです。」
軽い苦みを含んだ笑みを浮かべつつ、井上少佐は答えた。
「逆だよ。平時だからこそ、戦時に使える、いざというときにできる方法を確立しないといけない。平時の海上護衛兵力整備目標は、戦時における兵力拡充の研究をすべきだよ。
それに、日露は準備期間があったが、大戦争の時はどうだったか。あれよあれよという間に戦争に飲み込まれた。第一、戦まで余裕があったとして、防備の駆逐艦なんか、作ってくれるか。きっとみんな、戦艦建造に血道をあげるぞ。」
そういうと、盃を挙げた。そして続ける。
「理想だけ言っても話にならん。さっき、防備ならリアリストであるべき、といっただろう。現実的に、いろんな意味で現実的に考えるべきだ。ならば、急速建造に適した防備艦艇の建造だ。研究は平時から行う。戦争直前か、ことによっては始まった後に作るような。大体、防備は継続、しかも、常に消耗戦だ。だから、外戦部隊の艦艇と同じ、少数精鋭主義はとれんだろう。」
中村少佐は、納得し切れないとおもいつつ、正論だ、とも思う。ならば、と思って聞いてみた。
「兵力整備の目標は分かりました。では、人材はどうすべきでしょうか。」
苦笑交じりで、井上少佐は言った。
「俺ばっかりに喋らせるな。こういうときは出来るだけ考えられることをどんどん上げてみろ。ここは、逆にリアリストじゃなくていい」
中村少佐は答えた。
「それならば、人員は確保すべきです。しかも大規模に。艦隊決戦は一度きりだから、少数精鋭でいいかもしれません。しかし、海上護衛は、我が国の通商路、戦局によれば内南洋に及びます。だから、これに従事する人員を多数確保する必要があります。」
言葉にしつつ、そんなことできるのか、と中村少佐はおもった。
「どう用意する?常備兵力にするか。リアリストとしてできることは何かな。」
「それは」と、中村少佐は言葉に詰まった。海大出でありながら、自分の頭を働かせないのはよくない。
「平時は、基幹要員となるものを育てておき、一旦緩急あらば急拡大に備えた体制の整備をする、ということでしょうか。」
「そうだと思う。では、具体的な手段は。」
井上少佐は、ひどく上機嫌な笑顔で問うた。
半ば困惑し、中村少佐は答えた。
「兵員の問題は、そもそも海軍独力で解決できないと考えます。例えば、軍縮条約で兵学校の採用生徒も随分減らしています。だからこの際、普段はそれぞれの生業につきつつ、有事には海軍に参加する義勇兵をつくるというのははどうでしょうか。子供の頃、坂本龍馬の伝記を読んだことがあります。あのような、普段は別の仕事をしつつ一旦緩急あるときは軍務に就く者で構成された組織はだめでしょうか。」
「義勇軍か。これはまた随分勇ましいな。」
井上少佐は言った。まんざらでもなさそうである。
「だが、流石に今どきじゃないな。今になって海援隊でもないだろう。そこは、正規ではなく、予備、しかもシビリアンの人材活用を考えるべきだな。大学出といった者の活用とかな。英国海軍のR・N・V・Rのようなもの使う、という手段をとる必要もあるだろう。」
R・N・V・Rとは、Royal Naval Volunteer Reserve、「王立海軍義勇予備員」のことである。イギリス海軍は、商船学校を卒業した者の他、ヨット愛好家その他一般市民に軍事的な訓練を施し、その者の経歴、学歴などを考慮した予備役としての階級を付与する制度を設けていた。これは、大戦争で実際に動員され正に海上護衛に従事している。
中村少佐は、驚いた。
「それはどうでしょうか。艦艇の運用に習熟するには、長い時間と高度な専門性を有します。夢物語に過ぎませんか。逆にリアリストの考えることではない気がします。」
苦笑しつつ井上少佐はいった。
「難しいところだな。戦争にはいろいろな態様がありうる。いうとおり、予備を動員しないレベルの戦争もありうるだろう。だが、ひとたび、今次のような戦争が起こり、しかも、戦場が我が国近海となる事態が生じたらどうなるか、ということも想定する必要があるだろう。」
中村少佐は、盃を挙げるといった。
「陸軍は、全国の中学校や師範学校に配属将校をつけるそうです。海軍だって、何か考えていい。」
そして、すっかりぬるくなった燗酒を盃に次いで一気に干すと、続けた。
「この際、防備は異端者の集まりでもいい。坂本龍馬の海軍操練所のように。」
「そうだ。この際、不人気部署であり新しい部署だから、海軍らしからぬものを持った組織であっても、いいかもしれないですね。」
井上少佐も、妙に明るい表情で答えた。
「亡くなった加藤大将の言葉だがな。」といった。加藤大将、とは、日露戦争のとき連合艦隊参謀長であり、内閣総理大臣を務めた加藤友三郎大将のことである。大震災の直前、亡くなった。
「ワシントン海軍軍縮条約のとき、国防は軍人の専有物にあらず。戦争もまた軍人にてなし得べきものにあらず、と言ったそうだ。そういう意味では、海上護衛がこれに一番当てはまる。だから、人も、生粋の軍人以外の人間を活用する手段を考えていかなければならない。商船学校出の者ではなくても、取るということを考えなければな。そして、人についてはもう少しある。」
何ですか、と酔いのまわった中村少佐は言った。




