ゼルフィオルの地にて
魔王城を出立して数日。
道中は思った以上に静かで、馬車の揺れと仲間たちの声が旅の音になっていた。
「ゼルフィオルは元は神々の庭と呼ばれていた地です」
クラウスが地図を指しながら説明する。
「伝承によれば、そこから世界が広がったとか」
「神々の庭、ねぇ」
私は曖昧に笑う。
(その神々って、過去の厨二病の私が適当に書き散らした連中だよね……)
背中に冷や汗が伝う。
「マシロ様!」
馬車の隣からリリィが顔を覗かせた。
「これ、冒険用の服です! ちゃんと動きやすくて、でも少し可愛いデザインにしました!」
「……あ、ありがとう。ほんとに、なんでも用意してくれるんだね……」
(もう二度とコルセットはごめんだから……“動きやすい”って言葉、信じるからね?)
「ははっ! 似合ってるぜ、姉御!」
ガルドが笑い飛ばす。
「ゼルフィオルなんざ俺たちで乗り越えりゃいいんだ!」
「気を抜くな」
ゼノが短く言い放つ。
「虚無の濃度はここがもっとも高い。油断すれば、一瞬で呑まれる」
その言葉に、車内の空気が一気に張り詰めた。
ゼノの言葉は誇張でもなんでもない。
⸻
やがて馬車は森の入口で止まった。
空気が変わる。
重く、冷たく、音のない風が吹き抜ける。
「ここが……ゼルフィオル」
私は足を踏み出す。
かつて“はじまりの森”と呼ばれた場所。
しかし今は、色を失い、枝葉は黒ずみ、地面には無数の裂け目が走っている。
遠くでかすかな呻き声のような風音が響いた。
「虚無に呑まれた土地は、生き物すら変質させます」
クラウスが眼鏡を押し上げ、低く続ける。
「どうかお気をつけて、マシロ様」
「ようはぶっ倒しゃいいんだろ!」
ガルドが剣を抜く。
「……戦いになる前に、私が書いて修復できれば」
羽ペンに手を伸ばしながら、胸の奥で呟いた。
だが、次の瞬間。
森の奥からぞわりと広がる気配に、全員が構えた。
虚無に蝕まれ、形を失った獣が――こちらに姿を現したのだ。




